Vamp! 〜序章〜
摩天楼輝く大都会
深夜の空から地上を望めば、まるで満天の星々が、あたかも天と地を逆さにしたように輝き続ける。
午前零時―――
夜を知らないこの首都の一角、人々のざわめきが耐えることのないきらめく繁華街。飲んだカクテルに酔いしれた若い女性の甲高い喋り声と、若い男たちのはしゃぎ声。ワルツのようにゆったりとした足運びの人波の中、それらと調和の不釣合いな早い足音が人波をかき分けていく。
「はぁ・・・はぁ・・・」
息を切らしながら走る男。通りを我もの顔で歩く若者の肩にぶつかっては「なんだテメェ!?」という文句を投げかけられるが、そんな脅し文句など痛くも痒くもないどころか、ぶつかったことさえ記憶の淵にもとどまらないほど、その顔は恐怖に歪んでいた。
昼のように明るいネオンを避けるように一歩裏路地に入れば、そこは住宅街。まるで地上の星をその部分だけ切り取ったかのように、暗い夜道が先行きもわからず口を開けている。
男はそれでも走った。
止まればその命が奪われる、とでも言わんばかりに前のめり、つんのめりながらそれでも走り続ける。
「はぁ、はぁ・・・!?」
先行きのわからぬ道の終着点は狭い袋小路だった。人がようやくすれ違える程の狭い砂利道。
チカチカとフィラメントの切れかけた電灯は、ほとんどあかりの役割をしておらず、まるで得体の知れない怪物の胃袋のなかに放り込まれたような感覚だ。
だが、男が恐れているのはこの先ではない。
寧ろ怪物の胃袋であるなら、喜んでその中に飛び込んだだろう。
<ドンドン!ドンドン!>
行き詰まったコンクリート製のブロック塀を叩いても殴っても、当然その先に魔法の扉が開くわけでもない。
「くっ!」
唇を噛み締める男。そこに
<バサッ>
大きな風を切るような衣擦れの音。
「―――っ!!」
男の顔が一瞬でひきつる。男の背後から<コツ、コツ>とゆっくりと歩み寄ってくる足音。
恐る恐る振り返れば、壊れかけた電灯がフラッシュのようにその人物を映し出す。
全身黒い衣装に身を包んで、まるで夜の一部に溶け込み、全容がわからない。
頭部を深く覆ったフードで表情も見えない。ただ時折フードの端から溢れる、キラキラと風に戯れる金の糸、そしてさくらんぼのような小さな赤い唇。
「や、や、やめて・・・くれ・・・」
男は恐怖に顔を歪めながら、ついに腰を抜かし、その場に座り込む。
迫り来る漆黒の者。
一瞬立ち止まる。その動作に男が僅か緊張を緩めた。
だが、次の瞬間恐怖に揺れる男の目に映ったのは、漆黒の者がニコリと微笑む口の端に現れた大きな牙。
「わ、わぁぁぁーーー‥‥‥」
男の悲鳴が響き、狭い路地に響き渡り、そしてうつろに消えていった。
「こっちよ!早く!」
トレードマークの赤い髪をなびかせながら、勝気そうな女性が必死に先導する。
「ちょっと待てって、ルナ!」
後ろから追いかけていくのは、彼女と同世代の赤い瞳の青年。
「モタモタしてるとまた取り逃がすわよ、シン!」
上司の怒り顔を想像し、ZAFT署きっての名女性刑事(?)ルナマリア・ホークが、同期の同じくZAFT署刑事のシン・アスカに八つ当たりする。
「確か、こっちの裏通りへ入ったと思うけど・・・」
「うわ、暗い・・・懐中電灯つけないとわかんないな」
キョロキョロと裏路地を見回すルナに、シンが手持ちの電灯を付けルナの前に立って歩き出す。
と―――
「ルナ、あれ!」
シンが指差した方向には袋小路の奥で倒れている男が一人。
「ちょっと、君、しっかりしなさい!」
ルナが男のそばに駆け寄る。
だが、シンが照らし出した男は、意識があった。ただ星も見えない濁りきった都会の宙を、焦点の合わない目でうつろに見上げたまま、ブツブツと何かを呟いている。
「金の・・・怪物・・・女・・・嫌い・・・」
「君、何言って―――」
ルナが不審に思いながら、表情も抑揚もない男の顔を見ていると、後ろからシンの声がした。
「ルナ、あれ!」
シン指差した先には、いつも煮え湯を飲まされる、一枚のカード・・・
***
「ほぉ〜またやってくれたみたいだな。」
夕暮れ時、帰宅ラッシュに揉まれるサラリーマンが、駅売店で購入したスポーツ新聞を狭い車内で器用に片手持ちしながら感心する。
「何かありましたか?」
隣のつり革に手をかけていた、会社の部下らしい男が新聞を覗き込む。
「ほら、『アレ』だよ。いつもの『正義の味方』な『アレ』!確か・・・横文字の・・・」
「あぁ、『Vamp』ですか。またやってくれたんですか?」
「そうそう。あの事件・・・数ヶ月前から複数の女の子が連続暴行される事件があったろ?犯人はいつも目出し帽か何かで顔がわからなくって、しかも証拠すら残さない。警察が躍起になって追いかけていたけど全然しっぽがつかめなかったっていうあの事件。アレを解決したそうだよ。」
「またですか!確か前回は『闇ルートで散蒔かれている薬物の元締め』を捕まえたし。」
「そう!そして更にその前は『連続放火魔』!」
「『捕まえた』って言っても、犯人にはほとんど怪我させず、警察が駆けつけた時には犯人だけきちんと残して、そこには一枚の名刺が―――」
「『犯人は捉えました。あとはよろしく!―Vamp―』てか?今時分義賊みたいでカッコイイね!」
サラリーマンたちは、まるで子供の頃に見たアニメか特撮のヒーローでも思い出すように笑った。
「しかし・・・一体何者なんでしょうね?『Vamp』って・・・」
「さぁね。どちらかというと関わっているのは、若い者が起こしている事件とかが中心みたいだけどな。今朝未明に逮捕された暴行事件の犯人のターゲットは、一部発表によると夜遅くまで人気バンドの追っかけしている娘、って共通点はあったみたいだがな。」
「というと・・・今、あそこに行列している女の子達も、もしかしたら狙われる危険があった、ってことですかね。」
「やれやれ。よかったねぇ。今日のライブは安心して楽しめるってことだね。」
サラリーマン二人が、走る電車の窓から見える大きなホールと、その周りを取り巻くように並ぶ、華やかな衣装を着込んだ少女たちの行列に苦笑した。
・・・to
be Continued.