(まるでバベルの塔だな…)
漆黒の夜空に向かって聳え立つビルを見て、アスランは心の中で呟いた。
契約しているレコード会社『ドミニオンレコード』本社ビルは、確かに契約の折に何度か出向いたことはあるが、こうして上まで見上げるのは初めての経験だ。
普段は見上げる必要もない、何しろ本社というだけで、レコーディングスタジオも別に存在するし、PV等販売促進に必要なスタジオも別。事務的なことは有能秘書:ナタル・バジルールに任せれば全くミス一つなく片づけてくれる。(カガリが付けた通称「ミス・パーフェクト」)
だが今回社長であるアズラエルから受けた指示は「社長室…つまりビルの最上階に直接来所」。つまりはこのビルのてっぺん。それがどのくらいの高さであるか、つい見上げたくもなる。
しかもそこに至るまでに直通エレベーターの利用も許可されているのだ。
「右側の「専用口」…は、ここか。」
全面ガラス張りに、いくつものスポットライトに照らされた、所属タレントやミュージシャンのジャケットが所狭しと並んでいる正面口の派手さとは打って変わって、無機質の重厚な金属製のドアだけがそこにある。
「ロックのパスワードは…」
手早くドアの脇にあったキーボードを叩くと、<ガチャ…>という重そうな鍵の外れる音がした。
ドアノブを引けば、まるでどこかの銀行の金庫にでも潜入するようだ。
「…暗いな…」
照明は仄かなライト一つ。それが当てるスポットにはエレベーターのドアと、そのすぐ横の壁にまたもパスワードを入力するボタン。
あの派手な社長の趣味にしては、随分と素っ気ない。ダブルセキュリティーを組む辺りは想像通りだが。
すると―――
「アレックス、見ぃつけたぁ〜〜♪」
「うわっ!」
急に背後から腰に抱き着かれ、アスランが反射的に取り押さえようとその細い腕を掴めば
「いったぁ〜〜〜〜い!」
「!?キャンベルさん?なんで君がここに―――」
背後から襲い掛かってきた(!?)のは、何を隠そう人気アイドルのミーア・キャンベル、その人だった。
(なぜ彼女がここに? …まさか、俺をどこかで見つけて後をつけられた、とか?)
だとしたらまずい…セキュリティコードが部外者に知られてしまったのでは。
だがそんなアスランの不安をよそに、ミーアは少しむくれて見せた後、とびっきりの笑顔で再びアスランの腕にしがみついた。
「びっくりした? ウフフ…実は私も社長さんに呼ばれてここに来たの!丁度アレックスが入っていくところだったから、追いかけてきちゃったv」
「社長に呼ばれた、って…確か君はレコード会社は『レセップスレコード』所属だろう。なのに何故…」
「もう!折角驚かせたのに、そこは反応なし?? まぁいいわ。ともかく私もそのあたりはよく分からないんだけど、「今日の19時に来てください」って言われて。そうしたら社長さんが「アレックス・ディノも来ますよ」って言ってたから、もう私嬉しくって!会えてよかった〜〜〜vv」
アスランの戸惑いを飲み込む勢いで、ミーアがグイグイと腕に力をこめる。
その時
<チカ…>
背後に感じた何かに、アスランが慌てて振り返る。
「―――っ!?」
「…どうしたの?アレックス。」
アスランの視線に気づき、ミーアもアスランの腕にしがみついたまま振り返るが、既に表の重厚なドアは先ほどとは違い、音もなく閉じられていた。
「いや、気のせいか…」
「気のせい、気のせい♪ さあ、行きましょうv」
ミーアはアスランを引っ張るようにして、手早くキーボードの暗証番号を叩き、エレベーターに乗り込んだ。
音どころか振動も殆どないまま上昇したエレベーターは、程なくしてゆっくりと停止し、そのドアが開いた。
「わぁーーーー!なんかテニスができそうなくらい広い! 素敵ぃ〜〜〜〜〜vv」
アスランも思わず息をのむ。
壁一面ガラス…ではないな、反射の具合からしてアクリル。だが、通し柱も殆どないこの空間は確かにテニスコート1面ぐらい悠々収まる広さだ。
奥に大画面のスクリーンと、サイドボード、応接用のソファーがあるのみ。すると
「いやぁ。お忙しいところお出でいただき感謝しますよ。お二人共。」
そのソファーから立ち上がった人影―――『ムルタ・アズラエル』だ。
「こんばんはー! お話があるっていうので、ミーア、来てみました☆」
「はいはい。人気アイドルのミーア・キャンベルさんにこうして来ていただくことができて、感無量ですよv」
アズラエルに向かってブンブンと手を振るミーア、そして一人拍手で出迎えるアズラエル。なんだか3流の芝居でも見ているかのような違和感を覚える。
だが、アズラエルは笑顔を崩さす、紳士的に2人を招き入れた。
「さ、ディノ君もどうぞこちらへ。今何か飲み物をご用意いたしますので。」
「あ、ミーアはジュースがいいなぁ♪ なんか超喉乾いちゃった。」
「では特上のオレンジジュースをご用意しましょう。折角の歌姫訪問ですからそのくらいしないと。」
「わ〜〜〜いvv」
アスランは苛立った。
正直こんなところで暢気に話をしている暇はない。カガリのために一秒だって惜しいのだ。
「すいません。これから所用がありますので、ご用件を早くお伺いしたいのですが―――」
「まぁまぁ。そうやって焦ってお話をしては、大変なビジネスチャンスを逃すことになりかねませんよ。ビジネスはきちんと落ち着いて。それが鉄則です。」
「生憎私は経営者じゃありませんので。」
「おぉっと!これは失礼。でも作曲するにもゆとりは大事。それと同じことではありませんか?」
「あまり則しているとは思えませんが。」
「そうですか…ま、じゃぁ早速お話をしましょう。大事なビジネスの、ね。」
アズラエルがキャビネットからティーカップとグラスを取り出す。
意外なことに、社長自ら入れた紅茶とグラスに注いだジュースを対面に座る二人に差し出した。
そして二人の対面のソファーに座るなり、彼はやや前かがみの姿勢で話し始めた。
「では、サクッと核心から行きましょう。…アレックス・ディノ、ミーア・キャンベル。あなた方二人でユニットを組んで、ウチからCDデビューしていただけませんか?」
「―――!?!?」
口どころか手も付けないティーカップの表面が波立つ。アスランの驚きがまるで伝わったのかのように。
「私が…キャンベルさんと「ユニット」を!?」
アスランは反射的に隣に座るミーアを見やる。彼女は満面の笑みでストローを口に含んでいたが、アスランの視線にようやく事の事態を理解したのか、ワンテンポ遅く「うっそぉーーーー!?どうしてですか!?」と瞳を見開いた。
そんな二人を見比べて、アズラエルは紳士の微笑みを湛え「はい。」と頷く。
余裕の彼と真逆に、アスランは食って掛かった。
「待ってください!そんな話は、初めて聴き―――」
「そりゃそうですよ。今私が初めて話したんですから。」
アスランの驚きも想定内らしく、アズラエルはとことん冷静だった。
(落ち着け…相手の真意を探らないと…)
アスランの両の拳に力が入る。
「私がお聞きしたいのは、そんなことではありません。普通企画であるとしても、まず私たちの所属プロダクションへのアポイントがまず最初にあるはず。しかも、私はまだしも、キャンベルさんは別のレコード会社に所属している身です。…キャンベルさん、君はこの話、事務所の社長やマネージャーからは?」
「は? え、えーっと…」
ミーアの視線が泳ぐ。
(聞いてないな…)アスランは直感する。何しろ先ほどもワンテンポ遅れて事態を悟ったくらいだ。彼女のことだ。深く考えずにここに来たのだろう。
ただ、アスランは少し気になる。
ミーアの戸惑いの視線が、何故かアズラエルの方にチラチラと走っていることに。
それを察したのかどうなのか。目の前の男は「ふぅ〜」と紅茶を一口含むと、優雅な所作でティーソーサーをテーブルに置いて言った。
「それはこれから両事務所に僕から掛け合うつもりです。貴方たちは何の心配もなく、ディノ君はミーアさんにぴったりの曲を作り、ミーアさんはそれを力の限り歌う。一番人気のアーティストと、一番人気のアイドルのユニット誕生です!これほど魅力的なことはないでしょう!」
両手を広げて天を仰ぐ。この男は動きからしてオーバーだ。
それに釣られたのか、ミーアまで大きな瞳を輝かせ始めている。
だがアスランはあくまで冷静に、落ち着いた口調で話し始めた。
「ですが社長…事務所を越えてのユニットはよくある話ですが、その前に一番重要なことが確立できていません。」
「ほう…」
その低い声に、アズラエルの表情も一変する。敵意のような、それでいて挑発的ともとれるその表情に、ミーアも思わず身を竦める。
アズラエルが再びティーカップを手に取り、一口含んでから言った。
「一番重要なこと、とは?」
アスランはその視線に真っ向から対峙した。
「『私自身の意思』です。」
「で、その『意志』とは?」
「私はユニットを組むつもりも、カガリ以外に曲を作るつもりもありません。」
この発言に<ビクン!>と体を震わせたのはミーア。胸に手を当て、震えながらアスランの横顔を不安気に見つめている。
だが一方のアズラエルは、それすらも想定内だったのか、「ふー」と鼻からゆっくり息を吐いた。
「そうですか…でも、その肝心の「カガリ・ユラ」さんは、今どうなんです? 過労で倒れたと聞きましたが、復帰は何時頃何ですか?」
「それは…」
今度はアスランの方が視線を外した。
正直、カガリが何時またステージに立てるかは、吸血の状況による。早く血を与えればすぐに復帰できるだろうが、それが何時になるかはわからない。自分の血を与えようと決意はしているが、その手段も考えなくてはならないのだ。その考える時間一秒毎に、カガリは衰弱している。だからこそ、急ぎ彼女の元に戻らなければならないのに。
アスランの焦りを見て取ったのか、アズラエルの口角が上がった。
「いや〜確かにカガリさんの力は凄いです。歌唱力もパフォーマンスも。でもですね、彼女が休んでいる間、貴方が共に何もしなければ、その間、お金は一銭も入ってこないじゃないですか。貴方たちほどの売れっ子なら、既に貯えがあるでしょうが、復帰が不透明な今、そんな状態でカガリさんに付き合うより、こうして求められる仕事をしていた方が、彼女にも十分に休息を与えてあげられるのではないですか?」
「……。」
確かにアズラエルの言うことは正論だ。だが、その正論を通せないことが付きまとうのは、カガリを手にしようと決心した時、同時に決意したことだ。迷いはない。アスランはきっぱりといった。
「ありがたいお申し出ですが、やはり私には荷が重すぎます。他にも素晴らしいミュージシャンは大勢います。企画はその方々で再度ご検討ください。では。」
頭だけ下げてアスランは立ち上がる。
「アレックス!あ、あの―――」
ミーアが慌ててその腕に取りすがるが、アスランはそれを振り払った。
「失礼します。」
そういってエレベーターに向かおうとしたその時だった。
「まぁ、待ちなさい。…ちょっとディノ君にはもう一つ話したいことがありましてね。ミーアさんは、もう結構ですよ。このお話、飲んでくださるんですよね?」
「は、はい!」
ミーアは慌ててコクコクと何度も頷く。
「では、ミーアさん、お気をつけておかえりください。あ、クロト君、ミーアさんを丁重にお送りして。ディノ君はもう一度お座り願えませんか?」
「私も今日はこれ以上お話を聞く気にはなれませんので、帰らせてください。では」
そういってアスランもミーアに続き、踵を返そうとした、その時だった―――
「今の貴方にとって、一番大事なお話なんですがねぇ〜「アスラン・ザラ」くん?」
「―――っ!?!?」
背後から囁くようなアズラエルの悪魔の声に、アスランが驚きと共に、その動きが止まる。
それに気づいたミーアも振りかえる。
「「アス…ラン…」?」
「いえいえ、こちらの話ですよ。さ、ミーアさん、お気をつけて。」
アズラエルの笑顔の奥に潜む圧倒的な「何か」
その重圧にミーアは後を引かれながらも、エレベーターのいつの間にか立っていた、赤い髪の男が、ミーアをエレベーターに押し込んだ。
「……」
降下のエレベーターの中で、ミーアは浮かない顔で今日の出来事を反芻する。
―――<ミーアさん?例のお話です。今日19時にアレックス・ディノ君が本社に来てくれますので、貴女は18時50分頃、来ていただけませんか?>
アズラエルから電話があったのは夕方。事前にさりげなくアズラエルから日程を開けておくよう指示があったため、
ミーアは事務所に願い出て、今日をオフにしてもらっていた。
―――「はい。…でも、なんで私は10分前なんですか?同じ時間の方が―――」
―――<いえいえ、貴女にはちょっとやってもらいたいことがあるんですよ。>
―――「私に?やって欲しいことですか?」
―――<そうです。ずばり!「アレックス・ディノ」を篭絡させて欲しいんです。>
―――「え!?」
思わず耳を疑う。するとアズラエルが慌てたように言って聞かせた。
―――<冗談です。というか、半分冗談半分本気、ですがね。ミーアさん、以前私が言ったこと、覚えてますよね?>
―――「…はい…」
(―――「このままでは、貴女は『カガリ・ユラ』に一生勝てませんよ。歌でも…無論、「恋」でもね。」―――)
ミーアはキュッと唇をかみしめる。
それを感じてか、アズラエルが話を進めた。
―――<普通、男女ユニットって人気が出ないんですよ。何故かわかりますか?>
―――「いいえ。」
―――<そのユニットの男女が恋人同士になる確率が非常に高いんです。するとお目当てのファンは、
二人が結ばれると同時に去って行ってしまうのです。でも、『I.F.』は何故かそうならない。わかりますか?>
―――「いえ…」
―――<ずばり、カガリ・ユラの「ユニセックス」な所が要因なんです。>
確かに、カガリはどちらかというと女の子らしさは感じない。むしろ男性的な魅力でもって女性ファンからも
圧倒的な支持を受けている。
―――<貴女もご存知でしょう?アレックス・ディノの好みの女性のタイプ。言ってましたよね?>
―――「―――あ!」
(―――「女の子らしい可愛い人」―――)
―――<そうそう!つまり、ディノ氏はカガリさんを「女性」としては見ていない。ですから、貴女のように愛らしい方から
求められれば、「嫌」とは言えないんです。ですから―――>
アズラエルは密やかに言った。
―――<貴女はディノ氏が指定場所にやってきたとき、思いっきり甘えながら女の子らしいところを
アピールしていってください。そうすれば、万が一ユニットを拒否しても、貴女が縋れば断れなくなるかと。>
―――「でも…」
ミーアは独り言のようにつぶやいた。
―――「もし、ミーアとユニットしてくれたら、その『男女カップル』になって、人気が出なくなっちゃうんじゃ…」
―――<あれー?気にしちゃいましたか?ですから、そこが「貴女とディノ氏ならそれすらも越える圧倒的な音楽性で
支配できる」と言っているんです。要は「実力」で唸らせることができるんですよ!>
―――「そっか…そうよね…」
―――<お、元気出ましたね。では18時50分、準備してお待ちくださいね。では>
スマートフォンの着信画面を無意味に障りながら、ミーアは一人頷く。
「そうよ…あの人の指示で上手く行くって言ってたもん。私はちゃんとやった。だから、返事を待っていればいいのよね…」
待ち受け画面のアレックス・ディノは何も言わない。
ミーアは焦がれるように、スマートフォンを抱きしめた。
ミーアを見送ったアズラエルは、途端に上から目線な口調で立ち尽くすアスランに言った。
「さて。邪魔者は消えましたね。これから本格的なビジネスの話です。」
先ほどと同じ人物とは思えない程、王僥な態度でドカリとソファーに座り込む。
アスランは嫌悪の混じった声で尋ねた。
「『ビジネス』って…貴方は一体…」
「「どこまで知っているんですか?」でしょうか? そうですねー。あえて言えば「貴方の正体」あーんど、今貴方が必死に隠している「彼女の正体」について、くらいですかね〜」
「っ!!」
「おやおや、そんなに怖い顔しないでくださいよ。無論、他の者は知りません。私独自の調査網で調べ上げた結果です。」
口角を上げ、挑発的な視線をアスランに向けるアズラエル。アスランの両手の拳がギュッと音を立てる。
「それで、私に何を…」
「流石はあの警視総監「パトリク・ザラ」氏の息子!話の理解が早くて助かります。要は先ほどの話を飲んでほしいんですよ。」
「キャンベルさんとのユニットですか。でも何故貴方は彼女と私に拘るんだ!?」
アズラエルは片手で顔を覆った。
「う〜〜ん、今は詳しいことは申し上げられません。尚、そこを突っ込んで詳しく聞きたい場合、愛しい彼女さんの正体が世間にどう受け取られるか…実験してみたくなりますね〜」
覆った指の隙間から、ちらりと覗かせる視線。
「っ!」
アスランは唇をかむ。
もしかしたらアズラエルの言っていることは、はったりかもしれない。だが、もし本当であれば自分のこと以上に、カガリの正体を世間にバラまかれたら、彼女は―――
迂闊だった。もっとこうなった場合の対処法を考えておくべきだった。今は思考している時間が足りなさすぎる!
唇をかむアスラン。するとアズラエルは今度はこともなげに言った。
「まぁ、最悪「ユニット」じゃなくてもいいんです。「貴方の作る曲」さえ貰えれば。」
「俺の曲…?」
「そうです。ミーアさんの『本当の力』を引き出すのは、貴方の曲であることが判明しましたので。ですから―――たった今から、貴方は彼女の曲を作り終えるまで、ここに留まっていただきます。」
「!?どういうことだ!」
「言葉通りですよ。さぁ、連れて行って御上げなさい。」
そう言ったアズラエルの視線はアスランの背後。アスランが振り向いたときには既に男二人に両腕を掴まれていた。
(この男たち…どこかで見た気が…)
無表情な男たちだ。金髪の背の高い男と、無造作に髪を流した男が機械仕掛けのように揃ってアスランを強引に引く。
「オルガ、シャニ、この方を例の部屋へ。」
背後からアズラエルの勝ち誇った声が聞こえた。
「うわっ!」
二人に押し込まれた真っ暗な部屋にパッと照明が眩く点いた。
眩しさに一瞬目を細めたアスランがゆっくりと目を開いて見渡せば、そこは音響スタジオ。
防音設備の部屋には、キーボードやギターなどの楽器と共に、イコライザーのような音響機器、音楽ソフトの入ったPC等、まさに作曲のために作られたと言わんばかりの施設だった。
<あーあー、聴こえますか?アレックス・ディノ。ちなみに私からは貴方の姿も声もちゃーんと届いております。>
スピーカーから聞こえてくるのはアズラエルの声。マイクだけでなくカメラも仕込み済みのようだ。
<そこでとにかく1曲でもミーア・キャンベルの曲を作れば開放して差し上げます。ちなみに、賢い君のことです。お察しの通り、防音だけじゃなく、完全閉鎖で外からしかドアの鍵は開けられません。スタジオの奥にトイレとバスの部屋がありますから、そこはご自由に。無論お外には出られません♪ 飲み物はそこに小さな冷蔵庫の中に入ってます。あと、言っておきますが携帯の電波は届きませんし、PCもネットには繋がっておりませんので。>
「待てっ!さっきの俺やカガリの「正体」の話は―――」
<無論、貴方がちゃーんと曲を作ってくれましたら、どなたにもこの秘密は明かしませんよ。何せ「ビジネス」、つまり「契約」は守ることが大事ですからね。>
(何が「契約」だ。契約という名の脅迫じゃないか!)
アスランがスピーカーを見て睨む。
だがアズラエルはそれすらも楽しんでいる。
<では、最高の曲をお願いしますよ。あぁ…早く聴きたいものです。では。>
言うだけ言って、音声はプツンと途切れた。
その途端、全く無音の世界がアスランを襲う。
そうすると…耳に残るのは、あのハスキーで元気な彼女の声
―――「アスラン!」
「くそっ!」
悪態をついて壁を殴る。
(まさか、こんなことになるなんて…)
たった数時間前、「すぐ帰るから」と触れた彼女の頬の冷たさを思い出し、振れたその指を握りしめる。
「カガリ…」
壁に背を持たれたアスランは、力なくそのまま滑り落ちて床に座り込んだ。
・・・to be
Continued.