銃を構えたまま、彼は動かなかった。

まるで彫像のように微動だにせず、片膝をついたまま、銃口をこちらに向けている。

 

「アス…ラン…」

 

ヨロヨロと起き上がろうとするカガリが、その翡翠に映っている。

彼はそんなカガリを見ても、眉一つ動かさない。

吸血によって、カガリに関しての記憶は既に失われているはず。

だが、カガリにはアスランが、こう言っているように聞こえてならないのだ。

―――「止めを刺すんだ、カガリ!」―――

だから心の中で答える。いつも彼がこう言う度にインカムに応えてきたように。

(判ってる、アスラン、任せろ!)

 

銀の弾丸を撃ち込まれたアズラエルは、薬を飲み込んだ時と同じ人物とは思えないような細い身体を晒していた。

まだ弾丸で撃ち抜かれた傷跡から血を滴らせながら、それでも老人のようにぴくぴくとおぼつかない動きで、床を這いつくばりながら、カガリから逃げようと試みる。

「…何故…何故こうなったのです!? 今、私は人知を超えた力…そう、神の力を手に入れたはずです!吸血鬼の姫をも喰らい、この世界を統べる力を得たはずなのです!…それが、なんで、こんなことに???…あは…あはは…」

事実を飲み込めない彼が、ボソボソと呟きを漏らしながら、身体を引きずる。

その彼の背後から射る様な鋭い視線に、身体が本能的な恐れを覚え、ビクンと大きく震えあがる。

「ひっ!」

恐る恐る顔を上げ、振り返るアズラエル。

そこには傲慢なる彼を憐れむ神のごとく、金の瞳が冷たく彼を見下ろしていた。

この瞬間、彼の脳裏を占めた「強欲」という名の感情は、全て「恐怖」の二文字で一掃された。

「た、た、たすけ…」

だがどんなに命乞いをしようとも、欲に汚れた人間を許す者は、誰一人この場には居ない。

「何の罪もない幾人を傷つけ、悲しませた罪。その命をかけて一生償え。」

「や…やめ…て…くれ…やめろぉぉーーーーっ!!」

この場に及んでまだ逃げようとするアズラエル。だがカガリはその体を抑え込み、首筋に牙を剥く。

「うわあぁぁぁーーーー……」

アズラエルの最後の咆哮が地下に響き渡り、やがて弱弱しく消えていった。

 

 

 

僅かな静寂。暫くしてそこに<ドサリ>と崩れ落ちる音。

ぐったりとしたアズラエルの身体の傷は、カガリの唾液による治癒の影響でみるみる塞がっていく。

だがその瞳は空虚に囚われたように、もはや何も写してはいなかった。

 

アズラエルの首筋から牙を抜いたカガリは、恐る恐るアスランを見た。

彼はまだ銃を構えたまま、動く気配を見せない。

 

当たり前だ。彼にはカガリの記憶は既にない。つまり吸血鬼は脅威。

彼にとってはもはやカガリは、自らを脅かす敵でしかないのだ。

 

金の瞳があっという間に涙で潤む。

判っていたはず。覚悟も決めたはず。

それでも…悲しくって仕方がない。

 

ぽろぽろと熱い涙が頬を伝って落ちる。

そんなカガリを見ても、アスランは何一つ表情を変えない。

(このまま静かに、この場を去ったほうが…)

何かを言ったとしても、吸血鬼である事実は変わらない。なら、アスランをこれ以上、怖がらせてはいけない。

そう思って今更初めて気づく。アスランは初めて出会ったときから、一度も自分を怖がったことはなかった。

故に、どうやったら彼を刺激しないか、考えつかない。

 

すると

 

<コツン…>

 

静寂な地下に、彼の立ち上がる音が響く。

彼は銃を持ったまま、ゆっくりとカガリの元に近づいてくる。

「アスラ―――あ、あの…これは…その…」

頭がパニックになる。「吸血鬼」など物語や映画の中だけの存在と、大半の人間は信じている。だから彼は自分のようなものが存在することは、とうてい受け入れられないはずだ。

それでも何とか説明しようとするが、思考が空回りするばかりで、上手く口が回らない。

その彼女の目の前で、彼は立ち止った。

「あ…あの…」

おずおずと上目遣いにアスランの表情を読もうとするカガリ。

次の瞬間、彼の手が、彼女の腕を掴んだ―――。

 

 

***

 

 

赤い回転灯を乗せた車が次々に工場の廃屋前に急ブレーキで止まっていく。と、同時にそこから次々と警官が吐き出されていった。

「探せっ!この中のどれかにアズラエルが潜伏しているはずだ!」

イザークの号令以下、捜査官たちが一斉に取り掛かっていく。暫くするとシンが息を切らせて走ってきた。

「ジュール警視正!一軒一番奥の廃工場にセキュリティの整った施設が隠されていました!」

イザークが糊のきいた真新しい白手袋をはめて、走りだす。状況を察したレイ・ルナマリアをはじめとする捜査員たちが、現場に集まった。

そして、息を飲む。

後から追いついてきたディアッカが、イザークの背中越しに中を覗いて唖然とした。

「こりゃ…超一級のセキュリティだな。しかもジャミングに引っかからないようにまで、できていやがる。」

彼らの行く手を阻むのは、とてつもなく大きな鉄製の扉。想像するにかなり分厚い代物だろう。

しかも監視カメラがじっとこちらを見据えている。

「フン!間違いなく奴がアジトにしそうなところだ。しかし、コイツは手間取りそうだな…」

「このセキュリティ、ちょっとやそっとじゃウチのITやラサイバー担当でも、解除は難しそうだな。…かといって、銀行の金庫並みのドアじゃ、破るのにも相当時間がかかるぜ。」

イザークの言葉にディアッカも同意する。

時間をかけて十分に解除していけばいいだけの問題ではない。

イザークの予想が正しければ、アスランがここに居るはずだ。彼の命を考えると、早急な突入が必要ということは直ぐに判る。

二人は苦虫を噛み潰したような表情で顔を合わせる。すると―――

「お待たせしました!」

「「ニコル!!」」

二人が同時に顔を上げれば、『ジェネシス製薬』への逮捕状を持って行ったニコルが、息を切らせて走ってくる。しかも白衣の男の襟首をつかみ、引きずるようにして連行して。

「先ほど『ジェネシス製薬』の方に令状をもって捜査員が突入したところ、隠れて連絡を取っている怪しい男がいまして、追及してみました。そうしたらどうやらここと連絡を取っていたみたいで、詳し〜く聞いてみたら、セキュリティカードと暗号を持っていらっしゃったので、解除の協力をお願いしました!」

「さっすがニコル!グレイト☆だぜ!」

ディアッカが指を<パチン!>と鳴らす。

白衣の男が泣く泣くセキュリティを解除すると同時に、待機していた捜査員が一気に突入した。

そして

「…うわ…一体何やっていたんだよ、ここで…」

シンが思わず鼻と口を手で覆い隠す。他の捜査員たちも絶句している。

「何か、凄く血の匂いが籠ってるし…」

ルナマリアが慌ててハンカチを取り出し、口元を抑えた。

「実験施設とみて、間違いないですね。」

ニコルが屈んで床上の状況を確認する。

床に砕けたガラス片が飛散し、一目で危険と分かるような毒々しい液体が撒き散らされている。

焼け焦げたような蛋白臭に、厚いガラス板の向こうには、手錠の付いた鎖と、床に飛び散っている血液の痕。

「…まさに「生体実験」の現場だろうな…」

ニコルの隣で床に片膝をついて惨状を見ていたイザークが、その氷のような視線を白衣の研究員に向ける。

その刃に射抜かれたように、「ひっ!」と研究員の身体が震えあがった。

ディアッカが研究員の肩を叩く。

「何をしていたか、端からしっかりと吐いてもらわないといけないな。」

研究員の膝は既にガクガクと笑っている。自白は簡単に促せそうだ。

するとドアの向こうから、レイが彼にしては珍しい大声で叫んだ。

「警視正!」

「何だ!?」

「地下の方から人の声らしきものが聞こえてくるんですが…」

イザークが立ち上がった。

「アズラエルかもしれん。俺が先頭で様子を見に行く。お前たちも確保の用意をしろ。」

その場の皆が頷く。すべてに手が回らなかったのだろうか、先ほどの最先端とは打って変わって白熱灯に照らされた古びた階段。弱弱しい光を頼りに階段を下っていくそ、そこは湿った空気の籠る地下。その奥から聞こえてきたのは

「…女の声?」

ディアッカが階段を降り切った先にあった、重そうな鉄の扉に耳を寄せる。固唾をのんで見守る捜査員に、ディアッカが頷く。

イザークが指示した。

「よし、扉を開けろ!」

重い扉が<ギギギ…>と音を立てて開かれていく。そして中から聞こえていたのは

「アレックス!しっかりしろ!起きて、アレックス!!」

速攻ルナマリアが目を丸くする。

「あれは…『I.F.』のカガリ!? そ、それにアレックスも!?//////

頬を真っ赤にして興奮するルナマリアが、その場で固まった横を、捜査員たちがなだれ込んだ。

そこには、力なく蹲ったままのアズラエルと、胸から血を流して倒れている男3人。

そして―――

「お前たち誰だ!?」

カガリが怯えたように叫ぶ。するとニコルが駆け寄り、天使のような微笑でカガリの肩に、コートをかけた。

「警察です。貴女はカガリさんですね?お怪我はありませんか?」

ニコルが駆け寄ると、金眼を真っ赤にして泣きはらしているカガリが、懸命に訴えた。

「私は平気だ。今来たところだから。でも呼ばれて部屋に入ったら、アレックスが…アレックスが倒れていて、それで―――」

イザークとディアッカも慌てて駆け寄り、アスランの身体を揺する。

「おい、アスラン!貴様何をやっているかっ!」

「落ち着け、イザーク。息はしてる。直ぐに救急車を―――」

ディアッカが直ぐに様子を確認し、部下に指示を出す。速攻レイが携帯を取り出しながら地上に向かった。

ニコルは泣きじゃくるカガリを労わりながら、話を聞きだした。

「貴女もアズラエルに呼び出されたのですか?…それにしても一体、この惨状は…」

見回せば明らかに息の絶えた3人の男。そして意識はあるようだが、茫然としているアズラエル。アスランの状態や現場からみて、凄惨な状況が一瞬で見て取れる。

カガリは泣きじゃくりながらも、途切れ途切れに言葉を紡いだ。

「私…ヒック…アズラエル社長から、ここに来るように、って呼びだされて…グスッ…気が進まなかったんだけど、「アレックスもいる」っていうから…ヒック…来たんだ。そうしたら…ドアのロックはもう開いていて…なんか物音のする方に来てみたら…アレックスが…アレックスが―――」

「大丈夫ですよ。ゆっくりでいいです。」

「うん…アレックスが倒れていて…それだけじゃなく、男の人3人も血を流して倒れていて…そしてアズラエル社長も…私、腰が抜けちゃって…それでもアレックスのところへ行かなくちゃ、って思っていたら、目の前に『黒いマント』を着た人が来て、「もう大丈夫。あの男たちを殺し、アレックス君を捕らえていたアズラエルは、私が倒したから」って…」

「ちょっと待て!『黒いマント』の人だと!?」

イザークが噛みつかんばかりの勢いでカガリの両肩につかみかかる。

「そいつは今どこへ―――」

「ついさっきだけど、みんなが来るのと入れ違いに、ここから外へ…」

「何だと!?」

「おい!イザーク!」

眼を待ち繰したままのカガリをニコルに任せ、慌てて地下室を飛び出していくイザークとその後を追いかけるディアッカが、階段を駆け上がって外に出る。

イザークが大声で叫んだ。

「どこだ!?何処に居る『Vamp』!!」

「イザーク、あそこ―――」

ディアッカが指を刺した先は工場の屋上。その上には黒いマントを風にたなびかせた人物が、口元だけクスリと笑って、屋根伝いに軽々と飛び去って行く。

「待てーーーーーーっ!ヴァァーーーーーーンプ!!」

イザークの絶叫が、漆黒の空にこだました。

 

 

***

 

 

数日後―――

「よ♪イザーク。ようやく現場検証の結果が出たぜ。」

ディアッカが分厚い捜査ファイルを、イザークのディスクに丁寧に積み上げた。

「そうか…で、結果は?」

「掻い摘んで言えば、アスランが言っていた通り、兵器になる『生体実験』とやらを、あそこでやりこんでいたらしい。被験者は、あそこで死んでいた3人。まぁ、人って言っていいかわからんけどな。」

「…どういうことだ?」

「戸籍がないんだよ。」

ディアッカは頭を掻きつつ、一番上に積まれていたファイルを取り上げ、ページをめくった。3人の男の顔写真と、現場での状況が詳細に書き込まれている。

「一応『オルガ・サブナック』『クロト・ブエル』『シャニ・アンドラス』って名前で、『Bursted Men』ってバンドを組ませていたが、その実、生体兵器の実験体だったんだ。奴らは全員心臓撃ち抜かれて死んでる。」

「誰が撃った?」

「カガリちゃんの話と状況から言って、アズラエルだろうな。奴の手から硝煙反応も出ている。」

「何故撃ったんだ?こいつらアズラエルの子飼いのバンドメンバーだったんだろう?ということは、ヤツの味方ではなかったのか?」

「さぁね、何かで関係がこじれて、飼い主を裏切って襲い掛かったのを逆に殺された可能性が高いな。あの施設の地下室の壁から、弾丸4つが見つかっている。3個の弾丸から血液が付着していて、それぞれこいつらのDNA…って言っていいのか、ある程度型が一致した。」

「『ある程度』というのは完全一致ではないのか。」

「何しろ人間のものと違うらしいぜ。だからさっき「人って言っていいかわからん」って言ったんだ。ニコルも頭抱えてたし。一応現段階では「奴らの血液」と断定した。」

「わかった。それでとりあえず納得しよう。…で、残り一つの弾丸は?」

「アズラエルの物だった。こっちは奴のDNAと完全一致した。」

「でも奴は、殆ど怪我をしていなかったぞ。」

ディアッカは渋い表情で頭を掻きつつ言った。

「そこが最大の謎なんだそうだ。…一応科捜研&ニコルの見解だと、奴が開発していた薬の副作用…あのMDMA(幻覚剤)の4倍濃度の興奮成分で、細胞が活性して傷口も早く治るんじゃないか、との予想だが…詳しいことはまだまだお手上げだそうだ。」

「まて、アズラエルがこいつら3人を射殺したとしたら、撃ったのは、まさか―――」

「『Vamp』…って最初は俺もそう思った。でも硝煙反応が見つかった。」

「どこから?」

「『オルガ・サブナック』の衣服からだ。となると、最初に撃ったのはオルガ。だがアズラエルにかすり傷程度しか与えられなくて、逆上したアズラエルが3人を殺した、ということだろうな。」

「ふー…」

イザークは椅子に深く座りなおし、大きく息を吐いた。

となると、『Vamp』は何のためにあの事件現場にいたのだろうか。

(いや、いつも行き詰まった事件の犯人を残していくのが、奴らのやり口だ。最近とんと顔を出していなかったが…まさか、俺たちだけでは、今回の事件は解決できないと踏んで、今までの細かい事件は無視して、この重大事件だけを追っていた、ということか…?)

それはそれで悔しい。助けられたとはいえ、久々にはらわたが煮えくり返る思いだ。

「くっそ〜〜〜!」

「おいおい、イザーク。久しぶりだな、お前が『Vamp』で血管が切れるのも。」

「フン!別に腹など立てておらん!」

「無理するなって♪ ようやくいつものお前が戻ってきた感じで、みんないい雰囲気だぜ。」

ディアッカに促され、イザークは改めて室内を見渡す。

まだ重大事件の解決…より、『I.F.』に図らずも出会えたことでの興奮が冷めやらないルナマリア。その態度をガミガミと説教するシン。全く変わらず…でもどこか張り切っているように見えるレイ。他の捜査員たちも、昨日までの暗い雰囲気が一掃され、いつもの一課の賑わいが戻っている。

まるで『Vamp』が、悪い空気すらも取り去ってくれたかのように。

イザークの口元が思わず緩み、クスリと笑う。

すかさずディアッカがツッコミを入れた。

「あ!お前今、相当嬉しかったんだろ!」

「何を言う!俺はいつもと変わらん!」

「無理しちゃって♪」

「いい加減にしろ!別に『Vamp』に感謝などしておらん!ともかく―――」

話題休閑。イザークは一度背伸びをし、話を戻した。

「まとめていえば、アスランも、あのミーアという女も、アズラエルの生体兵器の開発に利用された。それで二人は誘拐された。挙句実験の途中でもめ事を起こして自滅した、ってことか。」

「ま、そういう流れかな。」

ディアッカは再び頭を掻きつつ、しかし少し余裕のある微笑を浮かべながら、ファイルを閉じた。

一課の事務室に備えられているテレビからは、数週間前、アレックス・ディノとミーア・キャンベルの熱愛報道を興奮して伝えていたアナウンサーが、またも興奮冷めやらぬ同じ声で、ニュースを伝えていた。

<最新ニュースで、驚くべき事件が発覚しました! なんと、あの『青浄党』党首の「ロード・ジブリール」氏が、闇献金を受け取っていたとして、昨夜未明、警察署に身柄を拘束されました!

また驚くべきことに、ジブリール氏は海外向けに「生体を用いた兵器開発」を行っていたというショッキングな事実が明らかになり、極秘で開発協力を行っていたとみられる『ジェネシス製薬』にも捜査官が突入。会長の「ギルバート・デュランダル」氏もたった今、事情聴取のため警察に出頭。開発費を収めていたという『ドミニオンレコード』社長、「ムルタ・アズラエル」も昨夜警察に取り押さえられた、とのことです。現場から中継が入っています―――>

 

 

***

 

 

『黒いマント』を脱ぎ捨て、彼はようやく人心地付いた。

「はぁ〜疲れた。」

「お疲れさまでした、キラ。」

ラクスがにこやかに紅茶の入ったティーカップを差し出す。

「ホントにもう、こんなの天下の『S.F.』にやらせることじゃないよ。僕が『Vamp』にされちゃったじゃないか。」

最初はラクスに愚痴を言うつもりなどなかったが、優しい紅茶の香りと彼女の声に包みこまれて、つい気が緩んでしまった。

キラはカップを手に取ると、あの日を思い返す。

 

あの日―――キラがアスランを訪ねた日、彼はこういった

―――「キラ、カガリを預かって欲しい他に2つお願いがあるんだが…」

―――「何?」

―――「『S.F.』を一夜限りで復活させてくれないか?ただし、俺の書いた曲で。」

 

そう、これはアズラエルを引っ張り出すため、ミーアそっくりのラクスがミーアに成りすまし、動画を配信した。

これで見事にアズラエルは、アスランに釣られてしまった。

 

そしてさらに

 

―――「残りの一つは、俺は多分近いうちにアズラエルに囚われるだろう。そうしたら、連行先を警察の「イザーク・
         ジュール」に俺の名は出さずに伝えてくれ。もし彼が頑として聞き入れなかった場合、こう伝えれば、
       彼は頷くはずだ。」

―――「どうするの?」

   アスランは指で『V』を作って見せた。

   キラが不審そうな顔をする。

―――「まさか…僕に『Vamp』の偽物をやれ、ってことじゃないよね?」

―――「見かけによらず頭が回るじゃないか。」

―――「何それ!?馬鹿にしてるの!?」

   怒り出すキラに、真剣な面持ちに表情を切り替え、アスランが囁いた。

―――「アズラエルは俺を餌にして、必ずカガリを自分の下へと呼びだすはずだ。奴らは人間の力じゃ倒せない。

確実にカガリの力が必要になる。」

―――「だったら僕が、最初からそいつを倒せばいいじゃない。」

―――「いや、奴はありがたいことに、君やラクスが今ここに居ることを知らない。知った途端、君もヤツのターゲットになる。

そのリスクは避けたい。ラクス嬢もいるしな。となると、カガリの力が必要だが、警察に人外の力を使って倒したとは

      信じて
もらえないだろう。だが唯一彼らは『Vamp』の力は認めている。姿を垣間見せるだけでいい。頼む、『Vamp』の

      代役を頼みたい。
カガリの為にも。」

   キラは反論できない。カガリのため、と言われるだけでなく、先の先まで読み解くことのできる彼の力を知っているから。

―――「わかった。せいぜいうまく演じてあげるから、その代わり―――」

   キラはビシッとアスランを指さした。

―――「カガリを泣かせたら、絶対許さないからね!」

 

こうして、『偽のVamp』がイザークたち前に舞い降りた。

本物二人は地下にいた。あの二人が『Vamp』と警察から疑われることも、暫くはないだろう。

「全く…向こうにとっては一石二鳥だった訳だよね。」

ぼやくキラに、ラクスは微笑み伝えた。

「あらあら。それでも私は久しぶりに歌えて満足できましたわv」

その嬉しそうな表情に、キラはふと思う。

 

彼女は本当に「歌」が好きだ。ミーア・キャンベルにも負けない程。その歌声に今までどれほど救われてきたか…

彼女はあくまでキラの従者。だが、彼女の気持ちや自由を無視し、時にはへし折りながら生きるのは、キラにとっても辛い。

吸血の王たるもの、従者はあくまでただの手ごまの一つ。特別な感情など持ってはいけない。

 

だけど…

 

ラクスの寂しい表情だけは、絶対見たくない。

 

それは「甘さ」だろうか

 

…いや、きっと本当に「甘い」のだろう。

 

懸命に気持ちを殺して、それが当たり前だと思っていた。それが人間をも超える力を持つ王の運命だと。

そう―――あの二人、『カガリとアスラン』に出会う前までは。

 

だがあの二人は、住むべき世界をも超えて、愛しみ合っている。

ゆるぎない絆に、キラは己の中に偽り築いてきた「吸血鬼の在り方」を、簡単に崩されてしまった。

 

…思えば最初は必死にあの二人の事を否定していただけかもしれない。

自分の理解をも超えた繋がりに。自分とラクスにはできないと思い込んでいた、愛情の形を必死にやっかんで、否定して…どれだけ幼かったんだろうと思い知った。人間の何十倍も生きておきながら。

 

だから今は受け入れよう。その「甘さ」がこれから続く生を、あの二人のように心から愛おしく、楽しく、充実できる、何よりの原動力となるはずだから。

 

(だったら…僕にも、できるかな?)

 

キラは一呼吸置くと、彼女に顔だけ向けた。

「ねぇ、ラクス。」

「はい?」

「…僕たちも、もう一度『S.F.』やろうか。」

ラクスが目を丸くする。

「キラ!?」

「…僕、聴きたいんだ。カガリを連れて帰るために芸能界に潜り込んだ手段、としてじゃなくって…その…///

少し俯いて照れくさそうに、キラは言った。

「…君が笑顔で歌う歌が///

ラクスは暫く黙っていた。

答えられなかったのではない。声が出せなかったのだ。今言ったら―――涙が止まらなくなりそうで。

 

「…はい!」

 

ややあって答えたラクスは、幾筋も涙をこぼしながら、何年ぶりに心から満面の笑みで頷いていた。

 

 

 

・・・to be Continued.