色とりどりのネオンがさながら地上の星のごとく瞬き、夜を知らぬこの大都会の真ん中にそれはあった。

天に届けと言わんばかりに聳え立つ大きなビル。まるでバビロンの塔を再現したかのように、傲慢に存在を示している。

だが、都会の夜に似つかわしくなく、航空用の赤い点滅がある以外は、むしろ人を寄せ付けないかのようにすべての灯りは落ち、都会のネオンからも、月が一人で輝く夜空からも、そこだけすっぽりと抜け落ちたかのように真っ暗だ。

 

いや、ほのかに青白い灯りが漏れる一角がある。

最上階―――壁全面総アクリルの窓で囲まれた、30畳もある大きなフロアに壁掛けの100インチのテレビ画面。

備え付けのよく磨き込まれた黒檀のサイドボード以外家具らしき家具もなく、テレビの前でアンティークなロッキングチェアーがフラリと揺れる。

そこにはこのビルに唯一残る「人」の気配―――

深々とそれに腰掛け、手には子供の頭ほどありそうなバルーングラス。ゆっくりとそれを揺らせば、琥珀の液体の表面が波打ち渦を巻いた。

一口軽くそれを口に含めば、ブランデーの芳香が口から鼻腔に抜ける。

それを楽しみながら、その人物は灯りの消えた部屋に映し出された大画面の中の「二人」を見つめる。

 

幾組ものアーティストが参加する歌番組だった。

画面にはどこか愛らしさが残る一方、まるで挑発するような光を持つ金の瞳、頭を振れば触れたくなるような柔らかそうな金の髪が揺れる女性ボーカリストの姿と、まるでその影のように彼女を支える、漆黒にも似た髪を持つ端正な顔立ちの男性ベーシスト。

 

「ふ〜ん…」

その画面を見ながらまた一口、琥珀を口に含んで飲み下す。濃度の高いアルコールが喉を焼いていくように火照り、胃の中へと落ちていく。

満足気に片手で頬杖を突き、低い声で感嘆のため息を漏らした。

その人物―――男は年齢にして30代前半といったところだろうか。実業家、あるいは資産家という雰囲気を身体の端々から滲ませながら、少し細いその眼で画面の中の二人に見惚れている。

「まるで今夜の月のようですね。…いや、むしろ太陽と夜、といったほうが適切ですか…」

 

女は夜にしか生きられぬ魔性のもの。

なのにどうだ…目に映る彼女はまるで太陽のような眩しさじゃないか!

昼に憧れるが故に、それを追い求めているうちに、己が太陽にでもなったかのように。

 

そして、昼に生きるはずの男。

こちらは自らその日差しを捨て、漆黒の闇と化しているような雰囲気だ。

昼の明るさを…自らが活きる世界を拒絶し、スポットライトの輝きすらも鬱陶しいとでもいうように、舞台にも、己が作り出した曲調からもまるで真逆の雰囲気を醸し出している。

 

自身が望むが故に、こうなっていったのだろうか。

 

「…いや、違いますね…」

 

そう、彼女は自ら太陽のようなその明るさに焼かれぬように、安寧な漆黒の闇を纏い、寄り添っている。そして闇を纏う彼は、その太陽の眩しさに焦がれて、彼女に献身を捧げている。

 

求め合っているのだ。まるで正反対の場所に生きながら、自分にないそれを互いに見出し、尽きることなく渇望し続けて。

 

故に、二人は決して離れない。

離れて生きることができない。

 

だから―――

 

「だからこそ、―――し甲斐があるというものです。…おっと!」

思わず声に出てしまった。心の中だけで囁くつもりだったのに。

まぁいい…この部屋、いや、この建物の中には、自分以外誰一人今はいないのだから。

 

口の端だけでクスリと笑い、男が再び画面を見やれば、いつの間にかアーティスとは替わっていた。

最近デビューしたばかりの男性3人組のロックバンドだ。

揃いも揃って無表情なのに、曲が始まった途端、人が変わったかのように攻撃的なシャウトをマイクにぶつけている。

「やれやれ…音が割れているじゃありませんか。それにしてもまるで―――」

グラスをくゆらせ、男は呟く。

「シャウトというより、まるで獣の咆哮ですね。」

画面の向こうのキレたように叫び続けるボーカルの男に向かって、彼は目の高さにグラスを捧げた。そして、もう片手には指先でつまめるほどの、小さな黒いマイクロチップ。

二つを画面にかざして、男は今度こそ笑い出した。部屋中に、いやビル中に響くかという大声で高らかに。

「あーーーっはっはっはっは!」

マイクロチップを摘まんでいた指をおもむろに離す―――と、それは琥珀の液体の中に吸い込まれるように落ちる。僅かに波打ったそれを、今度は一気に飲み干した。

 

「それにしても、貴方は本当に「いい仕事」をしてくれたものです!『ラウ・ル・クルーゼ』!」

 

そういって男は満足気に、歯に挟んだ黒いチップを<ガキリ>と噛み砕いた。

 

 

・・・to be Continued.