■藍■
血に染まることを未だ知らぬ剣。 まっすぐで曇りの無い剣。 それが千鶴の剣だ。技量の問題は置いておくとして、千鶴の剣は斎藤には気持ちのよいものであった。 剣筋には心がでるものだ。剣を好ましいと思うということは・・・・・。 斎藤は小さく微笑んだ。 師を誇れ。そう千鶴には告げたが、師がいかに素晴らしい人物であっても剣を修める当人が曇りなき心を持たねば、自ずと剣は濁る。意識してなどいないだろうが、千鶴は小太刀の稽古に愚直なほどまっすぐに挑み、師の教えをよく心に刻んだのだろう。 そこには打算だとか誰かを出し抜くだとかそういったものはない。故に、彼女の刀には曇りがないのだ。 (護身術代わりだろうから、あの娘に刀に対しての野心などあるわけもない、か) それでも、斎藤が好ましいと思えるほど曇りのない剣は珍しい。 違う意味で好ましいと思う剣ならば新選組の幹部にはいる。 永倉がその筆頭だろう。本来なら浪人などという立場にいないはずの男だ。あれはただひたすらに剣術のために生きている。あれはあれで大変好ましい。だが、永倉の剣は野心的なのだ。それが悪いとは斎藤は少しも思わない。己もまたそうである。強くなりたい、誰にも異議を唱えさせることができぬほどになりたい、と斎藤も願っている。 そういった剣も曇りなきものであれば、斎藤は好きだった。 だが千鶴とは違う。 千鶴の剣は、ある程度の実力がありながらも決して人を傷つけない剣だ。故に、彼女の剣は斎藤には眩しかった。 決して強くはない。だが、千鶴の心根そのままのような真っ白で純粋な剣は斎藤が望んだとしても、手にはいることがないものだった。 だからといって羨ましいわけではない。 ただ、好ましい。 それだけである。 闇夜の中で、斎藤は刀を抜いた。淡い月の光に、刀が鈍く光る。 正眼に構えて、目を閉じる。 (俺は、俺だ) 例えそれが一般的に見れば、後ろ指をさされるようなことであっても。 迷いは、ない。強くなるために。自分の居場所を守る為に、仲間を守る為に。武士としての斎藤一を貫く為なら。 その為ならば、人斬りと呼ばれようが犬と呼ばれようが構わなかった。 迷いは、ない。 (だが。俺の手は血濡れている) どんなに言葉を尽くそうとも。 どんなに己の信念に裏切りなどないと言い張っても。 そこは動かし難い事実である。 だからといって、それを後悔するかと言えば、答えは否だ。 しかし、千鶴からみた己は違うだろう。千鶴は何処にでもいる年頃の娘に過ぎない。 本来ならば、斎藤のような血の匂いが香るような男と関わり合いをもつようなことはない。幕府お抱えの蘭方医の娘ならば、同等の医者の家やそれなりの身分の武家に嫁ぐはずだ。そのような娘が、自分のような存在に嫌悪まで行かなくても、恐怖を抱くのが自然である。 だが、彼女は恐れない。 故に、気になるのかもしれない。 この場には、異質な千鶴だから。 刀を勢いよく振りかぶり振り下ろす。空気を切り裂く鋭利な音が静寂の中に響いた。 (迷うな) 言い聞かせるように心の内で呟いた。 己が信じる道をただひたすらに進むだけだ。 それは、新選組と共にある。 それを突き進むことが、斎藤にとっての、誠(まこと)。 願わくは、千鶴の目に曇りなき剣であると映っていて欲しいと斎藤は思う。 曇りなき剣の持ち主である千鶴にだけは。 藍色の瞳が、既に灯が落ちて久しい千鶴の部屋に向けられた。 しばらくの間、斎藤はじっとそこを見つめ続けていた。 終 |
書いているうちに意味がわからなくなりましたが、斎藤さんって信念の人のようで実はたくさん迷って悩んでいるからこその鉄面皮らしいということで。 千鶴が異性としてというよりも、ただ彼女は隊の中にいるにはとても異質だということです。・・・たぶん。 単純にちょっと書いてみたかったんです。 ここまで読んでくださってありがとうございました。 |