色とりどりのネオンがさながら地上の星のごとく瞬き、夜を知らぬこの大都会の真ん中にそれはあった。
天に届けと言わんばかりに聳え立つ大きなビル。まるでバビロンの塔を再現したかのように、傲慢に存在を示している。
そして都会の夜の喧騒を更にまくし立てるように、赤い回転灯を付けた車両が、幾重にもその傲慢たるバビロンの塔を取り囲んでいた。
「警察だ。只今より『ドミニオン・レコード』社、および社長「ムルタ・アズラエル」事務所兼自宅の家宅捜索を行う!」
既に会社は退社時刻を過ぎている。ビル1階を守衛していた警備員は、初めて見る逮捕令状と家宅捜査令状に余程驚いたのか、まるで自分が犯人であるかのように反射的に両手を上げた。
「よし、かかれ!」
イザークの命一過、捜査員たちがあっという間に散らばっていく。
「全く…今夜は非番だったんだぜ。勘弁しろよ〜」
「何言っているの!あんだけ悔しい思いたんだから、逆襲のチャンスだと思いなさいよ!ほら、行くわよ!」
これだけの人員を集めるために、一課総出での大戦さながらだ。非番が潰れて嫌々ながらのシンを、意気揚々と向かうルナマリアが引ずっていき、そしていつも通りレイが無言で一礼して〆る。
「これでようやくカタが付くな。」
司令塔イザークの背を叩いて、ディアッカも走っていく。
だが、正直、イザークは手放しで喜ぶ心境ではない。
物的証拠が掴めたのは『ジェネシス製薬』に限ったことだ。状況証拠としてはジブリールとアズラエルの線は繋がったが、まだこれら3者を全て一括りにできる物的証拠は揃っていない。
何とか現在の家宅捜索で物的証拠がつかめることが、必須条件だ。
(それに…)
イザークの表情に焦りの色が浮かぶ。
アスランと連絡が取れないのだ。
令状が下りた時点で数度連絡を入れたが、全く応答がない。
(まさか…取っ捕まっていないだろうな、貴様に限って…)
イザークが爪を噛む。と―――
「やばいぜ、イザーク。」
暫くして、こちらも雲行きの怪しい表情のディアッカが、捜査用の白手袋を外しながら立ち戻ってきた。
「アズラエルの姿がどこにもない。」
「何だと?」
イザークの表情に焦りが生まれる。ディアッカもつい煽られて早口で報告する。
「一応最上階が社長室兼自宅、ということで、立ち入りをさせてもらったが、ここ数日、人の出入りした形跡がまるでないんだ。」
「どういうことだ?まさか、海外逃亡でもしているのか!?」
「あるいはそうかもしれない。既にこの捜査の事を知って、とんずらこいた可能性も無きにしも非ず、だな。」
「チッ!」
普段紳士たる姿勢を崩さないイザークが、珍しく悪態をついてビルの壁を思いっきり蹴った。
だが、壁に怒りをぶつけたところで埒があかない。イザークは直ぐに捜査員を一人呼んで、指示を出した。
「如何しますか?ジュール警視正。」
「直ぐに出入国管理局に連絡して、ムルタ・アズラエルの出国先を確認し―――」
「ジュール警視正!」
その指示が終わらないうちに、別の捜査員がイザークの下に息を切らせて走り込んできた。
「何だ!?アズラエルが見つかったのか!?」
「い、いえ、そうではないんですが、これを直ぐジュール警視正に届けるように、と言わまして…」
「一体なんだ?これは。」
捜査員が手渡したのは、一枚の紙きれ。それを広げたイザークと、覗き込んだディアッカが息を飲む。
『ムルタ・アズラエルの潜伏先は、ここ』
手紙の上部にそう書かれた走り書き。
そして全面にわたって地図が描かれ、一か所赤く塗りつぶされている。
「ここが、ヤツの…?」
ディアッカが半信半疑でイザークに視線を向ければ、彼も同じ考えなのだろう。捜査員に食って掛かるように質問攻めを浴びせる。
「一体誰がこの情報を持ってきた!?レコード会社の社員か!?それともジェネシス製薬の人間か!?」
「い、い、いいえっ!それがその…」
掴みかからんばかりの勢いのイザークに怖気づきながらも、捜査員は伝えた。
「顔は見えなかったのですが、黒いフードの付いたコートを着た方が、「これを見せればジュール警視正ならわかるはずだ。」と。無論「貴方は?」とお聞きしましたが、そうしたら「彼もそう言ったときは、こうして見せて」といって…」
「「―――っ!!」」
イザークとディアッカは思わず息を飲む。
捜査員が手で示した、そのサインは―――『V』
「…「ヤツ」か…」
「…おそらく、な…」
二人は顔を見合わせて頷く。
何故だろう、こんな時なのに、何故か自然と口角が上がる。
間違いなくヤツは敵のはず…なのに、どうしてか、今は万の味方を得たような自信が溢れてきた。
イザークの指示が変わった。
「今すぐA班は俺たちと一緒に来い!奴の…アズラエルの潜伏先と思われる場所に向かう!」
「え〜〜また走るのでありますかぁ??」
「文句は言わないっ!ほら、早く!」
そういってシンを車に押し込むルナマリア。無言でドアを閉めると同時に運転席に乗り込むレイ。
「よし、行くぞ!」
イザークの声と共に、バベルの塔から赤い回転灯の車が数台、街灯りの少ない場所へと向かって列をなして走り出した。
***
口の中に苦みとも渋みとも取れない嫌な味が、僅かな鉄の味と共に広がっていく
そして、それと同時に流れ込んでくる、「彼の記憶の欠片」…
これは、夕焼けの公園―――初めてアスランと会った風景
初めて一緒にやった遊びは…そうそう、「タイヤじゃんけん」
楽しかったなぁ…
それに藤棚の下のベンチと机
何度もノートの砂埃を払いながら勉強を教えてもらって
はじめて人の集まるところ…学校というところに足を踏み入れたとき
文化祭で初めてバンドでステージに上がったとき
一緒に小さなトラックで、楽器を運んでライブハウス巡りしたとき
ハラハラと保護者みたいに、心配そうに
それでもできると自分の事のように喜んでくれている
そうだったんだ
アスラン
いつもお前はこんな風に、私を見ていてくれてたんだな…
温かくて、柔らかい感情ばかりが私の中に流れ込んでくる
こんなに大事に想ってくれて、それだけで、私は十分幸せだ
この先もこの想いを抱きながら、生きていけるよ
アスラン
本当にありがとう
そして
さよなら…
ガクリと彼の身体から全ての力が抜け落ちた。
そっとカガリがその首筋から唇を離す。
そして、その体を冷たすぎる床に横たえた。
「い、いったい…一体、彼はどうしたのです!?」
アズラエルが頭を振りながら、様子をうかがう。
どうやらカガリに突き飛ばされて、しこたま頭まで強く打ったらしい。一瞬気を失いかけていたようだ。
Bursted
Menの3人もようやくノロノロと動き出している。
「アスラン君は―――」
アズラエルがアスランに射した完成品の試薬、あれが脳にいきわたれば、間違いなく彼は人狼化しているはず。
しかし、彼は静かだった。
いや、静かどころか、息さえしていないように、指先一つ動いていない。
その彼の横にぺたりと坐り込んでいる少女。
彼女が口から床に吐き出したのは、どす黒い紫の混じった血液。
アズラエルはそれで気づいた。
「そうですか…あの薬を吸い出したのですね?」
カガリの両肩が震えている。
涙を堪えているかのように。
だが、それは一瞬だった
「!?!?」
アズラエルの目の前で、彼女の様子がみるみる変わっていった。
肩口でカットされていた金髪は、彼女の伸長を越えるほどの長さまで伸び、そして口の端に見えた牙がさらに鋭く伸びていく。
あのクルクルと愛嬌の良い金眼は、まるで血のように真っ赤に染まっていく。
そして―――
「…アスランを傷つけたお前は…決して…絶対、許さないっ!!」
彼女の眼が見開く、と同時にアズラエルの目の前にカガリは迫っていた。
「な―――っ!?」
アズラエルは自分の身に何が起きたのか分からない。
その中ではっきりとわかるのは、背中と腹部に挟まれたような痛みが走った。
「がはっ!」
口の中に鉄の味が広がる。
そして頭をハンマーでたたかれたような痛みで、アズラエルはカガリに再び反対側の壁まで殴り飛ばされたことに気づいた。
(こ、こ、こ、このままでは、し、し、死ぬっ!!!!)
本能が頭の中に渦巻く。彼が今まで一度も意識したことがない「死」という言葉を。
「ひ、ひぃっ!」
恐怖が身体を凍り付かせる。
カガリはゆらゆらと、陽炎のようにゆっくりとアズラエルに歩み寄ってくる。
(な、何とかしなければ―――!)
アズラエルは咄嗟に懐に入れていた笛を吹いた。
<ピー!>
「…?」
カガリがふとその音に耳を立てる。と
「グァアアアアアア――――ッ!」
「なっ―――!」
カガリの横から男が一人、襲いかかってきた。犬のように首筋に噛みつかんばかりに。
「このっ!」
カガリが必死に振り払う。
だがその背後からまた一人、背中に爪を立ててきた。
「あぁっ!」
痛みにカガリがのけぞる。
その隙をついて、また別の男がカガリを蹴り飛ばした。
「うっ!」
壁際まで転がされたカガリが、痛みを堪えながら起き上がる。その真っ赤な目に映るのは、あの3人の男。
「こいつら…」
驚くカガリにアズラエルが再び笑い出す。
「あ、あ、あは、あはは…あはははは!そうです!吸血鬼の姫君、貴女へのご紹介はまだでしたね。」
よろよろと立ち上がりつつも、アズラエルは恐怖と優位の綯交ぜになった狂気に取りつかれるように、笑い、そして叫んだ。
「彼らは『人狼』ですよ。貴女と同じ『人外の生き物』です!」
「『じん…ろう』…これが…?アスランの言っていた…」
「えぇ、えぇ!その通り。しかも、まだ彼らは本気じゃありません。」
「何だって…?」
「本来なら満月になれば、彼らの本気が見られるんですが、生憎と今夜は十三夜。折角の姫君をご招待しましたので、ちょっとこちらで操作させていただきながら、一つ、ここでショーを見せていただきましょうか!」
「『ショー』だと?」
「はい。『人狼』vs『吸血鬼』。さて、勝ち残るのはどちらでしょうか? あぁ、無論姫君一人に対し、男3人がかりとはなりますが…ま、結果は見えてますね。先の見えているショーは面白くないですが、でもですね、私―――」
そう言いながら、アズラエルは内ポケットに入れていたらしい、金属のケースを取り出すと、中にあった小瓶3つを彼らに放り投げた。
「…「自分が勝利するストーリー」なら、結果を知っていても面白いんです!さぁ、お前たち、そこの姫君を思う存分弄りつくしなさい!」
床に転がった小瓶を、BurstedMenたちは、放り投げられた餌に齧り付くようにして中の液体を飲み込む。すると
「ウゥ…グルルルル…」
「ガウゥゥーーーーーっ!!」
男たちの身体も、まるでカガリのそれと同じように変貌していく。
服が破れ裂け、体躯が一回り大きくなり、その皮膚は太い毛で覆われている。月の様な金眼に変色した眼、尖った爪に耳、そしてもはや人間の形を保っていない程せり出した口から上下に伸びる犬歯。
完全にその姿は『狼』と化した。
「ウガァァァーーー!」
3人…いや3匹がまたも一斉にカガリに襲い掛かる。オルガがその白い首筋に食らいつこうとし、それを払いのけた腕にクロトが食らいつく。更に細い足にシャニが噛り付き、カガリの服が己の吹き出した血の色に染まっていく。
「あぁーーーーっ!」
痛みを堪えて3匹を振り払う。格闘術の心得はないが、それでも本能的に防御の姿勢を取ると、3匹も間合いを図ってカガリを睨む。
そのホンのわずかな時間のうちに、カガリのその細い手足に残る牙の痕が、みるみる塞がった。
アズラエルはそれを見て狂喜する。
(これが…これが吸血鬼の回復能力なのですね!)
あのクルーゼの研究レポートだけでは見いだせなかった真実が、今目の前で、現実に繰り広げられている。
アズラエルは叫んだ。
「お前たち!何とかそいつを抑え込むのです!いいですか、完全に殺してはダメですよ。その一歩手前でとどめ置くのです!」
「そうお前の思う通りに行くかっ!」
カガリが攻撃に転じた。今度は襲い掛かってくる3匹に、猛然と牙を突き立てる。だが
「っ!?」
(牙が、通り切らない!?)
「あーはっはっは!ざーんねん☆そいつらの毛皮は伊達にできてはいないんですよ。狼の牙でかみ合う進化の過程で、牙も通さないほど固く厚くなっているのです。」
そうアズラエルの説明が終わらないうちに、再び3匹がカガリに襲い掛かる。爪で引き裂かれた白い肌が鮮血に染まり、カガリは防戦に追い込まれていく。
厄介だ。ただの犬ならともかく人狼が3匹。しかも動物と違い、完全にチーム戦で戦闘を組み立ててきている。
カガリの傷は回復できるものの、そのスピードが遅くなっていることをアズラエルは見逃さなかった。
「…いつまで持ちますかねぇ…その頑張り。体力が無くなれば、回復力も落ちてくるのではないでしょうか? こちらは3人、貴女は一人。そろそろ白旗を上げて、私の下に来てくださると嬉しいんですが…」
だがカガリは攻撃の中で、アズラエルに言って聞かせた。
「お前、知ってるか? 男は瞬発力はすごいけど、持久力はないって。逆に女は瞬発力は低いけど、24時間走り続けても死なないんだぞ。」
何処かその口調に余裕がある。
追い込まれても、追い込まれても、決して揺るがない自信。
(全く…あの男と同じですね。)
憎々し気にアズラエルが睨んだ先にはアスラン。
あの追い詰めているはずなのに、逆に追い込まれたようなプレッシャー。もう二度と味わいたくなかったのに、この女まで同じことをやってくれるとは!
「そう言っていられるものここまでです。さぁ、お前たち、その吸血鬼をねじ伏せて、二度と立ち上がれないようにしてやりなさい!」
それを聞いた3匹が一斉にカガリに襲い掛かる。
(終わりです!カガリ・ユラ・アスハ!)
アズラエルが歓喜に酔う。
だが、それはほんのつかの間の美酒だった。
「グァッ!」
「ギャン!」
「ガウッ!」
襲い掛かった―――はずのその瞬間、3匹はカガリを食いちぎるどころか、彼女の体の横を素通りし、着地するとともに微動だにしなくなった。
「…な…何です…?」
アズラエルの笑いが引きつり、消沈していく。
カガリがゆっくりと3匹に近づくと、3匹が彼女を見上げる。そして
「「「グルルルル…」」」
「ひっ!」
アズラエルが恐怖に慄く。3匹の眼が一斉にアズラエルに向いた。明らかな殺意をもって。
その三匹の背を撫ぜながら、カガリが言った。
「お前、どこで吸血鬼の情報仕入れたか知らないけど、その中にはなかったか?吸血鬼には『従者』を作る力があるって。」
「『じゅう…しゃ』…?」
今度はアズラエルが驚き、思考を反芻する。
だが、驚きと恐怖で思考が回らないのだろう。彼を待たずにカガリは話し続けた。
「要は永遠に餌となる下僕を作れるんだ。その方法は吸血鬼が従者の血を吸い、更に従者となる人間に己の血肉を少し与える。これで主従関係は成立だ。…お前、こいつら『人狼』って言ったけど、『本物』じゃないな。本物だったら従わせるのはかなり苦労するはずだけど、こいつらは僅かな血だけで従えさせられた。多分本性は人間だ。」
「―――っ!じゃぁ、貴女はまさか、わざとこいつらに自分を襲わせて、自分の血を舐めさせて―――!」
そう、わざと襲わせて、己の血を与えた。そして3人に噛り付いた、あの僅かな瞬間に得た彼らの血だけで従わせた。しかも3匹同時に。
もし彼らが完全なる人狼であったら、力の均衡はBurstedMenたちに傾いていたかもしれない。
だが、純血種であるカガリの吸血鬼の力は、まがい物など取るに足らなかったのだ。
カガリが花笑みを浮かべ、アズラエルを見る。余裕の表情の浮かぶ中に見える隙の無い、鋭い赤い眼光。
3匹の狼を従えた女王たる姿に、アズラエルの全身に恐怖が走る。
(これが…これが王族の力!)
へたり込んだアズラエルをカガリが指さす。
「お前は他者の力を己のものと勘違いした。それが敗因だ。そして、アスランを傷つけ、私から奪った罪…決して許さない。だから―――」
狼3匹が身構える。今にもアズラエルに襲い掛からんばかりの姿勢で。
「お前がもてあそんだ命で、お前の罪を償え!」
その途端、3匹が猛然とアズラエルに襲い掛かった
が
<パン、パパァーーーーン……>
「!?」
室内いっぱいに響いたのは銃声だった。
そして、カガリの目の前で狼3匹が、胸から血を流して床に倒れている。
その向こうには、腰を抜かしながらも、ゼイゼイと荒い息をしながら、硝煙を吐く小型の銃を構えるアズラエルがいた。
「ふ…フハハハハハ! 切り札は最後まで取って置くものですね!女王陛下。」
アズラエルが立ち上がる。カガリは狼たちの身体をさすりながら「おい!」と声をかけるが、彼らは既に、その命を終えていた。
「なんで…こんな、酷いことを…」
「酷い?ですか? 貴女がしたことに比べれば、はるかにいいことですよ。吸血鬼の支配を免れ、晴れて魂が自由になったのですから。」
カガリは怒りに牙を剥く。
人狼がそう簡単に銃弾一つで死ぬことはない。おそらく、彼らを撃ったのは
「『銀の弾丸』…」
吸血鬼が聖水や日に弱い、心臓に杭を打ちこまれると死に至る、などの伝承と同じように、人狼は銀の弾丸が致命傷と言われている。
だがそれ以上に、人狼というよりもほぼ人間に「人狼」というメッキを纏っただけの彼らでは、心臓を撃ち抜かれては絶命は避けられない。
彼らがどのようにして、人狼になり、こんな男の下で働かなければならなくなったのか、カガリには分からない。
でも、一つだけわかる。
それは、目の前にいる男が―――「人間の皮を被った悪魔」だ、ということを。
「お前は…お前だけは、許さない!」
カガリが身構える。だがアズラエルは不敵に笑みを浮かべた。
「そう言ってはおられますが、女王。貴女ももはや立っているのがやっとの状況ではないでしょうか。」
「っ!」
「そうですよねー。あれだけ長期、血を飲むこともできず、体力はまだ完全に回復していないところへ、まがい物とはいえ人狼3匹を相手にしたんです。奴らさえ手なずければ戦闘終了、かと思いましたか?そうはいきません!」
そういってアズラエルは反対側の内ポケットをまさぐる。カガリに突き飛ばされた衝撃で、幾分か変形してはいるが、硬いケースの開きかけた蓋の隙間から、それが見えた。
あの紫色の…毒々しい液体の入った容器を
「お前、まさかそれを…」
「計画は貴女のせいでぶち壊しです!が、まだ私は死ぬわけにはいかない!貴女を倒して、貴女の血を頂く!そうすれば私は絶対強者です!!」
そういってアズラエルは銃を投げ捨て、アンプルの口の部分のガラスを割った。
「やめろぉぉーーーーーっ!」
カガリが懸命に止めようと走り出す。だが、一歩早く、その液体はアズラエルの口から体内へと流れ込んで行った。
そして
「フフ…アハハハハ、グァァアアアアア!」
笑ながらアズラエルが何かのスイッチを押す。と、地下室内に、どこからか音楽が流れてだした。
天井のスピーカーから流れてきたのは
♪水の中に 夜が揺れてる
哀しいほど 静かに佇む
ミーアの歌だ。それを聞いたアズラエルの姿が一気に豹変していく。
「グルルルルル…ウガァァァァーーーーーッ!」
あの3匹と一緒だ。爪がみるみる伸び、耳が尖り、口から犬歯が鋭く突き出し、体躯も一気に筋肉が盛り上がって厚い毛に覆われて…
「『人狼化』の薬…ミーアの曲で覚醒していたんだ…それでアスランだけでなく、ミーアまで…」
全てのからくりを悟ったカガリの目の前に、一匹の大型人狼と化したアズラエルが立ち塞がる。
「そうか、お前が『ラスボス』なんだな…だったら!」
遠慮はしない。カガリは襲い掛かる、が
<バシッ!>
「っ!」
<ズドォォォン>
衝撃音と共に、両腕と背中に激しい痛みが走る。
襲い掛かろうとした瞬間、アズラエルが振り払った一撃を防御しようと腕を盾に変えたが、いとも簡単に弾き飛ばされ、壁に背中からぶち当たったのだ。
「…ぁ…」
口の中が切れ、唇の端から血が零れだす。
(まずい…あんなのあと3度も喰らったら、身体が持たない…!)
だが、アズラエルは既に理性を失くしているように、猛然とカガリに飛び掛かってくる。
「ちっ!」
必死に逃げを打つ。先ほどまで自分がいた場所の床は、アズラエルの手で見事に陥没していた。
だが、アズラエル自身は痛みを感じないのか、直ぐに襲い掛かってくる。
「はぁああーーーーーっ!」
防戦だけしていても勝ち目はない。身軽な身体をその懐まで潜り込ませて、間合いを詰めてから一気に首筋に齧り付く。
「グアッ!」
流石のアズラエルも怯んだ。が、カガリの身体を掴み、痛みの代償と言わんばかりに投げ捨てる。
「うぁっ!」
カガリの身体が床の上を転がる。
「はぁ、はぁ、」
息が上がる。もう、立ち上がる力も殆どない。
その真っ赤な瞳に、アズラエルが襲い掛かってくる姿が映る。でも、足はもう動かない。
(もう…ダメかな…)
カガリの瞳が閉じられていく…
(敵、取れなくって…ごめん、アスラン…)
その時
<パァーーーーン……>
2度目の銃声がカガリの耳をつんざく。
襲い掛かってくるアズラエルの巨体が空中で静止し、みるみる小さく、体毛も無くなり…人の姿に戻っていく。そして
<ドサッ…>
床上に力なく落ちた。
「……」
呆気ない出来事に、カガリが驚きに閉じかけていた瞼を見開き、銃声のした方を見やる。
そこには、布を巻き付けた手で、アズラエルの投げ捨てた小銃を持った者がいた。
・・・to be
Continued.