【元相棒が犬になった。俺はどうすればいい?】


「……」
足元に何かいる。
欠伸をしかけたところで青峰はそのまま固まった。
ゆっくりと己の足元を見れば、黒い毛玉が見えた。
なんだ、犬か。と、普段の青峰ならば、よしよしと撫でてやり、なつくようならガシガシとさらに撫でてやり、愛いヤツめと抱き上げてやるのだが躊躇いを覚えた。なぜならば、その犬は見覚えのありすぎるユニフォームに身を包み、青峰を見上げたその目が誰かを彷彿とさせるからだ。
しばし。足元に犬をくっつけたまま青峰は考えた。
「いや、それはねぇな」
あるわけがない。いや、あっては困る。人間が犬になるなんて。やはり、ありえないのだよ。と、青峰は口調が中学時代のチームメイトのものになってることにも気づかず内心で呟いた。「わふぅ?」
いつまでも電柱のように動かないのを疑問に思ったのか、犬は青峰を見上げたまま首を傾げた。
青峰はとてつもないダメージをくらった。なんだこいつ、可愛い過ぎる。青峰は動物にはとても弱かった。故にふらふらと手を伸ばしかけてハッとする。
(いや、こいつはただのテツ似の犬だ)
そうだ、何を戸惑うのか。ただの犬だ。かわいいだけの小動物だ。別に元相棒を抱き上げようと考えたわけではない。犬だ。どこからみても、犬である。青峰は誰もいないのに、俺は何も動揺なんかしてないぜ。と、いうような澄まし顔でしゃがみ、犬を抱き上げた。
「わん!」
抱き上げると、嬉しそうに犬はパタパタと尻尾を振った。だが、表情…犬なんで元々わかりにくいが、なんていうのだろうか、犬特有のキラキラした遊んでオーラ全開のあの目ではない。この目。見間違えるはずはない。青峰は子犬を持ち上げてじっくりと観察した。その青峰の顔色は黒くてわかりにくいが、とても悪い。否定したい。否定したいのだが、どうにもこうにも似ている。「テツ……。なのか?」
青峰はおそるおそるきいてみた。犬が返事するわけないよな。と自分で自分を笑い飛ばそうとしたとき犬が元気よく吠えた。
返事か。それは、返事なのか。
黒子テツヤだよと青峰に訴えているというのか。
「テツ?」
「わん!」


犬を抱上げた格好のまま青峰は彫像のように凍りついた。もし周りに幼馴染みがいたらこの犬の説明をしてくれて、青峰のどうしてそうなったとしかいいようのない勘違いを正してくれただろうが、残念ながらこの場にいたのは男子高校生一人と犬一匹である。




「テツ!!!お前なんで犬になったんだ!!」




もうバスケができないじゃないか。
青峰は愕然とした。
一度勝手な言い分と視野の狭さで手放してしまったものを再び繋ぎ止めたいと願った矢先になんてことだ。「テツ!!」


やや涙声になってるのも仕方がないだろう。どうしたらいいと青峰は叫びたかった。現相棒の火神に何て告げてやればいいのだろう。言えるわけがない。いくらデリカシーの欠片もないらしい青峰であっても言えなかった。


お前の影が、犬になったなどとは。


青峰は腕の中で愛くるしい顔を青峰に向ける犬を抱き込んだ。犬はおとなしくしている。その落ち着き具合が黒子そのもので、青峰は動揺のあまり、スマホをとりだし着信履歴の一番上にあった黄瀬に電話を掛けていた。
辛かったのだ。青峰一人が抱え込むにはあまりにも問題が大きかった。
普段の青峰ならいくらなにも考えてないといっても黄瀬に電話をするなどしなかっただろう。緑間か赤司を頼るに決まっている。なにせ、黄瀬では頭の具合が自分とたいして変わらない。しかもキャンキャンとうるさい。解決しなくても仲間が欲しかったのだ。だって、人間が犬だ。どうしたいいかわからないではないか。



「テツが犬になっちまった!」
ワンコールで出た相手に開口一番叫んだ。当然電話の向こうで黄瀬が戸惑った。
「青峰っち、頭大丈夫っスか?」
「俺はまともだ! 信じられねぇが聞け。テツが犬に…」
青峰は話した。犬が返事した話までした。もう黒子とバスケもできなければ、ザリガニの自慢もできない。蝉取りにもいけないと思うと悲しくて最後は少しだけ声が掠れた。
「黒子っちぃぃぃぃ!! なんでっスかぁぁぁぁ!」
途中から青峰と一緒に泣き出した黄瀬が叫んだ。
「なぁ、黄瀬。俺はどうすればいいんだ?」
スマホを握りしめ、犬を抱いたまま道端で嘆き悲しむガングロ巨人男子高校生は訊ねる。電話先で、鳴きながら黄瀬は口を開いた。青峰はよく聴こうと耳をスマホに押し付けた。
「黒子っちぃぃぃぃぃぃ!!!!」
返事ではない。ただの馬鹿デカイ声の叫びであった。
耳が痛い。青峰は耳からスマホを離して、渋面をつくったまま考えた。



(これは叫べということか?)



いや、それはおかしいだろ。すでに叫んでも何もかわらなかった。
駄犬精いっぱいの知恵は、やはり使えないようだ。青峰は、犬を抱いたまま歩き出した。
やはりここは頭のいい人間に尋ねるべきだ。
スマホを操作して、緑間の名前を探し当てる。



「なんなのだよ」
「テツが犬になった」
「なんなのだよ!」
「だから、テツが犬……」


青峰は話した。今度は、黄瀬の使えない知恵も披露した。電話先で、だんだんと緑間が深刻になっていっているのがわかる。「黒子……。これは占いの呪いなのだよ。あいつは、占いを信じないからこのような呪いにかかるのだよ。いまからでもおそくはない、おは朝をし」
青峰は速攻で電話を切った。
黒子に何をさせるつもりだ。恐ろしい。
「頭はいいが、奴は変人だった」
忘れていた。青峰は、あー!!!と、唸りながら腕の中の犬を見下ろす。
犬も見上げる。
「テツ。俺もな、気は進まねぇ。進まねぇが……」
青峰は、スマホを操作して京都におわすあのお方に電話をする。たぶん、きっと奴なら解決してくれるだろう。
頼むから、俺にテツを返してくれ。
犬もかわいいけれど!
青峰は心の底から願っていた。






「テツが犬になった。どうしたらいいんだ?」
「なんてことだ、テツヤ!!!!!」


続かない!