【恋などという浮わついたものではないのだよ・前】






「いや、それは恋っスよ。そっかぁ、緑間っちが恋。大人になったっスね」




「違う」
 先ほどから否定しているというのになんなのだ。ムスッとしていると、正面に座った黄瀬は腕組をし、何度もうんうんと頷いている。お前は、赤べこか。たぶん、頭の軽い黄瀬のことだから赤べこを知らないだろうから言いはしない。そう、自分は分別があるからだ。故に、恋などという浮わついたものではないということは一番わかっている。
「眉間に皺ばっかり寄せてるとあとがつくっスよ? 緑間っちのことだから、『断じて違うのだよ』とか思ってないっスか?」
 緑間は黙った。なぜわかる。と、黄瀬を見ると何故だか非常に上機嫌のままだ。
(相談する相手を間違えたのだよ。今日のかに座のラッキーアイテムがバカモデルだから連れて歩くのは致仕方ないとしても、相談相手は赤司にでもしておくべきだったのだよ)
 何を血迷ってこの男に相談したのか。ため息をつくと、黄瀬はため息吐かれる意味がわからないときゃんきゃんと吠えた。
「じゃあ聞くけど、緑間っちはその……高尾君と一緒にいるときどう感じるっスか?」
「どう……。高尾はチームメイトなのだから共にあるのは当然なのだよ」
 きっぱりと言うと、黄瀬がガックリとした。
「……。じゃあ、高尾君が例えば俺と仲良くバスケして仲良く抱き合ったり肩組んだりしていたらどうっスか?」
「……」
 正直面白くない。高尾は緑間の相棒である。何故それが黄瀬と馴れ合わないとならない。馬鹿がうつる。やめてくれ。
「ほら、やっぱり好きなんスよ」
「どの辺りがだ。俺はお前が高尾と馴れ合えば、馬鹿がうつることを懸念したまでなのだよ」
「ヒドッ! まぁ、いいっスよ。緑間っちがツンなのは今に始まった話でもないし。俺、強い子っスからって、俺はどうでもいいんスよ。高尾君のことっス。じゃあ高尾君が俺の事好きって抱きついたりちゅーしたりするのを見たら?」


「!?」


 呆然とした。高尾が黄瀬のものだというのか。そんな馬鹿な。あれは緑間の相棒なのだから、緑間と共にあるべきだというのに。
(ちゅーだと? 破廉恥な。いや、そもそもあり得ないのだよ。高尾がこんなバカモデルを好むはずがない。それだけはないのだよ!)
「あの……。緑間っち? 起立したままメガネ押し上げた格好で固まらないでもらえないっスか?」
(いや、しかし。もの珍しいという意味で血迷ったのかもしれないのだよ。だとすれば相棒である俺が目を覚ませなければならないのだよ)
「緑間っち? 例え話っスよ? 聞いてる?」
(だが、他人の恋路に口出ししするのも。いや、だがこれは口を出ずには。待てよ、何故口出しせねばならん?)
 熟考に値する問題だ。緑間は腕を組んだ。
「えっ!? 緑間っちそのまま考え込まないで! お店の人も困ってるっス! ……いや、すみません。すぐ座らせますから!」
「うるさいのだよ。今、俺はとてつもなく不可解な疑問と戦っているのだよ」
「いやだからね? 緑間っち、ここはお店!」
 黄瀬が何やら喧しいが奴がうるさいのはいつものこと。緑間は、無視して考え込んだ。



(高尾と黄瀬を祝福などできん。あいつは、俺の隣にいるのが相応しいのだよ)
それ以上でも以下でもない。結論が出たので、緑間は黄瀬をまっすぐ見た。
「緑間っち〜」
 何故まだなにも言っていないのに、すでに泣きそうなのだ。黄瀬のくせに緑間の心が読めるというのか。
(だが、負けてはならないのだよ)
 緑間はくいっ。と、メガネを押し上げた。黄瀬が何故か左右を見て、必死な形相でペコペコしている。馬鹿め、話し相手は左右にいる他人ではない。お前の正面だ。
「黄瀬、高尾はお前にはやらん」
「……は? 何言ってるんスか?」
「とぼけても無駄なのだよ。高尾はお前にはやらん。言いたいことはそれだけだ」
 言ってやった。軽い満足を覚えながら、緑間は立ち去る。
「え? あの、ちょっと意味がわからないっス! ……。あ、嫌だなぁ緑間っち冗談キツいっスよ。はは…は…。あのー…。お、お騒がして申し訳ないっス!!」
 黄瀬の声が背後から聞こえる。一体誰に謝っているというのだ。
(だから、お前が会話するべきは俺なのだよ。バカめ)
 立ち去る緑間に黄瀬の声が追いかけてくる。
「緑間っち待って! ラッキーアイテムのイケメンモデル忘れていく気っスか?」
「!?」
危ないところだった。今日のラッキーアイテムはバカモデル。忌々しいが置いてはいけない。
「早くするのだよ」
「今いくって、え? 俺の奢りなんスか! 何で!! 相談のったの俺っスよ!」
 文句が多い。高尾ならばこうはならない。やはり連れて歩くのは高尾に限る。緑間は不機嫌のままメガネを押し上げた。









(ラッキーアイテムを連れて歩いたのに散々だったのだよ)
 いつも通りの就寝前の日課を過ごしたあとベッドに潜り込んで緑間は僅かに眉をしかめた。
 確かに今日のかに座は運勢の順位もよくなかった。だが、それだけではないだろう。ラッキーアイテムがバカモデル故の災厄は逃れることはかなわなかった。
(まったく)
 緑間は息を吐いて目を閉じた。何をどうしたら、緑間が高尾に好意を持っていると考えるのだ。
(最近は少し格上げしてやっても構わないとは思っているが、奴はああ見えてバスケに関しては人事を尽くす輩であるからに過ぎん)
 緑間へ満足のいくパスを寄越すのが高尾だからである。それがなぜ、恋になる。違うと言っているのに、黄瀬は執拗だった。
 傍にいたい。傍に置きたいと思うのは、独占欲。独占欲がわくってことは、相手が特別だってことだとか。黄瀬が高尾にベタベタすることを想像するだけで苛つくのは嫉妬だとか。
(俺は、別に……)
 高尾が誰を好こうと構わないと続けようとしたのに緑間は黙る。
 本当にそうだろうか。緑間は想像した。高尾がキセキの面々と付き合うと言われたら。赤司あたりが高尾と肩を組んでいる姿を想像した。緑間は不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
(高尾には似つかわしくないのだよ)
 はっきりいって気に入らない。何が悲しくて奴らなのだ。黒子ならまぁ仕方がないかと思わないでもないが、気に入らないのは変わらなかった。
 高尾が誰かと付き合うということ自体が気に入らなかった。アレは緑間の傍であれやこれやと緑間の言い付けに従っていればよいのだ。そうすれば、高尾が誰かと並んで歩くという不快なものを見ないから緑間の機嫌も良い。バスケに集中できるというものだ。
 高尾が緑間に対して人事を尽くすのなら、たまにはアイツの言い分の一部ぐらいはきいてやってもいいと緑間は思う。
 高尾は緑間の傍にいるのが正しいのだ。
「悩む必要はないのだよ」
すっきりした。寝ようと緑間は目を閉じた。





【恋などという浮ついたものではないのだよ・後へ 続く】