Vamp! V 〜第1楽章〜
「それで今回のアルバムのコンセプトは、一体どのような感じなのでしょうか!?」
特徴的な女性の甲高い声と、その後ろから<パシャ、パシャ>とカメラのシャッターを切る音が耳につく。
都内にある某レコーディングスタジオ。翌月発売される『インフィニット・ジャスティス』のニューアルバムの発売を前に、各音楽雑誌からのインタビューが相次いでいる。
「そうですね〜やっぱりコンセプトテーマが『夢』ということなので、みんなが希望を抱けるような、そんな感じのアップテンポな曲がお勧めかな!」
数ある音楽雑誌のどれをとっても、ほぼ尋ねる内容は同じなので、回答もそれにならえばいいだけだ。しかしながらアスランにとっては、どうにもインタビューというものにはいつまでたっても慣れる気がしない。人見知りの性格…というよりも、物静かさを好む性分のため、こうした落ち着かない雰囲気は苦手だ。
だが、その穴を埋めるかのように、カガリはどんな相手にも、何度同じ質問を受けても、活き活きと明るく対応してくれる。積極的で明るく人を和ませるカガリの力は、自分と真逆の天性の力を持っていると思う。
かつて自分を救ってくれた力―――それが見事に今はファンをはじめ、関わる人たちすべてを巻き込んで、力と勇気と明るさを振りまいてくれている。しかも彼女自身はそんなことにちっとも気が付いていない。
「そうなんですか!じゃぁ、カガリさんの夢ってなんですか?」
「それはやっぱり、世界デビューして『ワールドツアー』で歌うことかな!」
満面の笑顔で答えるカガリ…彼女の笑顔は彼女の正体とは真逆なまでに、希望を照らす。
『静』と『動』のバランス―――その絶妙さが、ある意味『IF』の魅力となり、多くのファンを虜にしているといって間違いはない。
そんなことをぼんやりと考えているアスランに、女性記者がマイクを向ける。
「ということは、アレックスさんの曲作りも、カガリさんの提示したコンセプトに沿って作られていくわけですね!?」
「世の女性ファンはあなたの発言を待っているのですよ!」と言わんばかりの圧力のかかった視線を女性記者に向けられ、アスランも仕方なく答える。
「えぇ…カガリが主に内容をまとめてレポートしてくれるので、俺はそれに沿って作っていくことが主流ですね。今回のアルバムは特に、カガリが先に歌詞を考えてくれたものがあって、それに俺が曲をつけて行ったものもありますので…」
落ち着いた、穏やかな返事に、女性記者が思わず頬を染める。
「まぁ!プレミアを聴かせていただきましたが、あの曲はそうだったのですね!クールなアレックスさんとはまたギャップの激しい曲調で、そういったところにファンも惹かれるのでしょうね〜♪」
『クール』か…よく言えばそうだが、悪く言えば『愛想がない』となる。言いようで、良くも悪くも印象の取り様が変わってしまうのだから、言葉というものは不思議なものだ。
「さて、本日はお忙しい中、インタビューのご協力をありがとうございました。」
いつもは雑談交じりのインタビューで結構な時間を費やされるのだが、今日はこの馴染の記者が早々に席を立とうとしている。
「お疲れ様でした!…今日はなんだか忙しそうだな?大変なのか?」
顔見知りとあって、カガリも不思議そうに彼女を見つける。
「えぇ、今日はもう一本、この後取材があるんです。」
「へぇ〜…私たち以外にも、こんな夜遅くにインタビューを希望するアーティストがいるのか?」
カガリの体質上、昼間の仕事は極力避けているため、どうしても夕方以降となるが、更にこの後の時間帯を希望する者がいるとは…
「お二方とも知りませんか?『SF』。」
「『えす…えふ』?」
記者の放った単語にカガリが頭に『?』をつけながら、小首をかしげる。
「そのままだったら『サイエンス・フィクション』の略ですね。」
珍しくアスランも返答する。
そんな二人の様子に、記者がクスリと微笑んでいった。
「つい最近までお二方ともレコーディングスタジオに籠りきりでしたものね。ご存じないのも仕方ないかもしれませんが、最近デビューした二人組のバンドのことでして…そう、お二人と同じ男女構成なのですよ。『SF』は正式には『ストライク・フリーダム』というバンドなのですが、歌声が非常に綺麗で…あ、カガリさんにはまだまだ敵いませんけれど、先日インディーズからメジャーデビューしたばかりで、その第一弾シングルがIFのアルバムと同じ発売日なんですよ。今注目の新人でして…そうそう、世間じゃ『IF』に対して『SF』って呼んでいるんです。」
それでは…と言葉を置いて、記者とカメラマンは早々に姿を消した。
「ふ〜ん…『SF』か。どんな曲歌うのか、聴いてみたいな。」
スタジオから出て、夜の空気を深呼吸するカガリ。
この時まだ、二人にはこの先に待ち構える運命に気づかなかった…。
***
「えーーーーい!またしても先を越されるとはっ!!」
新聞をいつものように破り捨て、遠くのゴミ箱にダイレクトシュートする上司に、ルマナリアとシンはいつも通り耳を塞いでやり過ごした。
本庁刑事捜査一課の朝は、課長のイザークの鉄板のお説教から開始される。この後には恒例の『ちゃぶ台返し』に続くのだが。
「まったく、お前たちがいつもいつも出遅れるから、『Vamp』なんぞにやられて―――」
「どうぞ。」
怒りに震える上司の目の前に、スッと横から小さなグラスを差し出したのは、お茶くみ担当のメイリン。
「…なんだ、これは…」
イザークの視線がグラスに落ちる。
「もう暑くなりましたので、冷たいお茶の方がよいかと思いまして。」
「そうじゃない!ホーク妹!何なんだ、このグラスは!?」
イザークが指差した冷茶入りのグラスには、何故か本人そっくりのイラストが描かれている。しかもしっかり『イザーク・ジュール』の名前まで入っている。
「これは某所の『テーマ・カフェ』で『プチグラス付メニューのフェアメニュー』をやっていまして、このグラスのキャラがあまりにも警視正にそっくりでしたので、記念にご用意させていただきましたv」
ルナマリアが思い返す。
ここ数日、メイリンがその『テーマ・カフェ』とやらに通いこんで、体重を気にしながらも、ひたすら『ハンバーグセット』を食べていたのは、このグラスを手に入れるためだったのか…
イザークは振り上げたその手でグラスを(やたら丁寧に)持ちながら「ぐぬぬ…」と怒りのやり場に困っている。
確かに、自分の顔や名前の入ったグラスなら、簡単にちゃぶ台返しして割るわけにはいくまい。
それを思ってルナマリアがメイリンを見れば、イザークの後ろから小さくブイサインを出すメイリンがいた。
「しかしですねー、課長。」
ルナマリアの隣でシンがぼやいた。
「ウチは『一課』ですよ。殺人はじめ重犯罪事件専門にあたる課なのに、なんでこの前みたいに『危険ドラッグ』みたいな余所の課の仕事に介入しなくちゃいけないんですかぁ〜?」
警察は自分のテリトリーに煩い職場だ。事件が起きれば、「そこの管内警察署担当」となり、他の管轄の別の刑事は手を出せない。言ってしまえば「手柄を他にやるわけにはいかない」ということで縄張り意識が非常に強い。たとえそれが同じ管轄内であっても、担当部署の領域は犯してはいけないルールがある。
一課の職員皆が、シンの意見に同意するように頷く。普段はテリトリー問題を一番気にするイザークにしては珍しい行動だ。ルナマリアもいつも怒鳴られてばかりの上司に、ここぞとばかり反抗するように、そこを突いて声を上げた。
「そうですよ!領域侵害しちゃ、『組対四課』の連中に何を言われるか―――」
「そのことについては僕から説明させてください。」
二人の後ろから、涼やかな声が響く。
二人が振り返ると、そこには警察という場に似合わぬ、物腰の柔らかな、はにかんだ微笑みを湛える人物がいた。
「に、『ニコル・アマルフィー』四課課長――!?」
二人は慌てて敬礼する。
ニコル・アマルフィー―――『警視庁 組織犯罪対策四課』課長。
危険ドラッグや麻薬などの薬剤や銃刀法違反など専門で取り締まる四課のトップにして、イザークとディアッカの同期。四課は組織がらみの犯罪を扱うということで、いわゆる暴力団などとも渡り合うため、非常に荒事の多い課である。この穏やかで優しい人が、どうあの四課を取り仕切っているのか、全く想像がつかないが、ディアッカ曰く「マジで怒ったら、イザークだって敵わないぜ…」という。
「四課の課長自ら、何故こちらにおいでに…?」
同じく立ち上がって敬礼していたレイがニコルに問う。
「はい。実はみなさん一課の協力を仰がないといけない事例が出まして。」
会議室に移動し、ニコルとイザークを中心に、緊急会議が始まった。
「先日皆さん、『危険ドラッグ』の取引現場に立ち入っていただきましたね。」
ニコルの言葉に全員が頷く。
「はい…その時から疑問だったのですが、何故我々一課に同行を?」
ルナマリアの質問を受け、ニコルが頷く。
「現在我々四課は『危険ドラッグ』を追っているのですが、ここ最近、どうにも『不可思議なドラッグ』が出回っていて、それによって殺人に発展している事件が管内以外から出ているのです。」
「『不思議』というのは一体どういう意味で?」
ディアッカがニコルに視線を送ると、ニコルはまた頷いて答える。
「それが、捕えた犯人が興奮して、最初はドラッグによるものかと、鑑識に照合を依頼したのですが…血液はじめ尿・毛髪…どれをとっても薬物の反応ひとつ出ないのです。」
え!?と一課の間でどよめきが起きる。
「しかも、薬品反応が出なかったため、普通の薬物と同じ体内からの排出時間を待ってから一度拘留を解いたところ、興奮と錯乱は時間を追うごとい増していって、今度は殺傷事件へと発展していきまして、いわゆる最悪の結果になっていきました。しかもそれが一件ではなく複数件起きていまして。」
「精神鑑定はしなかったのですか?」
レイが手を上げ質問すると、ニコルは力なく首を振った。
「もちろんしました。しかし、ホンの数時間前まで全く問題なく、日常生活も普通に過ごしていた、もちろん精神心療内科などへの通院歴もなかった。もってしていえば、健康診断でも全く問題ない人物たちでした。普段目立つこともなく、」
「そこで、だ。」
イザークが両手を机に<バンッ!>と強く置きながら立ち上がる。
「四課と協力し、この事件を追うことを中心とする班を決めたい。当然傷害事件を予防する目的もあるが、この事件の原因を作っている犯人をいち早く突き止め、逮捕に向かってほしい。いいな!」
「「「はいっ!!」」」
全員が立ち上がり、凛とした姿勢で一斉に敬礼した。
***
あくる日の夜、アスランとカガリはまた別のテレビ局のスタジオにいた。
ニューアルバムが発売されるとあって、その宣伝も兼ねて、歌番組の収録に訪れていたのだ。
「オケ撮り、入りまーす!」
番組ADがメガホンを振り回す。
『オケ撮り』とは、音楽番組でよく使われる手法で、その場で生演奏せずに、事前に音だけ収録しておき、本番では演奏はしない…いわゆる「カラオケ演奏」で、歌だけ生で歌う、という仕組みだ。しかも歌詞もステージの反対側のモニターに映るため、歌い手も歌詞の間違いはなく、テレビに映る段には失敗はない、という。
「う〜ん…やっぱりアスランの生演奏で歌いたいなぁ…」
「そうぼやくな…その分ライブで沢山歌えばいいじゃないか。」
「うん…」
これもインタビュー同様、何回も繰り返しているが、こちらの方はカガリがどうにも苦手、というより毎回納得しないのだ。
クスリと苦笑いして宥めるアスラン。カガリの頭をポンポンと軽く撫ぜる。
と、そこに―――
「すいませーん!本日2本撮りの『SF』さん、入りました!」
スタジオのカーテンをめくって、もう一人のADが両手をメガホンのようにして声を上げる。
「『S…F…』って…」
その声にカガリがふと気が付いたように顔を上げた。
すると
<フワ…>
カーテンの奥からスタジオに現れたのは、印象的なピンクの長い髪の少女。
優しげな空色の瞳。
淡い水色のドレスに細い足首を引き立てるピンヒール。
音もなく、そよ風のように優しく歩み寄ってくる。
「…うわ…綺麗だな、あの子…」
思わずカガリが呟く。
その時―――
「あ!」
そのピンクの少女の後ろから茶色の髪の青年が現れる。
面差しは優しく穏やかそうで、その瞳は思慮深げな紫水晶。
その瞬間、アスランは気づいた。
紫水晶に映るカガリの姿を。
「やっと会えた!」
アスランが刹那の後、次に気づいた時には、その紫水晶は彼の横を通り過ぎていた。
彼のすぐ隣に立っていた、金の少女を抱きしめて。
「え…あ…??」
金の瞳をパチクリさせて、状況がつかめずぽかんとしたままのカガリ。
「会いたかった。すごく会いたかったんだ!カガリに!!」
頭ごと抱えて抱きしめられ、すり寄られた頬が、いつも慣れ親しんでいるアスランのものではないことに気が付き、カガリがようやく慌てる。
「な、な、なんだお前!?」
それでも引き離せず、あわあわと慌てるカガリ。自分を抱きしめている彼は誰なのかさっぱりわからない。
一方の彼は、まるで無邪気な子供の様に嬉しさを開放している。
と―――
その彼の紫水晶の瞳が瞬時に研ぎ澄まされる。
カガリを庇う様にして「それ」に対する。
彼とカガリの前には、怒りの籠った翡翠の鋭い眼光
「おい、カガリを離せ!」
普段のアスランなら冷静に対応したはず。だがそのアスランに余裕さえ与えない「何か」がアスランの感情を露わにした。
しかし、カガリを抱きしめたままの彼はまるでアスランの存在など意図していないかのように、挑発的にアスランを見返す。
そこへ
「あらあら、キラ。いけませんわ…ちゃんと先輩にご挨拶しなければ。後輩からきちんとご挨拶に伺う。これがこの世界の約束ですのよ。」
その姿に見合うだけの涼やかで柔らかな声。
彼女は改めてアスランに向き直り、深々と会釈した。
「初めまして。『IF』のアレックス様とカガリ様ですね。私共は先日デビューしたばかりの『ストライク・フリーダム』と申します。私はボーカルの『ラクス・クライン』ですわ。」
嫋やかに挨拶し、その笑みをもう一人の相方―――カガリを離さない『彼』に向ける。
そうすると、彼はようやくカガリを開放し、照れ笑いするようにして頭を掻いた。
「ごめんね、いきなりでびっくりしたよね。…でも僕嬉しくって。…あ、僕は『キラ・ヤマト』。ラクスと一緒に『SF』で打ち込みの曲を作っているんだ。よろしくね!」
少しすまなそうに頭を下げ、その後見せる人懐っこい笑顔。
訝しげなアスランにラクスが加える。
「キラはずっとカガリ様のファンでしたのよ。もしかしたら同じスタジオで収録できるかもしれないと聞いた時から、ずっと「会いたい、会いたい」ばかりでしたもの。その想いが溢れてしまいまして、不躾をお許しくださいませね。」
「あ、いや、大丈夫だ。うん。」
カガリが両手を振って慌てて答える。
「本番、行きます!」
ディレクターの声がかかる。
「では、私たちは後撮りなので、見学させていただきましょう。キラ。」
「そうだね。…カガリ、応援しているからね!頑張ってね!!」
その無邪気な笑顔にカガリもこたえる。
「あぁ!先輩の様子、よく見ているんだぞ!」
「「はい!」」
SFの二人が笑顔で答える。
意気揚々とステージに上がるカガリ。
その後を追うアスランとすれ違うキラ。その瞬間、嫉妬と怒りの感情を含む翡翠と、どこか余裕な笑みを湛えた紫水晶の眼光が激しくぶつかり合う。
二人の激しくも静かな感情が交錯したのを、前を歩くカガリはまだ知らずにいた。
・・・to be Continued.