(確か仕事は置き引き犯罪の引継ぎだったはずだが…)

 

そう回想しながらレイは目の前のシンとルナマリアの背後から、二人の肩を<チョンチョン>とつつくが、全く気付かないらしい。二人といえばサラウンドスピーカーのように、交互にイザークに爆音を浴びせて続けていた。

「聞いてください、警視正!俺見たんですよ!」

「そうなんです!あ、あのミーア・キャンベルが、またあの曲歌っているの!」

「それなのに、ルナは全然この前みたいに狂暴にならなかったんですよ!」

「人を化け物みたいに言わないでよっ!」

「あと、街の人も人っ子一人暴れなくって―――」

「というか、警視正、ミーア・キャンベルって我々の監視下で入院しているはずですよね!?」

「いつ退院したんですか!?」

「警視正―――!」

 

「あぁぁぁ!もう、五月蠅いっ!貴様ら、いい加減にしろっ!!」

流石のサラウンド爆音に耐えかねたのか、イザークの怒鳴り声が二人を圧倒して、二人どころか一課室内の全てを一気に沈黙させた。

「前にも言ったはずだ!ミーア絡みの事件と暴動事件は、もはや我々の手を離れている。今回は暴動は起きなかったなら全くのスル―。ミーアに関しては、以前に撮り貯めていた別のプロモーションビデオでも流したんだ。そういうことで納得しろっ!」

「でも警視正―――!」

「「でも」もクソもないっ!お前たちは何しに現場に出ていたんだ!?さっさと報告しろ!」

「「は〜〜い…」」

すっかり牙を抜かれ、シュンと肩を落とすシンとルナマリア。

その後ろから

「こちらがその「報告書」です。」

と淡々と仕事をこなすレイ。

イザークは同じく淡々とそれを受け取り、一瞥した後決済板に挟み込んだ。

「確認した。上に回せ。」

「今度はバレルに任せっきりにしないで、お前らもちゃんとやれよ。」

いつの間にかイザークの隣にいた、ディアッカが苦笑する。元々浅黒かった肌が、連日の外回りで更にこんがりと良い色になっている彼は、シンとルナマリアの肩を叩き、半強制的にその肩を「回れ右!」させた。

まだ何か言いたげに、不満気な表情の二人が渋々その場を離れると、見計らってディアッカが囁いた。

「…アスラン、だな…」

「あぁ。間違いないだろう。」

イザークが椅子の背もたれにドスンと身を預ける。

 

多分シンとルナマリアが見たのは、アスランの仕掛けた罠だろう。

アズラエルを日の下に引っ張り出すには、いい戦法かもしれない。

「だが…」

イザークが呟く。

先日アスランが示した、こちらが調査する内容。奴とジェネシス製薬、更にその背後にいる黒幕を引っ張り出す材料を揃えるまで、指定された期限は1週間―――「残り4日」。

まだ材料は揃いきっていない。

両耳揃えて一気に攻め落とさなければ、あるいは、アスランの身に奴らが何か仕掛けてきてもおかしくはない。

アイツはそこのところもちゃんと承知の上で、餌を仕掛けたのか?

「…焦りすぎだ、アスラン…」

よく知る慎重派の彼にしては珍しく行動が早いことに、不安を感じたイザークは、無意識に爪を噛んだ。

 

 

***

 

 

アスランの「宣戦布告」メッセージ後も、特に世間に主だった変化はなかった。

一部のマスコミが、先日のラクスの歌ったPVがドミニオンレコードの物と思い込み、ミーアとの関係性を追求しつつ、芸能界の裏側の事情まで勝手にまくし立てている程度だ。

アズラエルは沈黙を保ったまま、マスコミの追及からも逃れている。

「さて、どう出てくるかな…」

テレビの中では、芸能通だというコメンティエーターが勝手に持論を話し続けるワイドショーが流れている。アスランはつまらなそうに一瞥すると、テレビのリモコンのoffを押して、立ち上がった。

 

必ずアズラエルは、あのPVがアスランからのメッセージと気づくはず。そして何らかのリアクションを起こしてくるはずだ。

だが、携帯は未だに鳴らない。

そうなると、もしかしたら所属事務所の方に、直接何らかのヒントを落としてきている可能性もある。

マリューやナタルたちは無論PVの事は耳にしていても、詳細は知らないはず。だが、形振り構わなくなるまで追い込まれたアズラエルが、事務所に圧力をかけて、アスランの外堀を埋める行為に走ることも考えられる。

 

テーブルに放り投げてあった車のキーを取りながら、アスランは事務所に向かうつもりで部屋を出た。

どの道、この場所もアズラエルにはバレている。なら何処に居たって同じことだ。少なくとも事務所には迷惑をかけないようにしなければ。

 

 

地下駐車場には人気がなかった。

皆出勤で、朝や夕方に出入りが激しくなるが、それ以外は車もまばらだ。

タワー式駐車場のボタンを押して、愛車を引き出そうとした。

まさにその時だった―――

 

「―――っん!」

 

背後に急に人の気配を感じ、振り向こうとする矢先、鼻と口を何かを浸したガーゼのようなもので塞がれる。

背後の敵には、肘で敵の腹部を突く、という防衛方法は身に着けている。だがアスランの身体は動かない。

(っ!複数犯か!)

相手もプロだと解ったのは、関節をすべて抑えられているからだった。

人は関節を抑えられると、稼働がほぼ不可能になる。後は筋肉の力技で振り払うしかないが、アスラン以上の強靭な筋肉で、それすらも敵わない。

やがて、目の前がぼやけ始め、意識が遠のいていく。

薄れゆく意識の中で、必死に彼はその名を呼んだ。

 

 

 
(カガリ―――……)

 

 

 

 

 

 

















   今、誰かが私を呼んでくれた…

   

   私の大好きな声

   胸の中が、温かくなる声…

 

   私の名前を呼んでくれる人って、殆どいなかった小さい頃

   お父様と、マーナと、アスハ家の人以外、私は知らなかった。

   お父様は「あんまりお外に出ちゃだめだよ」というから、私の世界は木に囲まれた大きな家の中と、夜の公園
   だけだった。

   外に広がる世界を、この目で見てみたかったのに

 

   

でも、あの時、手を伸ばしてくれた子がいた。

そう、私の大好きな声の人

 

   ―――「アスラン」―――

 

   お父様の言うことを聞いて、外の世界に出ようとしない私の手を引いて、外に連れ出してくれた人

 

   あの石橋を叩きまくるような、慎重な性格の彼が、リスクを冒さない彼が、

   自分の身を顧みず、私の夢を叶えてくれた

 

   眩しい世界を知って

   世界が広がって

   凄く楽しい遊園地みたいな毎日

 

   知らない世界なのに、ちっとも前に踏み出すことが怖くない

何で安心していられるのだろう

   

   あぁ、そうだ…

 

   振り返れば、いつも彼が笑って傍にいてくれた

 

   私が生きられるのは漆黒の闇の中

   でも、彼はまるで暖かな闇のように私を包んでくれる

   本当は昼の世界の住人なのに

   

   ―――「なぁ、アスラン。お前は普通の人と同じような生活しなくていいのか?」

   ―――「なんで?」

   ―――「ほら…その、人間はお日様の下で働いたり、遊んだりしているのに…」

   ―――「いらないよ。俺にはちゃんと太陽が傍にいるから。」

   ―――「へ?どこに?」

   ―――「今、俺が見ているのが、俺の世界を照らしてくれる太陽だ。」

   

   私を見てそういって、その後、ちょっと照れくさそうにはにかんで

   

 

でもな、アスラン。

私はすごく嬉しかったんだ。

何時までも、アスランを照らしてあげたい

   だから、私も言うんだ

 

   「私も、お前がいるから夜はいらない。」

   「何で?夜は仕事の時間だからか?」

   「そうじゃない!そうじゃなくって…」

 

   お前に抱かれている時間、凄く温かくって、優しくって、気持ちがいいんだ。

   まるで優しい夜に包まれているみたいで

   

   そう、人間にとっては昼間でも、私には優しい夜の時間なんだ

   お前がいるから

 

   そういうとお前はそっと、私の頬に手を当てて

   そのまま唇が触れて

 

   腕が首に回されて

   そうすると、下腹部のあたりがちょっと「キュン」として

 

   それが凄く嬉しい

 

   ―――「でもお前はちゃんと昼は少しでも外に出ないとダメだぞ」

   ―――「どうして?」

   ―――「骨粗鬆症になっちゃうから…」

 

   しばらく呆気に取られていた翡翠が、今度は凄く可笑しそうに笑いだした。

   ―――「何が可笑しいんだよ!?」

   ―――「いや…カガリらしくって。本当に。だから…」

 

   彼は笑って、そして手を伸ばしてくれる

   私も…手を伸ばして、彼の手を取る

   長く細くて、でも力強くたくましい、その手に握られて

 

   ―――「さぁ行こうか。これからもずっと一緒に―――」

 

 

 

「…あ…」

「気づかれましたか?」

開いた金眼に映ったのは、アスランではなく、ずっと傍で看てくれていたらしいラクス。

「ここは、確か…」

「はい。エターナル・プロダクションの近くにあるホテルですわ。」

以前教えてくれた言葉をもう一度繰り返したラクスは、ゆっくりと起き上がろうとするカガリの背を支える。すると

「カガリ、目が覚めたの!?よかった〜」

そういって抱き着いてきたのは、キラ。

「お、おい! お前もいたのか?」

「決まってるでしょ?ラクスのいるところ、僕在り、だよ。…あれ?逆だったかな?」

小首をかしげるキラに、カガリとラクスは顔を見合わせ、笑みを零した。

「でも…どうして、お前たちここに来たんだ…?」

カガリが尋ねると、二人は瞬時視線を重ね、急に表情を曇らせる。暫くしてキラが言いにくそうに言葉を選んで話し出した。

「うん、その…君とアスランの事を聞いてね。…あのアイドルの女の子の事、とか…」

その言葉に、カガリが思い出したように目を見開く。

 

(そうだ。あの時、ミーアさんがアスランと一緒にいるって聞いて、そして…二人は…)

 

ふいに襲い掛かる息苦しさに、カガリが胸を押さえ顔をゆがませる。

慌ててラクスが身体を支え、キラもカガリの手をぎゅっと握る。

「違うんだ!カガリの誤解だよ!だから僕らがこっちに来て、アスランを追求したんだけど、カガリの見たのは違うんだ。PVの映像をミーアが加工したみたいで。」

「そうです、カガリさん。貴女の信じるアスランは、貴女の信じたとおりの方ですわ。」

「…ホント…に…?」

二人は黙って強く頷く。

だが、カガリの心は棘に覆われたままだ。

「だとしたら、私は酷いことをした。ミーアさんを…」

苦悶するカガリ。理性でどうにか止めていた怒りと吸血への欲は、ミーアの挑発で感情に支配され、赴くままに彼女を襲ってしまった。自制できない心がカガリを恐怖に陥れる。

苦し気なカガリの隣に座って背をさすり、キラが続けた。

「彼女は生きてるよ。ちょっと量が多かったから、今は病院で治療を受けてるみたい。」

「でも、私が吸いだしたのは、血だけじゃなくって…」

きっと彼女は一番大事なものを失っているはず。吸血した瞬間、イメージがカガリの脳裏に流れ込んできた。

あんなに大好きな「歌」を、彼女から奪ってしまった。それは同じボーカリストとして、もしカガリも奪われたら、生きる熱意を失うような感覚だろう。

(どうやって、償えばいいんだろう…)

シーツを握る手が震える。

キラも苦しそうに上からその手を包み込む。

「カガリ、僕らと一緒に帰ろう。」

「え?」

カガリが顔を上げると、キラは話し出した。

「実は、アスランから頼まれているんだ。カガリは「ムルタ・アズラエル」って知ってる?」

「うん。私の所属しているレコード会社の社長さんだ。」

「その社長が、君の吸血鬼の力を狙っているらしいんだ。」

「―――!?」

驚き金眼を見開くカガリ。キラはカガリの驚きも予想の上で話を続けた。

「どこで君の力を知って、なんでその力を欲しがっているのかまでは、アスランもまだわかっていないみたい。でも、カガリが眠っている間にアスランを監禁して、ミーアさんの曲を作らせて、彼女に歌わせることで、暴動を起こさせたようなんだ。」

「暴動って、あの、何か所かで人が突然暴れだした、っていう…」

「そう。どうにもそのことでカガリを捕まえたいみたいなんだ。アスランは彼を止めるつもりでいるらしいよ。」

「そんな!一人でなんて―――」

アスランは頭もいいし強いけど、相手は吸血鬼の力を欲して、周到に準備してくる連中だ。彼一人で戦い挑んで無事に戻ってこられるとは思えない!

ベッドから飛び起きようとするカガリを、キラとラクスが懸命に抑える。

「離せ、キラ、ラクス!」

「いけませんわ。アスランがどんなお気持ちでカガリさんを私たちに託したか、それを思えばこの手は離すことはできません。」

「落ち着いて、カガリ。」

キラもカガリの肩を抑え、必死に訴える。

「カガリがこの世界に居たら、きっとこれからもこんな事件に巻き込まれるかもしれない。そうするとアスランにだって何が起きるか分からない。僕はカガリにそんな苦しい思いをさせたくないんだ!簡単に吸血もできない、寿命も違う人間の傍に至って、辛い思いするだけだよ!だから―――」

「違うんだ!キラ。」

カガリが叫ぶ。

何かを探すように胸に手を当て、そしてゆっくりと顔を上げる彼女の金眼から、一筋涙が零れ落ちた。

 

そう、アスランの傍が私の世界

それはまるで呼吸みたいに、彼が傍にいるだけで息ができる

安らげる、温かい世界。

だから

 

 

 

「私が…「アスラン」がいないと生きていけないんだ…」

 

 

 

もう、失いたくない。

あの時、彼が伸ばした手を取れなかったけど、

 

今度は、私が伸ばして見せる!

 

「アスランが戦うなら、私も一緒に戦う。私たちは二人で一人の『I.F.』…ううん、」

カガリは首を振った。

戦う時は、いつもこの名だ。

 

「――『Vamp』――なんだ。」

 

金眼に浮かぶ意志の強い光。

彼女がこの瞳の時は、絶対自分を貫き通す。

何者であっても敵わない。

 

ラクスが視線でキラに頷く。

キラはため息をついた。

「…わかった。でもこれだけは判って。無茶はしないで欲しい。」

「うん。わかった。」

力強く頷くカガリはもう笑顔だ。

その表情が何よりも有言している。

 

―――「アスランに会いたい」―――

 

キラとラクスがカガリに添えていた手を離す。カガリは立ち上がり、深々と二人にお辞儀すると、振り返ることなく猛然と飛び出していった。

 

(アスラン!アスランに早く会いたい!!)

 

仄かに温かく感じる、胸の上に揺れるそれを握り、息を切らせていることも気づかず、飛び込んだ部屋。だがそこには誰もいない。

「アスラン…出かけちゃっているのか…?」

リビングにも、私室にも、人の気配はなかった。

すると

<ピリリリ…>

リビングに置かれていたそれが突然鳴り出す。

カガリの携帯だ。

(アスランから――!?)

慌てて着信ボタンを押すと…そこからは聞き馴染みのない声が尊大な口調で話し出した。

<お久しぶりですね。起きていらっしゃったんですか?これは好都合♪>

「誰だ?」

<あーすいません。私、いつも考えていることを先に口にしてしまいまして。私ですよ、覚えておりませんか?ムルタ・アズラエルです。>

「―――っ!」

カガリの息が詰まる。

先ほどキラから聞いた名前に、警戒心が一気に強まる。

「…何の用だ?」

<おや、そんな怖い声で。昨年のアレックス君の誕生パーティの時は、もっと優しい声をしていらっしゃったのに。あの声で対応して欲しいですね〜>

「話を逸らすな!切るぞ!」

<おぉっと!それは待ってください。では、単刀直入にお伝えします。私の下に来てくださいませんかね?>

「―――っ。」

本当に直球だ。一言「断る!」と言ってしまえばいいのに。何かがカガリの中で引っかかる。

強く出られない、何かが。

それを察したのか、アズラエルは<フフン♪>と機嫌のよい鼻声を出した。

<ま、貴女はどうやっても私の下に来ないといけなくなる運命なんですよ。その理由は―――あ、今ファイルを転送しましたので、それを見てください。では♪>

カガリの返事も聞かずに電話は切れた。

そして代わりにメールの着信音が鳴る。

カガリが慌てて添付されていたファイルを開くと画像が2つ。そこには

「―――っ!!アスラン!!」

カガリが悲鳴を上げる。

両手両足を縛られ、目隠しをされたままコンクリートの床に倒れているアスランが写っていた。

 

 

 

・・・to be Continued.