■ 紫原敦くんのお誕生会 in陽泉 ■





「誕生日なんて、別にいいことないし」
 なんて紫原は言っていたけれど、彼が生まれたアニバーサリーな日なのだから、きちんとおめでとうを言ってあげたいし、プレゼントだってあげたい。高校生にもなって。と、言われるかもしれないし、日本の男子高校生はこんなことをそもそもしようと思わないのかもしれないけれど、氷室にとって紫原敦という一歳年下の後輩は、日本にきて一番仲良くなった友達なのだ。それに、彼は口ではそう言いながらも、たぶんお祝いして欲しいのではないかと氷室は思っていた。あくまで、氷室の推論ではあるが。
 ともかく、お誕生日は特別である。パーティは開きたい。もうあまり時間的に余裕がないのもわかっているし、氷室も紫原も寮生活であるから場所もない。ついでにいうなら、お小遣いもあまりない。やれることは限られてくるけれど、とにかくしたい。
 だって、楽しいではないか。
(タイガがいればなぁ)
 氷室は、東京にいる弟分の火神大我を思い浮かべた。料理上手の彼の腕がお菓子にまで及んでいるのかは知らないが、氷室よりマシだろう。氷室もそれなりに料理はできるとは思っているが、どう考えてもお菓子は無理だった。氷室には、まずケーキの生地が小麦粉でできている以外の知識がない。これまでの人生、焼いたケーキをプレゼントされたことはあっても、ケーキを焼いた経験はない。
 手作りは無理か。そう諦めかけたところで、ハッとする。そうか、誰かに頼めばいいのだ。いいアイディアだ。と、氷室はニッコリと笑った。陽泉のバスケ部の面々がこの氷室の笑顔をみたならば、己の身に不幸が降りかかる前にと、主将の岡村に全てを押しつけて逃亡を図るのだろうが、生憎とここには誰もいない。
(ケーキと……アツシも遠く秋田まで来ているんだから何か彼にとって懐かしい出し物とプレゼント。ああ、それから普段から捻り潰すよ。なんて言ってるから、本当に捻り潰す相手がいるのもいいかもね)
 そうだ、たぶん一番丈夫そうだから主将にお願いしてみようか。と、物騒なことまで考えながら氷室はニコニコしている。たぶん、やはりその場に誰かがいたらその笑顔おかしいですから。と、ツッコミを入れたくなるようなことを考えながら、氷室はウキウキとメモ帳片手に立ち上がった。
「何よりもアツシと言えば、お菓子だな」
 よく食べているのは、まうい棒か。そうだ、この間面白い本をネットでみた。それをプレゼントしてやれば喜ぶかもしれない。氷室は上機嫌のまま部屋を出て行く。向かうのは、陽泉男子バスケットボール部監督の荒木雅子のもとである。ああ見えて、雅子は情に脆い。切々と実家から遠くまでバスケのために来ている紫原が寂しい思いをしているかもしれないことを訴えれば、必ず許可を取れるはずだ。
 監督は、元ヤンだ。そういった人々は涙脆い。そう、昔見た日本のドラマでやっていた。
 勝算はあった。意気揚々と氷室は監督の部屋の扉を叩いた。





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 その日。紫原はいつものように過ごしていた。平日だったから、普通に授業を受けて合間の休み時間にお菓子を食べて、昼はいつものように紫原の教室にやってきた氷室と購買で買ったおにぎりを頬張った。二年の氷室が、紫原の教室に当り前のようにいつのはおかしいとはわかっているが氷室は気にしないし、
クラスの女子は大歓迎、男子は女子と紫原が怖いので黙っているので、まあいいやと思っている。その氷室が、今日はいつもは時間ぎりぎりまで教室にいるというのに、ご飯を食べ終わったらすぐに立ち上がった。既にご飯を食べ終えて、お菓子に手が伸びていた紫原は口にスナック菓子を銜えたまま首を傾げた。すると、氷室が微笑んだ。
「アツシ、喉つまりするから、飲み物のんで……。今日はね、ちょっと用事があるんだ。呼び出されていてね」
「ふーん」
 なるほど。またか。
 途端に興味が失せて紫原は氷室に渡されたパックジュースのストローを口に銜えたままひらひらと手を振った。
「室ちんも律儀だよねー。どうせ振っちゃうのに」
「そうでもないよ」
 少しだけまた笑いながら、氷室は出て行った。すると、周りの女子がざわざわしている。いつものことなので、紫原は無関心だ。
(室ちん、変だけどねー)
 そう、氷室は面白い。向こうは紫原が面白いというけれど、違う。だって、あんなに不思議な人は初めてだった。狙っているのかそうでないのか。とにかく、やたらと女子に騒がれるけど黄瀬とは全く違う。どこか落ち着いていて大人っぽい。スマートなのに、やることなすことバイオレンスという不思議さ。しかも、その事に関して自覚がない。
(ま、いーけど)
 氷室が奇人だろうと変態だろうと、紫原に影響しなければいいわけで周囲でまだ騒いでいる女子を尻目に紫原は、氷室に渡されたパックジュースをズズー。と、吸いこんだ。





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 放課後。いつものようにお菓子を口に銜えたまま、紫原は部室へと向かっていた。いつもは迎えにくる氷室が今日は来なかった。用事があるのだろうと、一人でぶらりと部室までやってきた紫原であったが、入口になぜか立たされている福井を発見し立ち止まった。
「雅子ちんに立たされたの?」
「ちげぇよ。やっと来たか」
 やれやれというような態度で、福井は紫原を見た。どうやら自分を待っていたらしい。なんだろうと思いながらも、さっさと部室に入ってしまった彼を追って紫原も部室の扉を開いた。


パーン! と、大きな音がいくつか鳴って、花吹雪がぶつけられた。そう、舞ったのではなくぶつけられた。
「ひどいー」
 クラッカーを人に向けてはいけません。と、習わなかったのか。と、思うが氷室と荒木だから仕方ない。この人たちにルールを求めても無駄である。特に、氷室。
視界がようやく良好になってから、部屋全体を見まわした。祝ってくれているのだろうが、毛筆で書かれた“紫原敦くんお誕生日おめでとう”の文字。達筆すぎるそれはどうみても果たし状のように見えた。なんだか、怖い。
「なにこれ」
 今日は確かに誕生日だけれど、なんだこれ。珍しく紫原はポカンとした。


 だって。
 捻り潰し用と書かれた札を首から下げた、捕獲済のケツアゴリラとか。
 赤司のコスプレの劉とか。目が完全に死んでいる。
 ハッピーバースデーの歌をずうっと熱唱している氷室とか。
 これが一番意味不明なのだけれど、お前らかわいいじゃねぇか。チクショウ。と、泣いている荒木とその後輩たちとか。
 そして、なんで後輩たちは特攻服なのかとか。
 バースデーケーキらしきものは、四方八方にまうい棒が突き刺さり合い間に蝋燭。なんの儀式用の供物。
 どうしてこうなった、だし。



「カオス」
 バカじゃないの。と、思うけれど。たぶんそのケーキは美味しくなさそうだとも思うけれど。
 悪い気はしない。でも、そんなことを口にはできなくて紫原はぼんやりとその場に立ち尽くしていた。
「アツシ、こっちにおいで」
 ニコニコと笑いながら腕を引っ張るのは氷室で、彼だけが生き生きとしている様子から、ああ氷室の仕業なのだろうということはわかる。
「室ちん、なにこれ」
 ありがとうが言えなくてそんなことを言ったら、氷室は笑みを深くした。
「ん? 俺がアツシの誕生日をお祝したかったんだ。だから、アツシ。ちょっと付き合ってよ」
「仕方がないなぁ、室ちんだし」
 そういって、真ん中に連れ出された紫原の前に火が灯った蝋燭とまうい棒が突き刺さったケーキが置かれた。
「吹き消して」
 そう告げてから、氷室はお誕生日の歌を歌い始めた。恥ずかしそうに歌う福井と中国語で歌い出す劉。
絶唱状態の荒木の後輩たちと、お前も歌え。と、気絶しかかっている岡村を叩く荒木。
(ホント、バカだよねー)
 そう思いつつも、蝋燭を吹き消す。


 お誕生日おめでとう!


 拍手とお祝が聴こえた。



 このあとは、ケーキをみんなで食べて、余興と称して赤司の真似を見て……氷室が何をしたかったのかわからないがアツシが寂しいといけないと思って。と、言ったから、励ましたつもりなのだろう。赤司に劉が殺されないように祈ることとして、それを流したら今度は存分に捻り潰したらいいと、岡村を差し出されてそれを断ったら、岡村が号泣した。もう、煩い。それからお菓子ももらった。
 なによりも、今日は部活は休みだという荒木の言葉が嬉しかった。


 お誕生日ってこんなだっけ。と、思っているうちに帰る時間になり皆で片づけをして部室を出た。寮へと戻る途中、氷室が紫原を呼びとめた。
「アツシ、お誕生日おめでとう。これは、俺から」
「なにー? わー、まうい棒大百科? なにこれおもしろーい。室ちんありがとー」
「アツシが気に入ってくれてよかったよ」


 その晩。紫原は珍しく夜ふかしをした。あの大百科がとにかく面白いのだ。
 誕生日っていいもんだ。と、紫原は思った。そうだ、確か月末に氷室の誕生日がある。お祝してあげよう。うん、いい考えだ。紫原は早速カレンダーの氷室の誕生日をまるで囲った。室ちんの誕生日と書いておく。よし、これでいい。まうい棒を買ってあげよう。すっかり満足した紫原は、再び氷室からもらった本に目を落とした。

「これ知らなーい。黒ちん知ってるかな。あー、でも。黒ちんもう寝てる? じゃぁ、黄瀬ちんでもいいや」

 真夜中に、いきなり紫原から電話がきて、まうい棒の種類を延々と聞かされた黄瀬が翌日。明らかな寝不足でシャキッとせず、笠松に蹴られまくったことを紫原は知らない。