病院の最上階にある個室。ブラインドを落としながらも、明るい部屋のベッドで、姫君はスヤスヤと安らかな寝息を立てていた。

「全く…入院しているのはアレックスだというのに、何故こいつがベッドで寝ているんだ?」

呆れ顔のナタルに、マリューが「まぁまぁ」とたしなめる。

「カガリさんも体調悪いのに、気が気でなかったのよ。アレックス君が誘拐されて。…大した怪我がなくて本当によかったわ。」

「すいません。何度もご心配をお掛けしまして。」

そういってベッドわきの椅子に座っているアスランは、そっとカガリの金糸を指で救い、頭を優しく撫ぜる。その目は、どこまでも穏やかで優しい。

そんな二人を見つめて居たナタルは改めて思う。

この二人、いつも兄妹のような関係と思っていたが、実際のところは果たしてどうだろう…?

アレックスのカガリを見つめる瞳…あの中には以前から…いや、今回の件を通して、更に例えようもない、何かが溢れている。

慈愛…いや、もっと料簡の狭くて…それよりもっと深い、愛情の様な…

「…ナタル?どうしたの。貴女までぼんやりして…」

マリューの声に、我に返り姿勢を正すナタル。

「い、いえ! そ、それにしても全く、アズラエルは許せません! いくら社長を退陣したとはいえ、これだけの犯罪をやった上に、うちの大事な戦力を傷つけたのですから。」

僅かな動揺を隠すよう、ナタルは苛立ちを吐き出す。

「コホン! つまりです。ここはしっかりとラミアス社長に訴えていただいて、レコード会社との契約も打ち切りって―――」

「どうだい?その契約。俺たちのところに持ってこないか?」

急に野太い声が、茶化すようにその場を和ませる。

「バルドフェルド社長!アイシャさんも!」

大きな花を抱えたバルトフェルドとアイシャが病室を訪ねてきた。アイシャが見舞いの花束を手渡す。見事な赤いバラだ。アスランはそれを受け取ると、彼らに尋ねる。

「ありがとうございます。…その後、キャンベルさんの様子は?」

「うん、身体はもうすっかり問題なくなったんだがな。記憶が曖昧なのは変わらずだ。」

「でも、もう少ししたら退院よv アレックス君より一足遅くはなるけど。」

ウインクして見せるアイシャ。あれだけ悲壮な様子でミーアの傍を離れなかった彼女が、これだけ明るく余裕を見せている。ということは、精神的にも大分持ち直してきたのだろう。

「よかった…」

アスランは人心地、安堵したように胸をなでおろした。

「君も大怪我はしていないようで何よりだ。あんなに大きな事件だったとは露知らず、その…この前は悪かったな。キャンベルの事で、当たり散らして…申し訳なかった。」

バルトフェルドは、本当にすまなそうにアスランに深々と一礼した。

 

あの事件はその後、大きく報道された。

何せ国家規模の重大犯罪だ。軍事目的と一個人の議員と支援者が勝手に推し進めただけでなく、裏金や献金、挙句実験のために、有名芸能人2人を誘拐し強制させ、更に殺人まで。

犯罪という犯罪のオンパレードだ。

ジブリールは更迭され、デュランダル議長も逮捕の上事情聴取中、アズラエルは…

「記憶がなく、弁護士は「黙秘」の一点張りだそうだ。」

ナタルが悔し気に報告してくれた。

アレックス・ディノはミーア・キャンベルと共に、歌による催眠作用の実験素材として誘拐され、それをごまかすためにアズラエルが報道陣に、あのスキャンダル写真をばらまいた、ということも公表された。今はミーアの信頼も回復しているという。

 

アスランはゆっくりと首を横に振る。

「いえ、まさか俺もあんな大きな事件に自分が巻き込まれていたとは知らず…仕方のない事だと思います。」

「ミーアさん共々、アレックス君も誤解が解けて、本当によかったわ。」

マリューもようやく肩の荷を下ろしたように微笑んだ。

そこにアイシャがにこやかに割って入る。

「そうそう、それで、よかったら、本当にうちと契約しない?『I.F.』さんだったら大歓迎よv」

アスランはマリュー、ナタルと顔を見合わせると、笑っていった。

「ありがとうございます。とりあえず今回の事件のことが片付きましたら、社長たちと話し合いの上、今後の方針を出して報告させていただきます。」

「いい返事を待ってるわv」

「んじゃ、とりあえず一旦引き下がりますか。お大事にな、アレックス君。それと、カガリちゃんにも♪」

「ありがとうございます。」

二人が病室を出た後、ナタルが様子を伺いながらドアを閉めた。

「今後の『I.F.』の活動については、お前たちの体調を見ながら徐々に増やしていこうと思っている。とにかく、お前は今はゆっくり休め。おい、カガリ、いい加減に起き―――」

「大丈夫です、ナタルさん。このまま寝かせておいてください。」

アスランがそれを遮る。

「全く…お前はいつもカガリを甘やかせ過ぎだ。」

「…自重します。」

呆れ顔のナタルに、アスランは苦笑した。

「レコード会社の方は、今後の契約は後々決めましょう。ムゥは自分自身もドミニオンとの今後の契約はまだ未定にしておくって。」

マリューもそれだけを伝え、ナタルと共に帰宅の途に就いた。

 

 

「……」

静かになった部屋には、窓から心地よい柔らかな風がブラインドの隙間を縫ってアスランとカガリの髪を揺らす。

まだ外は陽の光がまぶしい。

こんな中、カガリを帰らせたら大変だ。

でもそれ以上に

 

「…君の寝顔、もうちょっと見ておきたいしな…」

 

その優しい眼差しに守られて、彼女は深い眠りの中にいる。

頬を撫ぜるアスランの指に、柔らかな金糸がサラサラと絡む。

ついこの前までは、眠っている間も苦し気に魘されていた。酷い夢に犯されているように。

苦しみはきっとあの地下室で再会した、その時まで続いていたに違いない。

 

 

あの日―――

アズラエルの首筋から牙を抜き、恐る恐る見上げてきた彼女は、今まで見たことの無いような戸惑いと悲しみに打ちひしがれていた。

明らかに、カガリはこう思っていただろう

―――「アスランは、もう自分を忘れている」―――

それは彼女にとってどれほどの絶望だったろうか。

そう気づいた瞬間、激しい激情がアスランを襲った。

今すぐ、抱きしめて、もう大丈夫だよ、と言ってやりたかった!

だが…まだアズラエルはそこにいる。

間違いなくカガリはヤツの欲望をすべて奪ったに違いない。だが、ここで事の真相をカガリに伝えたら、ヤツの耳にも確実にカガリの秘密に関する情報が入る。それだけは避けたかった。

何より、欲望を奪ったとはいえ、恐れと逆上から何をしてくるか警戒は必要だった。

―――「あ…あの…」

戸惑い、見上げるカガリ。こんなにか細く、壊れそうなほど頼りない彼女を見るのは初めてだ。

それでも必死に、その涙をぎりぎりまで溜め込んだ金眼を見つめた時、もう耐えられなかった。

その細腕を掴んで引き寄せる。腕の中に閉じ込めた。

―――「え…」

驚くのも当然だろう。彼女から見れば、自分を知らないはずの男に、いきなり抱きすくめられたのだから。

でも、もう無理だ。あの日、ミーアの部屋から逃げる彼女を追えなかったあの時から、まるで水を断たれ砂漠に放り投げられたかのような心の渇きに侵され続け、ようやく再びこの手にカガリを収めることができたのだ。もう二度とこの腕を開放しないと、心に誓いながら。

カガリは驚きのあまりに固まったまま、動かない。胸にかかる吐息で、彼女の生を感じる。

暫くの静寂…それが数秒だったのか、数分だったのか。気が付けば、耳が振動を捕らえた。

間違いない。警察車両と捜査員の足音だ。状況を説明している時間はない。

驚く彼女の耳元に囁いた。

―――「もうすぐ警察がここに来る。君は今から、俺が言った通りのことをするんだ。」

―――「え?あ?は?うん…」

状況が呑み込めないままの彼女を真摯な眼差しで撃ち抜くと、カガリも面喰いながらも真剣に聞かざるを得ない。

そしてアスランはカガリに以下の事を伝えた。

・アスランが手に巻いていた布は、オルガの衣服。必ず硝煙反応を調べられるので、オルガの傍に落としておくこと。

・カガリがここに来たのは数分前。そして来た時には「全員が倒れていた」ということ。

・アズラエルの傍に『黒いマント』を着た人がおり、彼がアズラエルを倒した、と言ったこと。

・そして現状を見たカガリは、まずアスランの下に行き、縛られていた両手足を開放し、揺すり起こしても反応がない、とパニックになった、ということ。

・カガリは特にケガもない事。

―――「いいな、言えるな?」

―――「アスラン、お前―――」

カガリが何か尋ねようとしたその時、地下への階段を複数の人間が下りてくる音が聞こえた。

アスランは意識を失ったふりをした―――

 

 

そのままアスランは病院へと運ばれ、カガリはニコルに付き添われ、事情聴取を受けた。

普通は保護されると同時に病院で検査を受けるのがセオリーだが、カガリは現場に数分前に来たことや、特にケガをしていないと告げたことで、検査は回避することができた。人間でない彼女が検査を受けたら、それこそ大騒ぎでは済まない。

 

 

眠りの森の姫君は、王子に撫ぜられても目を覚ますこともなく、まだ深い幸せの眠りの中にいる。

きっと、今の今まで彼女も気を張り続け、安眠できてはいなかったに違いない。

 

これはやはり、キスでないと起きないかな。

 

 

 






***






 

 

 

小さい頃だった

広間でテレビを見ていたはずが、いつの間にか起きた時はベッドで眠っていたことが不思議だった。

でも、夢の中で私は見ていたんだ

大きな温かい胸に抱かれて、そっとベッドに寝かせてくれた

そう、あれは「お父様」

どんなに忙しくても、寂しくないように、ずっと寄り添ってくれたお父様

 

そして、今も私は抱かれて眠っている

大きな温かい胸に

起こさないように、そっと優しく体が揺れて

 

お父様…?

 

ううん、違う

 

これは

 

 

この胸は…

 

 

 

「目が覚めたか?」

「…アス…ラン…―――って、なんでお前―――!?」

「今は動くな!じっとしていろ!」

その言葉にカガリの身体がカチン!と固まる。

状況がいまいち飲み込めない…というか、なんでアスランが私を抱きあげて…

(抱き上げられ…―――!?)

「うわっ!?」

「だから動くな!荷物も持っているんだ。このままだと振り落としそうだ!」

アスランが顔をしかめる。

よく見れば、ここは自分たちのマンションの玄関。そしてようやくカガリが居間のソファーに下ろされると、アスランも「はぁ〜」と深い息をつきながら、肘で抱えていた荷物を下ろす。

まだ目をぱちくりしているカガリに、隣に腰掛けたアスランが状況を説明する。

「さっき病院を退院できたんだ。君は俺のベッドで眠ったままだったから、そのまま連れて帰ってきたところだ。」

「はぁ…―――じゃなく!普通は起こすだろう!?なんで抱き上げる必要があるんだよ!?///

「だって、なにしたって君は起きないから。王子様のキスでも全く効果なし。」

「は、はぁ!?お、王子様のキ、キスって―――///

「文字通りだけど?」

「〜〜〜〜〜!!///

殊更もなくさらりと言ってのけるアスランに、カガリは耳まで赤くなる。

ということは、病院のロビーから、部屋のソファーまで、まさかずっと…!?!?

―――とか恥ずかしがっている場合ではない!

何で、アスランが自分を連れて???

「お、お前、私が誰なのか、知っているのか?」

「知っているよ。」

アスランはカガリの前で、姫に従う騎士のごとく片膝をついて、姫の手を取った。

「『カガリ・ユラ・アスハ』。俺の最強の『I.F.』パートナー。それから…最愛の「吸血鬼の姫君」だ。」

「・・・」

つい先ほどまで真っ赤になっていたカガリが、今度はポカンと口を開けたまま固まる。

「…お前、それ、誰からか聞いたのか?」

「誰にも。…というか、カガリのプロフィールを知っているのなんて、俺とウズミ様たちアスハ家の人たちだけだろ?」

「うん、確かに。」

コクンと真顔で頷くカガリ。

それを見たアスランが、急におかしそうに笑いだした。

「〜〜〜何が可笑しいんだよっ!」

「いや、だって…あまりにも君らしくて…素直で、疑いを知らなくて…」

下を向いたままクスクスと笑いをかみ殺すアスランに、カガリはその背をポカリと叩いた。

「だから、なんでお前が私を知っているんだよ!?だってお前は―――お前は…その…私に…血を吸われて…」

カガリの金眼が潤む。彼女がアスランの命と自分の記憶を天秤にかけなければならなくなった、その辛さ。あの一生分の苦悩がみるみる脳裏に思い出される。

「…すまない。辛い思いをさせたな。」

それを察したアスランは、カガリの頭をポンポンと優しく撫ぜると、隣に座って話し出した。

「カガリ、『ナイトレイド』って知っているか?」

「『ないと…れ…』…何?」

「『ナイトレイド』。…以前、クルーゼが俺に向かって言った言葉だった。」

 

(―――「まさか…貴様…『ナイトレイド』!?」)

 

そういって憎々しい視線をアスランにぶつけたクルーゼ。

後でキラにも意味を尋ねてみたが、彼すら知らぬふりをしていた。

 

「その『ナイトレイド』って、一体何だ? お前が私の事を覚えていることと何か関係があるのか?」

コクリと頷いて見せると、アスランは話を始めた。

 

 

   それは、カガリの行方が分からなくなり、彷徨うようにしてアスハ家を訪ねた時だった。

   ―――「ウズミ様、お聞きしたいことがあります。」

―――「何だね?」

―――「どうしてカガリの預かり先として、貴方が選ばれたのでしょうか?」

―――「……」

ウズミは暫く黙って冷めかけた紅茶の表面がさざなむ様子を見ていたが、一口含むとゆっくりと語りだした。

―――「そうだね。娘の身を預かった者として、今カガリの身を守ってくれる君に話しておいた方がいいかもしれ

       ない。」

ウズミはソーサーをテーブルに置いた。

 

―――「君は『ナイトレイド』という言葉を聞いたことがあるかね?」

―――「―――っ!」

アスランが絶句する。

『ナイトレイド』―――まさしくクルーゼが自分に向かって吐き捨てた言葉。

アスランの様子に全てを察したウズミが、ゆっくりとソファーから立ち上がり、雨の止まぬ黒い空を見上げて
   
   話し始めた。

―――「一つ君に問おう。今のこの世界、「食物連鎖の頂点」に立つ者は、何と思うかね?」

―――「それは…やはり『人間』でしょうか?」

ウズミは頷く。だが、更に問いを重ねた。

―――「その『人間』以上の英知や力を供えた者がいたとしたら…?」

アスランは目を見開く。

そう…その存在を知っている。いつも目の前に居た彼女

―――「察しの通りだ。『吸血鬼』…人外の、人間の寿命も力も及ばぬ存在だ。だが、また君に問おう。その頂点たる

彼らが、何故現在、人間から隠れるようにしてひっそりと生きていると思う?」

―――「……」

   アスランは考える。…確かに彼らは何百年という寿命を生き、人間をも従者として支配できるほどの力を持っている。

怪我の回復や驚異的な筋力…何をとっても敵わない。なのに、人間が家畜を飼うがごとく、彼らは人間を蹂躙しては

   いない。

   ―――「生物的な意味では、繁殖能力の問題でしょうか? あるいは…聖杯や十字架といった、宗教絡みの様な

防御策を開発したため…というような…」

   アスランが顔を上げると、ウズミは窓際に佇んだまま、答えた。

   ―――「確かに君の解答も一因だろう。しかし、彼らは人間を恐怖やそれこそ血の力で支配できる。強敵である

ほど相手を従者にしてしまえばいい事だ。だが、それができない者たちがいた。」

   ―――「吸血鬼の血の支配を受けない者、ですか?…―――っ!まさか、それが―――」

   ―――「そう、それが『ナイトレイド』という一族だ。」

   ウズミは再び腰を掛けると、冷めた紅茶を飲み干した。

   ―――「彼らは吸血鬼に血を吸われても、その精神的・肉体的支配を受けなかったそうだ。そのため、吸血鬼最大の

能力である「支配」が効かず、戦う意思を持って吸血鬼たちを滅ぼすことができうる力を持っていた。

まさに『夜の魔を狩るもの―――ナイトレイド』という名がついたわけだ。」

   ―――「……」

 

   吸血鬼たちが、唯一畏怖した敵。

   だからこそ、クルーゼは自分を追い込んだ人間に対し、憎々し気に『ナイトレイド』の名を口にしたのだろう。

 

   ―――「その『ナイトレイド』とは、何か訓練して得た力なのでしょうか?」

   ―――「いや、どうにも突発的にそういう力を持った人間が誕生するらしい。一応「一族」という括りにはなって

いるが、私にはもはや、その能力は殆どないに等しい…」

   ―――「!?ウズミ様…アスハ家が『ナイトレイド』の一族なのですか!?」

   ならばウズミが『ナイトレイド』を知っているのも頷ける。だが、彼らは吸血鬼にとっては敵のはず。何故幼い

とはいえ、吸血鬼のカガリをわざわざ敵に渡すようなことをしたのか…?

ウズミは深くソファーに座り直して、口を開いた。

   ―――「私にはほぼその力はない。だが、特殊な結界の張り方などは受け継がれている。…私も王の従者が赤子の

カガリを連れてきたときは驚いたものだよ。だが、赤子とはいえ王族。…一度カガリに血を吸われれば、

カガリの支配を受けないとは言えない。それにカガリの命を付け狙ってきているのもまた吸血鬼。

       まさに吸血鬼から
守るには、ここはうってつけというべきだったのだろうな。」

   ウズミが遠い記憶を懐かしむように思い出す。

   これでカガリが何故、ウズミの下に託されたのかは分かった。

   しかし、何故クルーゼは自分を『ナイトレイド』と呼んだのか…?

―――「ウズミ様…」

―――「何だね?アスラン君。」

―――「先ほどは驚きのあまり、答えることができませんでしたが…実は以前、出会った吸血鬼に、言われたこと

があるんです。「まさか…貴様は…『ナイトレイド』…!?」と。」

    ウズミの片眉が上がる。そして、悟ったように口調を改め、穏やかに告げた。

―――「…カガリが君を初めて屋敷に連れて帰ってきたとき、私は驚いたものだよ。「子供」というのは人間を

含め、本能的な警戒心が強いものだ。強い者に対して「危険」を嗅ぎ分け、近づかない。…しかし、

君は初めて出会ったときからカガリと心を分かち合っていた。私もその時思ったよ。あるいは「君が―――」

とね。そして、こういう伝承もあった。

『ナイトレイド…宵闇に溶け込む髪に、血と反する色の瞳で人を癒し、魔を撃つ』と。」

 

血の『赤』の対色は―――『緑』

 

―――「そう、君のように、碧い瞳を持っていたそうだよ…」

 

 

「『ナイトレイド』…私たちの「支配」を受けない人間…それが「お前」…」

カガリは改めてアスランの全容を見つめる。

宵闇の様な濃紺の髪と、血と反する緑の瞳を持つ青年

そして、吸血鬼を恐れることのない存在

 

幼い時に一瞬で惹かれ合ったその訳が、今ようやく理解できた。

 

「最初は半信半疑だったが、君に血を吸われた後、ようやく自分が何者か理解できた。でも俺は決して君を殺しはしない。君が俺を恐れるなら…致し方のない事だが…でも、俺は君を…君を―――諦められないんだ!」

何時見慣れた優しい翡翠に熱が宿る。

「アスラン…」

カガリは知っている。ずっと彼が自分を守って来てくれたことを。人間でないことを知りながら、それでも揺るがない彼の想いを。

例え、彼に殺されたとしても、絶対に悔いはない。

自分の命を投げ出してもいい…この愛に応えたい。

「本当に馬鹿だな、お前。私を殺せるくらい強いってことは、「私の全てを受け止められる」力があるんだろ?」

「カガリ…」

そっとカガリの手がアスランの頬を包む。

「『ナイトレイド』でも…バカは、バカだ!お前のバカな部分は私が受け止めてやる!」

にっこりと笑った金眼から、涙が零れ落ちた。

「カガリ―――!」

堰を切ったように唇が奪われ、カガリの身体の自由が奪われる。

「―――ん……」

渇ききった心と体が、潤いという名の互いを欲して求め合う。

今まで牙を恐れて入り込めなかった分、唇を割られて絡められる舌先。

散々唇と口内を貪られると、カガリの身体がふわりと浮かぶ。

ややあって下ろされた久しぶりの自室のベッドは、いつもより柔らかく包み込まれるような感覚。

アスランのしなやかな指が、軽々と胸の戒めを解いていく…

<カチャ…>

胸の上で、小さく踊る銀の光

「カガリ、これ…」

アスランがそのペンダントヘッドを指に取る。

誕生日にカガリの指に通したプラチナの指輪。

「い、いや、その…だな。ゆ、指にはめると仕事の時には外さなきゃいけないし、かといって、しまっておくのは道義に反するというか…その///

潤んだ月の様な金色が、熱をもって翡翠に応えた。

「いつもお前の想いがここにあるから、私は耐えられたんだ。」

「……」

ばさりと乱暴に脱ぎ去ったアスランの首にも、同じ色のリングが光っていた。

「お前…」

「俺が渡したんだから、俺が持っているのはおかしくはないだろ?…そうだ。そういえばカガリ何か言っていなかったっけ?俺が意識を失う前に。」

「え…―――あ!」

(しまった!)と言わんばかりに金色が泳いでいる。

クスリと笑って彼は言う。

「アレ、よく聞こえなかったから、もう一回行って欲しいんだけど…」

「も、も、もう一回って―――///

「言って?」

熱を伝える翡翠が闇に光る。

まさしく『ナイトレイド』。素裸もすでに組み敷かれて、もはやカガリに残された自由は口だけ。

「わ、わ、「私は永遠にお前だけのものだ。ずっと…ずっと愛してるよ…」」

「…よかった。2回もプロポーズの返事が聞けて。」

幸せこの上ない表情でアスランが微笑む。

「ぷ、ぷ、「プロポーズ」って!?」

「リングを受け取ってくれた、ってことはそう言うことだろ?」

「へっ!?いや、その、ていうか、お、お前っ!1回目だって、ちゃんと聞いてたんじゃ―――ん……」

再び唇が塞がれる。

全ての自由を奪われた、この世で一番甘美な戒め

「俺も永遠に君だけのものだ。カガリ…結婚してください。」

碧の淡い光に包まれて、カガリの顔がいっぺんで上気する。

解かれた腕を、その首に回して、カガリが小さく、小さく彼の耳に囁いた。

「…はい///」

その答えに彼の翡翠が見開く、と同時に、全身でその細くきゃしゃな体を胸の中に包み込む。

 

肌を通した互いの熱と香りが、互いの渇きを潤していった。

 

 

 

・・・to be Continued.