■ 贈り物■
「これ、どうしよう」 千鶴は、手の上にあるものに目を落としている。そこには、白い襟巻きがある。 先日。近藤に、頼まれた用事をこなした礼だともらった多すぎるお駄賃でつい買ってしまったのが、この生地である。 作るには作ったけれど…。 (渡せる訳がないよね) どうやって渡せば、おかしく思われないだろうか。 しかも、こんな千鶴がつくった素人作品を気に入るとも思えないし。やはりこれはお蔵入りだろうかと千鶴はため息をついた。 「なんで、最初に気づかなかったのかな」 彼がもらってくれるはずないのに。 千鶴に優しいのは、守れと命令されているから。 千鶴を気にかけるのも、任務だから。 だから、命令がなければ千鶴なんてどうでもいいはずなのに。 わかっているのに、手が伸びてしまって作ってしまった。千鶴は、そっと広げた。彼は自分で身の回りのものを洗濯してしまうから、長さは予想でしかないけれど彼のものと似せて作る過程はとても楽しかった。 千鶴は、深いため息をついてそれを丁寧に畳んで部屋のすみに置いた。 斎藤が、それを見つけたのは日頃の注意深さ故であった。いつものように巡察を終え、副長への報告も終えた斎藤は自室に戻る途中で千鶴の様子を見ようと部屋に立ち寄った。 最近、千鶴は夜更かししているようだったから気になっていた。彼女は一日中雑用をこなしている。睡眠を削れば、疲れがとれないというのに何を・・・と、思ったのだ。 だが、斎藤が千鶴の部屋に顔を出してみると留守であった。炊事場にいるのかと、襖を閉めようとした斎藤の目に何かが見えた。 手を止めて部屋の隅をみると、白い見覚えのあるものが畳まれているのが見えた。 洗濯物を取り込んでくれていたのだろうか。斎藤は、女性の部屋に無断で入ることを心の中で詫びながら、それを手に取った。 「これは・・・?!」 質感が違う。よいもので作られたことは確かだった。己のものではない。千鶴のものだろうか。だが、彼女がこれを使用するようには思えなかった。 まさか。と、斎藤は口元に手をやった。誰にも見られていないというのに、にやけそうになる口元を隠す。期待してもいいのだろうか。いけないと思いつつも、斎藤はそれを広げ、今巻いているものを取り代わりにそれを巻いた。 長さも幅もちょうどよい。これは間違なく斎藤のものだと思った。 (雪村が俺に) 手作りなのだろうか。彼女のことだ、手作りに決まっている。 彼女の意図は読めぬままだが、これは斎藤のだろうからもらってもよいのだろう。いや、何がなんでももらって帰る。 (ずっと雪村は俺が世話役で不満であろうと思っていた) だというのに! 己の淡い想いもあって斎藤はここが自室であれば、この襟巻きを抱き締めていたであろうほど舞い上がっていた。 「さ、斎藤さん!そ、それ」 悲鳴のような声に、はじめて千鶴が戻ってきたことに気づいた。 部屋の入り口にいた彼女は、顔を真っ赤にして斎藤を見つめている。 斎藤は、自分の予想があたっていたことを確信した。 「雪村、もらってもかまわぬか?」 「えっ、あの・・・そのっ」 慌てる千鶴に斎藤は笑いかける。おそらく自分の場合、笑っているかいないかほとんどわからぬであろうが、彼女にはわかるはずだ。案の定、千鶴は目を丸くして斎藤を見つめたあと、今度は少し照れくさそうに頬を染めた。 実に少女らしい反応が、好ましかった。 「あ、あの。ど、どうぞ・・・」 ますます千鶴の顔が赤くなった。 「雪村」 「・・・あっ」 彼女があまりにかわいらしくて、無意識に斎藤は千鶴の頭に手が伸びていた。原田がよくやるように頭を撫でてやる。 そうしながら、もう片方の手で首に巻いたそれを持ち上げ唇を寄せた。 「大事に使わせてもらう」 目を見開き、真っ赤になったまま硬直している千鶴に告げて斎藤は部屋を出た。歩きながら、首に巻いたそれで口元を隠す。 口元が緩んで仕方ない。 浮かれたまま自室に戻った斎藤が、自分の行動に愕然とするまであと少し。 だが、今は。 幸せを噛み締める青年はひたすらそれを、贈り物で隠し続けていた。 終 |
バレンタインに何かしなければ。と、突発的に書きました。最後がまとまり悪いな。 |