Vamp! 〜第四楽章〜

 

 

車窓に映る景色は大都市中枢特有の高層ビル街から走り続けること数十分で、閑静な住宅街の街並みへと変わった。

走っても走っても同じデザインの鉄柵が続く。つまり一件の所有する土地が遥かに広いことを意味するこの街は、住宅街の一言で片付けては失言ともとれほど、幾つもの豪邸が立ち並んでいる、ともいえよう。

その中の一つ、まるでヨーロッパの宮殿にも似た洋館の前で、車は停止した。

4台は止めることができよう、広いガレージ。普段は鍵と暗証番号がないと開閉のできないシャッターが降りているはずだが、今日はそれが解放されており、その一角に黒塗りのベンツが収まっている。

(やはり、か・・・)

自分の予感が的中したことにため息をつく。このままカガリのいるマンションまで引き返そうかとも思ったが、ベンツを丁寧に拭き掃除していた専任運転手と目が合ってしまった。

「あ、アスラン様!お帰りなさいませ!」

運転手が上半身を90度に綺麗に曲げて、深々とお辞儀する。

見つかってしまった以上、このまま何も言わずに立ち去るわけには行かなくなってしまった。

「お久しぶりです、ユウキさん。いつも世話になります。」

苦労の多い運転手を労いながら、アスランは軽く視線を合わせただけで助手席に置いていたバッグを取り出し、車のロックをかけた。

4、5mはあるであろう大きな門。閉じたそれは木製で一見温かみを受けるが、中には分厚い鉄板が挟まっていて、当然不法侵入者用の警備システムがかかっている。

洋館特有の先の尖った槍のような鉄柵と重厚な門。

(「豪邸」というよりまるで「監獄」だな・・・)

ここに来るときは、いつも同じ感想が浮かぶ。確かに「監獄」だ。この中に身をおいていた時の自分には「自由」の欠片もなく、鎖につながれたような日々を過ごしていたのだから。

インターフォンを押すと数十秒たって声が聞こえた。

<はい――あ、アスラン様!お待ちしておりました!>

屋敷のメイドがモニターに映ったアスランの姿に感嘆の声を上げる。おそらく母から来ると聞いていたのだろう。声と同時にロックが外れ、自動で門扉が開いた。

「アスラン、お帰りなさい。久しぶりね。」

玄関を開ければ、アスランと同じ濃紺の髪、面立ちもアスランに似た母レノアが、待ちかねたように息子を迎え入れた。

「母上、お久しぶりです。」

幾分か緊張が緩む。この広い屋敷に母ひとり残しているのはやはり申し訳なく心苦しい。少しでも笑顔を見せ、安心させてやりたい・・・と思った次の瞬間、アスランの表情が止まった。

「レノア!おい、何をやって―――・・・」

廊下の奥から響く大きな低い声。その男が玄関に現れアスランと目があった途端、男は苦虫を噛み潰したような表情になると、不機嫌を多分に含んだ声で言い放った。

「何しに来た、貴様・・・」

「お戻りだったのですね。お久しぶりです、父上・・・いえ、『ザラ警視総監』どの。」

母から連絡を受けた時点で、多分こんなことだろうと予想はしていた。十分心の準備はしたつもりだったので、思いのほかアスランは冷静に父の冷たい視線をいなすことができた。

「私が呼んだのよ。久しぶりにあなたが本庁からお戻りになられるし、アスランも今日はお休みだろうと思って、一緒に昼食でも―――」

「『アスラン』などという男は私は知らん!レノア、こんな下賤の輩など屋敷の中、いや、敷地にさえ入れるな!」

「あなた!アスランは私たちの大事な息子でしょ!?なぜそんな酷いこと――」

「お前は黙っていろ!」

母レノアが必死に止めるも、父パトリックの激高は収まらない。

「くだらないロックミュージシャンとやらに成り下がった、低レベルの人間はこのザラ家には必要ない!レノア、こいつを追い出して、さっさと私の着替えを用意しておけ!シャワーを浴びたらすぐにまた本庁に戻る。この前の『連続暴行事件』といい、ロックなどという音楽にたかる奴らのおかげで、今度は『金品強奪事件』が起きている。こういった奴らの存在が犯罪の温床になっているんだ!私はそんな奴らの存在は決して認めないからな!」

怒りに任せた足音でパトリックはその場をあとにした。

その背を目で追いながら、レノアが苦悶の表情を浮かべる。アスランにはそれがたまらなく苦しかった。

「母上・・・」

アスランはレノアの肩にそっと手を置く。

「アスラン・・・ごめんなさい。お父様はこの前の『連続暴行事件』で捜査が上手くいかなくって、しかもお休みもなく次の事件でお疲れなのよ。だからついあんな風に・・・」

「わかっていますよ、母上。」

今度は両肩に手をあて、優しい表情でレノアの顔を見つめ、アスランは母をいたわる。

母なりに、必死に父子の関係を取り戻そうとしていたのだ。だが父は自分をもはや認めることはなく、かと言って自分も今の立場を覆すつもりはない。母を苦しめていることは十二分にアスラン自身も理解している。せめて自分がいるときだけでも母の救いになりたい。

「父が出かけましたら一緒に食事にしましょう。久しぶりに母上の手料理がいただけると思うと嬉しいです。」

「ありがとう・・・やっぱりあなたは優しい子だわ、アスラン。そんなあなたが作る曲だもの。みんなが惹かれる訳ね。」

母が涙をぬぐい、笑顔で答える。

「では、俺は父上がお出かけになるまで自室に居ります。」

そう言ってアスランはレノアがパトリックの元へ向かうのを見届け、赤い絨毯を敷き詰めた階段を駆け上がっていった。

 






2階に上がるとまだこの屋敷に残っている自室のドアノブを掴ん―――だところで、アスランは緊張を高め、気配を伺う。2階は両親と自分の自室と客室がいくつかあり、メイド達も午前中の掃除が終われば滅多に近寄らない。特にパトリックの書斎はメイドといえど、特に信用のおけるものでもない限り、パトリックは絶対に部屋に入れない。

誰もいないことを察して、アスランは自室のドアは開けず、さらに廊下の一番奥の『パトリックの書斎』に向う。

マスターキーを取り出し、鍵穴に入れると、すぐに<カチャ>と開錠された。

(警視総監ともあろう人が、自宅のセキュリティーには未だ甘いのか)

思わず苦笑する。幼い頃は常に父は王たる如く君臨し、完璧な存在としてアスランは尊敬以上に畏怖する存在であった。だがこうして今は自分の方が父の上前をはねている。その自信が先程の父の暴言をも退ける強さになっているのかもしれない。

そんな思いに駆られつつも、アスランは決して気を抜くことはない。持参したカバンから素早くUSB・ケーブル・ノートPC・チップを取り出すと、父のディスクトップに繋いだ。

<キュイーン・・・>と聞きなれた起動音。そして電気も付けないうす暗い部屋にぼんやり火を灯すモニターには『PASSWORD』の画面表示。

アスランは手馴れた様子でキーボードを叩く。だが画面には『ERROR!』の赤字が警報のように点滅する。

「一応、まめに変更しているのか。」

まぁ警察機構のTOPに立つ男が、自分のPCくらいセキュリティーを強化しなくては問題外だ。

繋いだノートパソコンにいくつかのデバイスをいれ、チップを入れる。使用禁止の『WARM』だ。素早く侵入した『WARM』は、あっという間にソースを蠢き、次の瞬間『ERROR!』の文字が消えた。

さらにアスランは手早くキーボードを叩く。警察の、しかも上層部の機密内容はいくつもの厳重なセキュリティーが成されている。しかも毎日、場合によっては一日数回パスワードを書き換えられている。だがアスランはそんなこともものともしない。翡翠に目まぐるしく映る英数字の羅列。やがていくつものセキュリティを超え、ついにその機密の頂点に達する。

 

―『都内、金品強奪事件に関する調査書』―

1.犯行日時・現場周囲状況

2.目撃情報

3.監視カメラ映像

4.遺留品について

5.警備体制及び人員派遣数・派遣場所・交代時間等

6.交通機関管制

7.逃走経路と予測される幹線道路の封鎖

 

冷徹なアスランの口元が、僅かに緩む。

「カガリ。どうやら君のご馳走が手に入りそうだ。」

そう呟くと、アスランはENTERキーを押す。

まるで吸い込まれるように隣のノートPCの画面に同じ文章が踊るのを見て、アスランは書斎の椅子に深々と腰掛け「フー、」と天に向かって深い吐息を漏らした。 

 

・・・to be Continued.