Vamp! V 〜第8楽章〜

 

 

「アスラ―――」

その名を呼ぼうとしたカガリの口元が歪む。

両肩に食い込むような鋭い痛みが走ったからだ。

見れば肩にかけられていたキラの手が、力の制御を失ったように食い込んでいる。

しかも―――その爪が鋭利な刃物の様に鋭く伸びている。その痛みにキラを見返せば、彼の表情が曇天の様に変わっていた。

「ラクスに…」

苦しげなキラの声。そしてその口からみるみる鋭い牙が伸びだし、目は真っ赤な血の色へと染まりゆく。

「ラクスに何をしたぁぁぁーーーーーーっ!!」

その咆哮とともにキラがアスラン目がけて飛びかかる。カガリは驚愕に目を見開いたまま、身動きできずにいた。

今さっき『双子の兄妹』と知ったばかりとはいえ、初対面の時から、キラに対して何故か嫌悪感はなかった。確かに積極的すぎるようなアプローチはあったが、彼の見せた優しさや素直さが、カガリには彼本来の姿に思えていた。それが自分にとってとても親近感を覚えたからだ。

だが…今の彼はどうだろう…

牙をむき、敵と認めたアスランに襲い掛かる様子は、まるで幼いころに見た絵本の化け物、そのものだ。

(――「王族の力」――)

彼は先ほどそう言っていた。

もしかして、これが、彼の本当の力なのだろうか。

 

アスランに飛び掛かかろうとするキラが、右手の先を細めてアスランを貫こうとする。

「くっ!」

アスランは身を翻し、その攻撃から身をかわすが、その刹那後に<ドォン!>と壁を伝って衝撃が走る。

見れば、キラの右手は太刀で壁を貫いたかのように鋭く食い込み、壁の一部が崩落している。

(これは…ラクス以上に難儀だな…)

アスランの視線も厳しくなる。

パラパラと零れる壁屑を振り払うと、再びキラは襲い掛かってくる。

「ラクスを…君はラクスを―――!」

今度は顔面を直で狙い突き刺そうとする。アスランはその優れた動体視力で瞬時キラの攻撃をかわし、手首を握り押さえようとする。

だが

「―――っ!」

掴まれた手首を軸に反転したキラの蹴りが、アスランの左肩に炸裂する。

「うっ!」

間一髪で左腕で防いだものの、アスランの体は衝撃で吹き飛ばされ、右壁に打ち付けられる。

体格はほぼ互角だが、吸血鬼…しかも第3始祖の地位にあるキラとは能力の幅が違いすぎる。

アスランが劣勢に追い込まれるのは時間の問題だ。

「っ…」

左腕を庇いながら、アスランがよろよろと立ち上がる。

だがキラも内心焦っていた。

これだけ力の差があるにもかかわらず、アスランは一向に諦める様子もない。それどころか、ここまで自分のスピードとパワーについてこられる人間がいるなんて…

(ラクスも、コイツにやられて―――)

キラの視線がさらに鋭くなると、アスランの視界からキラが消えた。

「な―――」

アスランの翡翠が見開く。と、顔の右側に、鋭いプレッシャーを感じ、避けようとした瞬間

<ザシュッ>

右頬に焼けた鉄を押し付けられたような熱さと痛みが走る。と、そこから「ツツ…」と赤く熟れた色の熱い滴が溢れ落ちていった。

「ふん…」

キラはその手についたらしいアスランの血をひと舐めすると、口に合わないとでも言うかのごとく吐き出す。

「ここまで僕から逃げられた人間はいなかったな。君のしぶとさには拍手を送るよ。だけど…もう僕も待っていられないんでね!」

そう叫ぶとキラはアスランの首を掴みあげる。

「―――っ!」

アスランの苦悶に満ちた表情をキラは捕えた。

「これで、最後だぁぁーーーーっ!」

キラがアスランの心臓目がけて貫こうとする。

その時だった

 

「嫌ぁぁぁーーーーーーっ!!」

 

両者の耳に届く悲痛な叫び。

瞬間、キラの動きが止まる。

叫びに驚いただけでなく、とてつもない威圧感がキラの本能を攻撃から警戒に強制させたのだ。

その叫びの方向にキラが振り向く。

そしてアスランも、苦しみながらも薄目を開けて、様子をうかがう。

二人の目が見開かれる。

 

そこには

 

長く伸びた金の髪

鋭く伸びた牙と爪

 

そして金眼を覆い尽くす、真っ赤な血のような目

 

あの愛くるしい彼女とは、まるで真逆の威厳と恐怖を取り込んだ姿の彼女がそこに立っていた。

 

「カガリ…」

アスランが苦痛を振り絞ってその名を呼ぶ。

一方キラは驚きと歓喜の混じった表情で目を見開いている。

「もしかして…「目覚めた」の…『王家の力』に…?」

アスランに込めていたキラの力が抜ける。

「よかった…本当の君に目覚めたんだね!」

カガリを迎え入れようと両手を広げたキラ。

だが、次の瞬間

 

<ズドォォーーーン!>

「ぐはっ!」

キラの背中と腹部に衝撃とかつて味わったことがないほどの痛みが走る。

見下ろせば―――高速で飛び掛かってきたカガリの腕が自分の腹部に突き刺さり、貫いた衝撃で壁にめり込むほど打ち付けられていたのだ。

口に血の味が滲む。

「まさか…これほどの力があったなんて…」

カガリが手を引き抜くと、キラの体が壁を伝ってずり落ちる。

だがカガリは猛攻を止めようとしない。先ほどのアスラン同様、キラの体幹を蹴り飛ばし、キラの体は床を激しく横転する。

「カガリ…」

立ち上がったアスランがその名前を呼ぶ。狂気に満ちたその姿は、アスランが知っている彼女ではない。

おそらく、これが彼女が力を開放した『真の姿』なのだろう。

だが、アスランに恐怖はなかった。その翡翠の瞳を広げてよく彼女をみれば

 

カガリは―――泣いていた

 

こんな姿になるのも嫌で

 

こんな力を持つのも嫌で

 

でも、アスランを守るために、力を開放せざるを得なかった

 

真っ赤な目から零れ落ちている涙

 

自分の体の痛みより、それがずっとアスランには痛い

 

耳を澄ませば、彼女の悲鳴が聞こえる

 

 

 


「―――今日は声が聞こえてこない

 

 

 

―――聞こえないよ…アスラン!―――」

 

 

 


「カガリ!」

アスランは立ち上がってキラを攻撃するカガリを後ろから抱きすくめた。

「ハナセェェェーーーッ!」

カガリが身をよじってアスランから逃れようとする。

床を這いずるようにして顔を上げたキラが、警告する。

「無駄だよ。王族の力に目覚めたカガリには、もう理性はない。そんなことをしていても、君が瞬殺されるだけだよ。」

だがアスランはカガリに爪を立てられようとも、殴打されようとも動かない。

ただ必死に、カガリを思ってその身を抱きしめるだけ

「もう大丈夫だ。もう俺は傍にいるから。君に声を届けるから。君の本当の姿がどんなであっても―――」

必死に彼がその身から取り出したのは―――壊れたインカム

暴れるカガリの耳にそれを押し当て、そっと囁く

 




「それでも俺は―――カガリを守るよ…」

 





カガリの振り上げていた腕が、落ちる

 

そして力が抜けていく華奢な体

 

そっと振り返ったその表情は…いつもの感情豊かな表情を映す、大きな金の瞳が涙に濡れていた

 

「アスラン…」

 

カガリが泣きじゃくる。アスランは両腕を目いっぱい広げて、彼女を包み込むと、その体を頭を優しく撫ぜる。

「ごめんな、迎えに行くのが遅くなって。怖い思いをさせて…」

「ううん、私こそごめん!お前に怪我させて…痛い思いをさせて…」

そんな二人の姿を信じられない思いで、キラは見つめていた。

(まさか…本能に目覚めている吸血鬼を抑えるなんて…そんなことができる者は、たとえ吸血鬼の一族でも皆無。不意打ちだったとはいえ、僕をあれだけ追い込んだカガリの力を言葉だけで、元の姿に戻せたなんて…)

そしてキラは受け入れざるを得なかった。この『二人の間の強い絆』というものを。

「…まいったな…」

キラが頭をかきながら、ゆっくりと立ち上がった。吸血鬼特有の能力で、既に怪我は回復しつつある。

その声にカガリの体がピクンと震える。

(…再びキラはアスランを襲うのだろうか。もしそうなったら、また私はアスランを巻き込んで、あの恐ろしい力をふるうのだろうか…)

その恐怖を和らげるかのように、アスランはカガリを自分の胸に押し込むように庇うと、キラに真っ直ぐ向き直った。

「君と争うつもりはない。ラクス嬢には話をしたうえで、ここに通してもらった。」

「ラクスが?」

けげんな表情のキラ。だがアスランの目には偽りの色は見えない。

「その話の前に、君に確認したいことがある。」

アスランの落ち着いた詰問に、キラは不思議と応じようという気になった。

吸血鬼というだけでなく、力の上でもどう考えてもアレックスより自分の方が上だ。にもかかわらず、カガリは自分の目覚めていなかった力を開放してまで、同じ吸血鬼の自分ではなく、アレックスを助けようとした。しかも彼の方も力を開放していたカガリを押さえることができるほどの存在であることは、認めるしかない。そう考えると別の意味で興味をそそられる人間だ。

そしてラクス―――聡明な彼女は筋書きの先の先まで読み解く力を持っている。その彼女が彼の話だけでここを通すということは、この男の言い分には、一聞するだけの価値はあるのだろう。

素直にキラは思った―――アレックスに、対等に正面から挑んでみたいという気になったのだ。

「何だい? 確認したいことって。」

「君が吸血鬼だということは散々痛めつけられたから既に証明済みだ。俺が聞きたいのは君の『能力』の部分だ。」

「『能力』?」

怪訝な表情のキラに、アスランは問うた。

「君の吸血に秘められた『能力』…それは『吸血した人間の理性を吸い、感情や興奮を曝け出させる力』なんだろう?」

「『理性を…吸い出す』…?」

カガリが腕の中から顔をのぞかせる。アスランはカガリをゆるく開放し、キラとカガリ―――二人の顔を見比べた。

「これに気づいたのは、『SF』の君たち2人が現れてからこの街に起き始めた、警察曰く『薬物中毒事件』が発端だ。薬を媒介させていると思われる主犯の顔が見えないこの事件と、君たちの出現時期とポイントが非常に近い、ということが一つ。そしてもう一つのヒントはカガリの能力だ。」

「私の能力?」

カガリが小首をひねると、アスランは軽く頷いた。

「あぁ。カガリの力は『吸血した人間の欲望を吸い取る』力。ならば『その逆の能力』を持つ力があってもおかしくはない。」

(そうか…この男はそんなところまで気が付いたのか…)

その洞察力と推察力に、キラは敬意を表して軽く笑みを浮かべながら答えた。

「そうだよ。僕の能力は『人間の理性を吸い取る』力。だから僕が血を吸った人間は理性が無くなって、感情や欲望をむき出しにするんだ。」

「そうか…あの人たちは薬物で興奮したんじゃなくって、キラに血を吸われて感情が抑えきれなくなったからなんだ…」

カガリがようやく合点がいったように頷く。

しかし、今度はキラが表情を一転、納得のいかない声色でアスランに逆に問うた。

「でも、それが明るみになったところで、なんでラクスは君を通したのさ。僕の力が判ったくらいで、彼女が道を開けるなんてことはしないはずだよ。」

怪訝なキラの視線は鋭い。

「そう、彼女がこんなことで道を開けるわけはない。俺が彼女に言ったことはこうだ。」

アスランは一呼吸置くと、キラに向かって面と言った。

 

「『君たちは、警察の追っている、その『薬物中毒事件』の本当の主犯ではないということ』を…ね。」

 

 

 

・・・to be Continued.