Vamp!V 〜第2楽章〜
昼過ぎ…まだ日は高いこの時間にもかかわらず、分厚い遮光カーテンを閉め切った部屋は、外の明るさを思い出せないほど暗く、冷えていた。
広いリビングの奥―――その一室から聞こえてくるのは、カタカタと素早いブラインドタッチでキーボードを叩く音。
部屋に唯一灯った明かり、いくつものPCモニターの画面の明かりが、彼の端正な顔立ちを浮かび上がらせる。一度微笑めば、周囲の女性の視線を釘付けにするであろうその表情は、しかしながら期待に反し、アスランの表情は硬く、眉間は厳しく寄っていた。
画面に映っているのは、先日であったばかりの新人バンド、『ストライク・フリーダム』、通称『SF』の二人。
いきなり彗星のごとく現れた彼らは、芸能界を席巻し、注目を一身に集めている。
彼らの人気に所属事務所社長のマリューやマネージャーのナタルは、いく分か警鐘を鳴らしているようだったが、アスランの不安はそんなことではなかった。
―――「会いたかった。すごく会いたかったんだ!カガリに!!」
一瞬にして自分の横をすり抜け、カガリに抱きついた…あの一見純真無垢そうに見えて、全く隙のない男…『キラ・ヤマト』。
幾ら同じ土俵の上に立ったとはいえ、カガリに対し少しも隠すことなく好意を露わにし、それと真逆にアスランを敵と見下したような、挑発的なあの紫水晶の眼光。
あの時から早鐘の様にアスランの心を波打たせ、苛立たせる。
(ヤツは、一体何者なんだ…?)
あの一触即発の緊張の走った瞬間、すぐにでもカガリを取り返すべく、キラに敵意を露わにしそうになったが、ぎりぎりでその手をあげなかったのは正解だ。芸能界というものは、世間の注目を嫌でも浴び続ける。自分たちの一挙手一投足にファンに限らず世間が激しい評価を示す。自分の行動いかんによって、自分やカガリはそれでいいとしても、マリューはじめ、事務所や音楽関係者の世話になっている人間に迷惑をかける懸念ができてしまう。それだけはあってはならない。
(…『大人の対応』というやつか…)
フーとため息をついて、もう一度モニターを見直す。
そこにはSFのもう一人、『ラクス・クライン』が映し出されていた。
―――♪「静かな この夜に あなたを 待ってる…」
あの日、初めて顔合わせをしたテレビ局のスタジオで、彼らの曲を聴いた。
「すごい…」
カガリが目を見開いて聴き入っていた。
「…あぁ…」
流石のアスランも溜飲を下げる。
アスランとカガリだけでなく、そのスタジオ内のすべての人々が自然と手を止め、彼女の歌声に聴き入る。
彼女の歌声はまさしく『天才』だった。
たいていの場合、デビュー曲にバラードを持ってくる歌手は少ない。一音一音が長いバラードは、同じ音程をまっすぐに歌いきることが難しく、カガリも「苦手だ」と言い切る。
しかも、単調に長く伸ばしているだけでは、何の感情もなく無気力で魅力もない。とはいえ下手に音がぶれれば「下手」の烙印を押されるだけだ。
そんな紙一重の難しいバラードを、ラクスは歌いきっている。
そして―――彼女の魅力をすべて曲に出し切って見せている『キラ・ヤマト』
ステージの花はすべてラクスに任せて、自分はあくまで音源全てを請け負っているスタンスはアスランに似ている。
だが、デビューしたてでここまで独自の世界を作り出せるのは、まさに彼の力だろう。彼の作り出す曲で、観衆はまるで何か蠱惑の薬でも含まされた様に、その世界にうっとりと陥っていく。
これだけ上手い歌い手と、作曲家であれば、何らかの事前情報があってもおかしくはない―――はずだが…
「……」
画面の前で、アスランの表情がさらに厳しくなる。
二人に関しての情報がまるで無いのだ。
先ずはラクス・クライン。あれだけの発声であれば、どこかの音楽大学やボイストレーニングなどの養成所に所属した過去があってしかるべきだろうが、国内外検索をかけても、彼女の所属どころか、存在さえまるで掴めない。
先日のスタジオでは、キラに「芸能界の決まりごと」を説いていたことから、キラよりも早くこの世界にいたのではないかと推理したが、なしのつぶてだ。
そしてキラ・ヤマト…彼についてはラクス以上に全くの白紙状態だ。いきなり作曲編曲を担当したとは思えない。あれだけの力があるのなら、何かしら他の楽曲提供をしていてもおかしくはないのだが、その形跡も全くない。
彼らの所属している音楽事務所に裏ルートでアクセスをかけてみたが、
所属事務所『エターナル・プロダクション』
代表取締役『アンドリュー・バルトフェルド』
専属マネージャー『マーチン・ダコスタ』
デビュー曲『静かな夜に』
アスランの腕をもってしても、わかったのは普通に公表されているこれだけ。
『エターナル・プロダクション』やその社長であるバルトフェルドに関しては、既に業界内では知れ渡っている大御所であるため、あえて洗い直す必要もないだろう。しかし、普通ありがちなバンドのインディーズ時代の『バイオグラフィー』や、出演したスタジオライブなどの記録は一切なし。
時折、こうした不正アクセスによって、アーティストのプライバシーが公表されてしまわないように、昔ながらの紙ベースで管理している事務所もあるため、情報をハッキングできないことに疑問を持つ必要はないのだが…
普通だったら、まるで音楽に縁がなかった者を集めてバンドを組ませる、そしてそれが大当たりする、などという賭けのようなことは、あのバルトフェルドはしないだろう。
となると、どこかでライブ活動をしていたり、自作CDなどを聴いてスカウトするのがセオリーである以上、過去の彼らの活動が全く人の目に触れない、ということはありえないはずである。
あれだけ目立つ活躍を成し遂げた彼らの過去が一切無い。
画面の中で異彩を放つSFを見ながら、アスランは唇を噛む。
(…何だ…この違和感は…)
***
その日の夕方、アスランとカガリはタクシーの中にいた。
「うぅ〜〜〜ん…」
起き抜けのカガリが背伸びをすると、助手席に座っていた同伴のナタルが厳しくカガリを見やる。
「しっかり目を覚ませ、カガリ・ユラ。もうすぐ仕事現場に到着するぞ。」
「は〜〜い…」
ムニャムニャと目を擦るカガリとそれを見て苦笑するアスラン。変わらない、いつもの二人の空気。
「今日は雑誌のインタビューでしたね。」
アスランが気を取り直すようにナタルに尋ねると、ナタルは振り返らずに告げた。
「あぁ。今日のインタビューは『対談』だそうだ。先方からのたっての願いでな。」
「先方…?」
カガリがようやく覚醒してきた頭を回転させる。
「そうだ。お前たちも知っているだろう。『エターナル・プロダクション』のバルドフェルド社長を。」
ナタルの口から出た言葉に、アスランの心臓が一瞬早い鼓動を打つ。先ほど調べていた名前がいきなり登場するなんて。
「まさか…」
アスランの表情がみるみる曇り出す。カガリはその横顔をキョトンとしながら見つめる。
「察しがいいな、アレックス。」
ナタルの事務的な言葉がアスランの心を貫く。
「そうだ。『ストライク・フリーダム』の二人との対談だ。」
***
「お待たせしました。」
「いーえ、こちらこそ、天下のIFさんに無理を言って申し訳ない。」
ナタルが会釈した先には、アロハを着たサングラスの男―――アンドリュー・バルトフェルド。
社長自らが出向いてくるとは、いかにSFが大事にされているかがわかる。
「うちの若い子たちが、「どーしても、IFの二人と話がしたい!でなきゃこの仕事受けない!」って我儘言い出しましてね。甘やかしちゃいかん、と思いつつも、ウチもついつい相手がIFさんだと思うと、こいつは尻馬に乗れる!って思っちゃいましてね。」
かぶっていたカンカン帽をやや大げさな動きで脱帽し、深く礼を取る。思わずカガリも深々とお辞儀した。するとバルトフェルドはカガリに顔を近づけ、ひるんだカガリに向かって、満足気に笑った。
「うんうん、いいねぇ〜v やっぱりカガリちゃんがいると、スタジオに花が咲いたようだ♪―――と…」
にこやかなバルドフェルドが一瞬口を紡ぐ。
「ウチの『花』も準備整ったようだ。」
バルトフェルドが視線を促した先には、撮影用衣装に着替え終わったラクスとキラがいた。
対談はアスランが警戒していたような、慇懃さはなかった。
寧ろ、先日出会った時と同じ人物とは思えぬほど、キラは落ち着いていて、あの無遠慮と思えた行動さえ、夢を見ていたかのように思えた。
(…この前は、俺の考えすぎだったか…)
そう思い対談を進めている最中、カガリがふと言った。
「そういえば、ウチもアレックスはあんまりしゃべらない方だけど、ラクスもあんまりしゃべらないな。」
小首をかしげるカガリに、アスランも(あれ?)と思う。
視線を向ければ、ラクスはその人形のような微笑みを変わることなく湛えたままだ。
確かに……大抵のバンドはメインはボーカリストを中心に話が進むが、先日のスタジオでもそう、ラクスは歌う以外、ほとんど私語をすることもなく、キラの後ろに下がっていることが多い。
キラに注意を促していた様子から、SFを仕切っているのはラクスかと思っていたが、どうやらそのようではない。
ラクスにマイクが向けられるたび、ラクスは一瞬キラを見る。そして彼が頷いてからでないと発言していないことを、PCに流れていた動画で思い返す。
「そうですか?わたくしはあまり気にしたことはありませんけれど…」
ラクスはそう言いながらキラを見る。すると、キラが微笑んで頷き―――いきなり別の話を切り出した。
「僕ね、以前から『カガリに似ている』って言われたことがあるんだ。」
「へ?」
カガリがキョトンと目を見開く。
「だから僕もステージに立っているカガリを見て、「僕も、きっとカガリと同じようになれる!」って思ったんだ! だってほら、見てみて。」
そう言ってキラは椅子をずらし、カガリの横にぴたっとつける。
一瞬アスランが鋭い視線を走らせたが、キラは構うことはなく、カガリの横顔に並ぶように顔を寄せる。
「ね!似てるでしょ!?」
これにはアスランも驚きを隠せない。
なるほど…言われて見れば確かにそうだ。髪の色と瞳の色、髪形や性別で気づかなかったが、二人はよく似ている。顔の造形もだが、雰囲気も似ているのだ。
どこか無垢で、無邪気で…それでいて、人間を超越したような、『何か』を隠し持っているような…
「ホント、そっくりですわね〜」
ラクスが花笑みのまま同意する。
その言葉に後押しされた様に、キラは頷いてさらにカガリに告げた。
「カガリ、誕生日『5月18日』なんだってね。実は僕も同じなんだ!」
「え!そうなのか!? すごい偶然だな!」
「ホント、すっごい偶然だよね〜v」
キラの満面の笑みと、カガリの驚愕の表情を、待っていましたとばかりに取材カメラマンのフラッシュが照らし出す。
その眩さがアスランの心に、まるで稲妻のようになって痛みが突き刺さる。
「それではインタビューを終了します。ありがとうございました。」
ライターの挨拶にスタッフが立ち上がり、それぞれ後片付けに向かって動き出す。
アスランとカガリ、キラとラクスも席を立って、楽屋に向かう、誰もが彼らに視線を外していた、その一瞬だった。
「カガリ―――」
早く次のスタジオへ…と言いかけカガリに振り向いたアスランの翡翠に映ったもの、それは―――
<チュッ…>
「―――っ!!」
あまりの驚愕に、翡翠が見開かれる。
そこに映っていたのは、キラがカガリの柔らかな頬に口づけている、時間にすればたった一瞬の、しかしアスランにとっては果てしなく長い、悪夢の様なワンシーンだった。
・・・to be
Continued.