【誕生日にはキミがいい】
その日。青峰は焦ったいた。もう、これ以上ないというぐらい焦っていた。決して忘れていたわけではない。きちんと覚えていた。今度こそ、ちゃんとしようと思っていた。そう、思っていたのに。
「今からどうすれって言うんだよ」
本日は、一月三一日。黒子テツヤの誕生日である。それなりに気合いが入っていた。黒子を誘って、バニラシェイクも買ってケーキも。なんてことまで考えた。
なのに、これだ。
敗因はわかっている。やっぱりの、バスケである。昨日の放課後。正確には、誠凛の部活の後に火神とばったり会った。当然、バスケをしようという話になりとても楽しんだ。すっかり満足した青峰は、満ち足りた気分で家に帰り、風呂に入ってそのまま爆睡した。
そして、見事に寝坊をしたわけである。
目覚めた瞬間。ああこれ寝坊したわ。とは、思った。まぁいいかこのままサボるかと思い布団を被ったところで、青峰は、思いだした。今日は何月何日だ。真っ青になって飛び起きて、携帯を確認して青峰は叫んだ。
「ヤベェ!」
まずい。どうしよう。どうしたらいい。とりあえず、急いで制服を着て、家を飛び出した。財布と携帯はもっている。あとは、忘れたがまぁいい。行くのは学校ではない。と、いうか。もう学校に行ったところで、着く頃には授業が終わっている。そんなことよりも、今は準備だ。準備をするのだと青峰は走ってゆく。
いつもの駅の改札を抜け、ホームに駆け上がり入ってきた電車に乗り込んだところで、気がついた。
(準備って何をすればいいんだ?)
そういえば。黒子の誕生日に何かお祝をすると決めていたものの、悩んで悩んで結局何も決まっていなかったのを思い出した。
ウィンターカップで誠凛に負けたのち、復活した黒子との友情。それは同時に、青峰の気がつくのが遅すぎた恋心の自覚でもあった。
黒子はかわいい。かっこいい。そして、愛しい。大好きすぎる存在を傷つけた事実は大きく、青峰の気持ちを素直に伝えることができずにいる。青峰はただ、愛しい黒子のために彼が望むことをしてやるだけの日々を過ごしていた。
そんな日々の中、黒子の誕生日という一大イベントが控えていることを知ったのは、能天気に言い放った火神の一言だった。
「今月、黒子の誕生日だろ。ケーキ作れってカントクが言うんだよ」
俺の時、何にもなかったのによ。と、文句を言う火神に、誠凛のカントクは女だったが、男子高校生たちがケーキでお祝とか何を言っていると笑う余裕が青峰にはなかった。
(テツの誕生日だと?)
その話。もっと聞かせろよ。と、思うが、何故知らない。と、逆に言われても痛い。青峰と黒子はバスケでは固い絆……本当は脆かったのだが……で繋がっていたが、他のことは何も知らなかった。黒子の好きな芸能人。好きな本。好きな言葉。好きな場所。何一つだ。男子中学生が互いの誕生日を把握しているのもおかしな話なのだが、この際これは置いていて、とにかく黒子の誕生日は今の青峰にとっては大事件であった。
あの後、必死過ぎてどうやって火神から黒子の誕生日を聞き出したか記憶ない。気が付いたら、目の前にいたはずの火神はなくなっていて。青峰は道を歩いていた。
(テツの誕生日。誕生日だ。テツがこの世に生まれた日に何かしたい)
そればかりを考える。喜ばせたい気持ちがいっぱいなのに、何も出てこなくて情けなくて青峰は苦しかった。そして、未だに何も出てきてはいない。
(マジでヤベェ)
電車を降りて、黒子が通う高校まで到着する。やはりプレゼントは決まらない。どうしようどうしょうと悩んでいるうちに、校門にたどりついてしまった。青峰はそこかた一歩も踏み出すことができず立ち尽くす。
(テツが喜ぶ事って何だ)
バスケだろう。それはわかっている。でもそれではダメなのだ。いつもと同じだ。それではマジバのシェイク。これもいつもと一緒。ケーキは火神がつくるらしいから駄目だ。青峰に火神のような料理の才能はない。
校門に立ち、眉間にしわを寄せたまま考え込む青峰を下校する生徒たちは遠巻きにしつつ。足早にそのわきをすり抜けてゆく。だが、それにも青峰は気付かなかった。
(俺は、お前の喜ぶ顔がみたいのに、何も浮かばねぇんだ。情けねぇ。テツのことならなんでも知ってると思ってたんだけどな)
「青峰君?」
「……? おわっ?!」
斜め下から聴こえた声に、青峰は情けない声をあげた。
「酷いです。僕、さっきからキミのことを呼んでました」
「悪ぃ。考え事してた」
「考え事……キミはこんな道の真ん中で仁王立ちをして考え事だなんて、邪魔だとは思わなかったんですか。キミは黒くてデカイんです。自覚してください」
「黒いのは関係ねぇだろ」
コラ。と、黒子の小さな頭を掴むと、黒子は楽しそうにクスクス笑った。
ふわふわの髪の毛が気持ちがいいし、黒子は小さくてかわいい。
(あー、このまま抱きしめてぇ)
そう思うも。告白すらできてないのに、できるわけがない。昔はなんの気負いもせずに無邪気にできたことが、出来なくなっているのがもどかしい。
そんな青峰の心を知らない黒子は、髪がぐちゃぐちゃになります。と、ぷんすか怒っている。そんな顔もかわいい。(もうテツなら何でもいい)
何でもかわいい。好きだ。何故、一緒の学校ではないのだろうか。火神が羨ましくて仕方ない。なおも執拗に黒子の髪の毛を撫でていると、ついに黒子が青峰の手から逃れようと身を捩じった。
「青峰君。今日は何の用ですか。まさか、僕の髪の毛を鳥の巣にするだけのために来たのではないのでしょう?」
「違ぇ。……ちょっとな」
誕生日だから。とは、言えない。青峰が目をそらすと、黒子は少し首を傾げてからまたクスクスと笑う。
「火神君が」
黒子は、そこで言葉を切ると、青峰の腕を掴んで引っ張って歩き出した。学校とは反対側のほうにどんどん引っ張られていくと、そこには公園があった。その公園に入っていって、黒子はベンチの前でようやく立ち止った。
「青峰君が、僕の誕生日を知らなかったことにすごい焦っていたって」
「!」
あのバ火神が。余計なことを。額に青筋は浮く青峰に黒子はますます笑った。
「笑うなって」
「だって。青峰君が僕の誕生日に焦って、テツの誕生日なんて聞いてねぇ! などと言うと誰が思いますか」
「うるせぇよ」
「ねぇ、青峰君。僕、キミが今日ここに来てくれたことのは僕の為だと自惚れてもいいんですか」
黒子は青峰の腕から手を離し、少しだけ不安そうな顔をした。黒子の吸いこまれそうな瞳に青峰が映りこんでいる。その顔は、渋い。これは、赤面するのを誤魔化している顔だと青峰は気付いた。そう、何か今とてつもなく嬉しい事を言われた気がする。
「……悪ぃかよ」
だが、出てきた言葉はこれだけだ。すると、黒子はまたもクスクスと笑う。
「嬉しいです、青峰君。僕、去年は寂しかったんです。キミが傍にいない誕生日。その前の年もキミは僕の誕生日を知ってたわけではないけれど、僕の誕生日にキミは傍にいた。それだけで幸せだったんです」
「テツ」
だから、ありがとうございます。と、黒子は言った。
「違げぇ。だって、俺、何もお前に贈ってねぇし」
「もらってますよ、一番のやつ。だって、キミが来てくれたじゃないですか」
最高のプレゼントですと笑う黒子が愛しくて、大切で。好きでたまらなくて。青峰は爆発しそうな気持ちを抱えたまま黒子を抱きしめた。
「テツ、生まれてきてくれてありがとうな」
「はい。僕もキミと出会うことができて本当に嬉しいです。生まれてこれてよかったです」
大好き。この気持ちを告げられないほど、黒子を傷つけた。
だから、今は黒子が嬉しそうに笑っているならそれでいい。それで満足だと大峰は目を閉じる。
「青峰君、バスケしましょうか」
黒子がするりと青峰の腕から抜け出して、駆けてゆく。
「青峰君! 早く行きますよ」
「待てよ、テツ!」
小さな背中を追いかけながら、青峰は思う。
この愛しき存在がもう泣くことがないように。そして。
できれば、できることなら。
想いがいつか、ちゃんと伝わりますように。
(なぁ、テツ。お前、やっぱ笑ってる顔が一番いいな)
追いついて、黒子の肩をに手をまわして、笑いあって歩いていく。
いつしかまた一緒に歩き出したい。そんな思いを抱きながら青峰は黒子の髪を再びかき混ぜた。
終
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