■それぞれの未来■


「千鶴・・・か?」


柔らかな低い声に千鶴は振りかえって驚きに目をみはった。



手にしていた桶を落とし、洗濯物が地面に散らばったことにも気付かずただ、目の前の人を見た。
明るい茶の髪の毛に引き締まった体。優しげな色の瞳。もう、二度と会えないと思っていた人が立っている。
じわり。と、視界が滲む。すると男は困ったような顔をしながら近づいてきて、ぽす。と、千鶴の頭に手を乗せた。



「原田さんっっ!」


千鶴が泣き叫ぶようにその名を呼ぶと、男。原田左之助は、千鶴を安心させるように再び頭を撫でた。












「一さん!一さん!」
千鶴の声に、斎藤は何事かと顔を出す。
「一さん、か。・・・よう、斎藤」
「左之?!」
千鶴の声に何か尋常ならざることが起きたと思いはしたが、まさか原田がいるとは夢にも思わなかった。あまりのことに言葉をなくしていると原田は二人を見比べてから笑った。
「幽霊じゃねぇぞ。本物の原田左之助だ」
「生きて、いたのか」
「そりゃぁこっちの台詞だぜ。俺は島田の奴に斎藤は死んだって聞かされてたんだからな。だが、不知火の奴が、鬼のお嬢ちゃんと夫婦になって斗南にいるとか言うからよ」
様子見に来たら、すげぇ別嬪がいた。と、いって千鶴に微笑む。
「べ、別嬪だなんて」
赤くなる千鶴になんとなくムッとしながら斎藤は原田の言葉に引っ掛かる言葉をみつけて眉をしかめた。
「不知火といったな?」
「あぁ、あの風間と行動を共にしていた不知火だ。あいつ単体ではいい奴だぜ? 俺は・・・新八とも江戸で別れてんだ。上野で不知火の奴と羅刹相手に戦って、結果から言うと死んじまうところだったんだがよ、何故か助けられてな。生死をさ迷ってる間に、戦争終わっちまってた。京の鬼姫が手を回したらしい。死ななかったのが奇跡って言ってたからな、相当ヤバかったらしいぜ。まぁ、生残っちまったものは仕方がねぇ。しばらくは鬼姫さんとこにやっかいになっていたら、ある日。島田が京に戻ってきていると鬼姫さんが言うからよ、手引きしてもらったんだ」
島田から箱館までの話を聞いて、永倉の行方が知りたくなり鬼姫に頼んだら、なぜか斎藤と千鶴の消息にたどり着いたらしい。
「お千ちゃんが助けてくれたのですか」
「あなたは千鶴ちゃんと私が会うことに一番協力してくれたんですもの。借りは返す主義なの、だってよ」
原田さんかっこいいとか抱かれたいはなかったな、まったく。と、原田は軽口をたたく。
「アンタは女に甘いのが幸いしたらしいな」
「おいおい、そんな言い方はねぇだろう? それよりもだな・・・あー、あがってもかまわねぇか?」

「あ」
「え」

あまりのことに失念していたが、部屋で話し込んでいる訳ではなかった。彼らはまだ戸口にいたのだ
「すまない、あがってくれ」
そう告げると原田は嬉しそうに笑った。



原田はあのままだった。快活に笑い、千鶴には優しいけれどきっちりと一線は引いて接する。
あまりにそのままだったので斎藤はついいつもより酒を口にしてしまっていた。思うところは色々ある。会えて嬉しいし、どうやって生き延びたのかも詳しく聞きたいし、島田のことも土方の最期も・・・だがあまりに聞きたいことがありすぎて口下手な斎藤にはどう話したらよいのかがわからない。だから気持ちばかりが先走りすぎて、酒を煽る頻度だけが上がってゆく。毎日妻として傍にある千鶴なら、そんな斎藤の様子を察して代わりにたずねてくれたかもしれない。しかし、彼女は男同士積もる話もあるだろうととっくの昔に寝室へ引っ込んでいた。
「なぁ、斎藤? お前、千鶴とは夫婦なんだよな?」
原田はいくらか赤くなった顔で斎藤を睨み付ける。千鶴の夫が斎藤で気に入らないのか。それならば、負けぬと睨み返すと原田が違う違うと笑う。
「不知火から千鶴とお前が夫婦と聞いたときなぁ、ちょっと信じられなかったんだよ。お前と嫁さんなんて新選組時代を考えれば想像不能だろ。土方さんに心酔し、隊務であればなんだってやり遂げる。だろ?」
確かに。千鶴を手放せないと思い始めてからも、斎藤にとって一番は新選組であった。
どこで変わったのか。
明確なものはない。そもそも会津に残ると決めたとき、最初は千鶴を土方に託すつもりだったのだ。
「会津で、俺は為すべきことをみつけた。副長は俺の決意をわかってくれた。千鶴は。千鶴は、土方さんと共に仙台に行くことではなく俺と残ることを選択した。そのときかもな」
「いい女だな。お前、千鶴を大事にしろよ?」
当然とばかりに頷くと原田は一瞬、目を見張ってから千鶴にするように斎藤の頭に手を乗せてぽんぽんと叩く。ムッとして彼を見上げれば、寂しげに笑う原田の顔があり斎藤は言葉をなくす。
「左之?」
「あーあ。俺にもかわいい嫁さんいねぇかな」
そういって大の字に寝転ぶ。そのまま原田は拳を突きだしてぱたり。と、床に腕を落とす。
「斎藤。実はな。お前らの消息知って会いたくてたまらねぇと思ったのもあったんだが、本当は挨拶しにきたんだ。もうこの国にはお前らぐらいしか俺と繋がりのある奴はいねぇからよ。俺は異国へ渡るぜ。不知火とな、メリケンを見に行く」
「メリケン?!」
「この国は住みにくくなっちまったからな。鬼も俺も」
不知火とはよほど気が合うらしい。原田は元々さっぱりとした男だ。不知火もまた原田のような男なのだろう。
「綺麗になったな、千鶴」
斎藤は答えなかった。原田は目を細めて微笑んだ。
「好きな男の傍にいるから千鶴は綺麗になった。あんだけの別嬪にしたのは、他でもねぇ。斎藤、お前だ」
原田が口元をわずかにつり上げる。
「次会うときまでに、子ども。作っておけよ」
楽しみにしてるから。槍なら俺が教えてやる。そういって原田は、ニィと笑った。





翌日。引き留める斎藤と千鶴に大陸に渡る日が近いからと言い、原田は去っていった。去り際千鶴の耳元で原田は何事かをささやく。すると千鶴が真っ赤になって耳を塞いだ。
「千鶴、楽しみにしてるぜ?俺の嫁さんを気長に待ってるからな」
「原田さん!!!」
笑いながら手をヒラヒラさせて去る原田に赤くなった頬を仰ぐ千鶴。なんとなく面白くなくて斎藤は、原田の姿が見えなくなるとすぐに千鶴を抱き寄せ、耳元に口を寄せた。
「は、一さん!」
「左之はなんと言ったのだ」
外だからと逃げようとする千鶴をしっかり抱き締めたまま斎藤は愛しの嫁を降参させるべく耳朶をちゅう。と、吸った。
千鶴の身がふるりと震える。真っ赤になった顔が愛しくて首筋に舌を這わしたところで、千鶴が降参の叫び声をあげた。
やや、残念である。
「は、原田さんは。一さんと努力して・・・は、早く女の子を・・・産んでくれって。俺の嫁にするって」
「?!」
千鶴の赤面につられて斎藤もほんのりと目元を赤らめた。だが、すぐにはっとして斎藤は渋面になる。




「娘は、やらん」




やけにキッパリといった斎藤に千鶴がくすくす笑い出す。
「なんだ」
憮然とする斎藤に千鶴は体を預けて笑いかけた。
「まだ産まれていない子のお話ですよ?」
兆候すらないというのに、気が早い。
「そうかな・・・では今から可能性を追求することにしよう」
「は、一さんっ」
斎藤は千鶴を抱き上げて家の中へ入っていく。無駄な抵抗を試みるかわいい嫁を腕に抱いたまま、斎藤は視線だけを背後に投げ掛けた。



互いに別れの言葉は言わなかった。言う必要もなかった。自分達は、たぶんそれでいいのだ。




左之。またな。







 
うぉぉぉ。アニメ18話をみて、悲しみのあまり書きました。ゲームでも全ルートを通して原田さんの生死は曖昧だったのに!
救済小説でした(私の精神面の)

ここまで読んでくださってありがとうございました!