一人の少女が光の下、踊っている。
そこは人工の太陽がいくつも光り輝く、眩しい場所だった。
まだ光を射さない、深い海のような黒い客席の前に、まるで白い砂浜が広がった様なステージ。
そこに立つ彼女は、まさに「アイドル」だった。
フリルの裾からのびる手足は長く、細く。白い素肌をその光に晒し、今その場にいる誰よりも輝いている。
♪emotion そっと重ねたい貴方の夢
静かに目を閉じて抱きしめる
奏でられるアップテンポに似合った愛らしい美声
ピンクの長い髪を大きく揺らして翻れば、カメラが自然と彼女のアップをとらえる。
楽しくて仕方がない、というはちきれんばかりの笑顔を。
歌が終わって尚、彼女はまだ息を弾ませながら、それでも笑顔は決して崩さない。
まさしく「プロのアイドル」のお手本そのもの。どんなに苦しくても、決して人前でそれを顔に出してはいけないというアイドルの鉄則を、忠実に守っている。
一見簡単そうに見え、実はどんなアイドルにも可能なことではない。
そしてそれが不可能であったアイドルたちは、自然と人から忘れ去られてこの世界から消えていった。
適正も問題もあるだろう。そういう意味では彼女には「アイドル」という職業は天職であるのかもしれない。
そんな様子を客席の奥から見つめていたこの大型歌番組のプロデューサーは、組んでいた腕をほどき、気をよくして拍手しながら彼女に近づき言った。
「ミーアちゃん、お疲れさまでした!本番もよろしく!」
「はぁ〜いv よろしくお願いします!」
ピンクのフリルのワンピースの裾を翻してやや大仰にお辞儀をすると、人気絶頂のアイドル、ミーア・キャンベルはステージを後にした。
かいた汗でワンピースが体に張り付き、彼女の身体の曲線をリアルに描き出している。
(ちょっと気持ち悪いなぁ…)
簡単にリハーサルを済ませるだけだから、この本番用の衣装は着なくてもいいのだが、もし『彼』に会ったらどうしようと思い、少しでも可愛く魅せるために着ておいたのだ。
結局『彼』とは入れ違いでリハでは会えなかったが。
「ざ〜んねん!」
楽屋に戻って誰もいないのをいいことに足を投げ出す。まだデビュー一年そこそこの新人だが、何しろ事務所が超大手芸能事務所「エターナル・プロダクション」だけあって、テレビ局の方もスポンサーも大物待遇をしてくれる。おかげで一人部屋だ。
机に並ぶミネラルウォーターのキャップをひねって一口含む。歌い終わった後の火照った喉が冷やされて気持ちいい。
「♪あーなたーのかーげはー、ほーほえーみーのこしてー、」
先ほど歌ったばかりの新曲が自然と口から零れだす。
小さいころから歌が大好きだった。
だから大きくなったら、いつか歌手になる!って決めていた。
なのに、みんなはそんな私を笑うだけ。
ついには家族まで「いつまでも夢みたいなこと言っているんじゃないの」ってたしなめられちゃったし。
でも、好きなものを諦めたくない。
だからこれは絶対譲れない一番の『夢』だったの。
私の歌を聴いたみんなが笑顔になって、嬉しくなってくれたら素敵じゃない!
そして何よりきっと私は輝ける。
みんなが私をもっと見てくれるわ。
そして、もう一つの『夢』を叶えるためにもそれは必要だった。
―――(歌手になれば、もしかしたら「あの人たち」と出会えるかもしれない…)
はじめて「あの人たち」を見たのは、たまたまチャンネルを回した先にあったテレビの歌番組。
その画面を見た途端、私は吸い込まれたの―――
圧倒的なボーカル。女性にしてはハスキーで、でもお腹の底から何か湧き立たせてくれるような歌声。
そして、そのボーカルを引き立たせる曲。
一度聴いたら耳から離れなくて、あっという間に私は虜になったわ。
『インフィニット・ジャスティス』―――それがそのバンドの名前
もちろん、速攻次の日CDをすべて買い込んだわ!
ライブは何度チャレンジしても、チケット獲るのに悪戦苦闘だったけど、初めてステージを見た時は、もう感動で胸がいっぱいで。
男女二人組のミュージシャンは、音楽だけでなく、そのライブパフォーマンスでも見るものを圧倒していわ。
何度も歓声を上げてテンション上がりっぱなし!
あ〜私は今、あの二人と同じ場所で、同じ空気を吸っているんだ!って思っただけで、ゾワゾワ〜〜ってきちゃった!
その時思ったの。
(いつかあの人たちと会って、話すことができたらな…)
だから私はそれから更に気合を入れて、歌手になるために努力したわ。
自作の曲を歌っては、動画サイトにあげたりしていたんだけど…
ぜ〜んぜん。再生回数なんて伸びやしない。
友達も「あー、聴いた聴いた」って言ってくれたけど、感想は「まぁ、上手かったよ」の一言だけ。
あ〜あ。聴いてくれていないんだ、ってわかってた。
だから、やっぱりもうやめようかな、って思っていた―――その時だったの!
<♪静かな この夜に 貴方を 待っている…>
オンラインラジオの向こうから響いてきたその曲と歌声に、一発でしびれたわ!
まるで淡い青のアクアリウムの中で抱かれているような、透き通った優しい声とそのメロディー。
何より驚いたのが、私の声と似ているの!
だから私も無我夢中で真似したわ。配信されていたその曲をダウンロードして、もうデータが焼き切れるくらい何度も何度も。
この人と同じ歌い方をすれば、私も彼女のようになれるって!
…でも、やっぱりバラードは難しくって、なかなか上手く歌えない。
次の新曲はアップテンポのほうがいいな、なんて思っていたら…
不思議なことが起きたの。
―――その曲もアーティストも、ある日を境に、全世界から一斉に消え去っていた―――
当然、私のPCからも音源はすべて消えていたわ。
しかも、何故か一切が思い出せないの。散々真似して歌ったその曲名もアーティストも。
友達にも聞いたわ。そうしたらみんな揃って同じこと言うの。「そんな曲あったっけ?」って―――記憶まで全部消えるなんて!私が今まで夢を見ていたのかしら?
友達は「PCから消えたのは、データの中に音楽音源のほかに、一定条件になるとデータが消えるように仕掛けがされていたんじゃないか」って推理してくれたけど…
でも100歩譲ってデータは飛んでも、人の記憶の中から完全に消えてしまうことってできるのかしら?
「アナログハックじゃないか」とも仮説は立ててくれたけど…果たしてそうかな?
現に私の心の中には、まだあの曲が残っている。その人の声も。
だから再現したくって、何度も歌いなおしてみたけれど、やっぱりそっくりにはなれないから、ちょっといじらせてもらって、アップテンポな曲調に変えて歌ってみたの。
(うん、我ながらいい感じ♪)
そう思いながら動画にUPして、「この曲を覚えている人いませんか?」って尋ねてみたら、
一人から応答があった。
<君が今の曲歌っている人?>って。
「えぇ」って答えたら<ぜひ会いたい>って言ってくれて。
―――それが今の事務所の社長さん。「アンドリュー・バルトフェルト」。
彼は私を見るなり、スタジオに連れて行ったの。
そこにはデータ音源のほか、今時絶対ない「磁気音源」があったわ。
それを聴かせてもらったら、もう驚き大爆発!
だってそのテープの中に残された歌声は、まさに私が探しているその曲そのものだったの!
嬉しくってもっと聴かせて欲しい…ううん、この曲を落とさせてください、ってお願いしようとしたら、社長はこう言ったの。
―――「君がこの曲の歌い手だろう?声がそっくりだ!」
ここで、私は「いいえ」というべきだったのかもしれない。
でも…「そうです」って言ったら、これをチャンスに本物の歌手になれるかも…そう考えが頭の中をよぎって、思わず言ってしまったの。
―――「…はい、そうです。私です。」
そこからデビューするまでは、まるで映画の早送りみたいな感じだったわ。
驚く両親を社長が説き伏せて。
契約したと同時に都会に出て。
デビューシングルは、私がみんなに尋ねた時に編集した、あのアップテンポの曲。『Quiet Night』。
謎のアーティストが歌った方のバラードは、音楽著作番号も消えていたから、私の曲として登録され直したけれど、私は…バラードが歌えなくって、それをごまかすために「アップテンポの方がデビュー曲にふさわしいと思います!」って力説したら、みんながOKしてくれた。
こうして、今の『私』が…『ミーア・キャンベル』がここにいるの!
みんなが注目してくれる!
毎日凄いファンメールとプレゼントが来て
テレビに出演すれば、今まで画面の向こう側にしかいなかった人たちが、みんな私を認めてくれる!
芸能界の友達もたくさんできて、すっごい幸せ!
そして―――遂に、もう一つの、「あの夢」が叶ったの!!
ある深夜の音楽番組からオファーが来て、その会場の楽屋からスタジオに向かう途中で
反対方向から歩いてくる数人のグループの中に見つけた!「あの人たち」を。
―――「あ、あ、あ…」
―――「ミーアちゃん、どうした?」
もうマネージャーのダコスタの声なんて耳に入らなかった!両手をブンブン振って、ぴょんぴょん飛び上がる衝動を抑えることなんてできない!
―――「『I.F.』〜〜〜〜〜!!」
声が大きすぎたのか、私が声を上げた途端、二人は顔を上げて私の方を見てくれたの!
―――「ん?誰だ?」
音源と変わらないハスキーな声で、私を見つけてくれたのは、あの『カガリ・ユラ』。
そして
―――「今日の番組で共演する子じゃないか?」
優しいテノールの旋律を、この時初めて聞いたわ。
普段インタビューでも話をするのはカガリだったから、殆どの人が知らないであろう『彼』の声を初めて聴けて、もう舞い上がっちゃって!!
―――『アレックス・ディノ』―――
サラリとした深い蒼い髪と理知的な雰囲気
活動的な印象のカガリと違って、落ち着いた深い海みたいな優しい感じ。
そして、深く透明なグリーンの瞳―――
あまりにも透明で深すぎて、奥底が見えないくらいに澄んでいる。
触れると冷たそうで、なのに…どこかその奥深くは温かさを湛えているようで、
抱きしめてくれたら、全部受け止めてくれそうな穏やかさを覚えたの。
その一瞬で私は「恋」に落ちたわ。
―――「ほ、ほら!ミーアちゃん、ご挨拶!! あ、I.F.の皆さんもお騒がせして、すいませんでした!」
ダコスタが必死に窘める声で我に返ったけど、もうほとんどその時の記憶はないわ。
カガリが「そうか、よろしくな!」って言ってくれた気がしたけれど。
もう視線は金色の輝きの、その「向こう」にくぎ付けだから…
その日、初めての共演で聞いた曲はI.F.の新曲だった。
(いいなぁ〜)
アレックスの作る曲は全てカガリの声に、ううん、声だけじゃなく彼女の内面まで引き出すような素敵な曲ばかり。
(私もアレックスの曲で歌ってみたいな…)
輝けば輝くほど、アレックスは私を認めてくれるはず。
そして私をもっとよく知ってくれたら、きっといつか、私の曲も作ってくれるかもしれない…
だから私は頑張った。
無論、アイドル活動で嫌なこともあったけど、飛び切りの笑顔でごまかして。
一生懸命ボイストレーニングも積んで、ライブパフォーマンスに耐えられる身体を作って。
努力はいとわなかったわ。
アレックスに認められる…ううん、「求められる」くらいに輝かなきゃ!
そしてその年の暮れの歌謡祭で、私は新人賞を獲得。加えてCD売り上げも週間チャートで1位を刻んだ。
だから、こんなに凄くなった「私」をアレックスもきっと見てくれる!
彼の事務所が開催した、彼のバースディ・パーティにも招待されて。気合入れまくってステージに出る時よりお化粧もおしゃれにもすごく気を使っていった。
(パーティが開かれるってすごいけど、もしかしたらアレックスは、派手な雰囲気は案外嫌いなんじゃないかな…?)
最初に出会ったあの時の、深い海のような印象。彼のそんな性格を私は読んでいたら、案の定よ。パーティの花は想像通り、こういう場所が苦手だったみたいで、離れたところにいたわ。
(一人でいさせるなんて、酷いじゃない!)
そう思いつつ、(これはチャンス!)って思った。
アレックスがこういう場所が苦手なら、私が助けてあげる。そうしたらきっといい印象持ってくれると思うの。
―――「アレックス〜〜〜〜〜〜vv」
顔を上げた彼はあの時と同じ、深いグリーンの澄んだ瞳で、真正面から私をその瞳に写してくれた!
(キャァァ〜〜〜ッ!)ずっとずっと願っていたことが叶ったのよ!私を、私一人をアレックスが見つめてくれた!一ファンだった時からは考えもつかない凄いことよ!
―――「今日はお誕生日おめでとう!嬉しいっ!私ずっとあなたのファンだったのvv」
ずっと彼を想っていたということを伝えたくって、高ぶる気持ちを抑えながら一生懸命あいさつしたわ。
―――「あ、いや、ありがとう。」
(凄い…アレックスが…あのアレックスが照れてるvこれは一気に距離を縮められるチャンスじゃない! 今こそ頑張り時よ!ミーア!)
彼の腕を取って、上目遣いに優しく声をかける…こうやって一緒にいれば、進行を深められるし、あたしの印象もバッチリつくわ。
―――「そんな端っこにいないで、こっちで一緒にお話ししましょう!そうそう、アレックスは何が食べたい?とってきてあげるvv」
でもアレックスはなかなか動いてくれない。誰かを探しているみたいで、キョロキョロ周りを見渡している。
…そういえば、カガリの姿が見えない。
(カガリを探しているのかな?)
でもそんなことは関係ない。アレックスをほっといているカガリなんかより、私の方が気が利くし、優しいし。
だから、私が尽くしてあげる。そう思った瞬間、彼は私の腕を振りほどいていった。
彼の視線の先に現れたのは―――カクテルドレスを着た、普段とまるで印象の違うカガリ。
一瞬私でも背中にゾクリとしたものを感じたくらい、彼女は美しかった。
アレックスの好みそうな、落ち着いた、大人のシックな姿で。
それを見た彼は私を置いて、さっさとカガリの方に行ってしまった。
―――「あん、ちょっと―――」
(折角もう少しのところだったのに…邪魔が入るなんて…)
ちょっと頭に来たけれど、いいわ…ちゃんと私のことは印象に残ったはず。
その後、音楽番組で、アレックスと会うたびに、私は積極的に声をかけたわ。
彼の中に残る私の印象を強くしたくって。
そして
そして、いつか私の曲を作ってくれて
それから、もしかしたら…私の隣に
仕事だけじゃなく、ずっと一緒に―――
そう思った瞬間、ミーアがハッと我に返る。
楽屋のモニターに、『彼』が映し出されている。
ステージのリハーサルの順番が来たらしい。そこに今『彼』―――『アレックス・ディノ』がいる。
音源を打ち合わせているのか、スタッフに何か伝えている真剣な横顔…何かに打ち込んでいる男性の顔は素敵に見えるが、更にその従来持つ端正さが加われば、見るだけでミーア、いや全国の女性陣の顔が火照っているだろう。
彼と同じステージに立つことができる、それをどれだけ夢見ていたことか!
それがもう現実になっている。
現実にできた。だったら、次の夢だって叶えられるはず。
彼の隣で…
彼に支えられながら…
彼の作った曲を歌い…
そして…
「!――――……」
一瞬でその興奮が冷めていく。
見つめるモニターに映る彼の隣には、当り前のように 『彼女』―――『カガリ・ユラ』がいる。
何やら進行表をスタッフに見せて説明しており、するとすぐ横にアレックスが並んで、二人で指差しながら談笑して確認している様子がモニターに映っている。
(何よ…)
ぴったりとアレックスにくっつき、密着して。
彼に肩を抱かれ、それを当たり前のように受けて。
(―――邪魔しないでよ。そこは、「私の場所」よ!)
ワンピースのフリルをぎゅっと皴になるほど掴んで、ミーアは画面を睨む。
すると
<コンコン>―――楽屋のドアをノックする音。
「ミーアさん、そろそろ本番です。準備をお願いします!」
「は〜いv」
先ほど一瞬垣間見せていた表情が一変する。
恋するアイドル『ミーア・キャンベル』は、ピョコンと立ち上がり、髪と衣装を軽く手で直すと、肩で風を切るようにして颯爽とステージに向かった。
・・・to be Continued.