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(痛い・・・)
手ぬぐいを後頭部にあてたまま幸村は、ごろり。と、横を向いた。
政宗は、ひどく慌てた様子で出て行ってしまった。用事というのは、嘘だろう。幸村にもそのくらいは、わかる。
(政宗殿)
触れられた感覚を思い出して、少しだけ体が熱くなった。
触れられることなど何でもないはずなのに、何故なのだろうか。佐助に撫でられても平気だし、信玄ならばそれは褒められたときであろうから、得意な気持ちになるだけだった。信玄に頭を撫でてもらったのは、いつの話だったろうか。だいぶ子どもの頃の話だ。今の状況とは比較にはならないか。
幸村は、そっと息を吐いた。
誰かに触れられて、落ち着きを無くす。
落ち着かないだけではなく、その手は離れていって欲しくはないと思ってしまい、己の体が熱くなる。


そうして―――


 相手に、触れたくなる。


手を伸ばしたいのに、できなくてモヤモヤした。ただ手を伸ばせばそばに政宗がいるというのに、手を伸ばせなかった。政宗に手を払われたらと思うと、怖くてできなかったのだ。それほどに意識していた。政宗がそばにいると、彼の全てが気にかかった。幸村の全身が政宗という存在を認識しようとするがごとく、政宗だけしか見えなくなるのだ。
「逃げている、だけ。で、あろうな」
明確な答えは、ずいぶん前から知っていたように思う。それを無意識に否定していたのは、たぶん。不安ゆえだった。
自覚して、どうなるというのか。同性という問題も幸村にとっては小さいものではなかったが、伊達政宗は幸村にとって敵国の大将であった。天下を望むならば、いつの日か必ず信玄の前に立ちはだかる男であった。幸村にとって、信玄の行く手を阻むものは皆敵であった。だから、気持ちを自覚してもそれを相手に伝えることなどできない。春になれば、幸村は信玄の元へと帰る。政宗も止めたりはしない。元々そういう約定であるし、政宗はそれを破るような男ではなかった。
幸村にとって、信玄とは自分の存在意義そのものなのだ。あの方のために生き、あの方のために戦う。それだけを考えて生きてきた。今の、その考えに変わりはない。だから、自覚したところでどうしろというのだ。
(政宗殿)
明らかに動揺して出て行ってしまった政宗。彼に動揺を与えたのは、なんであったのだろうか。もし、幸村の考える通りの理由ならば幸村はどうしたらよいのだろうか。答えは迷ったままであったが、それが事実だったらと思うと口元が自然と緩んだ。
幸村は手ぬぐいを取り、起き上がる。そうして、政宗が後頭部に当ててくれたそれに目を落とした。ひんやりとしていたそれは、幸村の体温でだんだんと生温くなってゆく。ぐしゃ。と、握った。
幸村は、手ぬぐいを握ったまま中庭に目を移した。そこは、雪が積もって一面を白で覆い尽くしていた。ちらちらと雪が舞っていた。鉛色の空は、今日も雪を降らせ奥州の地を白銀で埋め尽くしていっている。奥州の冬は長い。まだまだ続く。この雪で覆われた奥州の地のように、幸村の心も覆い隠してはくれないだろうか。


「無理だ」


即座に、否定した。気持ちを押し殺しているには、ここはあまりに閉鎖的だった。雪で閉ざされた世界だからこそのことであろうと思う。
ならば、この世界を閉ざしている雪が消え失せた時この気持ちも一緒に消え失せてしまうのか。幸村は、これも否定した。そうはならない。ここに来る前から、政宗のことは特別だったのだ。伊達政宗だけが幸村の心を揺さぶった結果、幸村はここにいる。雪が融けて春になったら、幸村は帰る。それは変わらないことだけれど、それまではいつもと違う幸村でいてもいいのかもしれない。雪が全てを隠してくれるだろう。都合がよすぎる考えだろうか。
自覚してどうなるというのだろうか。そう思うことには変わりはない。
だが、少しだけ。ほんの少しだけでも、気持ちを露にしても許されるのではないか。
この冬の間だけ。政宗のそばにいれるこの間だけ。


幸村は、手ぬぐいに再び目を落とした。それを床に落す。障子を開けて、部屋を飛び出した。
向かうは、鍛錬場であった。
政宗がどこにいったかは知らない。だが、自分が政宗だったら心を落ち着かせるために鍛錬場で汗を流す。
政宗に会ってなんていうかなんてわからない。政宗が自分のことをどう思っているかなんて知らない。
ただ、少しだけしかないこの時を無駄にしてはいけないような気がした。
恋を自覚する。それは、時にして残酷なものだと幸村は思った。
別れがくることがわかっている相手に恋したと自覚した時、とるべき行動は二つしかないのだ。


別れることを覚悟した上で、飛び込むか。
心を隠し通すか。


未来は、どちらにしろない。だ
ったら、少しでもそばにいれるほうがいい。幸村の足が早足になる。いつのまにか通いなれてしまった廊下を通り、鍛錬場にまでやってくる。



「政宗殿・・・」



入口で足が止まった。
政宗は、そこにいた。鍛錬場の真ん中で木刀も持たずただ立ち尽している。なにかを押し殺すように政宗に固く握られた拳が震えていた。
ハァ。と、政宗が大きく息を吐いた。真っ白な息がフワ。と、広がって消えた。
「・・・幸村・・・」
小さく呟かれた言葉に、幸村が凍りつく。その声は、愛しい人を呼ぶように優しく、ひどく悲しかった。こんな風に名を呼ばれたのは、初めてであった。
「幸村」
絞り出すような声が政宗の苦悩を表しているようで、幸村まで苦しくなってくる。一歩、足を踏み出した。もう、一歩。また、一歩。だんだんと早くなっていって、政宗のところまで駆け出して行く。ようやく政宗が振り返った。その目は驚きで見開いている。
「幸村?」
幸村はふわり。と、笑った。そうして、政宗に手を回し抱きしめる。
「冬はまだ終わらぬ」
「そうだな・・・幸村?」
幸村に手を回すこともなく立ち尽している政宗に幸村は擦り寄った。そうして、政宗と目を合わせた。
「政宗殿。某、いや。俺は」
幸村は、言葉を切った。言葉ではうまく言えない。だから、と。幸村は己の唇を政宗のそれにそっと重ねた。政宗がびくり。と、する。
「幸村…」
政宗の唇がそれに応えてきた。背中に手が回る。背中をなで上げられて幸村は身を震わせた。肩や腰を撫でて、引き寄せられる。
軽い口付けが終わった時、互いの体はぴったりとくっついている。
政宗のそこも幸村のそこもすでに硬くなっていることがわかって、幸村は赤面した。
体が、熱かった。


「俺は、アンタを抱きたいと思ってる…いいのか?」
その目は、ひどく不安そうで幸村も苦しくなる。
「某も、政宗どのがほ、欲しいでご・・・んっ」
最後の言葉は政宗の口の中に消えた。
唇を塞がれて上唇をちゅう。と、吸い上げられた。そうして、甘く噛まれた。
そのまま政宗は、舌をにゅ。と、幸村の唇の中へいれてきた。口の中を愛撫しながら、幸村の舌を探り当て絡めて吸う。
「ふっ・・・んっふっ」
体が、とろり。と、溶けてゆく。こんな濃厚な口付けは生まれて初めてで幸村はぼうっしたまま、助けを求めるように政宗の着物を掴んだ。
体が触れる。ぐらり。と、沈みかけると政宗が腰を支えて引き寄せた。そのままくちゅくちゅと口付けを交わしながら、政宗の手が幸村の着物にかかった。









20.10.21.
次回エロになります。更新時にページにワンクッション挟むので、判断しておすすみください。


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