■その時まで 政宗編■



関ヶ原でも、真田幸村との勝負はつかなかった。
何故かそのことに、ほっとしている自分を発見して政宗は苦笑いを浮かべた。
手にした杯を酒で満たして、それを覗き込むと苦笑いした自分の顔が歪んで映っていた。
(あんな戦いのあと、全力で動けるわけはねぇわな)
普段ならすぐにわかりそうなものなのに、あの時。あの場にいた全員が気づいていなかった。
いや、政宗以外は気づいていたのかもしれないが。



「絆、か」



言葉にしてしまえば、ずいぶんと陳腐なものに聴こえる。
家康の言うような絆の世というものに、興味はない。
だが、言いたいことがわからないわけではなかった。政宗にだって絆で結ばれた者たちがいる。例えば、小十郎だ。彼との絆は他とは比べられないほどのものである。もし、小十郎がいなかったらどうだっただろうか。それを考えると、少しだけ怖い。臣下だからとか、そういうところではないところで政宗は小十郎を信頼していた。他にも、伊達軍の兵士たち。彼らが自分を慕ってくれるように、政宗もまた彼らを大事に思っている。他にも、領民……etc.
考えただけでもいくらでも出てくる。
全てが大事で、捨てられない者たちである。
故に、背負っているものはとても重たいのだけれど政宗はそれを置いて行こうとは思わないのだ。
たぶん、政宗にとっての大事な絆とは奥州そのものなのかもしれない。
その絆とはまた関係ないところで、別の存在を思い浮かべて政宗は無意識に口元に笑みを浮かべた。


真田幸村


何が違うのだろうかと思う。
理屈ではないところで、政宗にとって幸村は特別だった。戦場で初めてあいまみえる武将など数えきれないほどいる。一騎打ちをして記憶に残る武将もいるにはいる。
だが、真田幸村はそのどれともまったく違った。言葉でうまく言い表せないけれど、真田幸村はずば抜けて特別だった。
幸村ほど、政宗の心を熱くさせる存在はいなかった。どこまでもとことん、純粋に勝負したいと願う相手であった。
政宗には背負うものがあって、それを優先しなければならないことが頭では理解しているというのに幸村が目の前に立っていると他のことをつい忘れてしまう。
それほどに、真田幸村という存在は政宗にとっては特別だった。
真田幸村と対峙している間は、すべてのことが無になった。
幸村だけした映らなくなる。
いつも、最期の相手は真田幸村がいい。
そんな風に思っている。
一武将としては、間違ってはいないだろうがたぶん政宗の立場からすれば願ってはいけないことでもあった。政宗は奥州を統べるものとして、伊達の家臣や領民を守らねばならないからだ。そのためには、死ぬわけにはいかない。一武将としての生を全うするわけにもいかないのだ。そのことに、不満はない。むしろ大事なことだと思っている。


だが、政宗の心はそれでも願ってしまう。
だから、つい真田幸村にゴールはお前だと告げてしまった。
あれは、無意識の発言であった。
いつか、“その時”が訪れた時に最後まで立っているのはどちらであろうか。その時になってみないとわからないけれど、勝負事には必ず終わりがやってくる。
もし、政宗が敗北するならば自分はおそらく笑って逝けるだろう。そこに理屈などはない。ただ、ひどく満足できるような気がする。だが、反対だったらどうであろうか。
真田幸村と死力を尽くして戦ったことに後悔はしないだろう。
だが、どうしようもなく空虚な気持ちになるのではないだろうか。
幸村がいなくなったこの世界に、政宗は生きる意味を見いだせるのだろうか。
生きてはゆける。そう思う。政宗はそこで立ち止まっていることが許されないから。
それでも、伊達政宗一個人としては立ち止ってしまうような気がした。


ずっと認めなかったことがある。
そんなことはあり得ないと思っていた。いや、思おうとしていた。
ライバルだとは思っていても、それ以上の存在ではないと思っていた。自らを高めることができる相手。武将としても、高潔でまっすぐな男だから好感を持っているのだと思うことにしてきた。
だが、こんな風に突き詰めて考えてしまうと嫌でも自分の心が丸裸になってしまう。


それは認めてはいけないこと。
でも、認めざるを得ないこと。


杯に再び目を落とす。
そこに映った自分自身を杯を揺らしてかき消した。
認めてはいけない想いを飲み込むように、そのまま一気に杯の中の酒を煽った。


「らしくねぇな」


なぜだか今宵はひどく感傷的なようだ。
きっと家康が絆だとか言いだすから悪いのだ。
政宗は、障子の向こうの夜空を見上げた。



絆の世とはいかなるものかわからないけれど。
旧時代のような血に狂った時代はもう去ったのだろう。
これからは、違ったものがこの日の本を動かしてゆく。
その中で、政宗は幸村とどう関ってゆくのだろうか。


「そうだな、アンタとは……」


その先の言葉を飲みこんで、政宗は小さく笑った。
杯に酒を満たし、それを持ち上げた。
それはまるで祈りの儀式のようで、滑稽だと思いながら政宗はそれを飲み干した。





映画をみてなぜか無性に書きたくなったものです。前回は幸村編だったので、政宗編。
政宗と伊達軍の皆さんとの絆は大好きです。
政宗にとって奥州は本当に他に何も比べられない程のものだと思います。
その政宗にとってのゴールが幸村!!
要所要所で政宗が告白しまくっていて、脳内がすごいことになりました。
そのことを文章にしたら、ものすげぇ真面目になって幸村編同様なんだか恥ずかしいものになってしまいました(汗)

ここまで読んでくださってありがとうございました!


2011.7.1.ブログに掲載。
2011.9.4.書庫に移動。


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