いくつものディスクトップPCとモニターの起動音と共に、暗い部屋の中、幾つもの光が輝きだす。

その光を受ける翡翠は、幾つも浮かび上がってくるデータを正確に捉えていく。

あれだけ沸き上がったままだった頭が、ウズミに諭され、恐れが消えた分、冴えていくのが自分でもわかる。

 

(先ずは一から頭の中を整理しよう―――)

 

目的は何よりも「カガリの幸せ」。それが「=自分の幸せである」ことは変えようもない事実だ。

そのためには「カガリを取り戻すこと」。

だが、それだけでは駄目だ…自分の予測が正しければ、アズラエルが彼女を狙っている。カガリの居場所を探し出し、尚且つ「アズラエルの脅威を払しょくする」必要もある。

 

カガリの居場所は…まだ検討が付かない。その現実に瞬時心が締め付けられるような不安を覚え、苦しくて仕方がない。

ただ、一つ言えることは、ミーアの血液と欲望を吸い取った分、力は完全ではなくとも、少なくとも簡単に誰かに捕まるようなことはないだろう。

彼女のあの「王家の力」で、不意打ちとはいえキラを退けるほどの能力を発揮した。そう考えるとカガリを簡単に捉えることはできないはず。

(信じるんだ。カガリを。)

Vamp』は2人で一つ。もう一つの羽を信じてやれなければ飛ぶことさえできない。

だから、今は自分の手の届くことから始めなければ。

(となると、先ずはアズラエルの方か…)

アズラエルの見えない「力」の片りんは把握できた。

帰宅早々事務所に連絡を入れ、メディアには乗らない、事務所レベルでのミーアの事件について進捗状況をそれとなく聞き出した。

マリュー曰く

(―――「バルトフェルド社長が事務所として、最初ドミニオンレコード社に向かったらしいんだけど、先方は「社長は海外出張中で不在」の一言でシャットアウトだったそうよ。その足で警察に出向いて被害届を提出したようだけど、警察側から「証拠不十分」として不起訴。訴えは棄却されたそうよ。」)

バルトフェルドの酷い憤慨ぶりが目に浮かぶような説明だった。

無論、こちらの事務所からの訴えも同様に聞き届けるどころか、簡単に潰されたことは予想済みだっただけに、その後続いたマリューの不満も冷静に聞き届けた。

警察…いや、それより上層部に事件をもみ消させるだけの「何か」があることはこれで証明できた。

しかし、彼は一介の会社社長というだけで、政治家ではない。

政党に所属している、あるいは応援団体への所属経歴も、隅々まで調べてみたが無しのつぶてだ。

まぁ、そんな簡単にしっぽを掴めるなら、既にイザークたちが取り押えているはずだが。

 

傍らに置いたままのコーヒーを一口啜り、最初に警察に任意同行した際に得た情報と、推理をもう一度検討し直してみる。

ミーアを使ってカガリを呼び出した、と最初思い込んだが…それは間違いだったかもしれない。

というのも、アズラエルがミーアを使う必要がさらさら無いからだ。

カガリにとってアズラエルは自分と同じくレコード会社の社長、それは彼女もよく知っている。ある程度カガリが弱っていることを把握していたなら、ミーアを使わずとも直接カガリの連絡をして呼び出せばいい訳だ。社長命令ならば、疑うことを知らない素直なカガリは直ぐに向かうだろう。しかも、「アレックスもそこにいる」と教えたなら猶更。簡単に篭の鳥の完成だ。

なのに、大してカガリと面識もなく、仲がいいとも言えないミーアを使ってカガリを呼び出し、そこで捕獲しようとする等、手間のかかることをいちいちする必要がない。―――ということは、ミーアの事件はひょっとして、アズラエルにとってもイレギュラーだったのではないだろうか。

何しろ弱らせたはずのカガリの力を復活させてしまったのだ。

あのアズラエルのことだ、海外出張などと言ってはいるが、実のところ計画が狂ってしまい、それで練り直しのためにどこかに潜んでいる可能性が高い…

 

そしてもう一つ、再検討をすべき仮説がある。

あの「暴動事件」の真意だ。

最初は警察に事件を早期解決させることで、Vampに情報を与えず、それはつまり「カガリの食事が無くなり、彼女を弱らせ、捕えやすくするため」と読んでいた。

しかし…それにしては仕掛けそのものが大掛かり過ぎる。

警察はおろか一般人まで幾人も巻き込む、しかも段階を踏むように、徐々に規模を大きくしているのは、何かの実験…あるいはその効果を誰かに見せつけるためのように思えて仕方がない。

アズラエル自身の高名のためか、あるいは…彼の意図に対し、暗黙の了解をしている第3者に向けて、か…

もしかしたらその「第3者」こそが、警察への圧力をかけている人間の可能性もあり得る。

 

更にアスランは検索を進める。

「先日の多発暴動事件の後、同様の事件や騒ぎによる検挙は…「なし」。」

幾つもの情報網からチェックを入れるが、警察の深部まで探ってみても情報が上がっていない、ということは暴動そのものが発生していない=アズラエルが鳴りを潜めているということだろう。

だとすると…やはり準備が整えば、カガリを狙ってアズラエルが再び動き出す可能性が十二分にある。

その前に、ヤツの尻尾を掴んで日の目を見る場所に引きずり出さなければ。

 

「それにしても…」

アスランはリクライニングにした椅子に深く体を沈めて考える。

そもそも、何故アズラエルはカガリを欲するのだろう?

考えられるのは、吸血鬼の力や生命力…だろうか。

いや、その前に奴はどうして「カガリが吸血鬼である」ということを知ったのだろう?

元々カガリの正体を知っているのは―――

「自分」

「ウズミ」

「アスハ家の従者」

「キラ」

「ラクス」

考えられるのはそれだけだが、いずれもアズラエルとの繋がりは見受けられない。ましてやウズミやアスハ家の従者たちは、こぞって姫君を守るために己が命を惜しまない程の覚悟を持っている。

キラやラクスは自身も吸血鬼とその従者である以上、アズラエルに狙われることはあっても、彼と繋がることはないだろう。

 

だとすると、一体誰が…?

 

 

「…いや、いる…」

 

そう、もう一人いた。

 

 

―――『ラウ・ル・クルーゼ』―――

 

 

彼は半妖である自分を完ぺきな存在にすべく、キラを、そしてカガリを狙った。

そのために膨大な時間と金を使って、研究と二人のどちらかを捕獲するための計画を練り上げていた。

あの事件の後、彼の研究データは紛失していたはず…

 

アスランは飛び起きて、再度警察のデータへの侵入を試みる。

『違法薬物の生産、および暴力事件について』―――20XX年△月〇日を皮切りに、被疑者であるアニダ・フラガによる高濃度プリオン投与により、被験者の暴動事件が多発。被疑者はその後、逃走するも、20XX年□月●旧午前630分、所属会社の保養所に潜んでいたところを警官により取り押えられる…

「―――「尚、その研究素材及びデータについては消失。事件の発覚を恐れて、事前に消去していたものと思われる。」か…」

(消去…? 本当にそうだろうか?)

いや…あれだけ人生をかけた研究をそう簡単に消去するなど、クルーゼはしないはず。

となると…データは旧所属会社や自宅以外の、どこかに移管していると考えられる。

 

と、頭の中に一つの仮説が浮上した。

「まさか…その送付先が…アズラエル…!?」

いや、ありえなくはない。

どこかでクルーゼとアズラエルの接点があれば、そこからアズラエルがカガリの情報を知り、彼女を手に入れようとしている可能性は非常に高い。

そして、クルーゼに代わり、自身が吸血鬼の力を得ようと…

「どこか…どこかに繋がりは―――!」

キーボードを操り、食い入るように画面を見ながら、幾つもの保護の網を掻い潜って情報を手にする。

アズラエル、そしてラウ・ル・クルーゼ、二人の経歴や仲介人物等、ごく微量でも接点さえ見つかれば―――!

 

情報の海を泳ぐこと数時間、しかしアスランの手の届く範囲で、彼らの繋がりを証明するものはなかった。

「はぁー……」

流石に一人で検索するには範囲が広く、時間もかかりすぎる。

画面から視線を外し、こめかみを抑えながら薄暗い天井を見やる。カーテンの隙間から薄い光が天井に伸びている。もう夜が明けて始めているのだろう。

「もう少し、効率よくできれば…」

自然と画面の右端を見る。

日付を見れば、『I.F.』のオフ終了まで1週間を切っている。

マリューやナタルの手前、カガリは自宅休養していることにしている。二人はもし何かあれば警察へ、と考えているようだが、そうするとカガリの正体が世間に露出する危険が高くなる。警察の情報網の広さ、そして科捜研の力量は世界トップクラスだ。故にギリギリまで避けたい。

「…まてよ…」

(―――「情報網」、…「科捜研」…)

「…そうか…」

僅かにアスランの口角が上がった。

 

 

 

 

<プルルル。プルルル。>

テンション高く電話が鳴ると、その場の全員のテンションは見事に反比例する。

また初動かと、室内が見事に曇りから雨空となる中、一人平然と傘をさすようにレイが受話器を取った。

「はい、こちら捜査一課。…はい…はい、確かに居りますが…ご用件は…はい、少々お待ちください。」

珍しくレイが戸惑っている。

「どうしたー? いつも間違ってかかってくるセールスなら、また名「ここは警察だ」って言ってビビらせれば?」

横から口を出すシンをよそに、レイはさっさと窓際でぼんやりとしているイザークに向かった。

「ジュール警視正、外線です。」

「…俺に?」

「はい。変わって用件を聞こうとしたのですが、先方から「ジュール警視正に直接話がしたい」とのことで。…いかがされますか?」

「…代わろう。」

訝し気+半分面倒くさそうにイザークは受話器を乱暴に取った。レイからの内線がイザークに回る。

「こちら警視庁捜査1課、イザーク・ジュールだ。」

あからさまにムスッとした声に、受話器の向こうがクスクスと笑っているのが聞こえる。

「誰だ、貴様は?」

バカにしているのか!?と腹立ちまぎれに怒鳴ってみれば、声の主はかつて聴き慣れた、そして…あまり聞きたくない、涼やかな声で言った。

<いや、「市井の者からの情報提供はいらないか?」と思ってね…>

 

 

***

 

 

「よ!23日前ぶり♪」

官庁街のビルの地下、熱帯魚が涼しげに泳ぐ水槽に囲まれたバー。そこで先にボックス席に座っていた彼に、真っ先に手を上げたのはディアッカだった。そして

「お久しぶりです、アスラン!――…あ、今は『アレックス・ディノ』さんでしたっけね。」

「久しぶりだな、ニコル。元気そうで何よりだ。」

「いえいえ。僕もアレックスさんの曲は何時も聞いてますよ!」

懐かしそうなアスランに、満面笑顔のニコルがアスランの手を握る。そして―――

「ふん!何が「市井の者」だ。事件の当事者が…」

「済まない、イザーク。呼び出したりして。」

「全くだ!こっちは忙しくて猫の手も借りたいというのに…」

「暫くヒマで残業してないのになv」

「ディアッカ!貴様はいちいち一般人に情報を漏らすなっ!」

三白眼のイザークを見て、思わずアスランにも笑みが零れる。彼らの様子が変わっていないことに安堵した。これなら食いついてくれるはず。

久しぶりにグラスを合わせた4人。一口コニャックを喉に流し、イザークが口を開いた。

「―――で、一般人が官僚を呼び出したんだ。その情報とやらは一体なんだ?」

ワイングラスをくゆらせながら、アスランは3人を一瞥するとゆっくりと話し出した。

「その前に一つ。…例の暴動事件とキャンベルさんの傷害事件は伏せられたというのは事実なのか?」

3人は顔を合わせる。そして揃いも揃って盛大にため息をつく。無言であってもその表情だけで「Yes」と回答しているようなものだ。

「そうか…やっぱり…」

「「やはり」というと、お前もなんかそう思っていた訳?」

片手で器用に氷を回すディアッカに、アスランはくゆらせていたシャルドネを飲み下す。喉がアルコールで焼けるような感覚が、アスランに火をつける。

「あぁ。大体キャンベルさんや俺を平然と拉致するくらいだ。しかも俺に向かって、アズラエルは「アスラン・ザラ」と言い切った。つまりは父上への抑止に使えると言いたかったのだろう。だから実際君たちにも圧力がかかったのではないか、とね。」

「やっぱり、それを見越してアスランを暴動に加担させたことにしたかったんでしょうか…」

ニコルが神妙な顔をするが、イザークは乱暴にコニャックを煽った。

「ふん、警視総監がお前ごときで弱みを握られるとかありえんな。」

アスランもあっさりとそれに頷く。

「あぁ、俺もそう思う。あの人の邪魔になるなら、俺の存在ごと消しかねない人だからな。」

「お前、そういうことよく平気で口にできるなぁ…」

アスランが複雑な事情を抱えていることは知りつつも、ディアッカは「ついていけない」と言わんがごとく両手を上げた。

「だからこそ、思ったんだ。血の繋がりがあろうとも、それすら意に返さない警視総監が折れるほどの人物が裏にはいる、ということが…」

「アスランもそう思ったんですか?実は僕たちもなんです。」

ニコルがうんうん、と頷く。アスランはチラリとイザークに視線を向けた。彼が拒否しない限りは肯定だということは、ディアッカならずとも、アスランも幼いころからよく知っている。

「そこでなんだが、アズラエルはどこかに政権に影響を及ぼす人間との関連がある、と俺は推理している。直接…あるいは間接的に数人挟んでか。特に医薬品あるいは軍事的な利用を意図した関係で。」

「『医薬品』か『軍事的』?一体どこからそんな発想出てくるんだ?」

「ひと先ず理由を聞こう。」

吸っ頓狂な声を上げるディアッカを抑えて、イザークが聞き耳を立てた。

アスランは続ける。

「『医薬品』と言ったのは、あの暴動事件の発生原因だ。最初はキャンベルさんの声で発生するのかと考えたが、それだと暴動を起こす可能性としては、あまりにも確立性が低い。しかも、キャンベルさんのコンサートやCDを聞いた人から暴動は発生していなかった。サブリミナルにしてもあまりにも当てがなさすぎる。画面を見なければ全く意味はない。だが聴覚は意識しなくても自然と耳に入ってくる。…もし暴動を起こすのが一つの目的だとしたら、確実に発生することを彼は目的としていたはずだ。そこで思い出したのが、以前君たちが捜査した『アニダ・フラガ』事件だ。」

「あ、でも彼は確かに同じように暴力事件を発生させるプリオンを作っていましたが、今回は暴動事件の被疑者からは検出されませんでしたよ。」

ニコルがこっそりと情報を漏らすが、アスランはそれを受けて更に続けた。

「アニダ・フラガが研究したものと違う薬物か何かで、暴動を起こした者たちへ何か投与した可能性はないだろうか? そしてそれを口にしたり、あるいは皮膚に貼ったりした者が、キャンベルさんの声を聴くと、特異的な力を発したりする、と言ったような―――」

「…『ガム』…」

そう呟いたのはニコルだった。同じように「あぁ!」とディアッカも声にする。

「あれか。ホーク姉が事前に口にしていたっていう…お前、あの暴動の時から気にしてたよな。イザークも調べさせてただろ。」

イザークも頷き、ニコルに視線を流す。

「捜査は中止になったが、現在までに成分や状況は確認できたのか?」

するとニコルは手帳を取り出し、ページをめくりだした。

「はい。成分についてはまだ検査途中で捜査中止命令が出てしまったので…でも、業務上5年保存は必須ですから、まだ現物は残っています。 あ、アスランにその時の状況説明をしますね。実はうちの部下がその暴動事件を取り押えに行くはずが、逆に暴れてしまって…その時に事前に試供品でもらったっていうガムを口にしていたんです。その時―――」

 

―――ニコル「どこでそのガムをもらったんですか?」

―――ルナマリア「う〜〜ん…あの繁華街の入り口だったと思います。「はいどうぞv」みたいに渡されて、無意識に
         そのまま口にして。」

―――ニコル「あの曲を聞いたとき、どんな感じでしたか?」

―――ルナマリア「…なんか急に目の前がキラキラしだして…気が付いたら、変な大きな化け物が襲い掛かってきて…
         無我夢中で投げ飛ばしたんです。」

―――シン「それって俺が化け物に見えたってことかよ!?」

―――ニコル「アスカ君、ちょっと静かにして!それで、その後は?」

―――ルナマリア「とにかく押さえつけられたんで、必死に抵抗していたら、急に今度は目のまえが暗くなって、
         そのまま…って感じでした。」

―――シン「押さえつけられたって、そりゃこっちのセリフだぜ!お前の腹筋めっちゃ固くって、殴ったこっちの手が
      痛かったし、挙句ガードレールまで持ち上げたんだぜ!」

―――ルナマリア「そんなの知らないわよ! こっちは骨折に腱まで切れてんだから!」

 

「…過剰筋反応…」

「は?アスラン、今お前なんて言った?」

アスランの呟きにイザークが引っ掛かる。アスランは説明を始めた。

「人間の筋肉はおおよそ500kg程度…グランドピアノくらいまで持ち上げることができるんだ。」

「はぁ?そんなことは無茶に決まっているだろう??」

「あぁ。普通はそんな力は発揮できない。というか、発揮しないようにできているんだ。」

「イザークも聞いたことありませんか?「火事場の馬鹿力」って。」

ニコルが言葉を添えると、ディアッカも「そういやそんな言葉あったな」と呟く。

アスランはつづけた。

「咄嗟の時にそれだけの力を発揮することもある。だが、普段はオールアウトしても、それより前に筋肉は限界を告げるんだ。何故ならば骨が持たないからだ。」

「じゃあ、ホーク姉が骨折したというのは…」

「多分幻覚を見て、自身を守るために思わぬ力を発揮したんだろう。筋肉が硬かったというのも頷ける。だが、幻覚だけでそこまでの筋肉反応を見せることはない。つまり―――」

「過剰反応を促す成分も含まれていた、ということですね。アドレナリンのような。」

ニコルの言葉にアスランは再度頷く。

「彼女たちが口にしたものの中に、幻覚作用を引き起こし、アドレナリンに近い成分が含まれていた可能性が高い。科捜研で調べられる証拠が残っていればいいが…」

「お任せください!」

ニコルがドンと胸を叩く。

「上からストップがかかってしまって、それきりになっていたんですが、実はみんな最後まで調べつくしたかったんです。悔しさが滲み出ていましたから。だから頼めばきっと再開できるかと―――」

「だが調べてどうする?」

制したのはイザークだった。

「既に上から調査中止の命令は下っているんだ。それに喧嘩を売ろうという相手は、どうにも政権につながりのある人物だ。逆立ちしたって一介の刑事である俺たちが敵うと思うか?」

「そこでもう一つ『軍事的』目的の場合だ。」

アスランは訝し気なイザークを見やる。

「俺は目撃していないが、暴動の規模はどんどん大きくなっていったと警察関連メディアで確認した。それを考えると何故暴動を起こす必要があったのか、そして規模を大きくする必要があったのか…最初は警察の眼をそちらに向けるために起こしていたのかと考えたが、先日ディアッカが言っていた「事前情報が入っていた」というのが引っ掛かった。それで…一つ仮説を立ててみたんだが、目的はその暴動、というより「暴動を引き起こすことで薬の効果を実証したかった」のではないか、ということだ。」

「暴動を…」

「引き起こす…」

「薬の効果…」

3人が驚きのあまり、口を開けっ放したまま呆然と呟く。

「それと、その「軍事目的」とやらが、全く結びつかんのだが…」

唖然としたままのイザーク。だがアスランは、涼しい顔をして告げる。

「そうか? 筋肉の限界をぎりぎりまで行き来できる人間の力があれば、敵に対し想定以上の戦力となると俺は思える。何しろ重機並みに片手でガードレールをへし折る力だ。銃1丁、大砲一門、戦車や戦艦を作ったり購入するより、ずっと安価で手に入れられる兵力だ。それを実証させるために、あえて人目の付くところで暴動をおこし、それを商売相手に見せつける。警察に事前に情報を送ったのは、暴動を起こす効果が何時まで継続するかが分からない故に、あまり被害が大きすぎると事件が大きくなり、かえって継続実験しにくくなるため、早々に解決させようとしていたんじゃないのか?」

サラリとそう言ってアスランは、目の前のグラスを取る。

「もしそれが真実であると判明したら、君たちは法を守るために働いている。軍用目的は大きな憲法違反だ。捜査対象となるし、それに―――」

シャルドネのグラスを一気に空けたアスランは、不敵な笑みを浮かべた。

 

数日前の憔悴しきった者と同じ人間とは思えないほどの、この余裕の笑み…

幼き折、この笑みを浮かべた時のアスラン・ザラには誰も勝てなかった。

いや、彼らだけではない、大の大人でさえも。

 

彼は一言呟いた。

「こんな欲望だらけの事件だ。君たちが動かないのなら、『彼ら』が出てくるんじゃないか?」

「…『彼ら』…?」

アスランは一言、自身たっぷりに答えた。

「『Vamp』だ。」

 

 

***

 

 

深い深い、意識の底…

 

目の前にいた少女の絶望する表情と、悲鳴

なにも見たくない…聴きたくない…

 

ずっとこのまま、意識を閉ざしていたいのに

 

どうしても浮かんできてしまう―――「彼」の姿

 

だめ!抑えられない!

このままだと私はきっと、お前を―――!

 

嫌だ、そんなの嫌―――っ!

 

必死にもがいて、暴れて、逃げたいのに

 

それなのに、思ってしまう

 

お願い―――「私」を見つけて

 

アスラン―――!

 

「……ぁ……」

薄く開かれていく近眼に映ったのは、無機質な白い天井。そして

「お目覚めになられましたか?」

あの少女が微笑んでいる。

私が食らいついたはずの、あの少女

 

ううん…そっくりな顔と声だけど、雰囲気が違う

柔和で優しい穏やかな纏う空気

 

彼女は―――

 

「…ラクス…?」

 

 

 

・・・to be Continued.