Vamp! V 〜第7楽章〜
アスランとラクス―――
二人の間には、しばしの静寂が流れた。
落ち着き払ったアスランの様子に、ラクスはあの歌声とはまるで真逆の淡々とした声色でアスランに言った。
「…ここはあなたの様な方がいらっしゃるところではありません。どうぞそのままお帰りくださいませ。」
「生憎と、どこぞの輩に奪われた、俺の大事な宝物がここにあるんでね。引き下がるわけにはいかない。…君達だってそれに気づいているから、こうして俺を出迎えているんだろう?」
<ピクン>と無表情だったラクスの眉がひそむ。
その表情でわかった。確実にカガリはここにいる。
「君たちと争う気はない。どうかカガリを返してくれないか。」
無理な願いとわかっていても、ここを通るためにとはいえ、女性に対して手を上げる気にはなれない。
だがやはりアスランの願いとは裏腹に、ラクスはスリットに潜ませていた何かを取りだし、<パシン!>とそれを床に打ち付けた。
どうやら『鞭』のようなものらしい。
「ならば…力づくでもここを通してもらう!」
アスランがラクスめがけて走り出した。だがラクスは冷静にアスランの足元めがけて鞭を打ち付ける。
「―――っ!」
おいそれと近づけない。この暗闇で目が利くだけでなく、反射も早い。やはり彼女も何らかの力を持っているのだろう。彼女生来のものか、あるいはキラから与えられたものか…
多分、後者だろう。でなければこの儚げな女性がキラの盾となろうとする理由は他に考えられない。
「だったら―――」
もう一度ラクスめがけて走り出すアスラン。ラクスはアスランめがけて鞭を振り下ろすが
「―――っ!?」
ラクスの視界からアスランが消えた。
アスランがラクスの鞭を振り下ろすタイミングを計らって、廊下に吊された小ぶりのシャンデリアに掴まり、タイミングをずらしたのだ。そのままアスランはラクスの足元に飛び降りようとする。が―――
<スタン!>
「何!?」
ラクスはすかさずスカートを翻して後ろにバック転し、アスランの攻撃を優雅にかわした。
「…どうやら目だけでなく、耳もいいんだな…」
アスランは思わず苦笑する。空気の振動で、敵の位置を把握する…まるで蝙蝠のようだが、相手の正体が想像通りであれば、納得がいく。
すると今度はラクスが乱れ飛ばすように鞭を何度も打ち付けてきた。
今度はアスランがそれをヒラリとかわして後退する。カガリ並み…とはいかないまでも、アスランはスポーツ選手並み、いや、それ以上に運動神経が優れている。あのイザークでさえ、学生時代一度もアスランに勝てたことがない。イザークはそれをいまだに根に持っているらしいが…(ディアッカ&ニコル情報) それについては大して気にも留めなかったが、カガリを守ると決めたときから、自分の能力に改めて感謝した。
だが、相手の能力がその上をいっている以上、どうにかしてその差を詰める方法を探すしかない。
相変わらずラクスは先には進ませまい、と鞭を掲げてアスランの出方をうかがっている。
「一進一退の攻防、か…」
なかなか先に進むことができない。
(こうしている間にもカガリは…)
焦るアスランの頬を一筋の汗が伝う
(ダメだ、集中しろ! この状況を打開する方が先だ。)
そう、もう一つアスランに誰にも負けないものがある―――類いまれなる『頭脳』と『冷静さ』
ラクスとの攻防を繰り返しながら、アスランはその考えを張り巡らせる。
すると…奇妙な『違和感』を覚えた
(妙だな…)
そう、動きが妙なのだ。ラクスの動きが。
あれだけアスランと対等できる力を持ちながら、ある一定以上の距離、アスランが後退すると、そこから先に進んで攻撃してこないのだ。
最も違和感を覚えるのは、ラクスの武器である『鞭』。
こんな狭い廊下で振るうには、正直鞭は有効ではない。すぐに天井や側面にぶつかって、弾き返されてしまう。寧ろ広いホールへとアスランを誘導して戦えば、鞭の長さとしなやかさといった能力を縦横無尽に発揮できる。なのに、ラクスはそれもせず、この廊下の入り口から離れようとしないのだ。
キラから「ここから離れるな」と命令されているのか、それとも…
(ここを動けない理由が、他にあるとしたら…)
ラクスの攻撃をかわし続けるアスランの頭の中を、いくつもの推理が溢れだし、論理立てていく。
カガリをさらった理由…
SFの二人が現れた時期と同時に現れた『薬物中毒』事件…
警察に確保された犯人の状況文書と写真…
そして…
この事件に隠された、もう一つの『真実』…
(そうか…『彼ら』の本当の目的の『相手』は…)
アスランの目が見開く。
ラクスがその異変に気付いたのか、本能的な恐怖を感じとり、アスランに向かって直線的に鞭を放つ。
<ヒュン、パシッ!>
アスランが咄嗟に振り払おうとしたが、その左手首に鞭が絡まる。
有利に立ったラクスがふと緊張の表情を緩める。
と
「これで君とようやく話ができるな。」
そう言ったのは―――アスラン。
ラクスの表情が驚きに変わった瞬間
「あっ!」
ラクスが勢いよく引っ張られる―――アスランに向かって―――
そう、アスランはわざとラクスとの距離を詰めるために、あえて鞭に絡め取られ、その鞭を引っ張り、ラクスを自分の元へ引き寄せたのだ。
咄嗟のことに、鞭を手放すことを忘れ、そのままアスランの元へ引き寄せられると、アスランはすぐに彼女の両腕を後ろ手にして押さえ、そっと胸元からあるものを取り出す。
それを見て、ラクスの表情がこわばる。
『銀のクルス』だった。
「『吸血鬼に十字架』というのは、よほど信仰の厚い聖者でないと効果はないらしいが、『銀』には君たち異界の者には弱いらしいな。『心臓に杭を打つ』と同じように『銀は魔除けになる』のはどうやら事実らしい。」
「……。」
ラクスは悔しそうに唇を噛む。
視線を下に向けたまま項垂れるラクスに、アスランは言った。
「君を傷つけるつもりはない。ただ、一つだけ、君に聞きたいことがあるんだ。」
ラクスが顔を上げて、アスランを見る。その意志の強い翡翠が真っ直ぐに彼女に問いただした。
「君は…一体何からキラを守っているんだ?」
***
ここは…どこだろう…
おおきな部屋に、外国の絵本に出てくるような、大きなテーブルと、燭台と、お皿と、カトラリー
あぁ…そうだ。ここは『私の家』…『アスハの家』の夕食の風景だ
でも私はあまり食べられない
何故だろう、いつもお腹が減らないんだ
そうしたら、お父様が心配されたのか、ある日の夕食で、ジュースを出してくれたんだ
大きなグラスに満たされた 真っ赤な 真っ赤な ジュース
それを見たら すごくお腹が減ってきて
一気にそれを飲み干したんだ
そうしたら お父様も マーナも 召使のみんなも喜んでくれて
私は毎日ジュースを飲み干したんだ
そんな日々が続いた ある日の深夜だった
私がふと目を覚ましたら、いつもそばにいるはずのマーナの姿が見えなくて、急に怖くなって
お父様のお部屋に行こうとしたんだ
真っ暗な廊下は灯りもないのに、私には昼間のように明るく見えるから、私はまっすぐお父様の部屋に向かった
そうしたら、いつも鍵がかかっているお部屋から、ふと光が漏れているのを見つけて
「だれか いるのか?」
そういって そっと 鍵穴から覗いた そこにあったのは
家の使用人たちが集まって みんな腕を差し出している
その腕には 太い注射針が刺さっていて
その先にある 太い管へと 真っ赤な 真っ赤な あのジュースと同じ色の液体が
スルスルと吸い出されていたんだ
お父様も マーナも 同じように腕を差し出して
あの真っ赤な液体を 吸い出されていて
その時 私は 初めて知った
あのジュースは 私の大事な みんなの『血』だということに
私は 人間じゃなくって 絵本で読んだ あの かいぶつの 『きゅうけつき』だということに
そうしたら 涙が はらはらと 流れ落ちた
こわいよ… 悲しいよ…
私はみんなと違って ひとりぼっちなんだ
そうやって流れ続ける涙
でもあるとき 私の目の前に 一人の男の子が現れた
ユウナの血を吸ってしまった私を見てしまった 男の子
でも 彼は言ってくれた
「それでも僕は―――カガリを守るよ…」
「ん……」
柔らかなクッションの感触を体に感じながら、カガリがゆっくりと目を覚ます。
どうやら眠っていたようだ。
目を開けばそこに映るものは、アスハの家にあったような豪華な調度品の家具の数々。
薄暗いのは窓のない部屋に、電気ではなく、燭台の蝋燭だけが揺らめいているからだ。
「ここ…どこだ…」
はっきりしない意識の中で、記憶を遡る
(そうだ…確か、アスランが指示してくれた、食事の場所にいって、そこで襲われている人を助けたら、キラが…)
「っ!」
そうだ、キラにさらわれて―――
<カチャ>
ドアの開く音にびっくりして身を縮ませる。そこに入ってきたのは―――キラ
「あ、目が覚めた? よかった〜一晩中目を覚まさなかったから、冬眠期に入っちゃったのかと思ったよ。」
「『とうみんき』?」
キョトンとするカガリに、キラが呆れるようにして答える。
「『冬眠期』。知らないの?僕たち吸血鬼はある一定期間、血液を飲まないでいると、眠りに陥るんだ。血液が享受されれば、また活動を再開できるけれどね。」
まだ状況がはっきりと把握できず、頭の中が混乱したままのカガリ。でも、これだけは理解できた。
「『吸血鬼』って…お前、やっぱり…」
「そうだよ。昨日も言ったでしょ?僕もカガリと同じ『吸血鬼』だって。」
そう、そう言った。そして、ここからが混乱の極みだ。キラはあの時言っていたのは、自分の―――
「そ、そ、それだけじゃないっ! わ、わ、私が『お前の妹』とか、はっ、はっ、はっ、『花嫁』だとか―――」
「そう、それも言ったでしょ?君は僕の『妹』。そして僕の『花嫁』だって。」
あっけらかんとして応えるキラに、カガリは何とか自分を落ち着けようと、大きく深呼吸をした。
(よ、よし、何とか冷静になった…かな? ううん!だ、大丈夫だ。冷静に話をすれば、とって食われることはない!)
「あ、あのさ…」
「ん?」
「その、なんで私がお前の妹なんだ?」
キラの顔色を窺うように、そっと視線をあげれば、キラは微笑んで答えた。
「カガリは自分のこと、どのくらい知っているの? 自分が『アスハ』家の正式な娘だと思っていた?」
「ううん…それは違うと思っていた…」
皮肉にも、さっき夢で思い出したばかりだ。
「でも、アスハのお父様も、マーナも誰も私のこと、教えてくれなかったんだ。お前は知っているのか!?私が何者かって。」
「じゃぁ、教えてあげるよ。よく聞いてね。」
キラの言葉にカガリが頷く。こうなった以上、自分について、きっちりと真実を聴き定めなければ気が済まない。それを見て、キラはゆっくりと語りだした。
「まずは僕のことからね。僕は『キラ・ヤマト』。だけどこれは芸名みたいなもの。本名は『キラ・ヒビキ』。由緒正しき『吸血鬼の王族・ヒビキ家』の息子。俗には『第3始祖』って呼ばれている。つまり3番目に偉い、という感じかな。」
とりあえず『キラ』という吸血鬼が何者かは把握できた。カガリがコクンと頷く。それを見てキラは続けた。
「そして君の本当の名は『カガリ・ヒビキ』。僕の双子の妹として生まれていたんだ。」
「私が…お前と双子…?」
ふと思い出す。
(「僕ね、カガリにそっくりって言われるんだよ!」)
そうか、あのインタビューで言っていた、確かに似ていると思ったけれど…
受け入れがたい真実に、カガリが頭を抱える。
そんなカガリにキラは、表情を曇らせながらも続けて言った。
「確かにいきなりだとびっくりするよね。受け入れられないと思う。だけど、この先の話もどうか聞いてほしい。実は、ここから問題が発生したんだ。」
キラも辛そうに語り続けた。
「僕たち『ヒビキ家』が代々吸血鬼の一族を治めてきた王族なんだけれど、僕たち双子が生まれたことで、『吸血鬼の純血』を恐れた別の一族が、僕たちの命を狙いに来たんだ。」
「『吸血鬼の』…『じゅんけつ』?」
カガリが首をひねる。
「吸血鬼はね、その血が濃ければ濃いほど強いといわれているんだ。だから吸血鬼はみんな肉親同士で婚姻関係を結んで、子孫を残しているんだ。親子だったり、兄妹だったり。その中でも特に濃いものは、全く同じ血を持つもの、つまり『双子同士』が結ばれることによって生まれた子供は、ある意味絶対的王位と言われるほどなんだよ。それを恐れた別の王位を狙っていた一族が、僕たちを暗殺しようとしたんだ。僕たちが結ばれて、最強の吸血鬼が生まれることを恐れてね。もしそうなれば、『ヒビキ家』の絶対的支配が決まる。だからその前に双子の命を絶とうとね。それを恐れた僕らの両親は、ある決断をした。双子の一人を別の者に託すことを。そして父上の知り合いだった人間…つまり『アスハ』家にカガリ、君を託したんだ。 そして「双子の片割れは死んだ。王位は僕、キラが第3始祖として継承する」としたんだけれど。あるとき、どうやら君の存在を嗅ぎ取った敵が現れたんだ。」
「敵って…その、『王位』を狙っている一族のヤツか?」
キラは頷いた。
「最初は僕を狙っていたんだけれど、第3始祖である僕にはそう簡単に勝てないことを悟ったんだろうね。ならばまた王族の力に目覚めていない君から始末した方がいいだろうと、手を回し始めていたんだ。だから僕は急いで決めたんだ。君を迎えにいって、君と僕が結ばれれば、もう奴は手を出せない。ヒビキ家を守るためにも、カガリ、君が必要なんだ。だから―――」
キラはカガリの両肩を掴むと、まだ驚愕に揺れるカガリに顔を近づけ、必死に訴えた。
「一緒にヒビキ家に戻ろう!そして、僕と一緒になって、ヒビキ家の王位を絶対的なものにして守り抜こう!」
キラの紫水晶の瞳がカガリを捉えて離さない。
キラの真剣な思いは確かに心に響く。
でも、カガリはまだ混乱の最中にいた。
自分が王位継承権を持つ吸血鬼の一族の者であること。キラとは双子の兄妹であること、そして、自覚はないが、同じ吸血鬼から狙われている可能性があるということ…
自分の出生の秘密がわかったことだけでも衝撃なのに、今までの日常とかけ離れた世界の話であるようで実感がわかないのだ。納得しろと言われてもできない相談だ。
だがカガリの気持ちを待つ暇もないかのように、キラはカガリの腕を引いた。
「早く行こう!君の本当にいるべき世界へ―――」
確かに自分は人間じゃない。だけど、ずっとこの世界で暮らしてきた。
そして沢山の人たちと出会ってきた。
父、ウズミ。マーナ。アスハ家の人たち。マリュー。ナタル。ムゥ。ノイマン…
そして
何よりも大事な存在―――アスラン
彼の傍を離れることなんて、考えられない!
「キラ、お前の気持ちは十分に伝わった。でも、ごめん!私はやっぱり行けない。私は…私には、今ここにいる世界がすべてなんだ!」
カガリが毅然と顔を上げる。
その真っ直ぐで曇りのない金の瞳が、キラの心に突き刺さる。
彼女の瞳に映っているのは、自分ではない…あの男だ。
キラが悟る―――この強く、曇りのない真っ直ぐな心を、力づくで動かすことはできないということを。
だが、それでも譲れない。
「ダメだよ!だったらこの前みたいに無理矢理でも連れて行くから。」
「嫌だ!離せよ!」
「カガリ!」
キラがカガリを抱きすくめ、眠らせようと手を挙げたその時だった
<バタン!>
強烈なドアの開かれる音。
驚く二人が争いを止め、そちらに振り向く
そして
カガリの瞳に涙があふれる
「悪いが、姫君は俺のものだ。返してもらう」
そこに立っていたのは、アスラン・ザラ、その人だった。
・・・to be
Continued.