本日も晴天なり


屋根の上から、ぼんやりと見上げた空は冬の空ではあるが、雲ひとつ無い晴天であった。

「晴天であれば」

そんな声が下から聴こえて佐助は溜息をついた。
(旦那は、雨だろうと雪だろうと、台風だろうと。鍛錬とか言っちゃって庭に出るじゃないのさ)
あとで水浸しの廊下やらずぶ濡れの幸村本人やらの世話をし、なにかと煩い幸村を黙らせるためにその口に饅頭を突っ込みその間に、いろいろ片づけをするのは、佐助。
それを思い出して、涙が出そうになった。
(俺様忍びなのに…なんでこう召使みたいなわけ?)
先代の幸村の父の頃は真田忍軍の忍頭はきっと違ったに違いない。そう信じたい。だが、なにせこの主人の父である。侮れない。と、余計なところまでに考えを飛ばしていると、屋根の下では、思ったとおりの行動を佐助の主人はとろうとしていた。
「気持ちのよい朝でござるな、佐助」
「旦那は、気持ちいいかもしんないけどさぁ。俺様寒すぎるのも苦手なの」
いきなり話しかけてきた幸村に動ずることなく、佐助もまた屋根の上で返事をする。
気配を殺すことが得意な佐助ではあるが、なぜか幸村にだけはそれが通用しないのだ。もう、なれた。驚かす楽しみがなくなったのは、少しだけ寂しいとは思うのだが。

あらよっと。と、いう掛け声と共に幸村の前にひらりと降り立つ。予想通り、いつもの肌むき出しの格好で平然としている幸村に佐助は、腹を痛めないといいが・・・と、自分でも悲しくなるような子どもの心配をする母のような気持ちになった。
そんな佐助の微妙な心境を知るわけもない幸村は、無邪気な笑顔で笑いかける。
「清々しい朝ではないか」
「いやいや。いくら清々しくても、水も凍るような朝は寒いから」
「某は、寒くは無いが」
不思議そうに首を傾げる。
「俺様は、旦那のほうが不思議だよ」
そう言う佐助の格好もまたこの季節にしては、かなり薄い。忍たるもの、いざというとき着膨れして動けぬなんてことがあってはならないからだ。
だが、寒かった。
この佐助の主張は、武田主従にはほとんど無意味に近いこともわかってはいたが。

「ときに、佐助」
「はい?」
てっきり鍛錬を始めるのかと思っていたのに、幸村はそのまま動かない。先ほどまでの上機嫌が嘘のように気分が沈んでいるように見える。
せわしなく辺りをうかがい、溜息を一つ。珍しい、なんだ。と、佐助はいやな予感がした。
「伊達殿は、何処に」
ああ。と、佐助は合点する。昨日まで、武田の客として招かれたはずの伊達政宗が、なにを思ったのか幸村のところに入り浸っていたのだ。そのおかげで、佐助の苦労は倍になった。子どもの幸村と俺様の独眼竜。しかも、幸村はお子様なので扱いやすかったが、独眼竜は大変だった。竜の右目はよく面倒見ていると、心の底から尊敬する。
「右目の旦那が、俺様関係ないのにあまりの怖さに真っ青になるような顔で、竜の旦那を大将のところに連れて行くべく、引っ張っていった」
「そうでござるか」
おや。と、佐助は思う。幸村は武田信玄のこととなると、いろいろなものが弾ける。お館さま命のこの主人にしては元気がない。
「竜の旦那になにか用事?」
「そうでござる・・・伊達殿は。某に・・・」
そこで、ふるふると小さく幸村が震えた。


「あんなにも、誓ってくださったというのに・・・・!」


くっ。と、涙目になってキッ。と、空を睨む。なにを。佐助は、一歩下がった。こういうときの、佐助の予感的中率は100%だ。
(竜の旦那ぁ、いったい何を旦那と約束したんだよ)
佐助は知っている。体を鍛えるのにちょうどいい。と、言って、うまい具合に幸村を騙し、伊達政宗が幸村にちょっかい出していることを。
幸村がなぜかわからぬが拒絶しないので、佐助も生温く見守っているのだが、こういうのは勘弁して欲しい。
(旦那拗ねると大変なんだよねぇ)
ハァ。と、特大の溜息をついていると、幸村は雲一つない空に向かって咆哮した。


「某のずんだ餅はいずこでござるかぁぁぁぁぁ!!!!!」


「くれるって言ったの?」
「言った」
「作ってくれると約束してくれたでござる。そ、某。約束のき、きききききすまで交わしたでござるよ」
「は?」
「絶対に違えぬ約定を交わすときには、きすというものをするのが奥州ではしきたりだと伊達殿が真剣な顔で言ったのでござる」
「…俺様その“きす”がなんだかわからないけど」
きっとロクなものではない。と、いうか。絶対にそれは嘘だ。
「そ、それは」
カァ。と、頬を染めた。
もういい。なんとなく佐助はわかってしまったので、先まで言わせるかと立ち去ろうとする。伊達政宗により、幸村の奥手具合が少しでもよくなればいいとか思っていたが、なんとなく伊達政宗に幸村が食われそうだと思う佐助である。


「逃がさぬ!」
ぐわっ。と、幸村は佐助に抱きつく。
「のわぁぁぁぁっ?! 旦那、なに。俺様作れないって」
「佐助ぇぇぇぇ。拙者のずんだ餅ぃぃぃぃ!!!!」
「ぎゃぁぁ、鼻水つけるのだけはやめて。わかった。わかったから! 竜の旦那からもらってくるから」
「真でござるか!」
ぱぁ。と、笑顔になった。
頭が、痛かった。





「佐助、早く戻ってくるでござるよ。あ。ついでに、いつもの団子も頼むでござる!」
「団子は一日一本だって!」

ああ・・・。佐助は泣きたかったできれば、バサラ技でもかましてすっきりしたい。
とりあえず、雲ひとつない青空が憎かった。
(俺様は忍だ…)


他の国の忍もこうなのか、知ってはいけないと思う猿飛佐助なのであった。





呟き
私の佐助のイメージ=苦労性
幸村はいつでも燃えてるから寒くないんだと勝手に思った次第です。ダテサナいいつつ、政宗がいねぇ(汗)
(19.11.30.)