Vamp! 〜第三楽章〜
白で統一されたシステムキッチン。
シミ一つないシンクは、普段からあまり折角の機能を活躍させる機会に恵まれていないことを物語っている。
ややもするとモノトーンの地味な印象しか受けないが、今はそこに『アセロラ』『バナナ』『マンゴー』といったヴィヴィッドカラーの果物たちがその明るい色を競うかのように、彩りを添えていた。
加えて『トマト』『人参』などの野菜と『プロテイン』。そして忘れてはいけない『プルーン』。
ザッと洗われたそれらをミキサーに詰め込み適量の蜂蜜を入れてスイッチを押す。<ガー>といささか耳障りな音を数十秒ほど我慢すれば、見慣れた真っ赤なジュースが出来上がる。
この飲み物を作るのはアスランの大事な仕事の一つだ。
最初の頃はカガリが自分で用意する、と言って聞かなかった。
―――「・・・大丈夫か?」
―――「大丈夫だ!任せろ!」
心配顔のアスランの視線も何のその。自信満々に胸をたたいてキッチンに立ったはいいが、出来上がったのは「どこをどうすれば同じ材料でこんなものができるのか?」と思うほど、見た目に一瞬で引くものが出来上がった。
―――「あ、味は同じだからいいだろ!?」
カガリは必死に言い訳したが、やはり料理も見た目だと思うアスランが、苦笑しながらカガリの頭をポンポンと軽く叩いたことで、カガリの敗北は決まった。
シュンと落ち込むカガリだったが、それくらいでめげないのが彼女の良いところ。「だったら―――」と趣味の体力作りも兼ねてか、街中を探し回り、情報処理に秀でたアスランでさえも知らないところから、安くて新鮮な果物や野菜などを仕入れてきた。時には店ではなく、農家から直接手に入れていたことまであった。どこまで買い物に行ったのか、帰ってこないカガリに不安になって、探しに行こうとマンションの正面ドアを開けた瞬間、目の前に4トントラックがいきなり横付けされ、その助手席からカガリが笑顔でヒョイと降りてきたときは流石のアスランも唖然とした。
―――「カガリ・・・これは・・・」
―――「ただいま!アスラン。野菜沢山仕入れてこれたぞ。あ、この農家のおじさんは私の友達だ!」
開いた口がふさがらないアスランに、その「友達」のおじさんとやらが日焼けした顔と真逆の白い歯を光らせて笑顔で言った。
―――「カガリちゃんの兄さんか?いや〜いつも妹さんには力仕事手伝ってもらっちゃって。お礼に、というほどじゃないが、うちで採れた野菜だ。みんなで食ってくれ!」
「兄妹」と誤解されたのもショックだったが、人見知りの強いアスランにとっては、初対面でにこやかに話しかけられて、すでに頭の中は真っ白。次にアスランが我に返ったときは、カガリが「またなー!」と笑顔でトラックを見送っている場面であった。
この「友達」を始め、カガリがアスランの預かり知らぬところで得た人脈によって、まだデビューして間もない頃、金銭的に余裕がなかった二人にとっては、カガリのこの調達力は大いなる戦力だった。食に限らずこのトラックで楽器車替わりに運搬まで請け負ってくれたこともある。
カガリのこの人懐こい、誰にも壁を作らない人柄に、不思議と関わった者たちは惹かれていった。
無論誰より一番惹かれているのは―――アスランな訳だが。
カガリと出会う前は・・・いや、出会った後暫くも、アスランはこのような生活とは全く無縁だった。
金銭を切り詰めることもだが、それ以上に誰とでも快く人付き合いが許される環境下にいられなかったのだ。
***
今朝、その『要因』に継る人物から電話があった。
マナーモードのスマートフォンを取り上げると、受話器の向こうから聞こえてきたのは―――母『レノア』の声。
<おはよう、アスラン。昨日は大盛況だったようね。お疲れ様。>
「はい。ありがとうございます、母上」
<今朝のニュースで見たのよ。芸能関係のトピックで一番最初に取り上げられていたから。「人気絶頂、IFライブツアー大成功!」って。母さんも嬉しいわ。>
「そうですか。俺も母上のお元気そうな声を聞けて嬉しいですよ。」
一見とりとめない親子の会話。だが、レノアが気まぐれに電話をかけてくることはありえない。背後に大きな悩みをかかえていることは、賢明なアスランはすぐに察知し、声のトーンをやや抑えて母に促した。
「母上・・・どうしたんですか、いきなり。何か急用でも?」
<え・・・ううん、そうじゃないんだけど、その・・・たまには家に顔を出してはくれないかしら?ツアーが千秋楽、ということは、今日はお休みじゃないかしら、と思って・・・いい機会だし・・・>
アスランは母に聞こえないようにマイク部分を手で伏せてため息をつく。これ以上母に気を遣わせることは、勝手を言って家を出た一人息子としては心苦しい。
「わかりました。午後から仕事が入っているので僅かしかいられませんが。」
<ありがとう、アスラン。>
幾分か母の声が明るくなった気がする。そのことに安堵し、アスランは電話を切った。
***
出来上がった真っ赤なジュースを見ながらいつも思い出す。
カガリと出会った時の衝撃、そして彼女と共にいることで、今までの自分と全く違った世界が広がっていく様を。
鳥かごの中で育てられた自分に、籠の外へ飛び出す勇気と自由な広い空を見せてくれたのはカガリだ。確かにそれまでとは違って自分で餌を摂り、雨露をしのいで行かねばならない厳しい世界だが、「自分」という個人を誰でもない自分自身の手で育てていくことができる。可能性は無限大にあるのだ。カガリが笑顔で指差す先には、いつもそれが輝いて見える。
「さてと」
ジュースを蓋付のジュース・ジャーに入れ替え、冷蔵庫の所定のポケットに入れる。
ラフなスーツに着替えると、いくつかのUSBとチップを小型の黒のブリーフケースにしまい、キーをとって部屋を出る。
カガリはまだ眠りの途中のようだ。
「行ってくる。」
姫君の眠る部屋に向かって小さくつぶやくと、アスランは地下の駐車場に降り、愛車のガルウィングのドアを上げた。
キーを差し込むと同時に、意を決したようにエンジンを吹かす。
愛車は、これからラスボスの待つ城に向かう勇者の乗る白馬のごとく、気高い嘶きのようなエンジン音と共に勢いよく走り出した。
・・・to be Continued.