【7月7日の運勢一位は蟹座】



今日は、七夕さん。保育園のみんなは楽しそうに短冊を飾り付けている。いつものように、大輝くんと涼太くんは、途中で飽きてしまい、せかっくの七夕のためにと今吉園長が用意した笹を持って、チャンバラを初めてしまっている。その隣で、眠そうにしている敦くんの傍で鋏を手にしてやたらめったらシャキンシャキンしている征十郎くん。その征十郎くんに怯えてしまっている大我くんを気遣うテツヤくん。そのテツヤくんのお嫁さんになるのと保育園児にしてはリアル過ぎる夢を短冊に書きまくっているさつきちゃん。本当にいつも通りで、担任の高尾はうちの子たちは今日もいい子。と、満足そうにうなずいた。だが、いつもの光景に一つだけ欠けているものがあった。高尾はちらりと部屋の隅で一人でいる一人の子供を見やる。
真太郎くんだ。いつもは、にぎやかな子供たちのなかに混ざり時には辛らつな時にはド天然な発言をしているかわいいかわいい高尾の教え子だ。真太郎くんの左手にはウサミミカチューシャが握られている。どうやら今日の蟹座のラッキーアイテムはウサミミさんらしい。おかあさんお手製とみられるそれをぎゅ。と、握ったまま真太郎くんは、難しい貌をしたまま、クレヨンをもって短冊とにらめっこしたままだった。


 そのウサミミ。つけたらたいそうかわいいのに。高尾は、朝一で真太郎くん自身に断られた件を心のなかで蒸し返す。朝につけたらいいじゃん。と、言ったところ。『おとこのこはこんなものをつけてはだめなのだよ』先生頭悪いんじゃないの。と、いうような冷たい一瞥付きで言われてしまった。真太郎くんは、非常にツンである。だからこそ、デレがかわいすぎて高尾はこの教え子がかわいくてたまらないのだが、今はそこが問題なのではなく。
(どうしたのかなぁ)
 確かに真太郎くんは、大輝くんや涼太くんみたいに元気いっぱいな子ではない。もの静かだが、真太郎くんは意外と行事ごとには積極的な子だった。それがつまらなそうに、やる気もなさそうに短冊に向かっている。人事を尽くすがスローガンの園児にしては珍しいことだった。と、そこまで考えて高尾ははっとした。数日前の真太郎くんの発言を思い出したのだ。



 数日前。七夕のお話をした。さつきちゃんは女の子だから目を輝かせて、楽しそうにお話をきいていた。他の園児たちも七夕さんを楽しみにし、早く彦星と織姫が会えるといいねと7月7日は応援するんだ。と、いう話をしていて大変ほほえましかった。その中で、一人。真太郎くんは難しい顔をしていたので、高尾は聞いたのだ。どうしたのかと。
真太郎くんは。別に。と、言った後。小さな声で『たんじょうびなどかんけいがないのだよ』と言っていた。たぶん、高尾に聞かれるとは思ってなかったのだろうか、そうか。七夕は真太郎くんのお誕生日だった。これはちょっと失敗したかなと高尾は、高尾なりに反省をしたのだった。だが、反省で終わるような高尾ではない。ちゃんとそのための準備もしてきている。ちゃんと、真太郎くんのお誕生日をみんなでおめでとうという計画はあるのだ。
高尾は、にっこりわらった。


「真ちゃん、短冊できた? 今日の七夕さんはね。ちょっとだけ特別だよ。七夕の劇をみんなでするんだ。織姫は真ちゃん。彦星は、驚くなよ。この男前な高尾くん!」










  ゲシッッ!!!!







 暴力的な音が響いたあと、緑間がメガネを押し上げて足をおろした。勘違いの可能性もないほどに、高尾の尻のあたりを蹴ったのはこのお育ちが良さそうな男子高校生、緑間真太郎である。
「何故、俺が織姫なのだよ。そこは、普通彦星だろう」
 緑間が突っ込むと、宮地がイヤイヤと首を振った。
「緑間。ツッコミするのは正しいが、場所が間違ってるぞ。それ以前になんで、園児ネタ?」
「え? 真ちゃんが園児とか、かわいいかなって。お昼寝でお漏らし真ちゃんとかみたいっしょ」
「高尾ォォォォォ!!!!!」
 緑間が高尾を追い回す。宮地はそれをみて笑っている。もっとやれ。とかなんとか言っているので助ける気はさらさらない。
「真ちゃん。女優の顔は命だから、顔はイヤ!」
「緑間、英語の辞書貸してやるから遠慮なくヤレ。許す」
 宮地がニヤリとして分厚い辞書を取りだした。無表情で緑間はそれを受け取る。
「ちょっと、借りないで!それ、本気で痛いからっ。……まっ」
 ギャァァァァ。と、言いながら高尾は逃げ続ける。待つのだよ。と、追いかける緑間の声を聞きながら、木村は一人冷静にケーキを切り分ける。ケーキを平等に分けるのは大変なのだ。なにしろ、食べ物の恨みは怖い。


「おーい、お前ら。切り分けたぞ」


 木村の一言に全員がぴたりと動きを止め、ケーキに群がってくる。レギュラー人数分に切り分けられたケーキを一人ずつ手にとったところで、全員が緑間をみるものだから緑間がたじろいだ。
「な、何なのだよ」
「いや?」
 宮地がニヤニヤした。となりで大坪もニヤニヤしながら、高尾を促すように見る。
 高尾がニッコリと笑った。


「えー、では。僭越ながら、この高尾が音頭を取らせていただきます。真ちゃん、お誕生日」




 おめでとう!!



 全員の声が唱和して、緑間は照れたのかメガネを押し上げたまま固まった。
 







END