雅な心




もう夏の盛りが過ぎただろうに、太陽は遠慮というものを知らないらしく強い日差しを地上へ降り注いでいる。そんな暦の上では秋に入ろうかという日。千鶴は一冊の本と出会った。
それは、ごく自然な形で千鶴の前に現れた。何故どのようにして、これが以前から千鶴の手元にあるかのように当たり前のようにやって来たのか部屋の主であるはずの千鶴にもわからない。
誰かの忘れ物だろうか。それにしては、やけにきっちりと千鶴の文箱の上に置かれている。でも、千鶴の持ち物ではないことは確かであった。
では、贈り物なのだろうか。もし贈り物なら手紙までいかずとも書き置きぐらいありそうなものである。
・・・・と、ここまで考えて千鶴はすっかり困ってしまった。手の上にあるそれをみる。
「豊玉発句集・・・・?」
小さなそれは、いかにも誰かの趣味の集大成としか思えないもので勝手に見てよいものか迷う。
だが、これが誰のものか知るためには、中を見るしかないようだ。
(わ、悪いことではない・・・よね?)
意味もなくドキドキしながら千鶴は発句集を開いた。




一方。人間であるが鬼と呼ばれる副長殿は、その類い稀なる美貌をこれでもかという程歪ませて自室を引っ掻き回していた。
「ねぇっ!! くそっ、畜生!」
アレが、無い。生きていくぶんにはには困りはしないが、土方の心という意味ではないのは問題だった。大いに困る。昨日しっかりとこの目で例の場所にブツはあったことを確認している。毎夜、皆が寝静まってから総司に盗まれていないかを確認しているのだから間違いない。
(何処だ!)
今なら、許してやる。だから出てこい。切羽つまりすぎて笑顔になっている土方があたりを見回す。だが、無機物がここだよと名乗り出るわけもない。
やはりこれは奴の仕業か。
(総司ぃぃぃぃっっっっ!!)
土方は耐えた。副長ともあろう者が叫ぶなど隊士に示しがつかない。我ながら自制心がついたものだと思う。土方は散らかり放題になってしまった部屋から飛び出すと屯所内を荒々しく進む。先ほど自制心が云々の自画自賛は早くも忘れてしまったようだ。土方は沖田の部屋の前に立つとニィと笑った。まさに般若の笑みだ。
「総司、今なら許してやる。アレはどこだ」
土方が笑顔のまま、寝転んでいた沖田を蹴飛ばした。
「知りませんよ。野蛮だなぁ」
沖田は面倒そうに言って土方に背を向けた。だが土方は沖田を踏んだままこちら側に無理矢理向かせた。
「知らないものは知りませんよ。疑うなら、僕の部屋を探してみてもいいですよ」
やけに堂々としてやがる。こいつではないのか。土方は少しだけ迷う。いや、そんなはずがない。自信満々の沖田が逆にこいつの仕業だと言っているようなものだ。
(アレがないとき真っ先に総司を疑うのは総司もわかっている。どこかに隠したか・・・ならばこの部屋にはねぇな。俺が強引に踏み入れない場所に隠し)
そこまで考えた土方は、はっとした。
(迂闊に入れない場所だと?)
土方は愕然とした。ちらりと沖田をみれば何が楽しいのかニコニコしている。
自分の想像が外れていてくれと思いながらも、早くいかねばと土方は焦った。
まずい。あれに知られたらまずすぎる。
「あれ?探さないんですか?」
沖田の楽しげな声を無視して土方は飛び出した。







(どう聞き出せば、いいんだ)
千鶴の部屋に来るために部屋を引っ掻き回して菓子をみつけて持参した土方は普通に茶を用意されて何故か千鶴と無言で茶を飲んでいる。
なんだか非常に気まずかった。土方が隣にいる千鶴をうかがうと彼女が明らかに戸惑っている。そりゃそうだろう。滅多に土方は千鶴の部屋を訪れたりしない。
何かあったのかと思っているのだろう。
何かは、あった。だが、何かあったのは千鶴にではない。土方にだ。
ずずっ。と、茶を口に含み、コホン。と、咳払いを一つ。
千鶴が隣で身を少しだけ強張らせたのがわかって土方は苦笑いを浮かべた。別に説教をしに来たわけではないのだが。
「千鶴、お前。最近、不思議なことがなかったか? 例えば、誰かから妙なものもらったとか。妙な頼まれ事をしたとか」
「妙なもの・・・かどうかはわかりませんけど、不思議なことがありました」
そう言って千鶴は小さな風呂敷包みを取り出した。
(この大きさ!間違いねぇ、アレだ)
今すぐ奪い去りたい気持ちをぐっと押さえて土方は、話の続きを促した。
「今日、部屋に戻ったら文箱の上にこれが置かれていたんです。どなたのものかわからなくて。発句集とあるので、歌をたしなむ方のものかなと。あとで皆さんににお訊ねしようと思ってました」
「!!」
早く気がついてよかった。危うく恐ろしいことが起きるところだった。
土方は冷静にと己に言い聞かせながら、千鶴の手にあるそれを検分するというような様子で取り上げた。
包みを解くと、探し求めていたアレがある。思わず目頭が熱くなった。
「あの・・・?」
「千鶴、お前。この中を見たか?」
思わず低い声になる土方に千鶴は怯えつつ、ゆっくりと。




頷いた。




(見たのかよ?!)
千鶴はいい子だから勝手に他人のものは見たりしないと思いたかったのに。で、ではあの春の月が大好きなあの句も恋に惑うあの句もみんな見られたというのか。
(俺の印象が!!)
絶対に壊れた。千鶴の中の俺像が。何てことだろうか。こんなことが許されるのか。土方はそっと横目で千鶴をみた。千鶴と目があった。なんだかとても合点がいったというような表情に土方は墓穴を掘ったことに気づいた。
「・・・もしかして、それ。土方さんのですか?」
「あ、あーー。その、だな・・・悪ぃかよ」
目をそらすと千鶴がクスクス笑った。
ムッとして千鶴を見れば彼女は発句集に目を落としていて。


「私は、好きですよ?」


土方は目を見開いた。思わず千鶴を凝視すると、千鶴は微笑んだ。
「そう、か。でも下手だぞ」
千鶴はニコニコしている。その後しばらく土方は千鶴と並んで茶を飲みながら、俳諧の素晴らしさについて生まれてはじめて女性に語るという経験をした。
(なんだか気恥ずかしいが、悪くねぇな)
千鶴と並んで話をしながら土方は、一句できそうだなと。晩夏の空を見上げた。








 
季節も何もかもはずしていますが、一度はやりたいネタですよね。
でもあれ、京に持参してきていたっけ?とも思わないでもないのですが(確認してません)、薄桜鬼では手元にあるらしいので書いてみました。
私は、素朴で人間味あふれていて好きなんですよ。よくないですか?

ここまで読んでくださってありがとうございました。