Vamp! 〜第9楽章〜

 

 

 

数分前―――

雨は何時の間にか窓ガラスに打ち付けるほどの激しさとなり、遠くゴロゴロと雷鳴さえ聞こえ始めていた。

「どこいったんだ、アイツ。ホンとにもう・・・」

カガリがため息混じりにユウナを探し、階段を駆け上がっていたそのときだった。

<・・・ゴトン>

父の書斎の方から、重い物音が聞こえた。

「なんだ?」

父はダイニングにいる。掃除に入るメイドさえ、父の許可がなければ入らない。今現在誰もいないはずの書斎から何故音が?

不審に思ったカガリが書斎にたどり着くと、僅か開いたドアの隙間、照明のついていない暗がりの中、父の机の引出しという引出しを荒らしているユウナがそこにいた。何時の間にかマスターキーを用意していたらしい。

「何してるんだよ、ユウナ!そこはお父様の大事にしてるものが入っているんだぞ!勝手に開けたらいけないんだぞ!」

精一杯の怒りを込めてカガリが叫ぶ。だが

「だからさ!」

「え?」

血走った目のユウナが、引出しの中から視線も外さず、昂揚した声でカガリに言った。

「『屋敷の登記書』、『財閥の権利書』・・・それがこの書斎のどこかにあるはずなんだ。父上に持って帰れば、セイランは救われる。いやそれどころか、セイラン家が『オーブ財閥』の筆頭さ!」

既にユウナは正気を失っている。カガリはユウナに飛びつき、小さな体で懸命にユウナを止めようとする。

「やめろ!そんなことしたら犯罪だぞ!お前泥棒だぞ!警察呼ぶぞ!」

「・・・『警・・・察』?」

カガリの叫びに一瞬動きを止めるユウナ。だが今度は笑みを浮かべ、カガリに、やおら哀れみを含んだ視線を流し、言った。

「『警察』だって?あははは、そんなことウズミも君もできないさ!」

「なんだと?」

「知らない、とでも思ったのかい? ウズミと君は血のつながりも何にもない・・・父子どころか「全くの赤の他人」だということを!」

「な・・・」

カガリが驚愕する。

―――(お父様と・・・本当の親子ではない・・・!?)

「う、嘘だ!でたらめなこと言うな!」

カガリが眉を吊り上げ必死に否定する。だがユウナは鬼の首でも取ったかのように、勝ち誇る。

「違うね。本当の事さ!そこまで泣きつくなら『これ』を見てご覧よ。」

先ほど机の中からユウナが見つけ出した物・・・カガリの前にヒラヒラとユウナがかざす一枚の用紙―――それは『戸籍謄本』だった。

 

―――『ウズミ・ナラ・アスハ (父)

    カガリ・ユラ・アスハ (養女)C.E.55年5月18日』

 

カガリが目を見開く。

「お父様と・・・私は・・・」

力なくペタンと床に座り込むカガリ。それを見てユウナは腹を抱えて笑い出した。

「あはははは。可哀想だね〜カガリ。そう、知らないのは「君だけ」。君はウズミの『養女』。血の繋がりなんて一つもない! そう、君はこの『オーブ財閥』とは全く関係ない『赤の他人』。ウズミには子どもはない。ウズミが亡くなればこの家の、オーブの財産は残りの五大家が分割する。だけどどこも皆ご老体、サハク家のロンドも既にいない―――だとしたら、相続されるのは僕しかいない!そう!この財閥は全て僕のものになるのさ!だったら今のうちに前借したところで変わりないだろう?」

頭がクラクラとして吐気さえ覚える。カガリにとって『オーブ財閥』の財産など興味は一つもなかった。只一人、父さえいてくれればそれだけでよかったのだ。だが今まで積み重ねてきた父との日々が、ユウナによって足元から音を立てて崩れ落ちている。

「ち・・・違う・・・お父様は私のお父様だ・・・私は財産なんか要らない・・・お父様の傍にいられれば、それで―――」

「フン、だったら毛色の変わったペットにでも成り下るんだな。どの道五大家が納得せずとも、君ら親子の秘密を証拠として僕が持っているんだ。これを見せれば皆納得して未来の首長たるこの僕にひれ伏すさ!」

勝利を確実として,高らかに笑い出すユウナ。だがその次の瞬間、放心していたはずのカガリが猛然とユウナに飛び掛った。

「ユウナ!それを返せっ!」

「何をする!この野蛮な下賎の子どもがっ!」

ユウナが腕を振るって抵抗する。

<ガシャーン>

「あぁっ!」

サイドテーブルにあった陶磁器の花瓶が割れ、その上にカガリの体が放り出される。ヨロヨロと立ち上がったカガリの背中と腕がその破片で傷つき、ポタポタと大理石の床に血溜まりを作る。

「そこで這いつくばっていろ!お前は僕が首長になり次第、とっととここから追い出してやる!」

ユウナが汚いものにでも触れたと言わんばかりに、スーツをパンパンとはたく。その時、痛みと屈辱で二度と立ち上がれまいと思っていたカガリがヨロヨロと立ち上がると、悲鳴に近い声で叫びながら、ユウナに向かって飛びかかった。

「やめろぉぉぉーーーーーっ!」

 

 

ダイニングで聞いた尋常でない物の割れる音、そしてカガリの悲鳴。アスランは必死に階段を駆け上がる。この広い屋敷のどこにカガリがいるのか見当もつかない。

土砂降りの雨が窓ガラスを激しく叩き、近づいてきた雷が、ほの暗い照明の踊り場をカメラのシャッターを切るかのように映し出す。

「カガリィィーーーーーーっ!」

懸命に叫ぶアスラン。その時

「やめろぉぉぉーーーーーーっ!」

「!カガリ!?」

アスランはその声のした方へ走った。やがて3階の廊下の奥、中途半端にドアが開けられた部屋がある。人の気配を感じて,アスランがそこに飛び込んだ、刹那―――

<ピシャッ!ガラガラ―――>

稲妻の光があたかもフラッシュのようになって、アスランの翡翠にはっきりと鮮やかに映し出されたシルエット

「散乱した書類」

「割れて飛び散った花瓶と花」

「紅の花びらのような血痕」

「倒れているユウナ」

そして、

「闇に光るカガリの金の瞳」と

「そのユウナの首に口付けている、カガリのさくらんぼのような唇」

 

・・・いや、違う

 

歯が―――恐ろしく鋭い長く伸びた2本の八重歯がユウナの首筋に突き刺さり、そこから深紅の血液が大理石の磨かれた床に滴り落ちている。

「か・・・カガ・・・リ・・・?」

まるで映画のワンカットでも見ているような光景に、驚愕したアスランがその名を呟くと、やがて金の瞳がうつろにアスランを捉えた。

「き、君は、一体・・・」

「見てしまったのか。」

アスランが振り向けば、そこに苦悶の表情のウズミが立っていた。

「一体・・・これは何なのですか!? カガリは、カガリは一体―――」

「君は見てしまった以上、聞く権利はある。」

ウズミが深いため息と共にアスランの傍に寄り、片膝をついた。

「見てのとおりだ。私とカガリは本当の親子ではない。そして彼女は人間でもない。『ヴァンパイア』だ。」

「カガリが・・・『ヴァンパイア』!?」

アスランの驚きは頂点に達する。アニメや漫画、映画の中だけの存在かと思っていた。それが、今こうして現実に存在するものとして、目の前にいる!

「しかもカガリは只の『ヴァンパイア』ではない。カガリは『血』を吸う、というより『人間の欲望』を吸い取って、そのエネルギーを生きる糧としているのだ。」

「『欲望を・・・吸い取る』・・・」

アスランが復唱する。ということは、吸血鬼に吸われた人間は死ぬ、もしくはそのヴァンパイアに永遠に血を与え続ける『眷属』になる、という俗説はカガリには通じないのではなかろうか。

「だったら・・・人が失血死に至るのではなければ、問題ないのでは――」

「果たしてそうだろうか。」

アスランの希望を柔らかく遮り、ウズミが続ける。

「君はどう思う?『欲望』というと聞こえが悪い。それが吸い取られれば善人になるような気がするが、それがもしそのものにとっての『生きていく為の希望』であったら? 『欲望』と『夢・希望・情熱』というのは表裏一体なのだよ。それを生きがいに生きている者からそれを取り上げたら・・・彼らの生きていこうとする気力はどうなってしまうだろうか?」

「生きようとする・・・気持ち・・・」

アスランが呟く。そのときユウナが目覚めた。カガリをゆっくりと押しのけ起き上がる。だがその目にはあのロビーで出会った時のような、敵意も活気も映っていない。

「ぼくは・・・どうして・・・こんなところに・・・」

「君はこの部屋で倒れていたんだ。多分貧血だろう。家まで送り届けるから、安心してお帰り。」

「・・・はい・・・」

ウズミがユウナを立たせると、書斎の入り口に集まっていたメイドやバトラーにユウナを託した。

屋敷のものは皆、この状況を一目見て飲み込んでいる。屋敷に来たばかりのアスランに警戒心をはらっていたのはこのカガリの、アスハ家の秘密を守らんが為、だったのだ。

ユウナの寂れた背中を見送りながら、ウズミが再びアスランに話し出す。

「彼の今までの生きる為の原動力は「セイラン家の復興」だった。だがカガリはそれを吸い取ってしまった。新しい生きがいを見つけなければ、彼は一生あのままだ。そして―――」

ウズミがカガリの傍に行き、そっと優しく頬をなぜて抱き上げる。カガリはぼんやりと虚ろな意識のまま、ウズミの腕の中で一粒だけ涙をポロリと零した。ウズミは改めてアスランに向き直ると、厳しい言葉を投げかける。

「君が今見たカガリの『秘密』。それをどこの誰にも話さない、というのなら、折角できたカガリの友達だ。君をこのまま見逃してもいい。しかし、君が恐れをなし、誰かに話してしまうようであれば、今、この場でカガリに君の血を吸わせ、君のカガリに対する気持ちを記憶ごと消さねばならん。そうすれば君とカガリとの思い出も記憶も全て忘れ去る。君は今、この場でその決断をしなければこの屋敷からおいそれと出すわけには行かない。・・・どうするかね?」

アスランは激しく心を揺さぶられた。自分以上に寂しい思いをしてきたにもかかわらず、自分を元気付けてくれたカガリ。嬉しそうに自分の話を聞いてくれたカガリ。ちょっとお転婆だけど、本当は誰より優しいカガリ。つい先ほど気が付いた、溢れんばかりのカガリへの想い。それを忘れろと?そんな事をしたら、自分はこれから何を希望に生きればいい?カガリとの世界が希望そのものなのに・・・

翡翠の目が力を込めて、キッとウズミを見つめる。

「誓って言います。俺は誰にもカガリの秘密を話しません。だから、俺の友達を―――希望を奪わないで下さい!!」

アスランは必死の思いでウズミに頭を下げた。

「・・・君ならそう言ってくれると思ったよ。」

見上げれば、ウズミが先ほど会食していた時のような優しい笑みで頷く。ウズミがドアの向こうに視線を促せば、マーナをはじめ、屋敷の者が皆一斉に頷いた。

いたいけな姫を守る騎士達。自分も彼らに負けないくらいカガリを守りたい!

「君にこの子を任せるよ。どうかカガリを外の世界に連れ出してやってくれ。よろしく頼む。」

今度はウズミがアスランに向って深深と頭を下げた。

 

 

やがて成長したカガリは家庭教師での義務教育を終えると夜間高校へ入学を果たした。そこでアスランと同じ趣味の音楽と出会い、自ら作り上げた曲と詩で夜の駅前で歌っていたところ、動画で人気をはくし、マリューにプロデビューを持ちかけられた。

 

***

 

車は何時の間にかマンションの前まで来ていた。

地下駐車場に車を滑らせると、鞄を取り出しロックをかけて部屋に向えば午後3時。既にカガリは起きていて、アスランの姿を見るなり飛びついた。

「アスラン、お帰り!」

 

―――この笑顔の為なら、なんだってできるさ・・・

 

「ただいま、カガリ。今回もいいディナーをご馳走できそうだよ。」

アスランもカガリ以外には誰にも見せない笑顔で、カガリの前にUSBを差し出した。

 

 

 

・・・to be Continued.