愛し君■


 

「……であるからして、それがしは思ったでござるよ!」
「ああ、そうか」
「だって、こうであろう?」
「ああ、そうだな」
「でも、……だと思うと言ったのにもかかわらず、でござるよ!」
「そうか」
「しかしながら、それがしは…」




俺は、無視か。


政宗はややご機嫌斜めにその光景を眺めながら、ムスッとした顔つきのまま頬杖をついて脇息にもたれかかっている。
先ほどから聴こえるのは、一方的に喋り続ける幸村とそれを聞き流す小十郎の会話である。今日あったことを一から十まで報告しているのは何故なのか。しかも、その相手が何故あからさまにどうでもよさ気な対応をしている小十郎なのか。何故、幸村の話なら聞く気満々のこの政宗ではないのか。
小十郎も聞く気がないなら、さっさと逃げ出せばいいのに。そんなことを、思う。
要するに、恋人であるはずの政宗を放置している幸村が気にいらないのである。
数か月ぶりなのに……。
そんなことを口に出すなんてことは、できるわけもなかったので代わりに政宗は庭の景色でもみて気を紛らわすことにした。
脇息を抱きかかえるようにして、両肘をつき手の平の上に顎を乗せぼんやりとしてみる。
だが、耳は相変わらず喋り続ける幸村と適当な相槌の小十郎の声を拾い続けていた。



実に、面白くない。



確かに、小十郎は相談相手としてはうってつけであろう。幸村からみればだいぶ年上だし、小十郎はなにより精神的に大人である。前々から、幸村が小十郎を尊敬しているのも知っている。あの男は、尊敬に値する男だったのでそれは政宗もわかる。
たぶん人生経験の面からいっても、小十郎に相談をする方がいいだろう。それはわかっている。
でも、しかし。
ここに、数か月ぶりにあった恋人がいるのだ。
もう少しもっとこう……何かないのかと思う。


再会した瞬間に抱きついてみるとか。
恥じらってみるとか。
今夜は泊って行かれるのござるか? なんて期待に満ちた目で訊いてみたりしてくれたっていい。
そんなことを言われたら、もう今日は何が何でもここに泊まるし、小十郎への相談だってもっと広い心で見守ってやってもいいというのに。

やって来た瞬間から、片倉殿。で、ある。
面白くないったら、面白くない。
だって、楽しみにしていたのだ。
やらねばならないことを必死に片付けて、ようやくやってきたというのにこの仕打ち。
ここに来るまでは幸せだったなぁ。と、政宗は思った。
少なくても、妄想のなかの幸村はかなり大胆だった。


あんなことやこんなことを迫る、幸村。
こんなところまで欲しがっちゃう、幸村。
もっともっとと懇願する、幸村。
出て行かないでとなく、幸村。
政宗殿……と、ため息のような甘い吐息混じりに己の名を呼ぶ、幸村。


思わず鼻息荒く上田まで馬を飛ばしたのは言うまでもない。
この何十分の一でもいいから、甘い展開を夢みた政宗がいけなかったのだろうか。
だが、しかし。
従者も公認の恋人同士の二人が数カ月ぶりに逢うとなったら、盛り上がるのは普通ではないのか。
普通だ、絶対に普通だ。
なのにこの有様は何だ。虚しくなって、政宗は遠くを見るような目になった。







「片倉の旦那にべったりだね」
「あぁ?」
隣に音もなく降り立ったのは、真田の忍である。佐助だ。ちらっと室内を見て政宗を見て眉を軽く跳ねあげた。
「あらら、ご機嫌斜めだねぇ」
「煩せぇよ」
政宗の憮然とした声がおかしかったのか、少しだけ佐助が笑った。睨みつけると、怖い怖いと肩をすくめる。本気で斬ってやろうかと思ったところで、佐助が慌てて半歩下がった。
「まぁ、落ち着いてよ。あの人に、甘い恋人とのイチャイチャだとか期待しちゃ駄目なのはよく知ってるでしょう? なるほど、今日は俺様のところに来ないなぁとは思ってたらこういう訳」
腕組をしてうんうんと頷いている。
「どういう意味だ?」
「あれ、よく小さな子が母親に今日あったことをあれやこれや報告するでしょう? あれと一緒。毎日、俺様のところにきては今日は団子がいつもよりも少し大きかったから得した気分だったとか、朝起きてから夕方までにあったことを話すんだよね」
「……小十郎が、母?!」
こ、怖い。
想像しただけで笑いの衝動が。政宗の顔が笑いそうになって引き攣る。
隣で言いだした佐助も微妙な顔をしている。
「いやぁ、片倉の旦那が割烹着はちょっとねぇ。どちらかというと、父じゃない?」
「なるほど」
そう考えてみると、あんなに腹立たしかった光景がほほえましく見えるのだから不思議だ。
「しかし、お前。毎日きいてるのか」
「そうだよ。まぁ、だいたいは。うん、うん。とか言ってるだけだけどね」
政宗は想像した。縁側で佐助に一生懸命、今日あったことを話す幸村。うん。と、相槌を打たれても話続けるその姿は、あまりにも自然だった。政宗の想像の中で、佐助は割烹着を着ている。それは、とても似合っていた。
「母お・・・」
「うるさいよ」
母親みたいだなとは言わせてもらえなかった。気にしているのだろう、ニヤニヤしていると佐助は苦い顔をした。




「政宗殿、佐助と何をお話しているのでござるか?」
いつのまにか幸村が寄って来て顔を出した。背後からにゅっと顔を出すしぐさがかわいらしい。あまりの可愛さにそのまま抱きしめようと思った政宗であるが、仕返しを思いつく。
「猿と秘密の話だ」
「?!」
衝撃を受けた顔をした。そのあと、むぅ。と、眉間に皺が寄る。気に入らないらしい。
その顔つきのまま佐助のほうを幸村が見ると、従者である忍はちょっと苦笑いを浮かべたまま。
「まぁ、内緒……、なのかな?」
と、言った。
憮然とする幸村が本当におかしい。子供みたいな反応が可愛くて、愛しくて。政宗は自分の口元が緩んでいくのがわかってそこに手をあてた。
「アンタが、小十郎と話ばっかしている間に猿とちょっとな?」
「ちょっととはなんでござるか」
「いや、そいつは言えねぇなぁ」
「なにゆえ!」
これ以上は機嫌を損ねるかというところで、政宗は幸村の頭に手をポン。と、乗せた。


「小十郎とずっと話していたんだろ? だったらいいじゃねぇか」
「よくないでござる! これから政宗殿とたくさんお話するつもりでござった!」
そう言って幸村は手であれもこれもと数えだした。
「人に話すと忘れづらいでござろう、毎日佐助に話していたのでよく覚えておるぞ。この数か月にあったことを聴いてもらうつもりでおった。なれど、政宗殿は佐助とばっかり話しておるではないか」
いやいや、話し込んでいたのはアンタだと言いたかったが立派にやきもちをやいているのがかわいい。
すっかり機嫌がよくなった政宗は、幸村を引き寄せて久し振りのその感触に目を細めた。そのまま、片手をあげてしっ。しっと、従者たちを追い出しにかかる。
小十郎はため息交じりに。
佐助は、結局いちゃいちゃするんじゃない。と、いうように首を横に振りながら出ていく。それを確認してから、しっかりと幸村を抱き込んだ政宗は幸村の肩越しに囁いた。


「時間はまだ十分にある。アンタがしっかりと溜めこんだspecialな話を聴かせてもうぜ。もちろん。二人だけの内緒話も、な」


その晩。
二人が何を話し何をしたのかは、政宗と幸村だけしか知らない。









 幸村が何歳だ?!
みたいなSSになってしまいましたが、かわいいあのコが大好きです。

2011.8.9.ブログに掲載。
2011.9.4.書庫に移動。

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