「アリババくん、モルさん!」


アラジンがアリババに抱きついて。アリババが笑いながらアラジンを抱き返す。
それを隣で見ていたモルジアナが笑って。
実に、仲睦ましい映像である。
だが、それはときと場合によってはとんでもない大災害を及ぼすことを知る者は少ない。

(いいなぁ)

ぼんやりとシンドバッドは、庭園で戯れる三人の子どもたちをみて思った。
なによりも、アリババに抱き付きたい。いきなりあの場に割って入ったらおそらくアラジン以外の二人は驚くのだろうが、そんなこと気にしていらえるほどシンドバッドは大人ではなかった。
何よりも、何て羨ましいことをしているのだろうかアラジンは。さっきから見ていれば、アリババにベタベタと。
どうにかして割って入れないものだろうかと思案するシンドバッドだったが、それを行動に移すのは躊躇われた。

なぜならば。

「かわいらしいですねぇ。やはりあの三人は」
シンドバッドの傍には、先ほどからずっとジャーファルが付き従っているからだ。
傍にいるのは、彼の職務上当り前なのだから、さほど不自然ではないのだが、今日のジャーファルの纏う空気がシンドバッドを警戒させた。
なにやら、怒っておられるのだ。
おかしい。政務は滞りなく終えた。最近は、アリババにとってシンドバッドは常に憧れの大人であるように見せようとして、少しだけ生活態度も改めた。女遊びは駄目だろうと、それも自粛した。
酒も量を減らした。やはり、アリババにかっこいい男と見てもらうためだ。
だから、ジャーファルにすればいいことばかりのはずなのだが、この男。笑顔のまま負のオーラをまき散らしていた。
一体、何をした。
俺は、何をしたんだ!!と、自問自答してみるが、答えは出ない。
原因は、シンドバッドではないということか。
そう、何もしていない。
シンドバッドは、結論付けて割り込みをかけようと腰を浮かしかけた。



「シン、あなたはここです」
動いたら、殺す。そんな幻聴が聴こえた気がしてシンドバッドの浮きかけた腰は再び沈む。
思わず、ジャーファルを見ると彼はニコニコしていた。
「あの三人は、本当に仲がよいですね」
言外に、テメェのような不純物が混ざることで汚れるんだよ。と、言われているようでさすがのシンドバッドもぐっさりと刺さる。何故、今日はこんなにも刺々しいのか。ひたすら謎に思っていると、ジャーファルが美味しいお菓子をお持ちしました。と、いうような爽やかな笑顔のまま、ドスンと紙の山を庭園に面した今シンドバッドが腰をおろしている椅子の前にある丸いテーブルの上に積み上げた。
「政務は、終わったはずだが……」
不思議に思ってジャーファルの顔を見上げると、彼は極上の笑顔を向けてきた。
「ええ。これは、アンタが誑し込んだ女性たちの親からの呪いに満ちた結婚を望む手紙です」
「……」
思い当たることが、ないわけではない。だが、失敗した覚えはまったくなかったので、放置でよいではないかと思い、彼を見た。
見たことを、シンドバッドは後悔した。
「返書を書いていただけますね?」
「……」
テメェの不始末は、テメェでつけろと、ばかりの真黒笑顔にシンドバッドが降参したのは言うまでもない。





こうなれば、早く終わらせるに限る。と、シンドバッドはペンを走らす。
白々しいことこの上ないが、誠意があるように見える文章を量産してゆく。全ては結局はお断りの手紙だ。
シンドバッドが妻帯することはあり得ないのだから、最初から女などに手を出さねばいいだけのはなしなのだが、寄って来るものを拒むのもどうかと思うのだ。
女性に失礼ではないか。シンドバッドは真剣に思うのだが、誰もこの持論には賛成してくれないのもわかっていたのでここでそれを持ち出して、ジャーファルに叱られるような愚は犯さない。
そのかわり、ひたすら書いて。書いて、この面倒な仕事を終わらせることにシンドバットは精を出す。
そんなシンドバッドの耳に届くのは、実に楽しそうな子どもたちの声だ。
特に、アリババの声が響く。
アリババの声が大きいわけではない。
シンドバッドが聞きたいのが、アリババの声だからどうしても聴こえてしまう。


「アラジン、そんなにくっつくなって!」


思わず上がったというようなアリババの声に、シンドバッドは顔をあげた。
「手が、止まってますよ」
「!!」
シンドバッドは顔をあげたことを後悔した。眼前にあったのは、絶対零度の笑みのジャーファル。
今、手を止めたら殺る。と、いう気迫にシンドバッドはモゴモゴと不明瞭な言葉を呟いて下を向く。
だが、先ほどの一瞬でシンドバッドの網膜に焼き付いた映像は納得がいかない。


彼は、見た。
絶対零度の笑みの向こうに、アラジンがアリババにスリスリベタベタしている姿を。
何て、ことをしているんだあのマギは。


(あれは、俺の特権だ!!)



シンドバッドの取る行動は一つだった。
鬼神も裸足で逃げ出す勢いで、手紙を仕上げジャーファルの小言をやり過ごし、ゆっくりと三人に近づき更には、訝しがるモルジアナに異様に爽やかな笑顔を向けて、横からかっさらうようにアリババを奪う。
「はっ?? ……ええっっ?!」
当然、アリババは意味もわからずきょとんとした。アラジンもぽかんとして、シンドバッドを見上げている。
「おじさん、アリババくんをどうするんだい?」
アラジンのもっともな疑問にシンドバッドは、笑顔で答えた。


「ん? もちろん、こうするのさ」
「!!!!!」


アリババを横抱きにしたまま、シンドバッドはアリババの唇を己のそれで塞いだ。
慌てふためいたのは、アリババだ。驚愕のあまりに目をこれでもかというほど見開き、最初は唖然としていたものの、すぐに逃れようと暴れはじめる。
だが、筋力もさほどではない少年が暴れても、シンドバッドには痛くも痒くもない。
力いっぱい抱き寄せて、貪るように少年の唇を味わう。


「んーーーー!!んぅっ!」


ドンドンと、抗議のためにシンドバッドの胸を叩くアリババの手の力がだんだんと抜けてゆく。縋りつくようになってきたことに気をよくしたシンドバッドは、それ以上に及ぼうとアリババを抱いたまま部屋へ連れ去ろうとしたシンドバッドの背中に何か冷たいものがつきつけられた。



「どちらに?」
「……」


その後、しばらく。
アリババの前にシンドバッドが姿を見せることはなかったという。



END





 
サイト掲載 2012.10.12.