幸村が珍しく、一人で奥州にやってきた。
またいつもの勝負をしに来たのかと思えば、ぜひ将棋で勝負したいと言う幸村に、政宗は驚く。
趣味が鍛錬と団子を食べる以外にあったとは、政宗はその腕前見たさに了承する。
静寂に包まれている部屋で今、二人で将棋を指している。
幸村は口をヘの字に曲げて、真剣な眼差しで盤を見ている。
じっと政宗の指が駒に触れるのを、固唾を飲んで見ている。
ゆっくりと駒に触れたかと思った途端、素早い動きで駒を動かす。
「よしっ!」
「ああっ!」
「今度はアンタの番だぜ、真田幸村!」
「ぬおぉ、某も狙っておった駒なのに!」
「早くしろ」
「ま、待つでござる。そう急かされても...」
政宗に急かされ、幸村は慌てて駒へと指を伸ばす。その時、カチリと音が鳴る。
「お、鳴ったな。じゃあ交代だ!」
「あああっ、政宗殿が急かすから!」
「アンタが俺の言葉に乗せられるのが悪い」
「卑怯でござる、政宗殿!」
「何とでも!」
政宗は悪びれる事なく、両肩を上げて首を軽く竦める。
「次はこれを…」
そう言いながら、3つも固まっている駒に指を伸ばしスイッと自分の方へと引き寄せる。
「いただき!」
「ぬおぉっ!」
いとも簡単に駒を取っていく政宗を、幸村は悔しそうな顔をしながら見ている。
将棋は将棋でも、二人がしているのは将棋崩しだった。
何でも、猿飛佐助から教わったらしく、猿との勝負にはすでに負け知らずとなったらしい。
どうやら幸村は佐助から政宗は将棋が得意だと聞き、さっそく勝負しにきたのだった。
ところが…
結果、大差で政宗の勝利。
「さぁて、俺の勝ちだな!」
「参ったでござる…」
あれから5度勝負して、すべて政宗の圧勝に終る。
「さて、守ってもらおうか、負けた者は勝った者の言う事を何でも聞く事!」
「うぬぬっ…武士に二言はないでござる。何なりと申されよ」
「じゃあ、アンタからキスをくれないか」
「はっ!?」
「キスをくれ幸村…Oky?」
幸村の顎に手をやり、政宗は顔をゆっくろと近付けていく。後少しで口付けができる、その時、いきなり幸村が立ち上がる。
「おい!?」
「分かったでござる、政宗殿!」
「Ah〜n?」
「きすでござるな、待っていて下され!政宗殿!!」
「お、おい!」
そう大声で言った途端、幸村は脱兎の如く部屋から飛び出して行ってしまう。
驚きで幸村の姿を、目を見開いて思わず見送ってしまった政宗は、一人ポツンと部屋へと取り残される。
「あいつ、まさかと思うが…」
嫌な予感が政宗の頭を掠める。
しばらくして……
「政宗殿、お待たせしたでござる!」
ガラリと障子を開けて、幸村は笑顔全開で部屋へと戻ってきた。
両手にあるモノを持って。
「あ〜幸村…」
「はい!」
「その手に持っているのはなんだ…」
「政宗殿が所望された物でござる!」
「……桶に見えるが……」
「そうでござる!」
・Oky=all right(同意・承知の意を表す)とほぼ同意だがより会話的にokayともつづる
・桶=細長い板を縦に円形に並べて底をつけ、たがで締めた筒形の容器。
「もしかして、中には…」
「イキのいい”鱚”でござる!」
・Kiss=接吻(せっぷん)。口づけ
・鱚=スズキ目キス科の海水魚。沿岸の砂泥底にすむ。全長約30センチ。体は細長く、前方は筒形、後方は側扁する。背側は淡黄灰色で、腹側は白い。シロギスともよぶ。
想像通りの答えが返ってきて、政宗は頭が痛くなってきた。額に手を宛てておさえている。
「どうしたのでござるか?政宗殿??」
きょとんとした幸村の顔を見て、政宗はグイッと顎を掴んで固定をし、幸村の唇に思いっきりKissをする。
急に口付けられて、幸村は驚く。政宗に口付けされていると気付くと、ふがふがと文句を言っているが、そんな幸村に構う事無く、政宗は幸村の口内を堪能する。
熱い政宗の舌に絡まれると、段々と身体中の力が抜けていく。終いには政宗の腕の中で、凭れかかるように大人しくなっていく。
ゆっくりと唇から離れると、幸村の目は蕩けるように潤んでいる。
「これがKissだ…そしてOkyは、いいか?だ」
「…ま……さむね…ど…」
政宗はそう言いながら、言いかけた幸村の唇をもう一度塞ぐと、また深く口付ける。
「これからアンタにゆっくりと異国語を教えてやるぜ、身体でな!」
ニヤリと口端を上げて政宗は笑うと、幸村の身体を押し倒していく。
一つの言葉には色んな意味がある。
幸村が身を持って改めて知った事だった。
□ 終 □
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