今日は、せっかくだいぶ早いうちに体が空いて、アリババを勉強という名の元に自室に連れ去り今日こそは思ったシンドバッドだったが、どうやら肝心のアリババの様子がおかしい。
今後のことを夢想して、すっかり彼のご機嫌というものを失念していたシンドバッドが悪いと言えば悪いのだが、せっかくのこのひと時を台無しにするつもりは毛頭ない。


「アリババくん。どうしたっていうんだ?」
「知りません……」


自室に連れ込んでベッドに乗せたまではよかったのだが、キングサイズのベッドの上でアリババは膝を抱え込むようにして座って顔を埋めてしまっている。どうみても、これはご機嫌斜めだ。拗ねてるとってもいい。
普段、この少年は人のことばり考えていてなかなか自分の感情というものを出したがらない。
とくに、シンドバッドといるときはその傾向が顕著である。
シンドバッドとしては、一番頼って欲しいし甘えて欲しい。なぜならば、こちら側には甘やかす用意も、アリババを守っていける用意もあるのだ。だが、アリババはそれを望まない。この少年が望むのは自らで立ち上がって歩くことだ。それをわかっているから、これ以上ないという師匠をつけてやったし、シンドバッド自身教えられることは全て教えてやりたいと思っている。
これは、国のため世界のためというよりも、アリババが大事になってしまったシンドバッド自身の個人的な感情に起因するものである。だからこそ、大事なアリババが機嫌を損ねている現在は、シンドバッドにとっても困った事態なのである。



「アリババくん、俺と一緒が嫌なのか?」
「……っっ、……違います」

ぴくり。と、肩が跳ねあがった。どうやら、嫌われてはいないようだ。では、何が気に入らないのだろか。
もっとよくきいてみようとシンドバッドはベッドの上でアリババににじり寄った。
「アリババくん。何が、嫌なんだ。きかせてくれ。俺は、君が望むならなんだってするよ」
囁くように言うと、アリババが少しだけ反応した。耳が赤い。
「アリババくん?」
アリババは、少しだけ顔をずらして目線だけをシンドバッドに向けてきた。その盗み見するような顔つきがたまらなくかわいい。そのことに、彼は少しでも気がついているのだろうか。
品のよかった、バルバッド先王の血を引き、おそらく優しい女性であっただろうアリババの母の気質を彼は受け継いでいる。線の細い容姿もおそらく母親譲りなのだろうとシンドバッドは想像した。やわらかな彼の金色の髪の毛に指を通す。梳くようにして撫でてやると、アリババは恥ずかしいのか膝の間に強く顔を埋めた。
「アリババくんの髪の毛は気持ちがいいね。こうしてるだけで、俺は幸せだよ」


嘘だけど。
本当は、抱き寄せてキスをして押し倒して。余すことなく彼を味わうことが最上の幸せだ。
だが、そんなことを言ってしまえば、女性経験もないアリババは怯えてしまうだろう。
彼のシンドバッドへの想いは、まだ完全には定まってはいない。
ちょっとした出来事で、その淡い想いは簡単に壊れてしまうだろう。
だから、まだ言わない。
まだ、綺麗事ばかりを囁いてあげる。



アリババと出会う前のシンドバッドには、我慢なんてできなかったはずだ。
それがいまは、どうだ。恋に奥手な少年のご機嫌を取ろうと必死なのだ。
彼のために幼稚な恋に付合い、彼のために怖い男を封印する。
まったく、自分自身で己が信じ難いよ。と、シンドバッドは苦笑いを浮かべた。


恋は、遊びでしかなく。
寄って来る女性たちとそれなりに楽しい時を過ごす。それだけだった。
本気になったことはない。
それでいいと思っていたのだが。


「シンドバッドさんは……、だって……なのに……」


不意に、膝を抱えてそこに顔を埋めたままのアリババが何か言った。
「よく聴こえなかった。すまない、何て?」
「……シンドバッドさんはズルイ、だって……いつ……のに。俺ばっかり余裕がない」
小さな声で言われた言葉に、シンドバッドは目を丸くした。
驚いた。この子どもは、無意識にシンドバッドに最大のダメージを与えてくれる。
それは、もちろん甘い甘い逃れたくはない方向へのダメージだ。



「そんなことはない。俺は、いつも想っている。君が毎日、俺がいないところで誰と何をしているのだろうかと。もしかしたら、誰かが口説いてたらと思うと堪らなくなる。もし事実なら、そいつを全力を持って潰すことに些かの躊躇いも感じないよ。いつだって、君のことばかりを考えている。アリババくん。こうみえて俺は、独占欲が強い。君に関しては、俺はまったく余裕などない」
シンドバッドは、頑なに顔を上げようとしないアリババの頬を手で挟み無理矢理持ち上げた。
そうして、額と額をぶつける。
すると、アリババがわかりやすく顔を赤くした。だが、気まずいのだろう目は逸らす。
やはり、反応がかわいい。本当に、堪らない。
「だから、どんなことをしても……君を振り向かせる自信がある。君は、俺のものだからね」
「なっ。モノって……!!」
「いやらしいかい? だが、俺だって君のものなんだよ。だから、」
真っ赤な顔をしたアリババをシンドバットは引き寄せた。そのまま横倒しにベッドに倒れ込む。



「いつも待ってばかりなのは俺なのには、俺の台詞。どれだけ待ってると思う?どれだけ、君と溶け合いたいと願っていると思う? 君は、いつまで俺を待たせるんだ?」
「……それは、そのっ、でも、あのっ」
アリババは分かりやすく逃げようとする。だが、そんなのはとっくにお見通しである。
シンドバッドは、素早くアリババの細い腰を引き寄せると腕の中に閉じ込める。
そうして、囁くのだ。





「もう待てないかもしれないよ?」




ビクン。と、アリババの体が震えた。腕の中のアリババを見ると、彼は盛大に顔を真っ赤にしながらぎゅう。と、目を瞑っている。
だが、抵抗はない。シンドバッドは、勝利を確信して唇の端を嬉しげに持ち上げた。


「もしかしたら、襲っちゃうかもしれない」

アリババは首まで赤くした。たぶん、男同士はどうするのかさえわかっていないだろう少年の初々しい反応にシンドバッドの胸は高鳴る。
アリババは、恥ずかしそうにしながらも顔をあげた。少しだけ迷うように視線を彷徨わせたあと、シンドバッドと目を合わせてくる。
目元が赤い。それに、羞恥からくるのか少しだけ目が潤んでいる。本当に普段は色気など微塵も感じない少年らしい少年だというのに、今はどうだろう。
シンドバッドは、すぐにでも食らいつきたい衝動をなんとかやり過ごす。
そんな大人の内心など知らないアリババは、ようやく決心がついたのか、口を開く。



「……待たなくて、いいです……」


異常に早口で、言われた言葉に理性が飛んだ。
「アリババくん、好きだよ」
甘い声で愛しい少年の名を呼び、シンドバッドは真っ赤に熟れた少年の唇を塞いだ。





END







 
BLっぽく!!二人とも偽物(滝汗)


2012.10.12.サイト掲載