カガリは驚きのあまり、携帯を思わず取り落としそうになる。
落とせば、アスランも壊れてしまう!―――そんな思いが脳裏に走り、慌てて必死に携帯を抱え込んで抱きしめた。
(アスラン!一体どうして、こんなひどい目に―――!)
直ぐに理解できた。キラが言っていたことが事実なら、アスランは一人でアズラエルと対峙しようとし、逆に捉えられてしまった、ということが。
そして…添付ファイルの2つ目の画像は『地図』だった。赤いマークがついているそこは、住所だけは判るが、建物の名前などの記載がない。誰かが所有している空き地か何かだろうか。
いずれにしてもアズラエルの言わんとしていることは判る。
―――「ここに、来い」
ということだ。
「!」
慌てて立ち上がったカガリだが、一瞬足を止める。キラはこうも言っていた。
(―――「どうにもそのことでカガリを捕まえたいみたいなんだ。」)
「狙いは、最初から「私」ってことか…」
だとしたら、なんて酷いことをしている人間だろう。
アスランだけでない。ミーアも彼の犠牲者だ。それに、彼女の所属先の事務所やレコード会社まで、苦しい思いをしているに違いない。
「だったら…余計に私がケリをつけなきゃ。」
カガリは意を決した。
アスランだったら「もっと計画的に」「もっと慎重に」と小言を言って聞かせるに違いない。
いや、むしろカガリが標的と分かっているアスランなら「絶対に来るな!」と一喝するだろう。
「でも…でもな、アスラン。…もう私のせいで、これ以上傷つく人が増えるほうが、もっと嫌なんだ!」
目の奥が熱くなって、温かいものが零れ落ちてくる。
今は泣いている場合じゃない!こらえようと必死に俯いていると
(フ…)
そっと誰かが上から頭を撫ぜてくれた気がした。
顔を上げると、目の前で柔らかな微笑をする彼の幻影。
それでも、とっても勇気がわいてきた。
カガリはキッチンで、いつもの特性ドリンクを大ぶりのグラスになみなみと注ぎ、腰に手を当てて一気にそれを飲み干した。
「ふ〜…よしっ!」
両頬をぴしゃんと叩いて気合を入れ直す。
「待ってろ、アスラン!今行くからな。」
そういってカガリは携帯を手にすると、肌寒さを纏う夜の街に飛び出していった。
***
<ギィ…>
錆び着いた鉄の重いドアが開く音に、アスランはようやく意識を取り戻す。
動かそうと思っても、足も腕も縛られたまま動くことができない。ご丁寧に口にもガムテープ。そして目隠しまでされて。
ひんやりとしたコンクリートの床は、些か湿気を帯びている。どこからともなく漂ってくる黴臭さから、ここは地下なのだろうと推察できた。
すると
「ようやくお目覚めですか?」
本来なら二度と聞きたくない声だ。だが、ある意味この瞬間を待っていたアスランは慌てない。静かに様子をうかがっているアスランにしびれを切らしたのか、程なく背後から口のガムテープと目隠しを外された。
「っ…」
急な眩しさに目を細める。その光を背に、あの男が口角を上げ、ふてぶてしい表情でアスランを見下ろしていた。
「お久しぶりですねぇ、アレックス君。ご気分はいかがでしょうか?」
「…良い様に見えるなら、お前もやってみたらどうだ?」
「いやいや、それは御遠慮しますよ。折角のオーダーメイドで新調したばかりのスーツが台無しになってしまう。それより…」
ジャケットの襟をバシッと正して、ネクタイを締めなおすと、アズラエルはアスランの目の前に座り込んで、顔を覗き込んだ。
「そのシチュエーション、とっても良くお似合いですよ♪ そうですねぇ…次の『I.F.』のCDアルバムのジャケ写にぴったりですよ☆…もっとも、「次があれば」の話ですけどね。」
再びアズラエルは面白そうに笑んで立ち上がると、アスランを見下ろす。
まるで自分はアスランの命を、その指先一つで小虫のように奪うことができる神、とでも言っているかのように。
だが、アスランは表情どころか眉一つピクリとも動かさない。その様子が余裕のアズラエルの癇に障った。
「さて、君に来ていただいたのは他でもありませんが…先ず聞いておきたいことがあります。」
それでも心中悟られまい、と上から視線で再びアスランを見下ろす。
「昨日動画サイトに流されたあのPV。…あれは君の仕業ですね?」
「…愚問だな。幾らお前でも出題者が誰かくらい、わかるようにしてやったんだ。光栄だろ?」
「一体あれは何なのです? なぜ警察の監視下で入院中のミーア・キャンベルを、しかも…しかも、「あの効果」を防ぎながら録画できたんです??」
「さぁな。俺の目的は、お前を釣り上げることだけだ。目的のために手の内を明かさないのはお前も同じだろう?」
「―――っ!」
思わず怒りが沸いたアズラエルが、アスランの腹部を一蹴する。
「ぐはっ!」
衝撃で腹部を庇うように身を縮ませるが、その翡翠の眼光は全く変わらない。
アスランは鋭い光をアズラエルに向けたまま言った。
「むしろ俺も聞きたい。何故カガリが必要なんだ? 以前からの暴動、そして2週間前の事件。あれはミーアの歌の力と、薬物を投与した人間の、心身の変動と強靭化を調べるためのサンプルだったんだろう? そしてそれは、その力を必要としている大物…警察の行動さえ圧力で封じることのできるほどの人物からの依頼で起こした。ことに…軍事目的で。違うか?」
見下ろしているはずのアズラエルが、まるでアスランに見下ろされているような感覚に陥り、アズラエルは焦り、怒鳴る。
「質問しているのはこちらですっ! 私の言ったことを無視するなら、どうなるかわかりませんか!?」
「わかるさ…」
吐き捨てるようにアスランは言った。
「…「次はない」んだろ?だったら、最後に種明かしするくらいの温情を示してくれてもいいんじゃないか?これでも、お前の会社には少しは貢献してきたんだから。」
アズラエルの眉が動く。
(そうだ、コイツの命は既に私の手の中なんです。何を気後れする理由があるのですか!)
自分自身にそう言い聞かせると、アズラエルは壁の端に付けてあった椅子を、アスランの目の前に椅子の背を向けて置く。そして馬にまたがるようにして椅子の背に両手を組み、そこに頭をのせてそこからアスランを見やる。
「そうですね。…じゃあ、今までの『I.F.』の貢献に感謝して、少しばかり昔語りをして差し上げましょう。え〜「それは十数年前のことでした…
私はとある大学で、政治経済を学ぶ学生でした。
そして4年になった頃、ゼミである男と一緒になったのです。
仮に、その男を「R」としましょう。彼は今の政治経済の危機を刻々と訴えておりました。
―――「今この国は国際化で発展している。だが、その一方で危険な国からの危険な人物、薬剤、武器、病気…いらない
ものまで持ち込んでいる!このまま自由な国際化を認め続ければ、今にこの国は滅亡する―――!」
これを聞いた周りの学生は、みんな苦笑してました。
「大げさな」「馬鹿な」等々…とね。
Rはそれでもあきらめずに、懸命にゼミでこの先の危機を調べ、必死に論文を作り上げておりました。
まぁ、大学は卒業させるのも仕事の内ですから、論文の内容はなぁなぁでOKされましてね。
Rも私は無事卒業し、そして私は大手レコード会社へ無事就職です。
Rは家が代々議員でしてね。地方から国家まで。親の地盤を継ぐために、入党しました。
そして、数年後―――
私たちは偶然再会を果たしました。
その時Rは急死した父親から引き継いで、あの若さで党首となっていました。
私は、Rと話している最中に告白しました。
実はね、私、Rの持論にすごく共感していたんですよ。
でも不用意に発言して、へたに周囲との軋轢を起こしたくなくて、隠していたんですが。
そんなことで、私も会社の当主におさまりまして、Rと対等に話ができる立場になる事が出来たので、陰ながら応援して
いたんです。
そして私の協力の下、Rは巧みな弁術で、一種のカリスマ性を発揮しましてね。国会議員の座を手に入れました。
その男こそ―――
---
「ジュール警視正。今警察庁からこの封書が届きました。その…公安らしいのですが…」
「構わん、渡せ。」
メイリンがオドオドと封書をイザークに手渡す。綺麗にペーパーナイフで開封すると、中にあったのは、一枚の写真。写っているのは「ムルタ・アズラエル」と、そして…
「こいつは…」
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「“R”…つまり『青浄党』の党首、「ロード・ジブリール」の事か。」
アスランは視線を上向け、アズラエルを見る。アズラエルは目を見張った。
「ほう…よくここまでの話でお気付きになりましたね。」
「…いや、前々からお前がヒントを出していたからな。お前の音楽事務所『ブルーコスモス』、意味は『青き 清浄なる 世界』。つまり一段落ずつ1文字を取って『青浄』…答えは最初から俺の目の前に転がっていたわけだ。お前がジブリールが当選するための裏金の資金源となっていた、ということも含めて。」
アスランが視線を下ろし、残念そうにため息をつく。
その姿に気をよくしたのか、アズラエルは更に続けた。
R…いや、ジブリールが目指していたのは、無論「清浄なるこの国」です。
不必要な国際化を避け、厳しく取り締まること。
ですが、他の愚鈍な議員どもは考えるどころか、耳も貸さずに失笑するだけ。
ある日、二人で珍しく、場末のバーで飲んでいた時の事です。
―――「どうしたら…どうしたら、皆この国の危機を分かってくれるのだ!」
ジブリールは苛立っていました。
国会議員には任期があります。手をこまねいているうちに、期限が来れば法に従って解散総選挙です。
私とて、毎回資金を提供していては、足が付きますからね。提案してみました。
―――「…いっそ、国外に資本提供と協力を求めてみてはいかがでしょうか?」
おかしいですか?国際化を拒否している人間が、国外に援助を希望する、このダブルスタンダード。
しかしですね、そんなこと世界のどこの国だってやっていることですよ。
表向きは「クリーンな政治をします!」なんて言いながら、その後ろに回した手で金を受け取っている、みたいにね。
誰もが周知の事実です。ただ、巨大な権力にもみ消されるのが判っているから、口にしないだけで。
最初ジブリールは渋い顔をしましたけど、現実問題資金の危機を感じてか、やがて彼は食らいつきました。
―――「有数の大企業に、か。…確かにこの国の大企業でも資本金はたかが知れている。しかし、海外有数の大企業が
そう簡単に金ずるにはなるまい。」
―――「金ずるになってください、ではなく、相手から「是非提供させてください!」と言わせればいいんですよ。」
―――「貴様、そんなことが…」
―――「えぇ。できますとも。彼らが一番欲しがる餌を目の前に積めばいいんです。」
―――「餌?」
―――「そうです。例えば…」
私はやや甘口のシェリー一口含み、飲み下してから滑らかになった口で言いました。
―――「軍事兵器、ですよ。」
「それがあの、歌と薬剤による「超人化」か。お手軽に最強の兵士を作り出せる…」
「はい。ですからアレックス…いや、あえてアスラン、と呼びましょうか?アスラン君の回答はかなり正解に近かったんです。そうですね…85点くらいでしょうか?」
別に正解しても嬉しくもなんともない。
だが表情を変えないアスランに対し、饒舌になったアズラエルは先を続けた。
―――「兵器だと!?」
―――「はい。最強の兵器を作り、それを輸出すればいいんですよ♪」
今の世の中、どこもかしこも平和を訴えつつ、軍備を増強しているのは、子供でも分かっている事実です。
ですが慎重派なジブリールは、予期した通りの疑問を口にしました。
―――「そんな…核でさえ今は衛星で、その本数まで暴かれる時代に、どうやってそんなものを…」
そうなんです。ここで、ちょっと悩みました。
ここから先の事は…実は考えていなかったんですよ。ただ「案」としてプレゼンしただけで。
この場はとりあえずお茶を濁すに留めて、また考え直そうかとも思っていた時、なんととんでもないことが起きました―――
―――「…『最強の兵器』か…作れないこともないがな。」
我々の話を聞いていたのでしょう。カウンター席の一番奥に一人いた男が、我々にそう言ってきたんです。
―――「ばかな!そんな簡単に作り出せるものか!」
ジブリールは速攻疑いました。が、その男は何か自分のズボンのポケットの中をゴソゴソしていたかと思ったら、
USBを摘まんで見せたんです。
―――「ありますよ。『ここ』に」
「そう、それが―――」
「『アニダ・フラガ』…いや、『ラウ・ル・クルーゼ』だな。」
「おや!そこまで貴方も知っていたんですか!だったら90点ぐらい差し上げてもよかったですね。」
アズラエルは目を丸くし、よくよくアスランを見張ると、笑った。
彼が我々に見せたものの内容は、驚くべきものでした!
『吸血鬼』なんて、人知を超えた…いや、本当に人外ですからね!
あくまで想像上の、物語の中の生き物だと思っていましたよ。
ですから、無論ジブリールも私も彼を疑いましたよ。
そうしたら、クルーゼがニヤリと自信たっぷりに笑って言ってきたんです。
―――「だったら、本物を見に来きてみますか?」
そうして後日、彼の勤め先の製薬会社の実験施設に招かれました。
当然ながら私もジブリールも半信半疑でしたが…
私たちは目を見張りましたよ!
―――「まさか、こんなものが本当に存在するとは。」
絶句する私たちに向かって、クルーゼは口角を上げて、説明しだしました。
彼の本当の目的は「寿命の喪失」、すなわち「永遠の命」だったようですが、その実験のために手に入れた珍しい物や
副産物が施設には数多くありました。
ただ一つ、製薬会社の資金だけでは、今後の研究には到底間に合わないということを聞かされました。
はい、暗に「これを欲しけりゃ融資しろ」と言っているようなものです。
でも、ジブリールはそれを見て決めました。無論、「全面採用」をね。そして役割も、です。
国家機関が介入してくるときは、ジブリールが盾となる。資金源は「私」。そして研究は「クルーゼ」といった役割
をね。
ですが、誤算が生じました…
「クルーゼが逮捕された…」
「そうです。」
アズラエルは急に遠い目をした。
「…全くの誤算でした。スピード逮捕の為か、ジブリールが手を回す前に、数々の証拠と共に彼はいなくなりました。そう…『Vamp』のせいでね!」
アズラエルが血走った目でアスランを睨んだ。
・・・to be
Continued.