春を望む
その日。昨晩から降り続いた雪は止むこともなく降り続き、道という道を雪で埋め尽くした。日々の降雪のために、城下の家々の脇には大きな雪山が築かれ、城から見える町の景色は雪の海の中に家々が沈んでいるかのようであった。
「今年はいつにましてひどいな」
政宗は傍らに控える小十郎に呟く。
「そうですな。雪深い奥州といっても、今年は量が多いですな…」
「雪解けも遅い、か」
政宗はじっと降り続く雪を眺めた。北の冬は厳しい。雪と氷に閉ざされた大地に春が訪れるまで、ひたすら待つだけである。冬は春へ向けての下準備期間であり、また少しの間の休息時間でもあった。雪解けとともに天下を目指して走り出すための準備をしながら春を待つわけが、不意に戦場が恋しくなる。人を殺めることが恋しいわけではない。戦は、天下に平和をもたらすための戦いであり、決して殺戮を好んでいるわけではない。
では、なにが恋しいのか。戦いではない。戦場の空気でもない。
だが、恋しかった。早く春にならないかと政宗は思う。
春が、待ち遠しくてならない。
恋しいのは春の訪れか。
いや違う。
恋しいのは、一つの紅だ。
早く会いたい。彼を味わいたい。
春までおあずけのそれに手を伸ばしたくて体が疼いた。。それを誤魔化すように視線を動かした政宗の左目が大きく見開かれた。その驚愕の表情はふっくりと喜びに変わり、僅かに口の端が持ち上がった。
「小十郎、春が来やがった」
「は?」
白銀に映える紅。
体が熱くなった。冬の寒さも厳しさもすべてその瞬間、政宗の心から消え去り、あるのは、紅を纏う者を欲する心のみ。
政宗は再び雪景色を眺めて目を閉じた。早く、来い。わきあがるこの思いをどう、伝えようか。
「筆頭!武田の使いで真田幸村が。どうしますか?」
「いま行く、待たせておけ」
春が、向こうから飛び込んできた。
END