■月の影 4■



また、夜が来る。
日中、寝不足のまま過ごした一日は拍子抜けするほどにいつも通りであった。
政宗の態度は前日の日中と何らかわることなく、幸村をからかったり、散策に出たり。昨晩のことなど、きれいに忘れてしまったかのような態度に幸村は少しだけ落胆した。



(よく考えてみれば、手を繋いだだけにすぎぬ)


やはりあれは、政宗の気まぐれだったのだろうか。
でも・・・。
昨晩のあの瞬間の政宗は、真剣だったように思う。
幸村の手のひらと同じように政宗の手も汗ばんでいた。夏の暑さゆえかもしれなかったが、あのとき。二人を包んでいた空気が、彼が気まぐれで手を繋いだのではないと告げていたように思えて仕方ない。



だが。
それを確かめる術を幸村は持たなかった。いや、持つべきではなかった。
政宗との今の関係を壊すことなどできるはずもないのだ。自分自身のためでもあるが、政宗という人物と甲斐の国の関係のためでもある。
政宗は、甲斐にとって大事な客人である。その客人を預かる大役を仰せつかったのは、ひとにえに政宗と幸村の奇妙と言えば奇妙な友情のせいであった。
戦場で刃を交える仲である政宗。好敵手というほうがしっくりくるような関係だ。だが、政宗は戦場以外では全く気にする様子もなく親しい友のような態度をとっていた。
それ故だろうか。つい、そのことを忘れそうになってしまうのだ。




考えてみれば、こんな気持ちを育ててしまった方に問題がある。
早いうちに摘み取ってしまわねばならないことは、幸村にもよくわかっていた。
しかし、それでも。
傍にいれば、気になってしまう。声を聞きたくなる。触れてみたいとさえ思う。昨日、気付かされてしまった感情はたやすく幸村を流していってしまう。
もう一度だけ、手を繋いでみたい。などと、乙女のようなことを考えてしまう自分が恥ずかしい。
でも、それは本心で。けれども、言う訳にはいかない。



言いたいけど、言えない。


自覚してしまった心に戸惑いを感じながら、幸村は自室でじっとしていることが耐えきれなくなって、夜着のまま庭へと降りた。どこへ行こうなどと考えぬまま、ふらふらと庭を横切ってゆく。
気がつくと、昨晩政宗と共に月を見上げた見晴らしのよいあの場所までやってきていた。
一人、空を見上げた。雲に覆われた空は、淡い光を発する月を隠してしまっていた。
それが、まるで自分の心のようでこれ以上見ていることができずに、幸村は目を閉じた。






夏の暖かい風が頬を撫でる。じっとりとまとわりつくような空気が肌を湿らせた。不快感ばかりが増す夏の夜。虫の音だけが涼やかな音を奏でている。その中を、何者かが歩く音が混ざり合って幸村は我に返った。
カサリ。カサリ、と。ゆっくりと歩むそれは幸村へと近づいてきている。
なんとなく、幸村は誰のものかわかった。
わかったと同時に、トクン。と、胸が鳴った。



「今日は、月が見えねぇな」


隣に立った政宗が呟く。幸村の顔は見ずに空だけを見上げている。薄闇の中で見る政宗の横顔に目が吸い寄せられた。
政宗は平素と変わらない。なのに、なぜこれほどまでに顔が見たいと思ってしまうのだろうか。
政宗が自分だけを捕えて、他を見ないでくれたらいいのに。そう思うと、月がない空に感謝したい気持ちになる。
女子(おなご)のようなことを。と、思うのに考えが止められない。
もっと、見て欲しい。
もっと、傍にいて欲しい。
恥ずかしいことばかりが頭に浮かぶ。
誰かを好きになるということはこういうことなのか。幸村は無意識に口元を手で覆った。
顔が、なにやらとても熱かった。誤魔化すように、顔をそむけると政宗が隣で小さく笑った。



「何を笑っておられるのだ」
「別に? ただ、アンタがかわいくてどうしようかと思って、な」
「・・・・?!」


政宗の言葉に驚いて、政宗の方へ顔を向けるとしっかりとこちらを向いた政宗の顔と出会う。
月が隠れた暗い中でもわかるほど、至近距離に政宗はいる。彼は、一度意地悪そうに笑ってから、ふっ。と、力を抜いた笑みを浮かべた。
「幸村・・・・、アンタにずっと言えないことがある」
政宗は幸村から視線を外して、再び空を見上げた。
そのまま手を伸ばしてきて、幸村の手をそっと握る。
その手は、汗で湿っている。
「言うべき言葉ではないものを、ずっと抱えている」
言葉を続けた政宗が、ぎゅ。と、強く幸村の手を握りしめた。



それは、期待してもいいのだろうか。
幸村は、強く握られた手を握り返す。そうすると、政宗が指を絡めてきた。
しばらく二人は、無言で指を絡めあっていた。視線は合わせなかった。ただずっと繋がれた手だけが互いの気持ちを通じ合わせている。
政宗は言った。言うべき言葉ではないものを、抱えている、と。それは、幸村が抱えているものと同じなのだと思っていいだろうか。絡めあった指は、その気持ちの現れであると受け取っていいだろうか。
そっと、隣の政宗を盗み見ると、視線に気付いた政宗が横を見る。
視線が交錯した。それだけで、体の奥が熱くなるような感じがするのはどうしてだろうか。
この熱の発生源を知りたいと幸村は思う。
「それがしは・・・・」
繋いだ手を持ち上げて、政宗の手の甲を頬に寄せる。一瞬、政宗の体が強張った。
「それがしも、言ってはならぬ言葉を抱えておりまする」
政宗の目が細められた。その瞳の奥には何かが揺れていて、幸村はその理由を知りたいとばかりに口を開きかける。だが、それは言葉になることはなかった。政宗の唇が、幸村のそれを塞いだからだ。
「・・・・!!」
はじめは驚いて目を瞠ったが、すぐに幸村は嬉しげに目を閉じた。





沈黙のあと、湿った音だけがやけに生々しく耳に響いた。ゆっくりと離れて行く政宗の顔を正視することもできず、幸村はただひたすら空を見上げている。また、隣で政宗が小さく笑った。
「暑いな、幸村」
「そうでござるな」


それでも、互いに繋いだ手は離さない。
夜が明けるまではこのままで。
互いに声にはしないけれど、互いに思っていることは一緒のようだった。
時折、見つめあって。
いつまでもいつまでも、月の見えない空を二人で見上げ続けていた。











お疲れさまでした。短期集中連載「月の影」これにて完結です。
アニメをみて政宗が気になって仕方がない幸村に萌えて、何かそのようなものを書きたいとかなり勢いだけで書いたものでした。
幸村は、いつも思うのですが初恋が似合います。政宗は、暴走型に見えてよく物を考えているんだけど人間っぽいのが好きです。
情深い政宗が好きです。ちょっと恥ずかしい内容ですが、この二人は恥ずかしいぐらいがちょうどよいのではないかと思います!


ここまで読んでくださってありがとうございました。

ブログ掲載 2010.08.11.
サイト再録 2010.08.23.

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