Winter Fall
「此処に来てから、久しぶりにいい天気になったな!」
揺れるカーテンの外を眺めながら、カガリが背伸びをして言った。
「そうだな…この会談の期間中、ずっと雪が降っていたから…。」
カガリの後姿を見やりながら、アスランは書類を机の上でトントンとまとめ、整理した。
ここは、『ユーラシア連邦』の―――雪と氷に覆われたとある街―――
地球上の国家が集まり、今後の情勢についての話し合いが、ここ、北緯の高い街で行われることになった。
その会議に出席する為、カガリもアレックス―――アスランを伴い、訪れていた。
「今日は、会議もない、久しぶりのオフだし、折角の天気だし…なぁ、アスラン、外に行かないか?」
南国オーブ育ちのカガリにとって、雪というのは非常に珍しく、もう18歳だというのに、外の雪と戯れたくてウズウズしているようだ。
まるで純粋な子どものように、キラキラと金の大きな瞳に雪を映しながら、はしゃぐカガリに、アスランは思わず、微笑みを漏らす。
「…なんだよ…何か可笑しかったか?」
クスクスと笑うアスランにカガリが問うと、今度はアスランは尋ねた。
「ハイハイ…じゃあ外に出て、何がやりたいんだ?」
「んと…まず『雪だるま』作るだろ! それから『雪合戦』!…それから…」
一国の主がまるで子どもと同じ…それだけカガリにとって雪が珍しいのはわかるが…
流石のアスランもカガリの『お子様遊び』に付き合うには、この歳では勇気がいる。
と―――
アスランは一つカガリに提案した。
「なぁ、カガリ。近くに湖があって、そこでスケートが出来るそうだが…やってみないか?」
「はぁ?…『すけーと』?」
「知らないのか?『スケート』。」
翡翠の瞳が悪戯っぽく、金の瞳を覗きこむ。
「ば、馬鹿にするな! これでも『スケート』くらい知ってるぞ!…ほら、あれだろ? よく公園とかで靴はいてゴロゴロやってる―――」
「…それは『インライン・スケート』…俺が言っているのは『アイス・スケート』。」
「///〜〜〜〜〜っ!!」
南国育ちのカガリにとって、アイス・スケート等当然、やったことはないはず。それを踏まえてアスランはカガリをからかっているのだ。
だが、負けず嫌いのカガリは『知らない』とは言わない。慌ててとり直す。
「と、当然知っているさ!」
「じゃぁ、やったことは?」
更にからかうようにアスランが突っ込むと、流石のカガリも嘘はつけない。
「…ない…」
初めから答えなどアスランには判っていた。
只、こうして懸命に言い訳するカガリが可愛らしく…ついつい時折こうしてからかいたくなってしまう。
「じゃぁ、やってみないか?」
「お、お前はやった事あるのかよ!?」
「プラントにいるとき…な。」
口に出しては言わないが、自ら誘うアスランの運動神経からいって、実力の程は計り知れる。
アスランからの誘いに、カガリは一瞬戸惑ったが、元々好奇心旺盛なカガリはアスランの言葉に簡単に乗った。
「お前がそこまでいうならやってやる! 見てろ! お前になんか負けないからな!」
* * *
カガリはアスランと共に、湖に出た。
しばし、目の前に広がる一面の氷の世界の美しさに目を奪われていると、アスランが、スケートシューズを持ってやってきた。
「エッジは刃物だからな。触らないように気をつけろよ。それから滑りやすいから―――」
「そ、そのくらいみりゃ判る! 私にだってこのくらい―――」
靴をはいたカガリが湖の氷の上に、立ち上がろうとした瞬間―――
「うわっ!!」
「カガリっ!!」
勢いよく立ったカガリは、バランスを失い、後ろ向きにひっくり返りそうになる。
とー――間一髪、アスランがカガリの身体を受け止め、二人は氷の上に尻餅をついた。
「〜〜〜冷た〜〜〜っ」
「だから『滑りやすいからバランスに、気をつけろ。』と言おうとしたんだ。」
アスランが呆れながら言う。
「それじゃぁ、『立つ練習』から始めましょうか? お姫様?」
「〜〜〜〜〜っ///」
立つことさえも侭ならないなんて…悔しさに顔を赤らめながら、カガリがアスランを見上げると、アスランはおどけた表情で、手を差し伸べていた。
こうして、氷の上に何時までもペタンと座っている訳にも行かない…
カガリはアスランの手をとると、アスランはカガリを引き上げ、半抱きしめるような形でカガリを立たせた。
「///っ!! あ、あんまりくっつくな! は、恥ずかしいじゃないか!!」
慌てるカガリにアスランはすました声でいう。
「まず姿勢から正さないとダメだろう? …それとも離れてさっきと同じ、ひっくり返るか?」
「・・・。」
正論に言い返す言葉が見つからず、カガリは言われたとおりにアスランの指示に従った。
「じゃあ、立った時のバランスは判ったな? 次は前進の仕方だ。」
そういってアスランは右腕でカガリの腰に手を回し、左手でカガリの片手を握った。
すると―――
「ちょ、ちょっとまて! さ、触られきゃいけないのか!?」
カガリが真っ赤になって慌てる。
翡翠の瞳はそんな初々しいカガリの様子に、ますます優越感を持って言う。
「…俺に『負けない』んじゃなかったのか?」
「だって…他のヤツラに見られたら…」
女の子の腰に手を回し、片手をとる―――まるで傍から見たら『仲のよい恋人同士』としか見えないだろう。
今日はオフとはいえ、各国の責任者たちの目も、何処にあるかわからない。
(本当は、それでも俺は構わないんだが…)
カガリの立場も考え、アスランは別の方法をとることにした。
「それじゃあ、とにかく足を平行に保って立って…」
「こ、こうか?」
急に真剣な表情に変わるカガリを愛しく思いながら、アスランはカガリと向かい合って、カガリの両手をとる。
そのまま自分は後ろ向きに滑り出すと、カガリの身体はゆっくりと前に進み始めた。
「わ、わ、す、進んでるぞ!?」
「当たり前だろ? 俺が引っ張ってやっているんだから…それよりもさっき言った『姿勢』。」
「あ…わ、わかった!」
冷たい風が頬を撫で始める。
ゆっくりと進みだしたカガリは、初めて氷の世界の上で滑り出した感覚に金の瞳を見開き、キラキラと輝かせている。
(つれてきてよかった…)
その表情に、アスランも思わず柔和な笑顔を漏らす。
「じゃぁ、今度は片足ずつ、少しずつ蹴りだしてみて。」
アスランの言葉に、カガリは少し不安な顔になる。
「だって、片足で立ったらバランスが―――」
「大丈夫。そのために俺がちゃんと支えているんだから…」
カガリがアスランの顔を見ると、心得たようにアスランは頷く。
カガリはおそるおそる片足で蹴りだしてみた。
「わぁ…」
加速するスピード。支えられているとはいえ、初めて自分の力で滑り出した快感に、カガリは夢中になり出した。
ところが―――
「あ、あれ? と、止まらな―――うわっ!!」
危うく転倒しそうになるところを、アスランはカガリの手を引き、その胸で抱きとめた。
「大丈夫か? カガリ。」
「あ、ありがと……って、うわっ!」
再び抱きとめられていることに気付き、慌ててアスランから離れようとするが、アスランは、そんなカガリをしっかりと抱きしめたままでいた。
「あ、アスラン…?」
「ごめん…カガリ…」
アスランがカガリの耳元で囁く。
「…『止まり方』教えてなかった。」
「…へ?」
キョトンとしたカガリが、たちまち顔を赤らめ怒り出す。
「お、お前! 『止まり方』あるんだったら、早く教えろよ!」
「ごめんごめん。」
アスランとしては、カガリが止まらなくなる度に、自分の胸に飛び込んでくれるのが嬉しかったのだが…流石にカガリを騙すのも悪い気がしてきた。
「止まる時はこう…足を『T』の字みたいにして…」
「こ、こうか?」
さっきまで怒ったかと思えば、今度は真剣になって、夢中になって…コロコロと変わる表情が、アスランの心を擽る。
程なくすると、カガリはおぼつかないが、一人で滑り出せるようになってきた。
「アスラン。今度は自分だけで滑ってみたいんだが…いいか?」
流石のアスランも心配になったが、カガリにせがまれると“嫌”と言えなくなってしまう。
「判った…でも、湖の中央には行くなよ。氷が薄くなっているといけないからな。」
「わかった!」
そういって、カガリはアスランから離れて滑り出した。
元々運動神経は良い方だ。
そして、頬を切る風、変わる周りの風景…カガリはすっかりスケートに夢中になった。
(よし! これならアスランに直ぐに追いついてやれるな…)
ゆっくりと進むカガリ―――だが、夢中になりすぎて、アスランからの注意をすっかり忘れていた。
<ピシッ>
(…?…今どこかで何か鳴った気が……気のせいか。)
<ピシッ、ビシッ>
その音に、休んでいたアスランの耳が反応した。
アスランが振り向くとカガリは夢中のあまり、湖の中央付近まで滑りだしている!
「カガリーーーっ! 戻れーーーっ!!」
アスランからの声にカガリが初めて気付いたその時―――
<ピシッ――バリバリッ>
「うわっ! な、何だ!?」
足元にみるみる走るひび割れに、カガリは慌ててその場を去ろうとするが、まだようやく滑り出せたばかりのスピード…足元のひび割れがカガリの後にドンドン迫ってくる!
「うわぁぁぁぁ!!」
必死に迫るひび割れから逃げるカガリ―――だが追い詰められたカガリは逆に、自分でも気づかぬうちに、素晴らしいスピードに乗って滑っていた。
「カガリ! 此処だ! 此処まで来い!!」
「アスラン!!」
(アスランのところまで行けば・・・大丈夫だ!・・・何時だって・・・アスランが助けてくれる!)
カガリは猛スピードで滑ると、迷わずアスランの胸に飛び込んだ。
「もう、大丈夫だ。カガリ…」
アスランの胸の中で蹲っていたカガリが、アスランの声に、おそるおそる後ろを振り返ると…
足元のひび割れは、氷の厚くなったところで、何時の間にか止まっていた。
「た、助かった…」
「だからあれほど、湖の中央には行くなと言って―――って、カガリ!?」
カガリはアスランの胸にしがみついたまま震えていたかと思うと―――急にペタンと氷の上に座り込んでしまった。
「カガリ、そのままじゃ濡れるから…立って、岸まで行こう。」
アスランからの促しに、カガリは首を振った。
「カガリ…?」
「こ、腰が抜けて…立てない…立ち方忘れちゃった…」
(やれやれ…あんなに滑れていたのに…最初からやり直しか…)
アスランは苦笑すると、カガリを背負った。
そのまま岸辺まで滑ろうとした時、
「なぁ…アスラン」
背中からカガリが声を掛けた。
「何だ?」
「出来れば…もう少し…このまま滑ってもらえないか?」
「…カガリ…」
よほど滑る感覚が楽しかったのだろう。
だが、明日になれば、また一国家の元首として、大人たちに囲まれ戦わなければならない。
―――今日が、最初で最後かも知れないスケート…
「…おおせのままに…」
アスランはカガリを背負ったまま、湖の周りを滑り出した。
背後で喜ぶ声を耳にし、アスランも思った。
本当はさっきみたいに、カガリから俺の胸に飛び込んでくれること、期待してたんだ。
何度でも正面から抱きしめてやりたかったけど…
背中に感じる温もり
―――まぁ…これも悪くない…か。
・・・Fin.
>かがりびサイト「20万HIT」記念と言うことで、‘04.12 26の18時さんからリクを戴きました「アスカガでスケートが見たいです。…でも、カガリは思いっきり下手そう(笑)」
という『お題』でした。
Namiはあんまりスケートやったことないんで、知識が豊富な皆さん。あまり突っ込まないでやって下さい(汗
ちょっとアスランも下心見え見えだったりしますが(笑)そのあたりも所詮Namiの書くアスランなんで(^^ゞ
リク下さった、18時さん―――こんなのですいません! 宜しかったら受け取ってやって下さいm(__)m