Vamp! V 〜第4楽章〜

 

 

逮捕、拘束された人間は警察署に移送されると、まずは取調室に連れて行かれるのはドラマでもよく見るセオリーだ。

だが、今回…いや、今回の犯人と同じ兆候の精神反応を示している彼らは皆、直行で鉄格子の留置所へ放り込まれた。大の男5人の手を煩わせ、移送の間も手錠を引き千切ろうとしたり、署員に噛みつくなどの暴力行為を止めようともしない。おかげでニコルが最終手段として持っていた睡眠薬で眠らせたまではよかったが、覚醒すればルナマリアの言った「狂犬」のごとく文字通り檻の中で暴れ、人道的に取り調べなどできる様相もなかった。

「やはり今回もシロなのか?」

暴れる様子を遠目に伺うイザークが、眉間にしわを寄せながらニコルに問えば、ニコルもいつもの柔和さの微塵もなく、厳しい視線で被疑者の醜態を見つめている。

「はい…何とか血液採取はできたのですけれど、従来の薬物反応はまるで検出されませんでした。ただ…」

「…『ただ』…?」

ニコルの言葉にイザークの眉がピクンと動く。視線をニコルに向ければ、ニコルは組んでいた腕を解き、右手で顎を触れながらその言葉を続ける。

「あなたの部下で一人、彼をみて「狂犬みたい…」とつぶやいたことで、ちょっと気になったものですから、法医学者のほかに、もう一人、獣医師に来てもらったんです。」

「はぁ!?『獣医』だと!?」

熊でも暴れているならともかく、被疑者はれっきとした人間だ。そこに何故獣医師が入ってくるのか、半ば呆れたようなイザークに対し、ニコルは逆に自信をもって答えた。

「最初は僕も半信半疑でした。でも法医学者に見てもらった際、被疑者に共通点が見つかったんです。」

「共通点だと!?」

驚くイザークに、ニコルはそのまま続ける。

「はい。皆一様にして『首筋の二か所に傷』があったんです。それもみんな等間隔で。」

「等間隔の傷…」

ニコルは机に置かれていた決済版をイザークに渡す。そこには4枚の写真がクリッピングされていた。

「いずれも同様の事件の被疑者たちの首筋です。みな同じところに同じ傷がありました。法医学・獣医学共通しての回答は、ただ一つ「何かの動物に噛みつかれた痕」ではないかと。」

イザークが写真を改める。確かに何かに噛みつかれた痕の様に、二か所並んで穴が開いている。

「もしかしたら『狂犬病』、あるいは何かの動物による感染症を疑って、今検査に出しているところです。」

そう言い終わるか終らないうちに、白衣の検査技師がニコルの元へ書類を届けに来た。

「お待たせしました。こちらが被疑者たちの血液検査の結果です。」

「どうだった!?」

ニコルより先にイザークが問いただす。が

「ご推察にありました、動物性の感染症に関して優先的に培養して調べたのですが、残念ながらそれらは検出されませんでした。」

検査技師の言葉にイザークとニコルは思わず深いため息をつく。だが技師は活路を見出すように付け加えた。

「しかし、もう一方でホルモンに関する検査を進めたところ、共通してドーパミン・アドレナリンという精神を興奮させる要素のあるホルモンが、異常に高値を示していることがわかりました。」

「興奮性のホルモン、だと?覚せい剤ではなく?」

「はい、あくまで人体そのものから発せられ分泌されたものに間違いはありませんが、どう考えても自然分泌される量をはるかに超えている。何か分泌を誘発する物質が投与されたのか、確認中ですが、とりあえず現在も引き続き検査を続けます。」

「ありがとうございます。では、その線でお願いします。」

ニコルの丁寧な言葉に、技師も深々と頭を下げて退出した。

「『異常な興奮』か…」

イザークが再び視線を向ければ、相変わらず被疑者は鉄格子をがたがたとゆすり、落ち着きなく唸り声をあげている。

「ですが、ただの爆発的興奮にしてはおかしいところがありますね。」

「あぁ、それは俺も感じている。」

ニコルに相槌をうち、イザークはもう一度手元の資料を見直す。

「理性が吹っ飛んでいる割には、冷静にターゲットにしていた相手を追っている。通り魔的だったり発狂的犯行ならば、周囲の者を巻き込む可能性は十二分にあるのに、それには目もくれていない。」

「そうですね、それにしてはあの分厚いガラス戸を素手で壊す―――普通人間の筋肉はある程度の限界を超える超人的力を発揮することはありますが、本能的に筋骨が壊れるのを恐れ、限界ギリギリで止めるのが普通です。でも、冷静に被害者を追う割にはそのリミッターは調整できていない…」

二人は顔を見合わせる。

どう考えても常軌を逸している。

「とりあえず、異常分泌のホルモン、こっちの線から捜査を進めていくしかないな。」

「そのようですね。」

まるで雲をつかむような話だ。行く先の見えない捜査に、二人は長期戦を覚悟した。

 

 

***

 

 

ナタル・バジルールは自分のことを有能だとは認識していない。

寧ろ、マネージャーとは「アーティストの先々を短期・長期にわたって見越し、レールを提供していくこと」、そのようなことはできて当たり前だと思っている。

幸いにも自分にはその直感と能力は備わっていると思っていた。アーティストの不可侵領域以外に関してなら。

不可侵領域…要はプライベートのことだ。

日常生活について仕事に影響が及ぼされることならば、口を出すことはできる。だが最大に仕事に影響が出ることであっても、そこに踏み入ることができないものがある。

『恋愛問題』だ。

感情というものは、他人がどうこう言ったところでそう簡単に動くものではない。

IFのアスランとカガリに引き合わされたとき、男女二人組と聞いて、最初に不安に思ったところはそこだった。だが二人と付き合っていくうちに、カガリは無垢な子供の様に、アスランは大人として、互いを信頼し合って上手くバランスが取れていると認識した。ただし、その安心が薄氷の上にあるものであると、薄々感じながらも、あえてこの二人を信頼することにかけたのだが…

「……。」

ライブツアーに向けてのスタジオ練習。防音ガラスの向こうから、ナタルが射るような視線を二人に向ける。

あれだけ息の合っていた二人が、全くと言っていいほど精彩を欠いていた。

<♪〜>

何度も繰り返されるイントロ。そして

「―――っ、あー…あ…ごめん。」

出だしを間違えたカガリが俯く。

今日はこれで何回目だ? スタッフも明らかに苛立ちを隠せずにいる。

いつものカガリであれば「ゴメンゴメン!」と場の空気を和ませ、常に高いテンションを周りに提供してくれる。だが、今日の…いや、ここ数日のカガリは、いつもの眩いばかりだった金の瞳に光はなく、俯くばかりだ。

そしてもう一人

「!―――……」

そんなカガリに何かを言いかけようと、切ない視線を向けるがすぐにそれを逸らし、苦悶の表情を見せるアスラン。

明らかに二人に何かあったはずだ。

ナタルは推理する。

ただの痴話げんかではないだろう。二人の言い争いは見かけたことがあるが、こんな重苦しい雰囲気になることは今まではなかった。妙な違和感を感じ始めたのは何時だったか―――

「…?!」

ふとよぎったのは、あのテレビ番組のスタジオ―――SFのキラとラクスに出会った時だ。

初めてSFと出会った時、あの時カガリはさして変わりはなかったと思ったが、アスランは微妙に纏う空気が変わったような気がした。だが、むしろマリューや自分は思わぬ好敵手の登場に、どう戦略を張り巡らせるべきか、そちらに集中し、二人のことは二人に任せていた。何も言わずとも、こちらから圧力をかけたとしても、揺るごうとしない二人の絆。それに安心していた自分の落ち度だろうか。

だとしたら、自分ができることは今の二人を守ることだ。まずはきっかけとなっているSFとの距離をどうとるか、それを考えるべきだろう。これについては自分ひとりより、マリュー達と考えたほうがよいだろう。

あと、自分が一人でもできることとしたら―――

ナタルは一人ごち頷いて、防音ドアを開けた。

「どうしたカガリ・ユラ、体調が悪いのか?精彩を欠いているぞ。」

「あ、いや…その…すまん。」

しおれかけた花の様にシュンと項垂れるカガリ。ナタルは横目でアスランを見やるが、アスランも辛そうに俯いたままだった。

「またいつもの体調不良なら病院へ行け。なんなら私が送る。」

「それは俺が―――」

咄嗟に立ち上がったアスラン。その時ピクンとカガリが震えたことをナタルは見逃さなかった。

「アレックスはスタジオに残ってミキシング。カガリは私と一緒に来い。」

あえてナタルは二人を引き離した。

 

 

「…大丈夫か?」

「うん…」

珍しくナタル運転の自家用車の助手席で、カガリは俯いたままだった。

「その…アレックス…アスランと何かあったのか?」

「!」

ピクンと金の髪が揺れる。本当にこの子は嘘をつけないのだな。

「その…私が一緒にいても、いいのかな…なんて…」

カガリがこんな弱気なんて珍しい。ナタルはカガリの呟きに黙って聞き入った。

「私…その…普通の人と、ちょっと違うし…」

 

 

 そう…私は人間じゃない

 人の血を吸って生きる、いわば化け物

 本当なら人の世界から離れて生きなければいけないんだと思う

 ここにいると、みんなに負担ばかりかけてしまう

 

特にアスラン

 私のために、無理して求めていい血のありかの情報聞き出して

 私のサポートのために、普通の生活まで捨てて

 私が彼を巻き込んでしまった

 あんなに苦しい思いまでさせて

 思いつめさせて「あんなこと」までさせてしまった

 
 あんな恐ろしい行為をさせてしまった自分の存在が愚かしい

 私がいなかったら…アスランはきっと普通に幸せになれたはずなのに…

 

 

思わず目の奥が熱くなってくる。

鼻の奥がツンとなったとき、ナタルがそっとダッシュボードからティッシュを取り出した。

「確かに…普通じゃないな、お前は。」

ナタルにも指摘され、思わずカガリの心臓がどきっと高鳴る。

まさか…ナタルにも正体がばれて―――!?

「お前は普通じゃない。歌で人に感銘を与えられるなんて、普通の人にはできない力がお前にはある。でも、それでもそれ以外はお前は普通の女の子だ。その…悩むことだってあるだろ…その…『恋』とか///」

一番言いそうにない人物から、一番出てこなさそうな言葉にカガリが思わず目をクリクリと見開いてナタルを凝視すれば、ナタルの顔があっという間に真っ赤に染まる。

「な、なんだ!?わ、私が話したら、そんなにおかしいか!?///」

思わずハンドルを握る手に力が入りすぎて、グリップがギュウギュウと唸っている。だがカガリは首を大きく横に振って、嬉しそうに答えた。

「ううん!だって流石はナタルだ! やっぱりノイマンとラブラブだけのことはあるな!!」

<キィィーーーーッ!!!!>

思いっきり踏み込んだブレーキに、カガリがシートベルトをしているにもかかわらず、「うわっ!」と大きく前に乗り出す。

「な、な、な、何故そのことを!?!?///」

舌をかみそうなほど上擦るナタルがわなわなと隣を見れば、カガリはいつも通りの笑顔に戻って、自分のことのように喜んで言った。

「何故って、だってノイマンがナタルのこと見る時、すっごく優しそうだし、ナタルもノイマン見る時可愛くって、私たち見る時と全然違うもん。」

「//////っ」

(この娘はぁぁぁーーーーっ!!)

自分のことにはとんでもなく鈍感なくせに、人のことになるとやたら敏感なことをすっかり忘れていた。

まともに顔を挙げられなくって、ナタルがハンドルに顔を伏す。と、

「でも―――」

カガリが言葉を続ける。

「思いを伝えるってすっごく勇気がいる。ある意味それは凄い「試練」だけれど、ノイマンとナタルはちゃんとできたんだろ?その試練を乗り越えて、思いが通じ合えるって。すごいことだと思う。憧れるな、そういうの。」

「…。」

人の心に敏感で、とても優しい目をする女の子。

だからみんな、お前の歌に惹かれていくんだろうな。いや、歌だけでなく、その人柄にも。

(ここはひとつ、人生の先輩として助言するか)

フーと一息ついて、ナタルは言った。

「お前も言ったらどうだ。」

「え?」

「お前もちゃんと言葉にして、アスランに今思っていること、伝えたらどうだ? 「試練」を乗り越えてこそ、なんだろ?」

「そうだな…うん、そうする。ありがとう、ナタル!」

「なんだったら、一応…その…恋愛の先輩としても、助言してやらんこともない///」

「うん!」

先程まで曇っていた表情が、いつもの晴天に変わった。これなら大丈夫だろう。

まだ自分の頬が火照っているのをごまかすかのように、ナタルは再びアクセルに力を込めた。

 

 

***

 

 

夕方近くなって、アスランはようやく自宅に戻った。

玄関先にはカガリの靴が揃っている。

ナタルに送られてきて、そのまま部屋で眠っているらしい。静かだ。

カガリとは気まずいまま、仕事以外で顔を合わせようとしていない。仕事に出てもあの調子だ。今日はナタルに感づかれたが、何とかしなければ…

「その前に、だ…」

自室のPCに電源を入れる。

例え顔を合わせづらくとも、カガリの食事のため、情報収集はしておかなければならない。

一応代用の飲み物は作ってはいるが、しょせん代用品だ。一時しのぎにしかならず、彼女の渇きを満たすには、やはり本物を手に入れなければならない。

Vamp』としての自分の役割は欠かさない。彼女への愛の証が今はこの手段しかない。それ以上に彼女を守ってやるには、どうしたらいいのだろう。

あの男―――キラ・ヤマトの顔がちらつく。

「…ったく…」

自分が情けなくなって顔を振る。今はこちらに集中だ。

いつもの通りハッキングを慎重に図っていく…相変わらずパスワードやセキュリティは厳重だが、いくつもの網の目を掻い潜るのは既に慣れきっている。

「ここか…」

警視庁捜査一課のコードを開く。いつもならここでいくつかの事件ファイルに遭遇するのだが

「…何だ…?」

アスランが眉をひそめる。

―――『特殊薬物による強行犯罪について』―――

薬物関係なら一課の管轄ではないはず。しかし、現在最も配置を置いている重要事件扱いだ。しかも今までの事件なら一発で探り当てた犯行の軌跡―――そこから次の犯行現場を割り出すのは造作もないことだったが、今回の事件は統一性がない…あまりにもランダムで、犯行動機もわからず、そして―――「犯人の目的が全く見えない」

幾つかの画像を開けば、被疑者の首筋に刻まれた2つの傷。獣にかまれたような穴がそこにあった。

「……」

他のヤマをあたった方がよいだろうか。だが一課が手こずっている相手なら、こちらの方がカガリにとっても警察に見つかる確率も少なく、扱いやすいだろう。

(…今は…自分にサポートされるのは、辛いのではないだろうか…)

そう思い、いくつかの経路やデータをまとめると、ダイニングのテーブルの上にそれを置き、シャワーもそこそこにベッドに倒れこむと、アスランはそのまま深い眠りに落ちて行った。

 

 

それから数時間後

「おはよう…」

日が沈み、既に暗くなったダイニングにカガリがそっと現れる。

アスランは戻ってきているようだが、部屋から明かりが漏れていないところを見ると、どうやら就寝しているようだ。

ダイニングには、カガリの食事に関しての資料が置かれていた。冷蔵庫からいつもの特製ジュースを取り出しグラスに注ぎながらそれに目を通す。

相変わらず細部に至るまで注意が書き込んである。

(アスラン…ありがとうな。)

本当はちゃんと向き合って話がしたい。でも、いま彼は眠りについている。起こしては申し訳ない。いつも一人忙しい思いをさせているのだから、休ませてあげたい。でもそれ以外でも、なにかアスランにしてあげられることはないのだろうか。与えてもらってばかりの自分にできることは…

「…そうだ!」

ちょっと思い直してカガリはエプロンをつける。

そして冷蔵庫から野菜やひき肉を取り出し、慣れない包丁に必死に格闘する。

「人参と、玉ねぎと、ピーマンはみじん切りにして…痛っ!指切った〜〜」

「えと…お肉と一緒にこねたら…あ、その前にキャベツには火を通しておいて…熱っ!」

わたわたと慌ただしいクッキングは、カガリにとってはVampの仕事よりずっと大変だ。

でもあともう少し。これを包み込んで、スープで煮れば…

「うん!できた!…かなぁ…」

何時もアスランが手際よく作っているものに比べたら、なんと形容したらいいか。

(アスランはこれ見たら、なんて言ってくれるかな?)

―――「相変わらず不器用だな、君は」

―――「もう君はやらなくていいから」

こう言ってあきれるだろうか。それとも…

―――「うん、おいしいよ。」

そういって笑顔をくれるだろうか

 

 なんだっていい…

 アスランが何か言ってくれるんだったら

 どんな言葉だっていい

 

 そして、話して

 

 きっと最後は笑顔になれる!

 

「うん!きっとそうだ!」

エプロンを置いて、いつもの通り黒衣のマントに身を包み、インカムをつける。

「じゃぁ、行ってきます。」

アスランの部屋の前で呟くと、カガリは夜の街に飛び去った。

 

 

 

・・・to be Continued.