■秋恋歌■
「あ」 隣を歩く千鶴が小さく声をあげたので、斎藤は通りに向けていた鋭い目を幾分和らげて隣に目を向けた。千鶴はひたすら上を見続けていて斎藤の視線には気づかないようだ。何が彼女を夢中にさせているのだろうと、彼女の視線を辿ればそこには真っ赤に染まったもみじの木があった。 よく見れば、美しく紅葉した木々が町を美しく飾り立てている。日々、巡察で歩き回っているというのに知らなかった。 「見事だな」 ポツリと呟くと、千鶴の高く結った髪の毛が跳ねて斎藤の方に振り返った。 「すみません!巡察中なのに」 申し訳なさそうに項垂れるその姿がなんだか可愛らしくて、斎藤は口許を僅かに緩ませた。 「謝ることはない。・・・・・・もう、秋なのだな」 「京は桜の季節が見事だと思っていましたが、紅葉も素晴らしいですね」 「あぁ」 二人で再び見上げる。真っ赤なもみじが青空に映えて本当に美しかった。 隣にいる千鶴をひっそりと窺うと、彼女はとてもの楽しそうな顔をしている。大きな目でじぃ。と、もみじの木を見上げ秋の美を堪能しているようだった。 今は巡察中である。だが、少しぐらいならばかまわぬだろう。斎藤もまた千鶴と共に頭上のもみじを見上げた。 らしくない行動をした日の翌日。 斎藤は背後から近づく軽やかな足音に誰が追いかけて来たか気づいて立ち止まった。 「斎藤さん」 思った通りの柔らかい声に斎藤は振り返った。すると、声の主である千鶴が駆け寄ってくる。 「今、お手隙ですか?」 「ああ、どうかしたのか」 「ちょっと来てください」 千鶴が斎藤の袖を引いて歩き出す。千鶴が強引なのは珍しい。少女に引っ張られて行くのは、少しだけ照れ臭かったが千鶴がやけに嬉しそうだから斎藤は千鶴の好きにさせた。 まったく自分はこの少女に甘い。そう呆れつつも、斎藤はどこかで誰かが自分の役目を負うのは嫌だと思ってもいた。己でも実に不可解な感情だと思う。 彼女が斎藤になつくのは、土方が斎藤に千鶴の世話役を命じたからだ。彼女にとってこの屯所の中で一番近い相手なのだ。それだけである。斎藤もまた命令を受けたから彼女の側にあるだけであり、他意はない・・・はずであった。 毎日側にあれば、情がわくのが人間というものである。それがよいことなのか悪いことなのか、敢えて考えないようにして久しい。 「斎藤さん、見てください!」 千鶴の声に斎藤は我に返った。千鶴に引かれるままにやって来たのは、一本の木の下であった。 千鶴は満足そうな笑顔で木を見上げ、それから斎藤を見た。 そこには見事に紅葉したもみじの木。 「屯所も秋です」 落ち葉がたくさんでお掃除が大変ですけど。と、千鶴は笑った。 「秋だな・・・」 これからは一雨ごとに寒くなり、あれほどに嫌だった夏が懐かしくなるほど京には寒い冬がくる。 どんな過ごし方をしても季節は必ず巡ってくる。例え、それを人が忘れていたとしても季節は流れ時は進む。 「綺麗ですね」 「ああ」 斎藤は千鶴に気づかれぬように彼女を窺う。 少しだけ笑みを浮かべたこの顔が憂いを浮かべることのないように願うようになったのはいつの頃だったか。 変わらぬものと、変わったもの。 変わったものは、未だ戸惑いがあり認めてよいものか悩むのだけれど。 「斎藤さん、秋もいいですね」 「ああ」 彼女がそばにある現在を大事にしたいと斎藤は思う。彼女を守ることは、斎藤にとって大事なことで。 彼女が楽しそうに笑えば、斎藤も嬉しいのだ。 まったくらしくない。 だが、そのことが少しも悪いとは思えなかった。 「付いている」 「えっ?あ、すみません」 頭についたもみじを取ってやれば、千鶴は恥ずかしそうにしてから、斎藤にありがとうございますといいながら微笑む。 斎藤は無意識に口許に笑みを浮かべた。 「斎藤さん?」 「あんたは何でも引き寄せるな」 「?」 「わからなくていい」 時は流れ、人は変わる。 木々も春になり緑が芽吹き花を咲かせ。秋に実をつけ、枯れてゆく。 だが、木は再び同じように芽吹き花を咲かせ秋を迎える。一瞬一瞬がすべて違うものだ。昨年の葉はすでにそこにはいない。しかし、変わらぬ営みがそこにはある。 人も、変わらぬものがあるとすれば・・・それは。 千鶴を見た。彼女は不思議そうに小首を傾げている。 「なんでもない」 「?」 いつまでも消えることのない、想いというものなのだろうと思った。 終 |
時間軸はどこだ?と、思わないでもないですが数日前にみた京都の紅葉の美しさを見て書きだしたものです。桜がひとつのテーマである以上、もみじはあまりテーマとして持ってきずらいのでしょうが、私が若いころに初めて京都に行ったときにみたのが紅葉でした。 元々が北の生まれで、紅葉なんていわれてもすぐに雪景色に変わるぐらいしか感想がなかったりしたものだからものすごく感動したことを今でも覚えています。 秋の頃にちょうどよいかなと思ったら、出来上がったのが遅かったかも・・・。私の住まいは、すでに雪が積もってます(汗) 一万打ありがとうございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします。 |