*このお話は、2009年3月〜2010年3月まで発行した『朧』の番外編となります。
ちょうど決戦のために政宗の屋敷にやってくる直前のあたり。
未読の方はご注意ください。
*整理屋→政宗、秘宝の鍵を持つ青年→幸村、魔導師→小十郎、元盗賊→佐助、
 政宗の剣は魔剣で実は喋るという設定でお送りしていたシリーズです。


決戦は北の地とわかった一行は、急ぎ北へと馬を進めていた・・・・はずだった。
一刻も早く。そう焦る幸村に対し、同じように松永にしてやられたはずの政宗はのんびりとしたものである。
何が、彼に心の余裕を与えているのかさっぱりわからない幸村は、政宗の次の発言に文字通り馬から落ちた。



「Hot spring resortに行こうぜ」
「は??」
「温泉宿」
「えええええええっっっ!!!」


何を言い出すのだ。と、驚いて見るも政宗の中ではすでに決定事項だったらしく小十郎になにか指示を出している。忠実なる従者である小十郎は短く何度か頷いた後。
「では、先に行って宿を確保してまいります」
渋い顔のまま走り去ってしまう。見た目は不機嫌そのものに見えたが、別に彼に異論はなかったらしい。
呆然と見送った幸村は、助けを求めるように佐助を振り返った。佐助も、さすがに驚いているようでぽかん。と、している。
「あのー・・・俺様たち急いでるんじゃないの? 整理屋の旦那」
「佐助の申す通りだ。一刻も早く松永を追いかけねばならぬというのに」
二人で問いただすが政宗は、考えを変える気はないらしい。
ゆっくりと馬を進めながら、振り返った。
「Intervalも必要だろ。考えても見ろ。俺は旅の途中に立ち寄った町でアンタたちに泥棒と間違われ、宿を追われたあと休む日などなかったんだぜ? Don't worry. あいつらはすぐに動かない」
やけに自信たっぷりにいうのは、なぜか。問いただすと政宗はニヤ。と、笑うだけである。
「そんなわけで、温泉に寄って行こうぜ? どうせ屋敷に帰る途中にあるんだ。英気を養うつもりで、な?」
カグメンの温泉街は、美白の湯と有名だから美容に関心の高い美人がたくさんいる。と、政宗が小さく付け足した。その瞬間、幸村の隣にいた佐助の顔が輝いた。
「俺様、乗った!」
「佐助!」
佐助が俺様も、先に行こう。と、駆けて行ってしまったので幸村は政宗の隣に取りに越されてしまう。政宗が幸村の隣に馬を寄せて、ぽん。と、肩をたたいた。
諦めろ、ということらしい。
(絶対にこのようなことをしている場合では! し、しかし。政宗殿がああまで言い切るにはなにか理由があるのだろうが・・・)
一人葛藤していた幸村が、はっとした。政宗は、すでにいない。


「それがしを置いてゆかないでくだされ!!!!」










一方、先に到着した小十郎と佐助は手早く宿を吟味。よさそうな一軒をみつけそこに部屋を二部屋取った。
「政宗様が、真田と二人きりで泊まると言うに決まっている」
と、いう理由だそうだ。
小十郎的にあの二人のことをどう思っているのか佐助としては知りたいような知りたくないような気がするのだが、この男はどこかそこすら超越したところで政宗に仕えているフシがある。
少しだけ興味がわいた。
「あのさ、魔導師の旦那は整理屋の旦那に仕えて長いの?」
「ああ・・・政宗様がご幼少のころからお傍にお仕えしている。それがどうした」
部屋を手配したら、次は出迎えだとばかりに歩きだすので慌てて付いてゆく。
「その、さ。うちの旦那とあんなことになって不服じゃ・・・・あ、いや。別に俺様、おたくの主が不満ってわけじゃないよ。あの、ちょっとそんなに凄まないでくれますか?」
実際に好意的にはなれてないが、小十郎の顔が今から地獄の門を潜ってみるか。と、いうような顔つきだったので佐助は慌てて否定する。
この男。たまに、自分の顔の怖さを承知して利用してないか。と、思うのはきっと気のせいではない。
「違うって・・・その、大事に育てた主人がよりによって男に走ったっていうのは」
「今更だな」
「はい?」
そ、それは元々ってことですか。驚きのあまりに体が、少し引けた。
「違う。今更だといったのは、あれだけ政宗様が本気な以上。何を言っても無駄だということだ。それに、俺は止める気はない」
きっぱりといった。なるほど。佐助の気持ちとは、少し違うらしいことだけはわかった。
「だが。お前にしたら大事に育てた真田が政宗様に奪われたようで複雑な気持ちなのは、わかるつもりだ」
「!」
こういうところが、嫌いじゃないなぁ。と、佐助は思う。それを伝えようと思った時、佐助たちが待つ向こうに土煙があがって政宗と幸村が駆けてくるのが見えた。
「佐助、それがしを置いてゆくなどひどいではないか!」
「あらぁ、すみません。俺様つい先走っちゃって」
「政宗様、部屋はすでに確保しております」
「Thank you」







小十郎の予言通り。幸村と二人きりの部屋を主張した政宗は真っ赤な顔の幸村を引っ張るようにして部屋へ引っ込んでしまった。あれでは、温泉にきたのか違うことをしにきたのかわからない。
正直本当に複雑な気持ちであるが、ああみえて幸村が政宗を相当好いているのだから諦めるしかない。
(大将になんて告げたらいいか考えないといけないね)
はー、やれやれ。と、コキコキと首を鳴らし温泉に入ってこようと部屋を出た。すると小十郎もそれにならう。
「あ、一緒に行く?」
「ああ、こいつも入れてやらねばならぬから一人より二人の方がいい」
小十郎のこいつ。に、なんだ。と、佐助は視線を下ろして絶句した。


小十郎の手に、政宗の刀。





「え? マジで? 刀が温泉? 錆るんじゃないの?!」
「問題ない。お前も見たろう。この刀は普通じゃねぇ。生きてるから錆びるなんてこともない。元々温泉が好きなんだ。政宗様と入りたいらしいが、どうも政宗様の恋路を応援してやることにしたようだ」
真顔で言いながら、すらり。と、刀を抜いた。刀は同意をするようにキラリ。と、光る。
「ちょっとまって、整理屋の旦那以外でもことばがわかるの?!」
「いや・・・政宗様がそう聞いたそうだ。もし、それが嘘ならこいつはこんなに大人しくなどしていない。みろ、大人しいだろう」
「大人しい・・・ああ、そうね・・・このコ。海割っちゃうようなコですものね・・・」
もう深く考えるな。佐助は、己に言い聞かせた。







「れね? 刀さん、俺様が思うにぃ。オタクの主人はちょっと秘密主義だよねぇ?」
この場に誰かいたら、佐助が変だと叫ぶかもしれない。だが、幸いなことに誰もいなく。彼は今。抜き身の刀にひたすら酒をかけつつ、愚痴を延々ときかせていた。
その佐助の顔は真っ赤である。彼が相当酔っていることは確かであった。佐助の背後に、沈痛な顔つきのまま小十郎が行き倒れていた。
風呂から戻った二人と一本は酒盛りを始め、普段ではあり得ぬ量の酒を飲んでしまっていた。
佐助もだが、小十郎の酔い方は相当であった。実は、この男の本音を暴こうと佐助が二倍濃縮の酒を仕込んだためであるが、最初から最後までどんなに酔っても小十郎の政宗への忠義の気持ちは揺らぐことなく・・・むしろ酔うことで幼少時の政宗がいかに利発なお子様であったのかを延々と聞かされ、耐えきれなくなった佐助が四倍濃縮の酒で小十郎を潰した・・・と、いうほどに彼の心は揺るがないものであった。
そんな男を酔わそうとするのだから、当然自分も相当酒を飲んでいて、今。刀相手に酒盛りをしているという不思議体験をよく認識できてはいなかった。
「そうなんだよ、俺様はぁ。毎日旦那の幸せをさ、願ってるわけよ。わかる? それが、よりによって男!! そりゃぁぁ。お金目当ての女とかに引っかかるよりはいいよ。むしろ、整理屋の旦那はお金持ちだしぃ。でもさぁ、これとそれとは違うわけでしょ? ちょっと、飲んでる? ほら、もっと飲んで」
ザバァァァァと、佐助は手近にあった酒をかけた。それが、小十郎を一発で倒した四倍濃縮の酒だとは気付かない。
刀は、真っ赤になって左右に揺れた。
刀は、すでに普段の蒼白い光ではなく酔ったのかほんのりとピンクである。
佐助の話に頷くように、時折震えて見せる。

なんて、いいやつなんだ。佐助は感動した。

人間には理解を得られないけれど、刀はわかってくれる。
ありがとう刀!
すばらしいよ、魔剣。


佐助は元気づけられた気持ちになって、刀を持ち上げ叫んだ。
「俺様は負けない!!!」
「!!!!」
刀が同意を示して蒼く光った。
「戦うぞ!」
「!!!!!」
刀が同意して、震えた。佐助は嬉しかった。こんなにもわかってくれるお前は今日から親友だ。
そう思ってにっこりと笑った・・・顔が凍りつく。


刀が蒼い閃光を放った。布団が丸焦げになるのを彼は、見た。
ん? ちょっと待て。


びりびりとした感覚に佐助は飛び上がった。
「ちょ、ちょっと。それ駄目」
だが、刀は真っ赤な顔をしたまま左右に揺れて、あの海を割った閃光を放とうとしている。
佐助は焦った。何か、何かないか。このままでは、自分たちどころか宿がなくなる。焦った佐助が左側を見たとき、何かが見えた。



これだ。


意味もなく確信して佐助は、小十郎の隣にあった焦げてない布団と、小十郎の浴衣の帯を引き抜いて刀に飛びかかった。手早く簀巻にして畳の上に転がした。それから、その上を撫でて。
「もう眠る時間ですよー。ほーら、眠くなるー」
バタバタと暴れる刀に即興で思いついた作詞作曲佐助の子守唄を聞かせて寝かしつける。刀は徐々に大人しくなってきたのでほっとして、やめる。だがすぐに暴れる。
(助けて!!)
だが、その心の叫びをきいてくれるものはいなかった。





結局。佐助は、翌日。
従者二人が起きてこないことを不思議に思った政宗がこの部屋を訪れるまでずっと、作詞作曲猿飛佐助の歌を歌いながら、布団を抑え込むという苦行を続けたのであった。





(酒はほどほどにしよう)



心に固く誓ったのは、言うまでもない。






佐助さん苦労人だ(笑)
うちの佐助さんは常になにかしらの悲劇にあっているような気がします。
ごめんよ、佐助。
このお話は、2009年3月から一年にわたって発行した「朧」というシリーズの同人誌の番外編になります。
基本ギャグのお話だったので、ギャグ話で短いものを書いてみました。
たぶんこの方向の番外編を希望してくださった皆様は望んでいないと思うんですが、個人的に満足です。
ダテサナでファンタジーなんて誰にも受け入れてもらえないだろうと思っていたのが番外編までかけたことに感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございました!

サイト掲載2010.08.09.


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