バルバッドの第3王子……。 その存在は、亡くなった先王より少しだけ聞いていた。 娼婦に産ませた子だといいながらも、その時の王の顔は父親のそれであり、王として尊敬した人物の意外な一面を見たとシンドバッドは思ったものだった。 なぜ、シンドバッドがその子どもの存在を覚えていたかというと、現王があまりにも酷かったからだ。 現バルバッド国王アブマド。暗君を絵に描いたような男である。 先代が亡くなったあと、バルバッドはみるみるうちに衰退した。いや、王族やその特権に群がる者たちをみているだけではそのことには気づきにくいかもしれないが、民は飢え。治安は悪化し、このまま行けば長く待たずしてこの国は滅びる。そんな予感をシンドバッドだけではなく、誰でもこの国を訪れれば抱くであろうこの現状を、王は振り返ろうとしない。 なぜ、この国は。この王は。偉大な先代を見習おうとしないのかとシンドバッドは思うのだが、手本にしなかったのだから仕方がない。 いくらシンドバッドが口出ししようとも、アブマドの悪政は改善されることは無く、それ故に霧の団とかいう義賊気取りの盗賊が台頭し、民の心を掴んだ。 そのことも、あれでは仕方のないことだとは思っていた。 だが、シンドバッドとしても、このままバルバッドが衰退し滅んでゆくのは都合が悪いのだ。 しかし、『駒』としてはアブマドは明らかに不適格であった。 では、二男の副王はどうだろうか。気が弱過ぎて使い物にならない。気質的には現王よりも良質であるが、あの気の弱さが全てを台無しにしていた。 だからこそ、ずっと見たこともない第三王子についてなんとなく気になっていたという次第である。 だが、その王子の存在も生死もはっきりとしたことはわからないままだったから本当になんとなく覚えてたという程度だったのだが。 その少年が、シンドバッドの前にいる。 しかも、迷宮攻略者でありマギであるアラジンに王として認められた少年だ。 この価値がわからないシンドバッドではない。 駒は、できるだけ多い方がいい。 世界のために駒は必要だ。これは、手放してはいけない。シンドバッドは確信した。なによりも、マギであるアラジンを手元に置くためには、アリババを手元に置くのは必須であることがわかった。 アリババは、マギに愛されている。マギであるアラジンがアリババを慕うのであれば、その慕う人間を囲い込めばいい。 そう思い、近づいたのはシンドバッドも認めるところである。 そこに感情はなかったはずだった。 はずだった、のに。 利用価値が高いだけのただの少年は、あっという間にシンドバッドを魅了した。 彼は、頼りなげに見えて実は芯がしっかりしている。 モルジアナに叱られてしまったのも、今は分かる気がする。 彼は、とても純粋でまっすぐで、優しい。だからこそ、周囲の人間の気持ち性質までも良い方に変化をもたらす。 純粋の意味をどうとらえるかが問題にになるかもしれないが、とにかくシンドバッドにとってアリババは眩しい存在であった。 シンドバッドが失ったありあとあらゆるものを、アリババは持っていた。 彼のためには、近づかないほうがいいのだろう。 大人がここは引いてやるべきなのだろうが、あいにくシンドバッドはそこまで大人ではなかった。 いや、わかっていながら手を引かないのだから、十分に狡猾な大人なのかもしれない。 「アリババくん」 「シンドバッドさん!」 声をかければ、少年は笑顔でシンドバッドを見上げる。その目は、少年期特有の大人への憧れを含んだ瞳だ。 (君が思うほど、俺は立派な人間ではないよ) 近寄ってくる、アリババに笑顔で話しかけながらシンドバッドは冷静に思う。柔らかな金色の髪の毛が、シンドリアの風に攫われてふわっと舞い上がる。思わず、触れたくなってシンドバッドは手を伸ばす。 ぽす。と、頭の上に手を置くと、アリババが驚いて目を丸くした。 その子どもじみた反応にシンドバッドの笑みが深くなった。 「アリババくん。遠い煌帝国の話を聞きたくはないかい? そこそこ長い滞在だったからね。面白いことは結構あった」 「煌帝国ですか……」 アリババは、たちまち興味を覚えたようだ。そのことに満足する。 向こうで話そうと、シンドバッドはアリババを城の奥深く、人気のない場所へと誘導してゆく。 (本当に、俺はズルいな) 穢れなき少年をこれから穢そうとしているというのに。 何一つ罪悪感を覚えることもなく、心はただこの少年を自分のモノにする瞬間を心待ちにしているだけだなんて。 少年、アリババの心を少しずつ奪ってゆくためにはどう行動すればいいのか。 そんなことばかりを考えているなんて、キミが知ったら失望するだろうか。 それとも喜ぶだろうか。 シンドバッドは、ゆっくりと歩を進めながらアリババの手を引く。 「さぁ、行こう。アリババくん。こっちだよ」 「シ、シンドバッドさん、なんで手を引くんですか……?!」 「それは……早くキミに話をしたいんだよ、アリババくん」 本当は、違う。 本当は、人気のない場所でアリババくん。 君を手に入れるためなのだけれど。 「それならここでもっ」 シンドバッドに引っ張っれるようにして歩きながら、アリババは言った。だから、シンドバッドは笑う。 「いいや、そういう訳にはいかないのだよ、アリババくん」 「なんでっ!!」 「なんでもさ」 快活に笑うと、アリババはむぅ。と、膨れた。本当に、かわいい。 (キミはいつ気づくのかな、アリババくん) 大人の隠された感情と、アリババに用意された巧妙な罠に。 罠にかかるのは、いつなのか。 (ねぇ、アリババくん。早く落ちておいでよ) シンドバッドは笑顔のまま、アリババの手を強く握り直した。 END |
シンアリ初SSです。 アリババからみて、シンドバッドは物語にもあるような英雄で大人で立派な王さまで憧れの対象なんだろうなって思います。 でも、シンドバッドって原作から考えて相当色々あるような人物ですよね。と、思って書いたら暗いなこのSS!! マギ面白いよー。と、友達に言われてコミックスを買い。ここに至るまで最短4日とかどういうことなのだろうか。と、自分に呆れながらも初SSでした。 ここまで読んでくださってありがとうござました。 2012.10.12.サイト掲載 |