爆音が部屋中に鳴り響いていた。

高級マンション、いや、億ションというべき広く、英国王家御用達の高級家具が取り揃えられた部屋は、一人で住むには広々とし過ぎる。

そのうそ寒さをかき消すような音量を吐き出すスピーカー。曲はミーア・キャンベル『Emotion』。

 

だが、部屋の主はどれだけの爆音でも、全く耳に入ってこない。

 

頬は血色も悪く、唇は震え、広大な部屋の隅っこで小さく蹲っているのは、壁に貼られたその販売促進用ポスターの中で笑顔を振りまき投げキッスをするセクシーショットが大きく写し出されている、ミーア・キャンベル、その人。

 

アズラエルの誘いを受けた日から、彼女は(直ぐに事務所に話してくれるのかな…?)とウキウキとした気持ちが止まらない程高揚していた。

それだけにテンションも普段以上に高く、仕事に意欲的に取り組んだ。

(―――「ミーアさん、こっちにも視線をください!」」

(―――「是非こちらにも!」)

今までスタジオに出向こうが、テレビ局に出向こうが、行った先々で誰もがミーアを切望した。

チラリと視線をそちらに向ければ、勘違いしたファンだけでなく、取材陣までが歓声を上げた。

ステージの下ではクルーも観客も鼻の下を伸ばし、天女とも女神とも崇め立てた。

まさに「最高の気分」、絶頂を味わっていた。

それが―――あの写真週刊誌が出た途端、ミーアは天から奈落の底へと突き落とされた。

あれだけ群がっていたカメラマンは、興味本位で煽り立てる下卑た週刊誌の記者だけになり、好奇の目が一斉にミーアを串刺しにした。

(―――「ミーアさん、なんか言ってくださいよ!」)

(―――「一体どうなってんの!?アレックスとは付き合ってんの!?」)

言葉遣いまでがミーアを見下し遠慮もない。むしろ「生贄になって当然だ」と言わんばかりに。

それでもプロである以上、笑顔でステージに立たねばならない。そのくらいの覚悟は契約書を書いたときに決めている。

(ステージに立てば、きっとファンの人たちが励ましてくれるはず―――)

コンサートにくる人たちは皆ミーアのファン。だったらあの声援を受ければ、少しでも元気を取り戻せるはず。

(―――「みなさーん!こんばんは!ミーア・キャンベルですv」)

そういってステージ中央に立つミーアは、この場所で唯一無二のヒロイン。だが、現実は過酷だった。

(―――「え…」)

声援は一つとしてない。<ピーピー>という揶揄な口笛が煽り立てる。あれだけ羨望の眼差しを送ってくれたファンの視線は、一瞬にして冷たいものに代わっていた。

まるでミーアの出方を検分するかのように。

曲が流れ出す。だがミーアの頭の中は真っ白なままだった。

(―――「しずかな…この…よるに…」)

それから何がどうなったのか、覚えていない。

覚えているのは、逃げるようにステージから去り、連れていかれた事務所で社長バルトフェルドから受けた質問だけ。

皮張りの応接ソファーに深く腰掛けていたバルトフェルドが、視線だけでミーアを向かいの席に座らせる。酷く居心地が悪い。

(―――「この写真は一体どこで撮られたか、覚えがあるか?」)

そういってバルトフェルドが見せた写真は、アレックスの腰にしがみついた自分の姿。まさしくあのドミニオンレコードの社長専用口。

ミーアは口ごもった。

(―――「え…と…多分…どこかのスタジオで…」)

アズラエルに「報告には最良の時を選ぶ」と言われ、口止めされている以上、真相は言えない。多分今までのミーアであれば気にも留めずにペラペラと話していただろう。だがあの時、アレックスがどんなに悪い状況になるかを真剣に説いていた。よくは分からないが「簡単に話してはいけない」ということだけはよく伝わってきた。

バルトフェルドの眉が一瞬ひそんだことに心臓が跳ね上がりそうだったが、バルトフェルドは質問を改めた。

(―――「今、君はアレックス・ディノと付き合っているのか?」)

(―――「そ、それは…」)

いずれはそうなるつもりでいるが、今はまだ「パートナー」になるかならないかのところだ。ここもまだ慎重に答えるべきところだ。

(―――「…いいえ…」)

ミーアが残念そうに俯く。「フー」と大きなため息をついて、バルトフェルドは口調重く語った。

(―――「いいか、『アイドル』というのは、こうしたスキャンダルは致命傷になるんだ。君に憧れていた人たち、特に男性ファンにとっては心理的に「裏切られた」という気持ちになる。一度離れた心を取り戻すのは、非常に難しいことなんだ。…君はまだ若い。そしてこの世界のことをよく知らない。だからもう一度言っておく。二度と人前でこのような浅はかな行動はしないように。いいな!」)

最後の「いいな!」には半ば強制力が込められている。ミーアはアズラエルと初めて出会ったときのことを思い出した。

―――若々しさや初々しさを偶像に求める人たちから自然と忘れられて行ってしまう…

(それって私に『恋愛感情の無い偶像でいろ』って…こと?)

ミーアの両手の拳が震える。

すると、バルトフェルドは席を立ち、ミーアの頭の上から通牒した。

(―――「今日はもう仕事は上がっていい。ファッション誌のインタビューは後日に回してもらう。それと…ネットやSNSは絶対見るな。」)

そういってバルトフェルドはマネージャーのダコスタと何やら話をした後、ダコスタによってミーアは自宅へと送られた。

帰宅時、ダコスタが室内まで見送りつつ、囁いた。

(―――「まさかと思うけど、アレックス君がいたり…しないよね?」)

(―――「居るわけないでしょ!」)

今までの不安や苛立ちが爆発し、八つ当たり気味にミーアが大声を出すと、ダコスタが両手を振りながら慌てて言い訳する。

(―――「いや、そうじゃなくて!さっきアレックス君の事務所の社長さんから「アレックス君と連絡が取れない」って言っていたらしくって、社長が行方を知らないか、気にしていたんだけど…」)

ミーアの眼が見開く。

(…あの時…)

アレックスはアズラエルに帰るのを止められていた。もしかして…あの時からずっとアズラエルのところに…?

ミーアが俯き、思案する。その姿をかえって傷つけたと取ってしまったダコスタは、必死にミーアを慰める。

(―――「ご、ごめんね、ミーアちゃん。そうだよね、あの時音楽スタジオで、ちょっとはしゃいじゃっただけだよね!?それが運悪く誰かに見られちゃったってことだよね!?じゃ、じゃぁとにかく今日はゆっくり休んでね!」)

そういってダコスタは早々に去っていったのだが…

 

誰もいない一人きりの部屋。田舎から都会へ出てきたときは、こんな暮らしにうんと憧れていた。

そしてその夢がどんどん叶っていった!

なのに、どうしてだろう…今は、この広い部屋が酷く怖くて寂しい。

(いつも一人の時はどうしていたっけ…?そんなことまで一瞬で忘れちゃうなんて…)

おもむろに取り出した携帯。スマホの着信画面には、大量の受信履歴が刻まれている。

「…何…?」

指が自然と受信フォルダーを開く。

その時思い出した―――バルトフェルドから「ネットやSNSは絶対見るな」と言われていたことを―――しかし、一瞬それが遅かった。

「ヒッ!!」

ミーアの口から悲鳴が飛び出す。

<クソアイドル、さっさと死ね!>

SNSだ。ミーアが開設しているSNSの自動受信が書き込みの内容をどんどん画面にUPしていく。

<僕の憧れを返して!>

<つぎ込んだ金返せ!>

<調子の乗るな。一発屋のくせに>

「いや…やめて…やめてよ…」

ミーアが携帯を放り出して、壁際で追い詰められた小動物のように震えあがる。だが目はどうしてもその溢れ出す文字を追ってしまう。中でも過激なのはI.F.、アレックスのファンの女性たちの書き込みだった。

<アレックスに近づくな!>

<ただのアイドルのくせに、アレックスに近づくなんて許さない!>

<これ以上、アレックスに言い寄ったら殺す!>

つい先日までミーアの自尊心を満足させ、癒してきた言葉の数々が、背徳を責め続け、今は鋭利な刃物となって、ミーアの心をズタズタに突き刺していく。

「やめてぇぇぇーーーーーーーーっ!!」

瞬間、ステレオのスイッチを入れ、爆音が部屋中に溢れる。

こうすれば声は聞こえなくなる。こんなに大きい音だもの、何も聞こえない。

「聴こえない…聴きたくない…」

両耳を手でふさぎ、ミーアは床に寝そべるようにして泣く。

(こんな時、アレックスが居てくれたら…アレックスなら、きっと…)

アレックス・ディノ。あんなに大きな引き抜きの話が来ても、喜ぶどころか冷静に状況を把握して…そういえば、私にもいくつか引き抜きのデメリットを説明してくれてた。あんなにちゃんと私のことも考えてくれて…

不安と恐怖の中で、それでも変わらずアレックス・ディノは受け止めてくれる気がする。

クールな中に、優しさを隠したあの表情、瞳…

「アレックス…会いたいよ…」

その時、

<♪〜〜〜〜>

あの呪いの言葉しか吐いていない携帯の着信メロディーが鳴った。

「っ!」

ミーアの身体が飛び跳ねる。

今受話器を取ったら、殺されるかもしれない…

手を出すこともできずにいたが、着信は鳴りやまない。

「―――っ!いい加減にしてよっ!」

携帯を取り上げて外に投げ捨てようとしたその刹那、着信画面に発信者の名前を見つけ、ミーアは開けかけた窓を慌てて閉め、そして、恐る恐る着信ボタンを押した。

 

 

***

 

 

「…そうですか、わかりました。わざわざありがとうございます。」

淡々とした返事には力が籠っていない。

マリューの電話対応を聴き、ナタルはそれとなく状況を察した。

「今の電話は、エターナルからでしょうか。」

「流石の感ね、ナタル。バルトフェルド社長からよ。あの写真はミーアさんがどこかの音楽番組のスタジオでふざけた時に撮られたらしいこと。それと二人は別に交際しているようではないって。一応マネージャーさんがミーアさんの自宅を見に行ったけど、男性の影はなかったって。」

「そうですか。…ふりだしに戻った、というところですね。」

「そうでもないわ。うちのミュージシャンが行方不明なことには変わりないもの。…カガリさんは?」

「はい、先ほど連絡が来ました。アレックスはどうも書置きを残さず出かけたようです。彼女の話だと、「すぐ戻ってくるような距離の時は、何も言わないで出るときもある」そうなので、もしかしたら暫くして帰宅するかもしれません。」

「そうすると…行方不明として届け出るのは、まだ早急かしらね。」

マリューは「ハー」と肩で大きく息をついた。

「そういえば、カガリさんは、体調は大丈夫なの?」

「はい、そのようですが…」

ナタルが口ごもる。その様子だと、今回の騒ぎをカガリも知ってしまったのだろう。

マリューが言った。

「とにかく、カガリさんはまずは身体を大事にしてもらって。アレックス君のことは私たちの方で連絡を取ってみると伝えておいて。」

「はい。カガリの方も連絡が取れ次第、こちらに一報入れるよう伝えると言ってくれています。」

答えるナタルの横顔も疲れの色が滲んでいた。

 

 

***

 

 

トレードマークの長い髪をキャップの中に隠した少女が、人目を気にしながら必死に走っていた。

彼女の目指す先には、どれよりも高く空に向かって歯向かうように聳え立つ大きなビル。

だが彼女はその正面ではなく、人気のない脇に入ると、まるで銀行の金庫のような扉に向かって手早く暗証番号を押す。

重厚なドアは見かけによらず滑るように開き、少女を招き入れた。

窓もなく、昼なお暗いエレベーターホールから、少女は迷うことなく一気に最上階へのボタンを押す。

<チン>

軽やかな到着音。そしてゆっくりとそのドアが開くと、目の前で一人の紳士がにこやかに会釈した。

「お待たせしました。ついに始まりますよ!貴女の華麗なるドラマの幕開けです!」

 

 

***

 

 

数日後―――

まもなく昼になろうとする官庁街は、配達の弁当屋や店屋が忙しく出入りしている。

そして、到着を待ちわびる男がここにも一人。

「ちわっ!ご注文の天丼、お届けに上がりました!」

「お!待ってました♪」

威勢のいい配達の声に気をよくして、揉み手で受け取りに行ったのはディアッカ・エルスマン。

その両手には、蓋の隙間からしっぽが飛び出るほど大きな海老天の入った丼が。

「グレイトォ〜!…では、いっただっきま―――」

「ちょっと待ったぁぁぁぁーーーーーーっ!」

早速エビに齧り付こうと大口を開けたディアッカに、待ったをかけたのは、無論この男。

「何だよ、イザーク。お前も欲しけりゃ天丼にすりゃよかったのに。…少しやろうか?」

「いらんわっ!」

勢いよく机を<バン!>と叩けば、『質実剛健』の極太文字が入った4代目の湯飲み茶わんが転がり落ちる。

<バリン!>と行くかと思ったが、そこは流石の「質実剛健」だけあって、割れもせず耐え抜いた。遠くからハラハラと見守っていた、お茶くみのメイリンがホッと胸をなでおろす。

エビのしっぽを咥えたまま、モゴモゴとディアッカが口にする。

「んじゃ、何、苛ついてるんだよ? 公務員は時間厳守がモットーなんだろ?もうとっくに12時回ってるぜ。」

「時間のことを言っているわけじゃない!お前は少しは気にならんのか!?」

「気になるって…何が?」

「急に舞い込んだ「情報」についてだ。」

「あぁ…いつもの「善良なる市井のひとからの情報提供」だろ? おかしいと思ってるぜ。」

「どこがだ。言ってみろ。」

イザークの詰問に、ディアッカはエビを飲み下した。

「おかしいと思わないほうがおかしいだろ? だって「これから起こる暴動の情報が事前に入る」なんざ、フツーに考えたらその情報提供者が「私が犯人でーす☆」って言ってるようなもんじゃないか。なのに、暴動で捕まえたやつは、全然ただの一般人。事件の記憶も全然覚えちゃいない。まぁ酒飲んでいる奴が多かったから、最初はアルコールで締まりの悪い奴がしょっちゅうきて、迷惑している店からの情報提供かと思ったけどよ…だったら送られてくる情報が何でいちいち海外経由のメールサーバー使って、足がつかないように送ってくるんだ?」

箸の先でビシッとイザークを指すディアッカ。だがイザークも警視正だ。負けてはいない。

「無論そんなことは分かっている。」

「ふぅ〜ん…ちょっと前まで「検挙が止まらんぞ!」とか喜んでいたのは誰だっけね〜」

「何か言ったか、ディアッカ?」

「いやいや、何も…」

(ほんと、こいつの耳は地獄耳だよな、こういうことに関しては。)

丼の陰で愚痴をこぼすディアッカに対し、イザークは話を戻した。

「そっちの海外サーバーの件は、今サイバー対策課に依頼中だ。だが俺が今言っているのは、「今回の情報提供」のことだ。暫く情報提供がないと思っていたが、急に今日になって新たに舞い込んできたうえに、今回は「昼日中に起こる」、という予言付きだ。おかしいと思わんか!?」

そういえば、とディアッカも箸を咥えて考える。

「…確かに、今まで「夕方」か「夜」だったよな。今回は確かに「昼」って来たけど。」

「それに、だ。」

難しい顔をしたまま、イザークは続ける。

「確かにお前が言う通り、「情報提供者」が「犯人」あるいは「事件に関与している」ことが濃厚だが、どうやって暴行を起こさせる?全員共通点らしきものは全くない。仮に前回の「アニダ・フラガ事件」のように、『プリオン』とかいうもので操った、というならまだしも―――」

「今回は被疑者の血液から薬物もウイルスも、無論プリオンも検出されていませんからね。」

イザークの声に被せて、イザークと反対側に位置するドアの向こうから、柔和な声が現れる。

「おー、ニコル。お前も天丼食うか?」

「ありがとうございます、ディアッカ。とりあえずイザークが懸念していた、前回の事件との関連性は全くなしでしたよ。」

持参した鑑識結果をイザークに提示し、祖対4課、特に薬物犯罪専門を一手に担う課長:ニコルも困った表情を見せる。

書類を受け取り、イザークが労わる。

「忙しい中、すまなかったな、ニコル。」

「いえいえ、薬物関係でしたらうちが専門ですし。でもプリオンはともかく、薬物でもアルコールでもないなんて。暴れる原因がさっぱりわかりませんし。…それにしても、何者でしょうね。この「情報提供者」は…」

「しかも、なんで暴行事件と関わっているのか…」

「それとも、故意に起こしているのか…」

3人は自然と日差しの高くなった窓の向こうを見やった。

 

 

 

「…もう直ぐ、指定の時間だ。」

顔色一つ変えずに、レイ・ザ・バレルは時計を見て淡々と口にした。

それを見てジト目のシンが口を尖らせる。

「お前…頭に来ないわけ?」

「何がだ?」

「何が、って…俺たち昼飯も食わないで待機しているんだぜ? 公務員は時間厳守って誰かさん、言っていたのによ…」

「だが公務員は「人の役に立つ」のが第一の任務だ。税金で生活させてもらっている以上、市民の安全は守らなければ―――」

「あー、あー、お前は本当に真面目だよな。」

そう言って道路わきのガードレールに腰を掛け、天を仰ぐシン。

そこに

「本当に…あったまくるわ!…こっちは頑張って仕事してるのにっ!」

シンに負けず劣らず不平をこぼしているのは、これまた珍しくいつもはシンの抑え役になっているルナマリア。

「へー、めずらしー。」

「何が?」

「いや、ルナが文句言ってるのってさ。」

目を丸くするシンに、ルナマリアは頬を膨らませた。

「頭にくるわよ!何?あのミーア・キャンベルって子。ちょっと人気あるからって、アタシのアレックスにくっつくなんて―――」

そう言いながら、何度も口の中で噛み続ける。

「ルナ、ガム噛んでるの?」

「そうよ。だってあのニュース聴いたら頭に来ちゃって!こっちはどんなに頑張ってもチケット獲れないか、取れても二階席のずぅ〜〜〜〜〜〜っと奥で、米粒よりちっちゃいアレックスみてそれでも幸せを感じているくらいなのに!ガムでも思いっきり噛んで、少しでも悔しい気持ち、発散しなきゃ、やってらんないわよっ!」

「あー…飯抜きのこと怒っていたんじゃないのね…」

一瞬同士ができたと喜んだのだが。

それにしても、最近のミーアとアレックスの騒ぎは流石のシンも知っているが、女の嫉妬がここまで恐ろしいとは。

「ともかくさ、ルナ、ガム持ってるなら俺にも一個くれよ。もう腹減っちゃって…」

「残念。これ、さっきそこで「試供品」で配ってたやつ、貰っただけだもん。でも正直、あんまり美味しくないよ。」

そういってルナマリアは散々噛み砕いて味の無くなったガムを吐き出して包み紙に包む。

すると

<キーン、コーン…>

街頭の時計が13時を告げる。そしてその瞬間

<パッ>

街頭のテレビが一斉に消えた。

「…何?」

シン、レイ、ルナが目の前の大型テレビを見上げる。次の瞬間そこには―――

 

Next Big Wave

 

町中のテレビ画面に現れた、薄暗い水面に波間に揺らめくように踊る文字

そして現れた女性の影…長い髪に細く長い手足。身に着けているものが逆光で透け通り、申し分ないプロポーションの女性ということがすぐにわかる。

「アレって…どこかで…」

シンが小首をかしげる。

(何か以前見たことあるような…あのでっかい胸…)

テレビの女性が細い腕を向かいに立っていた男性らしき影の首に回す。その瞬間、女性だけ顔がはっきりと分かった。

街頭テレビを見ていた誰もが息をのむ。

「アレって―――」

「『ミーア・キャンベル』じゃない!?」

シンもルナマリアも揃って息をのむ。

そして静かに流れてくる歌

 

♪水の中に 夜が揺れてる

 哀しいほど 静かに佇む

 緑成す岸辺 美しい夜明けを

 ただ待っていられたら

 綺麗な心で

 

静かで気高い音と共に流れる、透き通った声。

一瞬誰もが聴き入る。

 

だが、その静寂はほんの数秒だった。

「う…ぁ…」

シンの隣でルナマリアが頭を抱え込む。

「…ルナ…?」

シンが何気にのぞき込む。だがそこにいたのはルナマリアであって、彼女ではない者。

口の端から涎が零れ落ち、自慢の赤い髪を血がにじむほど掻きむしり、目の瞳孔が開く。

「ウガアァァァァ―――――ッ!」

「おい、ルナ!?どうしたんだよ、落ち着けよ、ルナっ!」

「どうしたんだ、ルナマリア!?」

シンとレイがルナマリアを抑え込もうとする、が

<バシッ!>

「―――っ痛ぇ!」

「くっ!」

女性の力ではない。青年男性、しかも武術の心得もある二人を薙ぎ払ったルナマリアを見て、二人は驚愕する。

 

その表情は―――まるで牙をむいた狼―――そのものだった。

 

 

 

・・・to be Continued.