■ 春 爛 漫 ■

 

 
春と言えば、花見だよなぁ。と、拓磨が思い出したのは春のうららかな陽気が眠りを誘う午後の屋上であった。有り体に言えば、サボり中な訳だがこれは不可抗力である。春の陽気に誘われてうっかり昼寝をしてしまい気づけば授業中というわけであった。
どんなに言い訳したところで現実が変わることなどなかったし、言い訳する相手も拓磨の前にはいなかったので、これ幸いと拓磨は再び屋上で寝転んだ。
春の穏やかで暖かな風が心地よい。再び微睡みそうになったところで、飛び起きた。
「春、か……」
校庭に目を向ければ、学校を囲むように植えられた桜が淡い桃色の花を咲かせていた。春の穏やかな風に吹かれてかわいらしい花びらがひらひらと舞っていてとても綺麗であった。
拓磨は大蛇みたいに雅心がわかるわけでもなく、慎司のように頭がいいわけでもなく、狐邑みたいに自然や動物に優しいわけでもない。心惹かれるのは他でもない。
彼女の存在である。
「珠紀は好きだろうな」
女子は花などが好きである。雑誌に書いてあった。
桜だって花だ、問題ないだろう。そうだ、珠紀と花見に行こうと拓磨が思ったのは言うまでもない。
しかし、それは思いの外ハードルが高いものであった。
守護者たちを出し抜いて珠紀だけを誘いだし、なおかつ彼らに勘づかれることなく花見をする。どうやったらうまくいくだろうとあれこれ考えていたとき、一番の障壁を思い出して拓磨は頭を抱えた。


美鶴……。


あんな性格だったろうかと思うが何よりも最大の敵であることは間違いない。
(俺だってたまにはよ……)
珠紀と二人きりで出掛けたいというか二人きりになりたい。
玉依姫である前に拓磨にとっては大事な恋人なのである。だからこそ、彼女が季封村に再び戻ってきてからというもの珠紀に対する欲求は深まるばかりだった。
珠紀だって……そう思ってくれている……はず。たぶん。
「よし」
拓磨は立ち上がり桜をもう一度眺めて頷いた。
うじうじ考えるのは性に合わないし、こう悩んでいる間に守護者の誰かが拓磨と同じことを考え付いて珠紀を誘うかもしれない。
日々の雑誌購読でデート対策はばっちりだ。あとは守護者たちと美鶴を出し抜くのみ。と、なれば迅速に動くのみである。拓磨は急いで教室へ向かった。





「なんでこうなんだよ、クソッ」
教師に聞こえぬよう拓磨は悪態をついた。サボっていた拓磨が悪いのだが、急いで教室へ向かったせいで教師にサボりがバレてしまい、放課後に居残りさせられてしまっていた。
珠紀にまで笑われた。しかも珠紀は迎えにきた慎司と帰ってしまい、仲良く二人きりで帰ったことが非常に面白くない。
故に拓磨の機嫌は悪くなる一方であったが、鬼軍曹みたいな強面の教師は平然としたものである。
きっちり言い渡した長さの反省文を書かせた鬼軍曹が拓磨を解放したのは夕暮れの話で、この時間から珠紀を家から連れ出すのは躊躇われた。
それでも彼女の顔を見たくて家に寄ろうと思いながら拓磨が校門のあたりまでやって来たとき、人影がそこにあることに気づいた。
「拓磨!」
笑顔で立っているのは、珠紀である。彼女は制服のままだ。鞄も持っている。
「お前、なんで……」
慎司と帰ったはずなのにという意味で問いかけると、珠紀は悪戯が成功したことを喜ぶような顔つきで、笑った。
「拓磨を待ってたんだよ」
だって一緒に帰ろうって約束したじゃない。と、珠紀は言う。かわいらしく笑う珠紀が愛しくて拓磨は珠紀の頬に触れた。だがその頬が予想以上に冷たくて眉を寄せた。いつからここで待っていたのだ。寒いだろうし、何か起きたらどうするつもりだ。第一、珠紀が一人でこんなところにいたら声をかけてくる野郎がいるかもしれないではないか。など、心配のあまりつい拓磨は渋面を作った。
途端に、珠紀が悲しそうな顔をする。
「拓磨、怒ってる?」
制服を掴まれてハッとする。違うと言おうとした拓磨と珠紀の間を桜の花びらが舞い落ちた。



「あのよ…、桜を見ていかねぇか?」


誘えなかった花見。桜の花びらをみて思わず口をつく。
「桜? うん、いいよ」
話が行きなり飛んだせいできょとんとしている珠紀に拓磨は手を差し出す。
「ほら」
恥ずかしいから手を繋ごうとは言いにくくて、拓磨は手だけを珠紀に向かって突きだした。
すると、珠紀が少しだけ驚いたように目をみはったあと、嬉しそうな顔つきをした。目元が赤い。たぶん拓磨も赤くなっているのであろう。
そっと珠紀が拓磨の手に自分のそれを滑り込ませてきた。細くて小さく柔らかな珠紀の手。それを包み込むように握ると珠紀がにっこり笑う。だからたまらず拓磨は身を屈め顔を寄せて彼女の頬にキスをした。
「た、拓磨! ここ学校」
真っ赤になった珠紀が言う。
「誰もいねぇよ」
やった拓磨も恥ずかしくて、珠紀の手を引いて少しだけ足早に歩き出す。


「ここだ」

少し歩いてやってきたのは、屋上から見えた桜の木である。満開のそれを見上げると、隣で珠紀が短く歓声をあげた。
「綺麗」
「だろ?」
桜を見上げる珠紀を盗み見た。夕暮れ時に映えるのは彼女の白い肌。
綺麗だと思った。そう思ったらもっと触れたくなって拓磨は繋いでいた手を離して珠紀を抱き寄せた。
優しい匂いが拓磨の鼻をくすぐるそれを吸い込んでから、珠紀の耳元で囁くように言った。

「来年も、再来年も、何十年後もずっと、こうやって一緒に桜を見に行こうな」抱き締める力を強めると珠紀もぎゅっと拓磨に抱きついてくる。
「うん」


桜舞い落ちるなか、なんだかとても幸せな気持ちのまま二人は長いことそうしていた。







緋色アニメ化万歳!
ゲームをやったのは大分昔です。ずうっと私は別ジャンルだからと我慢していたけどアニメ化があまりに嬉しくて書いてしまいました。
とは言うものの、別人じゃねぇか?!という気がしてなりません。そして、最近時代物(?)っぽいジャンルでしか書いてないので現代人難しい……。
拓磨のあの不器用そうなところ大好きです。
ここまで読んでくださってありがとうございました!


2012.03.22.サイト掲載



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