●ジャン君の憧れとエレン君のお誕生日●



ジャンは思春期真っただ中の少年である。
どんなに世界が残酷であろうとも
どんなに状況がそんなことも言ってられないのだとしても忘れがちであるが、いわゆるお年頃であった。
夢もみた。憧れもした。


恋人と過ごす甘い日々というやつを、だ。
思春期の少年の夢は壮大で単純である。
そう、憧れていたのだ。

恋人の。
誕生日を祝ういうイベントを。




(夢見る事は自由だ)

 ジャンは、遠い目をして思う。ああ、本当に夢みていたあの日々は幸せだった。かわいい彼女の誕生日。彼女が喜びそうなものを少しだけ背伸びをして用意して、渡して。そのまま甘い時間を過ごすことを夢見た時期がジャンにもあった。
 相手は、ミカサであったり、まだ顔を見ぬ運命の女の子だったりしたが、本当に幸せだった。ジャンも、お年頃の男の子だからその先にあるであろうメインイベントについても妄想し、鼻息を荒くしたのも今では懐かしい。
 ジャンは、ふっ。と、自嘲気味に笑った。そんなジャンの前には、エレン。一応、ジャンの恋人である。すでに彼の想像とは違っていて、性別は男である。だが、恋人であることは間違いない。別に、倦怠期でもない。第一、付き合い始めてそんなに経ってないんだから、まだまだラブラブな時期だといっていいはずだ。だから、ジャンは今この瞬間までほんの少し。本当に少しだけ期待はしていたのだ。しかし、現実はやはり残酷であった。
 ジャン渾身のプレゼントはエレンの心にはまったく響かなかった。響かなかったどころか、理解もされなかった。照れくさいから、誕生日おめでとうも言わなかったことは言わなかったが、わかるだろう。今日は、お前が生まれた日だろう。と、思ったジャンが浅はかだった。



「テメェに察する能力を期待した俺がバカだったよ!」
「いでぇっ! 何すんだよっ!」
 ゴンっ。と、エレンの頭を拳骨で叩くと、エレンが喚いた。そのままエレンは、ジャンの胸倉を掴んでゴン。と、勢いよく額をぶつけていた。視界が歪んだ。とても、痛い。
「痛ェ! テメェ、何しやがる!」
「そっちが先に殴りやがったんじゃねぇか!」
「アァ? そりゃ、テメェがバカで呆れたからだろうが。この単細胞駆逐バカが」
「うるせぇぞ、馬面のくせに」
「あぁん?」
「アァ?」
 互いに胸倉を掴んで睨み合う。おかしい、絶対にこういう展開はおかしい。そうは思うが、エレン相手に、負けを認めるようなことはしたくはない。
 互いに負けるものかと、そのまま睨み合っていたら、グイ。と、肩を掴まれて引き離されて、互いに左右に吹っ飛ばされた。
「やかましいんだよ、クソガキどもが」
 先ほどまで二人がいたところには、不機嫌全開の兵長が立っている。兵長は、いつもの何を考えているのかわからない表情で、エレンが吹っ飛ばされた時に落とした小箱を持ち上げて、片眉を軽く持ち上げた。そうして、ちらりとジャンを見る。ジャンはギクリとして目を逸らした。
 居た堪れない。非常に、居た堪れない。
 なぜ、エレンが気づかずリヴァイ兵長が気づくのか。恥ずかしい。
 俯いていると、兵長は小箱をそっとテーブルの上に置くとそのまま出て行ってしまった。
 気まずい空気が流れる。エレンを窺うとエレンはジャンを睨みつけてきた。
(なんで、こいつ。こんなに鈍いんだ!)
 喚きたいけれど、無理なのでジャンは苛立ちを隠そうともせずに立ち上がり、ぐしゃりと小箱を掴んでエレンを無視し、部屋を出て行った。



 ジャンの初めての恋人のお誕生日は、こうして大失敗に終わったのであった。



エレンが、自分がかなり重大な失敗を犯したことに気づいたのはその日の夕方のことである。今日は、夕飯の準備もしなくていいから兵長のそばで書類整理の手伝いをと先輩たちに言われて、兵長のそばで雑用をこなし、夕飯時。リヴァイ班の先輩たちに祝われて、漸くエレンは自分が本日誕生日であることを知った。
 お祝をしてもらえる事が嬉しくて、涙目になってしまって皆を心配させたり、プレゼントをもらって嬉しかったりとにかく幸せだった。
 俺。この班に配属されてよかったと心から思っていたエレンに爆弾を投下したのはリヴァイだった。
「エレンよ。お前、あの馬面から貰ったものはなんだったんだ?」
「え」
 馬面。馬面とはジャンのことで間違いがないだろう。何か、もらっただろうか。エレンは、はて。と首を傾げた。
(プレゼント……プレゼント?!)
 エレンは、首を傾げたまま真っ青にになった。あの小箱。もしかしなくても、プレゼントだったのではないのか。
(いや、でも。やる。と、しか言われてねぇし)
 だから、何だよ。いらねぇよ、そんなもん。とか、言った。言ってしまったな、エレンさんよ。
(だって、やたらとかわいらしいリボンついてるから、てっきり誰かから貰っていらねぇからって寄越してきたんだと)
 ああ見えて、ジャンはモテる。それはこういったことに疎いエレンでも知っていることで、だから余計に腹が立ったのだ。だって、ジャンはエレンがジャンのことを好きだということを知っているはずなのだから。ゆえに、腹が立った気持ちのまま、不機嫌な態度を取ってしまった。
「エレン?」
「おい、どうした?」
 急にしゃがみこんで頭を抱えてしまったエレンを心配して、先輩たちやリヴァイが声をかけてきた。そんな彼らに顔を向けてエレンは半分泣きそうな声で言った。


「どうしたらいいですか……俺、誕生日プレゼントだって気づかなくて……いらねぇって言いました!」



 泣きそうな声で告げたら、すぐそばにあったリヴァイの顔が思い切り引き攣った。珍しいものを見たが、出来れば見たくはなかった。

いきなり呼び出されて、部屋に押し込められた。背中を押したのが誰だったかはわからないが、背が小さい男だったことだけはわかった。
 こっちは機嫌が悪いんだ。なんだ、テメェはと思ったが、何よりもこの小男の力が強すぎて放り投げるように部屋に突っ込まれたので文句も言えず、転がるように部屋に入ればそこには、真っ青な顔をしたエレンがいて、ああ小男と呼ばないで本当によかったと、ジャンはややズレた部分でほっとした。
「今ごろ、何だ」
 真っ青なエレンがいつまでもただ立ちつくしているので尋ねると、エレンはビクリ。と、した。
「……ッッ」
 唇を噛んでいる。何か言いたそうに口をモゴモゴさせているが、それだけだ。
「あのよ、用事がねぇなら、行くぞ」
 こっちは、まだ機嫌が悪いままだ。エレンに当たるのは間違っていると分かってはいるが、つい刺々しい声になる。
 そう、エレンは悪くないのだ。ただ、鈍かっただけで。ジャンの怒りは、まったくもってジャン自身の勝手な思いに起因するもので、エレンはとばっちりと言ってよかった。
 プレゼントとはジャンは言わなかった。ただ、察して欲しかった。恋人の誕生日をお祝してみたいと思っていた、その場面に淡い憧れを持っていたジャンが勝手に夢を打ちくだかれただけだ。
 乙女のような夢を抱いていたのが、悪い。と、訓練兵時代からの友人たちなら笑うだろう。おそらく、ジャンだって当事者でなかったら笑っただろう。そうなのだ、エレンは悪くない。だが、今はちょっとエレンの顔を見るのは遠慮したい。だって、情けないではないか。おめでとうも言えていない。最悪ではないか。
 だからジャンはエレンがこのまま何も言わないのならば、出て行こうと思った。
 エレンは顔を上げない。
「……じゃあな」
 黙ったままのエレンを置いて、ジャンは出て行こうとした。
「……ま……めん」
 小さな声が耳を打った。思わず、足が止まった。
「ごめん……俺……」
 エレンが顔をあげた。大きな目は少し潤んでいて、今にも泣き出しそうな顔をしながら、エレンは続ける。
「ジャン、の。プレゼント。俺の」
 ごめんなさい。ごめんなさい。と、ポロポロと零れ落ちる言葉と共に、エレンの瞳から涙がこぼれおちる。
「……」
「ごめっ」
 鼻を啜りながら謝るエレンに、ジャンは天を仰いだ。これは、困った。と、思った。
「プレゼント、欲しい。今からじゃ、もうだめか?」
 とてとてと近づいてきて、ジャンの服の袖を掴んだ。たいして身長が変わらないのに、その子どものようなしぐさがとてもよく似合っている。首を傾げて見つめてくる姿は、正直かわいくて、ぐっ。と、くるものがある。だが、しかしである。
 これは、想定してなかった。いや、冷静に考えればエレンが周囲の指摘によって気が付いて、こうやっておっかけてくる可能性はあった。だが、ジャンは怒っていたのだ。腹立ち紛れにエレンから取り返したアレを食べてしまったのだ。高価な砂糖菓子だった。甘い甘いそれを、それはもう苦い気持ちでバリバリと食べてしまったのだ。箱もリボンも捨てた。
「あの、な? もう、ねぇんだわ。食った」
「!」
 エレンは息を飲んだ。ショックを受けたようだ。
「俺の、プレゼント」
(そもそも、お前がそれをいらねぇとか言うからだろうが。ったく)
 しおしおと見る間に落ち込んでいくエレンにジャンはため息をついた。


 何故、自分はこんなに鈍い男を好きになったのだろうか、と。
 何故、自分はその鈍い男が可愛くてたまらないのだろう、と。



 ジャンの夢見ていた交際相手とは果てしなく遠い存在の恋人に内心現実は違うもんだなと思いながらも、落ち込むエレンがわかいいなんて思ってしまうのだからもう末期だ。
 頭にきていたのも、不機嫌だったのももうどうでもよくなった。
 もういいじゃないか。と、ジャンは思った。ジャンからの誕生日プレゼントがもらえなかったことでこんなに絶望していることで満足だ。
 この男は、ジャンが好きで。プレゼントをもらうことに関しては、嬉しかったのだとわかった。もう、それがわかればいい。


 だって、可愛いのだ。
 仕方ない。


「エレン」
 ちゅ。と、頬に口づけた。そうして、そのまま目尻に唇を寄せて涙を吸ってやる。
「誕生日プレゼントは食っちまってねぇけど、まだもう一個だけあげてねぇものならあるんだ」
 何。何。と、いうようにぱっちりと目を開いてエレンがジャンを見る。
 ジャンはエレンの耳に顔を近づけてエレンにだけ聴こえるように囁いた。



「生まれてくてくれて、ありがとうな」


 そう告げて、照れ隠しにエレンを抱きしめて唇を塞ぐ。そうすると、エレンがびっくりした顔をした後、真っ赤になりぎゅう。と、ジャンにしがみ付いてきた。
誕生日おめでとう。と、改めて言ってやればエレンはジャンの肩に顔を埋めたまま。
「ん」
 と、鈍くて恥ずかしがり屋の恋人は可愛らしく返事をしたのであった。









エレンのお誕生日に書きました。かわいいものを。なにかかわいいものをと呪詛のように呟きながら書いたのが、これ……。
祝ってないような気がしないでもないが、お誕生日おめでとうでした。

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