子どもの頃から、寝苦しいな。って、ことは結構あった。でも、エレンは基本的に一度眠ったら朝まで目覚めることはない子どもだったので、今の今まで気づかずにいた。むしろ永久に気づかなかったほうがよかったのかもしれない。
 何に気づかなければよかったか。なんて、ことは訊いてはいけない。いや、質問されてもエレンにだって説明ができないのだから、仕方がない。だって、いるわけないじゃないか。と、思うのだ。エレンだって、実はいたんだよ。なんて、言われても、「はぁ?」と、言ってしまうような状況が今、現実に目の前で起こっているわけである。夢なのかな、そうか夢か。夢なんだなと目を瞑ってみたけれど、重さは変わらなし、エレンの顔に向かって集中砲火を浴びせているその視線は外されることもない。
 ああ、どうしよう。と、エレンは思った。そして、今この状況下でなんでこんなに冷静に誰にしているのかわからない解説をしているのだろうと思った。たぶん、現実逃避したいんだなってことはよくわかっている。誰でもそうだろう。この状況下で、動揺しない奴なんていないはずだ。
 そう。だって―――。


 暗闇に浮かぶ二つの目玉。それはとてつもなく目つきが悪い。さらにぼんやりと浮かぶ顔は陰気。何をそんなに不機嫌なことがあるのかという顔つきで、しかも表情筋がお仕事を放棄している。いや、笑っていてもそれはそれで怖いけれど、何でその顔つきで、その目つきで、ただ黙ってこの人……たぶん人であるはずの存在は寝ていたエレンの上に正座しているのか。和装で。更になんでか、子ども用の着物姿。何故か熱心にエレンを見ているこれは、アレなのか。もしかしなくても、心霊現象的なアレに狙われているのか。


 こんな夜中に、エレンの上に座る和装の男。そんなもの、ひとつじゃないか。ようやくエレンはそれを認めた。と、同時にエレンがすべきことは一つだった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 最初にすべきだった悲鳴をようやく上げた。そして、飛び起きた。すると、エレンの上に鎮座していた子ども用の着物を着た成人は、ころんと転がった。
 男は実に形容しがたい凶悪なオーラを振りまき、エレンを睨みつけた。こいつ、動くのか。なんてことを思ったのは内緒である。案外余裕だなと思ったエレンだったが、目があった瞬間思わず、ひっ。と、なった。怖い、怖いなんてもんじゃない。
「てめぇこの野郎。いい度胸してるじゃねぇか、あぁ?」
「はいっ、すみませんでしたぁっ!」
 思わず謝ってしまってから、ハッとする。
(いや、ここ。俺の家だよ)
 むしろ不法侵入はこの男。いや、子どもの着物をきた変な男だ。エレンが何か言い返そうとしていると、突然男が不思議そうに眉をひそめた後に、先に口を開いた。
「なんだ、お前。俺が見えるようになったのか」
 そうか。と、何か一人で感心しているが、見えるもなにも。アンタが転がった瞬間に、着物の中も丸見えだった。だが、そんなことを言って呪われても怖いので、エレンが黙っていると、エレンの態度を全く気にしてなさそうな男はエレンに向かって。
「座敷わらしをみるなんざ、ラッキーだな」
と、言った。




 座敷わらし
 ZASHIKIWARASHI
 わ・ら・し



 予想外すぎる発言に、エレンは言葉を失った。座敷わらしと言われて浮んだイメージとあまりにかけ離れている。絶対におかしい。まず、わらしって。どう考えてもアンタは成人だ。間違っても子どもではない。子ども用の着物を着ているのは、あれか。わらしに憧れちゃった妖怪的大人になりたくない症候群なのか。よくそのサイズの着物があったな。そうか、大人になりたくないから、さては特注なのか。と、いうか。アンタその顔で座敷わらしとかよく言ったな。むしろこの暗そうな感じに重い空気。
「貧乏神……いや、みたことねぇけど、わらしはおかしいだろ」
 つい、口に出して言ってしまった。
「!」
 相手がカッ。と、目を見開いて固まった。そして、ギギギギと音が鳴りそうな感じで、こちら側をみた。目をかっ開いたままだったので、すごく怖い。
「座敷わらしがオッサンでなにが悪い」
(え、俺。オッサンまでは言ってねぇ)
 そう続けたかったエレンの言葉は飛び出すことはない。何か空気を切り裂くものが飛んできたなぁ。と、思ったら腹のあたりに衝撃を感じ、気づいたら向こう側の壁とエレンはお友達になっていた。自分が蹴られたのだと気づいたのは、エレンが寝転び。その前に仁王立ちした自称座敷わらしのオッサンが、着物の中丸見えの状態で立っていたからである。
 見えてます。と、言ったらいいんだろうか。いや、それよりも何故、真夜中にエレンはこんなけったいな生き物に蹴られなければならないのだろうか。さらに、これだけは言ってあげたい。たぶん、自分で自分の矛盾点に気が付いていない自称わらしさんに言ってあげたい。
 わらしは、子どもという意味だ。よって、オッサンである時点で間違っている、と。
 だが、それは声にはならない。何故かって。それは。オッサンが妙に堂々としていて、何か強そうで言えなかった。


「座敷わらしのリヴァイさんだ。よく覚えておけ、クソガキ」


 はい。と、いう以外に何かあっただろうか。
 たぶん、ない。