Vamp! 〜第六楽章〜
カガリに出会った次の日から、アスランの様子がガラリと変わった。
それまで時間どおりに黙々と塾通いをこなしていたが、急に「自習したいのでもっと早い時間から行きたい」と言い出した。パトリックは珍しく笑みながら「良い傾向だ」と呟き、レノアは急に活き活きと輝きだしたアスランの瞳に楽しみができたのだろうと喜んだ。
アスランは運転手に送ってもらい、一旦は塾に入るも、車が走り去った事を確認すると急いで今きた道を取って返す。そしてカガリがいる公園まで必死に走った。
「カガリ!」
「あ、アスラン!」
カガリの笑顔に導かれて、自然とアスランにも笑顔が溢れた。
「カガリ、今日は何して遊ぶ?」
「う〜〜ん・・・『タイヤジャンケン』!」
「うん!やろう!」
一列に並んだタイヤの上を両端から飛び渡りながら、出会ったところでジャンケンし、勝ったらそのまま飛びつづけ、負けたらそこから降りて、またタイヤの一番端から飛んでいく。相手のスタート地点が自分のゴール。ゴールされた方が負けというシンプルなゲームだが、それでも2人は飽きずに続けた。
そして小一時間経つと、街角に音楽が流れる。子どもの帰宅時間を知らせるアナウンスだ。
「え〜もう時間かよ〜。」
カガリが恨めしそうにサイレンを見る。アスランが遊べる時間の期限がこのサイレンだ。塾通いを止めたり遅刻すれば、当然家に連絡が行く。そうなったら二度とここに来る事はできなくなる。なので早く塾に行ったと見せかけて、カガリとの遊びの時間をつくったのだ。サイレンが丁度授業開始の5分前だった。
鞄を背負いなおしながらアスランもため息をつく。本当はもっともっとカガリと一緒にいたいのだ。
「ごめんカガリ。でも明日も絶対来るから。」
「本当にほんとだな?」
「本当にほんとだ!」
無理に笑顔を作って小指を差し出せばカガリも笑顔で小指を絡ませる。
「「指きりげんまん」」
「大事な約束」があることと「会いたい人がいること」。
アスランにとってこの儀式は、母と同じくらい何者にも変えがたい、大切なものとなっていった。
こうして数日たった頃には、2人はすっかり仲良くなっていた。
ただカガリに会えば会うほど彼女の事が気になって、もっと彼女を知りたくなって仕方がなくなった。
―――どこの幼稚園に行っているの?
―――カガリには僕以外の友達はいるの?
その言葉を心の中で呟くと思わず心が軋む。自分の知らない誰かがカガリと一緒にいる。それを考えると急に胸が苦しくなった。
何故だろう・・・知らない方がいいだろうか。でも知らないと余計に気になって仕方ない。カガリにこんな気持ちをしていると言ったら嫌われるだろうか・・・
耐え切れなくなってアスランはあるとき思い切って聞いてみた。が、アスランの杞憂など全く気がつかないように、カガリはサラリと言った。
「『幼稚園』?そんなところ行っていないぞ?」
―――(通っていない?・・・このくらいの年齢であれば通っているのが普通だけど・・・どうしてだろう?
「『友達』?う〜ん・・・それっぽいのはいるけど、遊んでくれるのはお父様とアスランだけだ。」
―――(確かに普通夕方の暗くなってからじゃ一緒に遊ぶ子っていないだろうけど・・・)
訝しがっているアスランに、カガリが付け加えた。
「私、他の子と違う『とくいたいしつ』っていうのがあって、それでお日様がお休みしてからでないとお外へ出られないんだ。」
「『特異体質』?」
病気だろうか・・・それにしては幼稚園の他の女の子と比べても元気すぎるくらい元気だ。むしろ運動神経は体操選手かと思うくらい身軽だ。タイヤも鉄棒もまるで羽が生えているかのように軽がると飛んでしまう。
一番驚いたのは「擦り傷」だ。
ブランコで遊んでいた時のことだった。カガリが一番高い所まで漕いだ後、そのままポーンと着地しようと飛び降りて失敗し、その右ひざの陶磁器のような白い肌に赤い痕が痛々しげに残った。
「カガリ!今手当てするから待ってて。ええっとばんそこうは・・・」
「そんなの別にいらないぞ。傷なんて舐めればすぐ治るから。」
と言ってカガリが傷を一舐めすると―――
「!?」
アスランは目を見張った。先ほどまで赤く滲んでいた傷が、一瞬にして跡形もなく消えたのだ。
「ほら、何でもないだろ?私は怪我なんてしたことないぞ?」
カガリがにっこりと得意気に笑って見せた。
見間違えだろうか?・・・今までこんなすぐに傷が治るなんて見たこともない。もしかしたら傷ではなく赤い土が付いただけということなのか。昼日中に外に出られないというのも、以前「紫外線を受けると火傷になってしまう為、防護服を着ていないと外に出られない」という特殊な病気を抱えている子の話をテレビでしていた。もしかしたらカガリもそんな病気を持っているのかもしれない。
子どもとは思えないほど頭がよく、察しのいいアスランはそれ以上追求するのを止めた。
もうそんな事はどうでもいい。
カガリという存在があって、日の沈んだ暗い世界に、まるでお日様のように輝いていてくれるのだ。
アスランにとっては、それだけで充分な世界だった。
***
数ヶ月が過ぎた。
アスランは幼稚舎を卒園し、小学生となっていた。だがカガリとの交流は変わることなく続いていた。
そしてカガリは小学校には通わず、家庭教師が付いていることもわかった。
「最近出される宿題が難しくってさー。もう訳わからなくって。」
カガリがブランコを揺らしながら、足先で地面に算数の掛け算問題を書き始めた。
アスランが隣のブランコからその式を見ると「クスリ」と微笑む。以前塾で習ったのと同じ公式だ。
「なんだよ!そんなに笑うところかよ!?人が真剣に悩んでいるのに・・・」
「ごめん。でもこれだったら」
カガリを宥めてアスランが棒切れを拾うと、カガリの隣に並んで答えを書き始めた。
「すごいな!アスラン。こんなに簡単に問題解けるなんて。お前本当に頭良いんだな!」
アスランがカガリの大声に驚いて彼女を見直せば、先ほどまでの膨れっ面などどこへやら、目を爛々と輝かせて感心している。
アスランが思わず目を見張る―――
(僕のこと褒めてくれている・・・?)
家では「できるのが当たり前」とされ、学校では「できなかったら馬鹿にされるだけ」。誰も喜ぶ事などしてくれない。なのに何故だろう、この少女はいつでもどんな時でも相手の力を素直に認め、自分のことのように喜んでくれる。
顔が火照ってくるのをごまかそうと、アスランは頼まれてもいないのに公式の解き方を説明しだした。
「簡単だよ。ほらここを繰り上げてそれを足して。」
「うんうん。」
カガリは真剣に見入っている。短い授業が終わると、カガリは暗い夜空を見上げ羨ましげに言った。
「あ〜あ。アスランが先生だったらな〜。ウチの家庭教師教えるの上手くないんだもん。もっといろいろ教えて欲しいなぁ〜」
カガリの言葉にアスランの心臓が<ドキン!>と大きな鼓動を打つ。
カガリに・・・もっと近づきたい・・・
「あ、あの・・・」
「何だ?」
「よかったら・・・教えてあげようか?」
チラチラと隣の横顔を見やる翡翠に向って、金の瞳がみるみる大きく見開かれた。
「ホンとか!?すっごい嬉しいぞ!」
カガリが万歳三唱でもしかねない勢いで天を仰いだ。
「でも何時がいいかな?お前、学校と塾とあるんだろ?私に教える暇なんて―――」
「日曜日!」
カガリの言葉を遮って、アスランが立ち上がると勢い込んで答える。
「次の日曜日の夕方だったら時間空いているからここでやろう!カガリが知りたいこと何でも教えるから!」
アスランが小指を差し出す。カガリはそれを見ると喜んで小指を絡めた。
「「ゆびきりげんまん。」」
大事な人との大事な誓い―――
だが、この約束がアスランを激しくも厳しい運命に巻き込んでいく、ターニングポイントへ繋がっていくなどとは、この時の二人は全く予想だにしなかった。
・・・to be
Continued.