【恋などという浮ついたものではないのだよ 後】


やはり、俺はおかしい。



 緑間は、宮地に物騒な台詞とともにどつかれている高尾をぼんやりと見つめながら思う。
 高尾が一生懸命緑間を呼んでいるが、あれは自業自得というものなので、助けてやるつもりは欠片もない。たまには良いのではないかと思う。と、いうのは建前で宮地の攻撃が緑間にまで及ぶのが嫌だった。そこは、相棒といえど遠慮したいのである。
 頑張るのだよ。と、緑間は心のこもっていない言葉を更に届かないこと間違いなしの己の胸の内だけで呟きながら、手にあるバスケットボールを見た。今日は、調子が悪い。絶不調もいいところだ。
 なぜ、ここまで拘るのだろうかと疑問に思う。昨日はあんなにすっきりとした気持ちで寝入ったというのに、朝起きて、いつものよういおは朝を見て今日の運勢を確認し、ラッキーアイテムを確認し、準備し、ラッキーアイテムのピヨちゃん6号を手にしたところで、高尾が迎えに来るところまではいつも通りだった。高尾と顔を合わせても特段何とも思わず緑間はいつものようにチャリアカーの荷台に乗った。そうだ、ここまではいいのだ。緑間は、今日のかに座の運勢は二位であり、そこそこの滑り出しだと思っていたぐらいである。
 だが、そこで高尾が余計なひと言をいったのがいけなかった。
 高尾が黄瀬の話なんかをするからいけないのだ。高尾が黄瀬がかっこいいだとか素敵だとか信じられない妄言を吐いたわけではない。ただ、昨日のラッキーアイテムがバカモデルだったことを思い出して、どうだったと言っただけだった。




 どうだったなんて、決まっている。
(最悪だったのだよ)
 高尾のことを緑間が好きだと言いだし、更に黄瀬と高尾がキスしたらどう思うかなどと言いだしたあの男をどうにかして欲しかった。相棒にバカがうつると困るので、お前にはやらん。と、言えば、何故かニヤニヤされ。男らしく宣言してやったというのに、なぜか周囲に向かってぺこぺこする有様。話を聞けと思うが、何しろ相手は黄瀬だ。致し方のないことなのかもしれないが、あいつも中学時代はもう少し話をきちんと聞けたはずだ。少なくても赤司の話はきいていたが、やはりあれは相手が赤司故の必死のなせる業だったのかもしれない。あいつの奇行に今更何か言おうとは思わない。……話が逸れた。
 とにかく、昨日の一件のせいで緑間の頭の中に黄瀬の言った高尾にキス云々の話がこびりついて離れてくれず、一日中それが脳内を占拠している。
 人事を尽くさねばならない授業中もモヤモヤし続けていてさっぱり集中できなかった。昼休みも高尾と弁当を広げならがモヤモヤしていた。高尾の口許ばかりに目がいってしまうのは何故だと苛々した。何が悲しくて、高尾の唇に尋常ならざる興味を持たねばならぬのだ。緑間は本当にその時、黄色が絶滅すればいいと思った。手始めに、罪のない母作の卵焼きを丸のみして鬱憤を晴らした。母よ、すまぬ。せっかくの卵焼きを粗略に扱ってしまった。そんな悔恨と苛々とモヤモヤを抱えたまま、迎えた放課後。



 ボールがリングに当たりまくっている。
 実に、忌々しい。



 完全に気が散っているのだ。こんな状態で練習をしても意味がないのではないかとさえ思う。こんなことは初めてだ。腹立たしい。



 これも、全て。
 バカモデルのせいだ。



 今日のかに座の運勢は二位。決して悪くはないが、緑間の気持ちは先悪だ。やはり卵焼きでは鬱憤は晴れなかった。それはそうだろう。あれは、母の愛情が詰まった逸品だ。かえって、罪悪感が増しただけだった。この鬱憤どこで晴らしてくれようか。そう思っていた緑間の耳にミニゲームという言葉が飛び込んできた。溜りに溜ったこの鬱憤。ここで晴らしてやろうと緑間は嬉しくなる。嬉しさを押し隠すように、緑間は眼鏡を押し上げる。その背後で遺言は真ちゃん助けてくれなかった、で! と、叫ぶ高尾の声が響いていた。






 散々な練習が終わって、高尾と家路につく。
「ねぇ、真ちゃん。今日変じゃねぇ?」
「普通なのだよ」
 その割に、何で俺を見ないの。と、高尾が言うから緑間は眼鏡を押し上げて誤魔化す。最近こればっかりしているような気がするのは気のせいか。
 部活後、ずっと高尾を見ようとしていないのは事実だった。見ないのではなかった。見れないのだ。
 見れば、昼のように唇に目がいってしまうからである。だが、それを吐露するわけにもいかず緑間はあえて高尾と合わない視線をまっすぐ見たまま考える。
 唇に目が行くのも、もちろん困るのだが、高尾が誰かのものになるのも困るのだ。やはり今日一日のモヤモヤの原因はそれだ。相手が黄瀬だろうが他だろうが関係なく困る。それだけははっきりしている。だって、こんなにも不調になるのだ。もしもを考えただけでこうなろうとは流石に予想外だったが、こうなると分かった以上対策を練るのは当然のことである。だから、とりあえずは身近な問題から釘をさすべきだろう。そうだ、そうした方がいい。こういったことは早い方がいいのだ。
 そんなことを考えているうちに、緑間の家に到着した。また明日。と、手を振る高尾に緑間は意を決して呼びとめた。

「高尾。黄瀬はバカがうつるのだよ」
「はぁ?」


 訝しがる高尾を残して逃げるように家に入った。ドアを閉めて寄りかかる。何故、顔が赤いのだろうか。緊張するようなことを言った覚えはないというのに。深く息を吐く。




 何故困るのだろう。
 わからない。
 わからないけれど、高尾が誰かのものになるのは困る。モヤモヤする。しかし、それを素直に告げる事はどうしてもできない。だって、恥かしい。どうして恥ずかしいのかは考えたくはない。
 まったくもって、不可解である。こんな気持ちは初めてで、扱いに困っている。人事を尽くしてどうにかなる類のものでもなさそうだし、どうすればよいのだ。




 玄関先で悩む緑間を妹がじっと観察していたことに気づく15分先まで、緑間はずっとそこで考え込んでいた。






*******








「と、いうことがあったんスよ」
「ブッフォォ」
「緑間君らしいといえば、緑間君らしいですね」
 なぜか黒子経由から例の高尾から黄瀬に会いたいと話があり、黒子の仲介で高尾を紹介してもらい今日こうしてマジバで顔を合わせたご本人はとてつもなく陽気だった。黄瀬に言わせれば、高尾はあの緑間を真ちゃんと平気で呼べている時点でただ者ではない。真ちゃんなどという可愛らしい面構えではない。ついでに言うと、サイズもだ。
「黄瀬君は、緑間君のお茶代も払って1日一緒にいてあげたんですか?」
「仕方がないっスよ。ラッキーアイテムだって言い張るんスから」
「真ちゃん! どこまでも面白過ぎ。喫茶店で仁王立ちとか!! あのデカさで仁王立ち!! 居たたまれなくて、周りに謝り倒す黄瀬とか気の毒すぎてッッ」
「爆笑しながら労られても嬉しくないっス」
 マジもうだめだ。笑いすぎて腹痛い。と、高尾は机に突っ伏した。
「あー、面白れぇ。流石真ちゃん。やっぱりかわいい」
 ひーひー笑いながら高尾は言う。
「かわいい!? どの辺りがっスか!」
「……流石高尾君です。あの緑間君相手にかわいいとはなかなか出てきません」
 絶句する黒子と黄瀬の前でなおも笑いながら高尾は言う。
「だって、俺にとっての一番が真ちゃんじゃないとダメとかどんだけ俺を好きなわけ?それに例えばなしを本気にするとか流石すぎ。なるほどなぁ。それで一昨日に結びつくわけ」
 かわいすぎるから今すぐ抱きつきたい。ナデナデしてあげたいと、高尾は爆笑しながら言った。


(あれ、これ。もしかしなくても高尾が彼氏側なんスか?)


そうなの。と、黒子を見れば。
黒子は何かを悟ったかのようなすまし顔で、バニラシェイクをズズッと吸い上げた。