無自覚
(旦那って本当に不器用だよねぇ)
佐助は、目の前で団子の串を口に突っ込んだまま、放心している主に呆れて力なく首を振った。佐助の主、真田幸村は、馴染みの甘味処でおやつを食べている。いや、正確には食べていた。
幸村の横に置かれた大皿には、かなりの量の串だけがのこっている。
佐助が見たところ、幸村と約束した10本は余裕で超えていることは確かである。
それを見て、佐助は大仰に溜息をついた。
(約束したでしょうに)
声には出さない。なぜならば、隣にいる主は未だに佐助のことに気づいていない。それは、佐助が気配を殺しているからでも、隠れているからでもない。幸村が、放心しているからなのだ。
(なにを熱心に考えてるのか)
やれやれと、佐助は主の口から串を引き抜いた。それを皿の上にぽい。と、投げ捨てるとそのままその皿の中の串の数を数えて。
「全部で30っと・・・旦那、2日間団子なしね・・・?」
いつもなら、佐助もびっくりの超速で佐助の肩を掴み「あんまりでござる!」と、日本一の兵の名が泣くようなことを本当に情けない顔で言い募るのであるが、反応はない。
これは、重傷だ。
佐助は、ふむ。と、頷いて。それから、はぁぁぁぁ。と、頭をガシガシかいた。
実は。
理由はわかっている。幸村がなにと出会ってしまったのか。
戦場で、出会った青き竜。彼は、幸村と同じように戦に愛されし者であり、唯我独尊。けれど、決してそれが嫌味ではない。相手を認める潔さを持ち、それでいて卑屈には決してならない。その竜に魅せられたのは、なにも伊達軍に属する武将たちだけではなかったようで。
伊達政宗と仕合った幸村もまた彼に惹かれてしまったのだ。
無理もない。
実力を認めた男が、佐助とは相性が悪そうではあるが大した男であることは間違いないのだ。
若き竜。伊達政宗。
あのどこか他と違うノリの男たちをを纏め上げる奥州の筆頭。
彼は、幸村の心にしっかりと己を植えつけることに成功したようだ。
佐助は見てた。
幸村と引き分けに終わった瞬間、幸村を引き寄せて耳元で彼が何事かを囁いたのを。
そして、幸村が真っ赤になったあと意味不明な言葉を喚いて、その場にしゃがみこんだのを。
それを伊達がみつめて、柔らかな目のまま笑ったことを。
戦場の光景としては異様だった。
さきほどまで命を取り合っていたというのに。
だが、それが不思議と変に思わず。
ただ、佐助は。
(旦那に春が来てしまった)
と、思った。
ゆえに、佐助の隣で、幸村は放心している。
時折、耳が赤くなるのが何よりのしるし。
(・・・・まったく、わかりやすいったらありゃしない)
佐助はまた溜息をつくと、すう。と、息を吸い込んだ。
「あ。竜・・・」
「!! どどど・・・どっどっ?!」
どすん。と、いう音がして、幸村が転げ落ちた。
顔は真っ赤。キョロキョロと辺りを見回して、ようやく佐助に気づく。
「さ、佐助・・・?」
「みたいな雲が空に・・・って旦那、どうしたの?」
驚いたように問うと、幸村はあわあわとかわいそうなぐらい動揺する。
「! な、某は別にどどどどどど独眼竜殿だとおおおおおお」
「・・・俺様、一言もまだ質問してないんだけど。独眼竜?竜の旦那がどうかしたんですか?」
はっ。と、幸村は自分の口を手で押さえた。
「ぬっ。なんでもござらん! 佐助。いるならいるといえばよかったであろう」
恥しいのか、怒ったように幸村はいうと、ぷい。と、横を向く。膨れ方がまるで子どもだ。
佐助は主の実年齢と精神年齢の差にいささか心配になりながらも、
どうにも真剣らしい主の様子に苦笑いを浮かべた。
「旦那。顔真っ赤」
「・・・・こ、これはその・・・・・お・・・・・・・」
「お?」
「お・・・・・おや・・・・」
「親?」
「お館さまぁぁぁぁぁぁ!!!!! 叱ってくだされぇぇぇえぇぇ!!!!!」
幸村は走り出した。いつものパターンだ。
佐助は頭が痛かった。しばらくして、気づく。
「あ、ちょっと。旦那、お勘定!! 俺様が払うの? ちょっとあんた俺の主人でしょう?!」
俺様本当にかわいそう。と、ブツブツいいながら佐助は団子代を支払い、幸村のあとを追う。
(春だねぇ・・・)
祝福してよいのか微妙ではあるが。
季節は冬なのに、春なのか。
そんなことを思いながら佐助は、その場からすっと消えた。
完