その小さな波紋は、瞬く間に大きく広がってすぐに消えゆく。
ゆらゆらと揺れる水面だけが、その名残を残すばかりであった。
それが幾度も繰り返される。単調なようでそうではない不思議な動きが政宗は嫌いではなかった。


雨、一雫。
水面に達してしまえば、その他大勢となるだけのそれは、天から生まれ地に落ちるまでの短い間だけが個体としての生であるわけである。
水面に広がるこれは彼らにとってまさに人生の終焉の地となるわけである。
要するに、今。彼らの最期を自分は見守っている。そういうわけだ。



だから、なんだというのだ。



我ながら面倒なことを考えると、政宗は思う。
雨は、雨。
水は、水だ。
そう言われれば、その通りではあるのだけれど…つい。
つい、何だ。
自分でも説明がつかぬほど、雨に魅せられていたらしく政宗は自分に呆れ果てた。と、いうように片方の眉を器用に持ち上げてからさきほどから手に持ったままですっかりと冷えてしまった湯呑の中身を飲み干し、脇に置く。
だが、相変わらず視線は外の景色に向けられたままだ。
そのまま、彼は両手を大きく広げて、うん。と、伸びをした。
バキバキと凝り固まった肩が悲鳴をあげた。知らず長いこと、この体制でいたようである。そう自覚すると、急に体が重くなった。
政宗は疲れをほぐすようにぐるり。と、首を回した。それから、息を吐く。


雨は静かに降り続く。パラパラと水面にできた水の花をたくさん咲かせている。
緑が芽吹き始めたこの季節の雨は、とにかく美しい。


雨は、嫌いではない。
ぼんやりとなおも政宗は雨の降り続く庭を眺めていた。その背後に人の気配を感じて、ゆっくりと振り返る。


ぴちゃり。ぴちゃり。室内にあるまじき音を立てて訪問者は現れた。
犬の尻尾のような髪がゆらりと揺れる。いつもの戦装束とは違う着物姿は、いつもよりすこしだけ…ほんの僅かだけ大人びてみえるはず…だった。
だが。
政宗は、呆れた表情を隠そうともせず来訪者を見上げた。それから、その足元を見て、意味不明な唸り声のようなものを低く発して首を左右にゆっくりと振った。どこからみても、駄目だ。というような反応である。
そんなわかりやすい政宗の反応に、目の前の男はいささかムッ。と、したらしい。むぅ。と、口をした。
それがさらに子供じみていて政宗はおかしくてたまらない。しかし、それを言っては益々この男はむくれるだろう。そうやって虐めるのも楽しいが、今はそんな気分ではない。第一、滅多に会えぬのだ。相手の機嫌を損ねて得するものなど何一つなかった。
代わりに、はぁ。と、大仰にため息をついてみせた。
男が、びくっ。と、反応した。
それがまるで、叱られるのを恐れる子供のようでますますおかしい。
政宗は笑いをかみ殺すのに苦労を覚えた。
それを誤魔化すように、長めの前髪をかきあげてわざと億劫そうにゆっくりと片膝をついてから立ち上がり、男と目線を同じくする。
普段はふわふわとした髪の毛はぴったりと張り付いていて、なんだかとても情けない。
しかも、全身ずぶ濡れであるから着物からぽたりぽたりと水滴が滴り落ちて、床に雫が落ちている。
明らかに、油断して雨具を忘れたとしか思えない。
しかも、本人もこのままお邪魔したのはよくないことは自覚しているらしい。
政宗の目には、しょんぼりとうなだれる子犬のように見えた。
実に、かわいらしい。
思わず、口元が緩んだ。


「アンタは、傘ってものは思い浮かばなかったのか」
政宗の知る限り、今日は朝から雨である。目の前の男が、うっ。と、怯んだ。
「そ、某は晴れると信じて」
「アンタの従者は傘持って行けとは言わなかったのか?真田幸村」
「う…」
言ったらしい。
そのやり取りが容易に浮かぶ。益々、かわいい。
しょんぼりと項垂れる幸村に政宗はニヤニヤしながら、部屋を横切り手ぬぐいを掴んで戻ってくる。
「で、どしゃぶりの中、晴れを信じて突き進んできたってわけか?」
いくら徒歩ですぐの場所といえど、この雨では当然の結果である。
「す、すまぬ」
ぐいぐいとすっかり水分を含んで布の役目を果たさない着物の袖で顔を拭こうとする。だが、水を大量に含んでいるそれはさらなる水分を提供するだけであった。
余計に濡れるだけである。
「……」
呆然とする顔が本当にかわいい。


ぶっ。

ついに政宗は笑い出した。笑うことないではないか。と、叫ぶ幸村にまぁまぁといいながら、手にしている手ぬぐいで髪の毛をガシガシ拭いてやる。
「んっ」
「目ェ閉じろ」
しっかりと拭いてやっていると、やけに気持ちよさそうに目を閉じている。


まるでワンコ。



かわいい。


ガシガシと拭いていた手を政宗は急に止めた。不思議そうに目を開けた幸村の目が驚きに見開いた。政宗が急に、背中に手をまわして抱きしめてきたからだ。
「な、な?」
「雨の匂いがするな」
肩に顔を埋めると、水分が顔を濡らす。
なおもきつく抱きしめると、だんだんと政宗の着物も濡れてきた。それに比例するように幸村の顔も赤くなってゆく。
政宗は、しばらく思案するような顔をしてからニィ。と、口の端を持ち上げた。


「このままじゃぁ、俺も濡れちまうな。いっそのこと脱ぐか?」
「ぬっ!!!!」
「脱げよ」





外は、天が泣き続けている。
ときに室内でも、泣き声。



雨の日は、元々嫌いじゃない。
だがもっと好きになれるかもしれない。


そんなことを考えた。





END
(22.4.5.更新)




五万打ありがとうございます!
更新がなかなかままならないサイトではございますが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
ちょっと季節が早いですが、イメージ的には梅雨で。
北海道に梅雨はないのですが、本当にこれもイメージで。

こちらのSSはお持ち帰り自由です。
サイトに転載の場合は、蒼舞紅華の作品であることを明記してください。

ここまで読んでくださってありがとうございました。
ブラウザを閉じてお戻りください。