Vamp! V 〜最終楽章〜
「キラッ!」
ラクスの声にキラが振り向くと、なんとラクスがいつの間に仕掛けたのか、既に縛られていたロープを解いて地下室の出入り口に向かって走り出している。
「っ!?!?」
驚愕するラウの反応が遅れた。咄嗟にキラは出入り口に向かって走り出す。
「ラクス!早く逃げるんだ!」
とにかくラクスさえ無事逃げおおせてくれれば―――
「クソッ!小娘、一体どうやって!?」
ラウの怒声を背に、キラとラクスは階段を駆け上がった。
「その先!廊下をまっすぐ行けば出口が―――」
キラの声にラクスがドアに向かって走る、が、
「私を舐めるな!このガキどもがっ!!」
ラウが怒りと共に手元にあったリモコンを押す。すると
<ガラガラガラ―――ガシャン!>
「「!?」」
キラとラクスの行く手がはばまれる。一階のドアと、窓という窓すべてにシャッターが下りた。
キラが咄嗟に拳で叩き割り壊そうとするが、
「―――うわっ!」
「キラッ!」
当たったと思った途端、電気のような痛みが手から体中に走る。キラを庇うラクスが見れば、シャッターには何か光るものが細工されていた。
「これは…」
眉をひそめるラクスに、後方から近付いてきたラウが余裕を取り戻した口調で言った。
「これは聖水と銀を混ぜて作った、ある意味結界のようなものでね。人間はともかく吸血鬼は触れるだけで火傷するような痛みが走るはずだ。キラが万が一脱走しようとしたときにと思って製薬会社のものに作らせたが、完璧だ!まさか早々に役立つとは!」
両手を天に捧げるようにして仰ぎ見るラウ。そして獲物を追い詰める獣のように、じりじりと二人に近づいてくる。
一歩、また一歩と。
キラが身を挺してラクスを庇おうとする―――が
「…う…」
「キラ!」
先ほどラウに無理矢理飲まされた薬によって、キラの全身に強い虚脱が襲い掛かる。これではラクスを庇うどころか、足手まといになりかねない。そんなキラを案じて、ラクスが必死にキラの体を支える。
キラとラクスは壁際に追い詰められ、狙われた子ウサギのように身を縮める。
ラウはまた笑いをこらえきれなくなった。
(哀れな王家の最後が、またも楽しめるとは!)
追い詰めてこその優越!怯え、畏怖させての優越!人間だろうと王家だろうと、全てが私に膝魔づく!
「さぁ、二人とも、我が生贄となれ!」
そして山荘の中央にラウが差し掛かった
その瞬間―――
「今だ、カガリ!思いっきりやれ!」
「了解!」
ラウの耳に遺恨のように記憶に残っている、あの二人の声が聞こえた。
「!?」
咄嗟のことに、ラウの歩みが止まり、周囲を見回す。すると
<ギ、ギギギ…ギギギ――――>
何かが擦り合う鈍い音、と共に、どこからか響いてくる軋むような振動。
「どこだ!?何が一体―――!?」
ラウが急に訪れた未知の恐怖に周囲を見回す。周囲に異変は感じない。だが確実にこの異変が響いてくる。これはどこから―――
<ギギギギィ――――ガタン!>
突然軋みが止むと、ラウの周囲が急速に明るくなる。
「上!?」
天井を見上げたラウのマスクに映ったのは、天井を支えていた丸太と、屋根に使われていた板材が○を描いたようにぽっかりとくり抜かれ、自分に向かって崩れ落ちてくる様。
そして、今まで一度も浴びたことのない、スポットライトのように照らされた自分。
だが、ライトはじりじりと焦げ付く匂いを上げていく。それは崩れ落ちた木材の下敷きになるだけでなく、ラウの皮膚を焼いていく痛み―――
「ぅあぁぁぁーーーーーっ!!」
皮膚から立ち上がる肉を焼くような臭いと煙。これが純血の吸血鬼であれば、一瞬にして灰となるだろうが、半人半魔のラウはいっそ灰になることも出来ず、焼かれる苦しみに悶える。逃げようにも落ちてきた屋根のがれきに身動きすら取れない。
ラウが最後の力を振り絞って、見上げれば、眩しい光の中に蒼い揺らめき―――濃紺の髪を風に揺らし、あの時と同じ恐れを覚える鋭い碧の瞳…
ラウが見間違いかとばかりに思わず目を見開く。
それは、まごう事なき、彼だ。
一瞬にして、自分を恐れさせた、あの忌まわしい人間
―――『アレックス・ディノ』―――!
それは確かに昨夜最期を見取ったはずの人間。ラウが驚愕する。
「…貴様は…アレックス・ディノ!?…どうして…お前…」
恐れを混じるその声色に対し、あの時同様冷徹とした声が返してくる。
「…ミュージシャンには演奏のほかに『プロモーション・ビデオ』というものも制作しなくてはならない機会が多くてね。哀愁を表現するために、「愛する人を己が手で殺す」というシチュエーションで、「殺された役」というものも、演じなくてはならない。動画への特殊加工も手掛ける現場にも立ち会っているんで、いくらでも画像は合成できる。」
(では、あのキラの送ってきたアレックスとカガリの死んだ映像は、偽の動画だったということか…!?)
更なる驚愕に打ち震えるラウに、アスランの横からヒョイと顔をのぞかせる者が一人…黒い遮光フードで全身を包んでいる、
―――あれは…『カガリ・ユラ・アスハ』――!
「どういうシチュエーションでお前が襲ってくるか、わからなかったから、何パターンか作ってみたけれど、お前がキラに出す命令にあったパターンに切り替える時、ばれないかちょっとヒヤヒヤしたけぞ。…お前が「老眼で目が悪い」っていうの、本当だったみたいだな。ばれなくてよかった。」
カガリが快活な声でからくりを伝える。
(あの、キラから送られてきている映像…中継と思っていたが、画像送信を切り替えていたとは…あの一瞬画面がぶれたのは、キラにカガリを殺させる指令を出した時用に、作った映像を切り替えたというのか…)
―――「2度も出し抜かれただと!?この私が!?」
ラウが憎々しげに二人を睨んだ。
***
※話はラクスが浚われた夜にさかのぼる―――
「大丈夫だ、キラ。絶対ラクスをアイツから無事に取り戻すぞ!」
カガリの声にアスランとキラも立ち上がった。
だが
「…だけど…ラクスの居場所が分かったとはいえ、この先どうするのさ?」
キラが不安を隠しきれずアスランを見やる。
「そうだな、手っ取り早く、まずやることは―――」
アスランはこともなげに言った。
「キラ―――『俺を殺せ』。」
「「はぁ!?!?」」
突拍子もない発言に、双子はシンクロしたように、互いの顔を見合わせ、目をパチクリした後、揃ってアスランに食って掛かる。
「何でお前が殺されなきゃいけないんだよ!!」
「そうだよ!君とは仲間になれたと思ったのに!!」
二人の剣幕に、アスランは「落ち着け」と言わんばかりに両手で二人をいなすと、落ち着き払った声で話し始めた。
「…先ほども言ったように、クルーゼは俺たちは敵対していると思っている。そしてやおら無警戒だった人間の俺にプライドを傷つけられた上に、恐怖心をあおられたことで、まず一番最初に邪魔な存在である俺を消しにかかってくるはずだ。奴には従者がいないことは、ここに単独で襲撃してきたというだけでわかる。ならラクスを見張るものがいない以上、彼はアジトからは離れない。とすればキラ、君に俺を消させようとするはずだ。」
「…それは、確かにあり得るね…」
キラが軽く頷く。アスランは続けた。
「最終的に奴の狙いは、カガリかキラ、どちらか一人を消しもう一人を手に入れる算段だ。しかしカガリとラクスの繋がりが薄い以上、より人質の命を有効に使えるのはキラだ。とすると、カガリは連れてくるには邪魔。イコール「カガリもキラに殺させる」というパターンが奴にとって一番メリットのある手段だ。…カガリ、君も『Precious Roze』のPVを撮影した時、体が砂に変わっていくシーンを撮影しただろう。」
「うん。「砂漠の真ん中で倒れて、身体が砂になって風に消える」っていうアレだな。」
「それと俺も以前、刺されて倒れるシーンを撮ったことがある。これを背景合成してキラが如何にも俺たちの自宅で刺殺したように加工すればいい。次は君だ、キラ。君も演技をしてもらう。奴がいつ再び計画してくるかわからない以上、この作業はすぐに取り掛かる。」
アスランの言葉に二人はまたも同時に頷いた。
こうして作業に移り、トラップの動画を作成し終えると、またもアスランから二人に次の策を告げられた。
「さて、『二人を殺した』というキラのアリバイトリックは完成した。次は具体的に『ラクス嬢の救出』についてだ。」
思わずキラの喉が<ゴクリ>と鳴った。
「キラに俺たちを襲わせるのは、時間的にはキラが活動できるようになる日没直後のはずだ。夜になれば俺たちも仕事で他者の目が溢れる場所にいることは奴も予想しているはず。ならば仕事直前の人目にあまり触れない、この時間帯を狙うはずだ。そして事が済めばキラをあの山荘に呼びつけるだろう。想定すれば到着は深夜頃。そこで山荘に来たキラを捕える算段という確率が高いと思われる。」
淡々と説明するアスランに、キラが質問する。
「でもそうすると、僕一人で乗り込んでラクスを助けることになるよね。君達は『死んでいるはず』なんだから。…ラクスがあの山荘のどこに捕えられているかわからない以上、僕もどうやってアイツを倒したらいいか…」
キラの心配は最もだ、とカガリも思い、うんうん、と強く頷く。
しかしアスランは、冷静な表情を一つも替えず、サラリと答えた。
「既にラクス嬢の居場所はわかっている。俺が先ほど彼女と話した。」
「「はぁ!?!?」」
またも双子がシンクロしながら目をパチクリさせる。
「い、一体どうやってラクスの場所が分かったんだよ!?」
「彼女は無事なの!?どうしてそれが判るの!?」
またも二人の剣幕に、アスランは再び「落ち着け」と両手で二人をいなすと、話を再開した。
「カガリ、ラクス嬢に君のインカムの発信機を付けた、という話はしただろ。」
「うん。だからあの製薬会社の山荘にいるって判ったんだろ?でも、部屋の場所まではわからなかったじゃないか。」
「実は発信機だけじゃなく、通信機能も含めてスピーカーとマイクも彼女との戦闘中に、渡しておいたんだ。」
「君は…一体何からキラを守っているんだ?」
アスランの言葉に、ラクスの戦闘の手がピタリと止まった。
「それは…」
判断に迷うのか、ラクスは鞭を振り上げようとしたまま動かない。
アスランは畳み掛けた。
「君はカガリを連れ帰ろうとする俺を待ち伏せていたわけじゃない。それだったら早々にこのビルの外に追いやればいいだけだ。だが君は決してこの場から動こうとしない…ということは、「別の何かがキラに迫っている。それから守ることの方が優先」と考えているからだろう。
聡明な君がここまでするんだ。よほど手におえない相手なんじゃないか?」
「……」
ラクスは黙り込んだ。しかし、力を失くした様に、鞭がスルリと床に落ちたことで、アスランの推理が当たっていることを物語った。
「キラの…彼の命を狙っている者がいるのです!私は絶対にその者からキラを守りたい…!そのためには、我が身を挺しても守り抜かねばならないのです!!あなたはキラの命を狙ってはいない。ですから…私はあなたを傷つけたくありません。その必要もないのです。」
憂いに俯くラクスの瞳に涙が溢れる。彼女は優しい人だ。必要でない限り、他者へ絶対に害は与えるつもりはないだろう。
しかしその一方で、敵と戦えきれるほどの強さがあるとは思えない。彼女の本当の敵はキラを狙うほどの相手だ。そんな相手と互角に戦いしのげるだけの強さがあるだろうか。
心の強い彼女の忠誠心。いや、キラへの愛。そこを敵は付け入る隙とすることは予想できる。
アスランは訴えた。
「俺はあくまでカガリを助けたいだけだ。」
その強い口調に、自分の想いと似た意識を感じたのか、ラクスがハッと顔を上げアスランを見る。
「キラの敵、ということは、きっとそのうちカガリにも何らかの形でその敵の手が伸びるということだ。だったら俺は君たちと協力してその敵とやらを撃退したい。」
「…アレックスさん…」
「キラと話をさせてくれないか? 絶対君たちを不幸にする真似はしないから。」
しばらくして、ラクスはスッと廊下の脇に身を引いた。それが彼女の「答え」。
「…ありがとう…」
その横をアスランが通り抜ける。
通り様、彼女のポケットに、そっとマイクを忍ばせて―――
「え!じゃぁ、ラクスは発信機だけじゃなく、マイクも忍ばせていたのか!?」
カガリが思わず声を上げる。
「直接渡してもよかったんだが、まだ俺を真の味方と信じている彼女ではなかったからね。それに納得して彼女が持って行ってくれたとして、囚われた後彼女がそれを意識して不自然な動きをしたら、クルーゼに悟られかねないしね。持っていることを自覚していない方が自然だ。」
そして、連れ去られた日の夜が明けてから、アスランはラクスに連絡を取った。
ラクスははじめ、聞きなれない電子音に戸惑ったようだが、直ぐに察知した。
「ラクス。俺だ。アレックスだ。」
<!?>
声の代わりに床のガタンということが聞こえる。流石のラクスもびっくりしたのだろう。
アスランは落ち着く様に説明した。
「怖がらないで…君の服にセンサーとマイクとイヤホンを仕掛けた。今、奴は傍にいるか?」
警戒したのか、しばらく様子をうかがってから、ラクスのひそやかな声が聞こえた。
<…いいえ、夜明けとともに、眠りにつきましたわ。今はここにはおりません。>
「そうか。ヤツはやはり昼に籠り、夜に活動しているんだな。」
<はい。>
「君は今、部屋のどこら辺にいるんだ?」
<よくはわかりませんが…地上ではないことは確かです。窓がありませんもの>
「よく昼に奴が寝ていると分かったな。窓もないのに。」
<『時計』ですわ。>
「時計?部屋に時計があるのか?」
<えぇ…かなり大きな文字で、しっかりとAM/PMが表示されているようです。>
「そうか…電波時計かどうかまでは、わからないか。」
<随分古めかしい時計ばかりです。多分電波式ではなさそうですわ。あえて精度が高いとしたら、パソコンの表示と携帯電話でしょうか。>
「君はどんな状況なんだ?縛られているのか?」
<食事と化粧室を使いたい時だけ、彼が私の両手の縄をほどきます。最も腰にロープは繋がれたままですけれど。…一度逃げることを試みました。しかし、1階の窓は分厚いガラスでして、しかも全く日光が入ってこないように遮光されていますの。暗い上に、窓やドアを開けようとしたのですが、ラウが内側から鍵を閉めてしまっているようで…叶いませんでした。鍵は彼が肌身離さず持っているようですし。>
「無理はしなくていい。これから君を救うための作戦を伝えたい。まず君の自由の確保だが、君はハンカチは持っているか?」
<えぇ…ありますけれど、それが何か?>
「じゃぁ、これからハンカチを使った『縄抜け』の方法を伝える。それを実践してみてくれ。」
「こうして彼女によく手品師が行う『縄抜けトリック』の方法を教えた。そしてクルーゼが寝入った隙に縄抜けをし、山荘中の時計を12時間進ませておくように指示した。つまりは『昼夜逆転』にしたわけだ。クルーゼが活動を再開する頃にはラクスはまた自分でロープを縛り、囚われの身を演じるように伝えた。そして吸血鬼の活動時間に合わせて行動していたラクス自身にも、昼夜逆転の生活を演じてもらった。クルーゼの感覚を更に鈍らせるためにね。」
カガリとキラは、自分たちの知らないところで、既に話が進んでいたことに、ポカンとしたままアスランの報告を聞いていた。ふと我に返って、カガリが言った。
「よくラクスの無線電波、クルーゼにばれなかったな…アイツ超音波使えるから、その辺キャッチしないかとか、心配なかったのか?」
アスランは苦笑して、カガリの問いに答える。
「いや、蝙蝠だってお互いの超音波を干渉しあっていたら、狭い洞窟に何千羽という蝙蝠がいるんだ。混乱して飛べないだろう?それにカガリだって感知できるなら、街のあちこちで電波飛び交っているこの世界で、こんなに落ち着いていられないだろう?」
「あ…そっか。」
腑に落ちたようにカガリが頷く。
アスランは続けた。
「奴の携帯に関しては、あらかじめ発信場所から逆探知して干渉し、時間を狂わせた。パソコンの時刻表示についても同じだが、奴が目が悪いことは、俺が奴に銃を発砲した時に、弾が当たった位置を直ぐに掴めていなかったことと、奴が『永遠の命』のためにキラを狙っている、という理由から、いわゆる老いによる『老眼』か『白内障』と『耳の遠さ』を確信した。パソコンの時刻表示は小さいから、干渉しなくても奴には見えないだろう。最も見る必要もないんだ。部屋には大きな文字の時計があるからね。」
そして次にアスランはジェネシス製薬の管理部門の端末から、保養施設の山荘の見取り図を手に入れた。
そこで、ラクスの囚われている場所の目星と、最近になってシャッター工事が入っている事実を知った。
「多分、ラクス嬢が隙をついて逃げ出そうとしたり、キラが突然救いに来ることを想定して、彼らを逃がさないために準備をしていたんだろう…」
だがひとつ、ここで明らかになった。
山小屋のロッジ風の屋根には、何も工事がなされていないことに。
これを利用しない手はない。
「そこで、キラ、ようやく君の登場だ。」
アスランはキラを見やる。
「遅かれ早かれ、クルーゼから君に直接交渉の連絡が入るだろう。先ずは邪魔な俺たちを消す様に告げて。君はあくまでラクス嬢が囚われて以来、何もできないほど精神的ダメージを打たれているように演じてくれ。そして俺たちを殺すムービーの切り替えとセレクト方法を教えておく。
時間はあくまで12時間ずれているので、『日没』と指令が出ても、『夜明け』の時間に来ること。そしてクルーゼに殺害した動画を送信し終えたら、タクシーを使って山荘に行くんだ。先ずは山荘の屋根に日があたるくらいまで山荘の付近で時間をつぶし、日が完全に山肌を覆ったら、山荘に入る。山荘付近は樹木が生い茂って、手入れもされていないから、日光はほとんど君に当たらないから大丈夫だ。そして山荘に入ったらラクス嬢がどこにいるか探すふりをしてくれ。多分地下室に案内されるだろう。そこで既にラクス嬢は縄抜けをして、掴まった振りで待機してくれている。ラクス嬢はクルーゼが地下室の出入り口から一番遠ざかったところで合図を出してくれるので、その時君もラクス嬢も一緒に全力で山荘から逃げてくれ。ただし、きっとクルーゼはシャッターを落として君たちを山荘内に閉じ込め、脱出を阻止するだろう。そうしたら、君たちはとにかく日の当たらない壁際ぎりぎりにいてくれ。」
「でも、これじゃ掴まったままじゃないか。どうするんだ?」
カガリの疑問に、アスランは笑みを見せた。
「ここで、君の出番だよ。カガリ。クルーゼが一階のリビング中央に足を踏み入れたら、君の力で屋根を落としてくれ。奴の真上から日光のシャワーをお見舞いしてやるんだ。ヤツは半分は人間。簡単に死ぬには至らないはずだ。あとは警察に任せればいい。…キラに二人で殺された後、先に山荘に行って屋根にある程度壊しやすい細工を作るぞ。」
アスランからのお願いに、カガリの曇りがちだった表情が、たちまち晴れわたり、満面の笑顔で敬礼してみせた。
「了解だ!」
そんな二人を見て、キラにふと思いが募る。
(この幸せそうな二人を、僕個人の我儘で、危険に何度も併せてしまっていいのだろうか…)
「君達にそこまでさせられない。」
キラの声に、アスランとカガリの視線が向く。
キラは懸命に二人に訴えた。
「僕一人でクルーゼを倒すよ。君達は本来なら巻き込まれるはずのない人たちなんだ。確かにカガリは後々クルーゼに狙われるかもしれないけれど、僕がクルーゼから逃げず、最初から立ち向かっていれば…彼を殺していれば…こんなことに、君たちを…」
苦渋に満ちた表情。だが、その彼を諌めたのはカガリだった。
「ダメだ。お前、そんなことを言っちゃ。」
カガリが真剣な、それでいて哀願するように訴えた。
「私は、ううん、私たちはお前に…」
カガリの真っ直ぐな瞳がキラを貫く。
「お前をあんなくだらない奴のために、『人殺し』になんてさせたくないんだ!」
キラの目から涙が溢れる。
アスランが二人の肩を優しく叩いた。
「約束しただろ?『一緒に戦う』って。」
キラは何度も涙をぬぐい続けた。
***
「これでわかっただろう?最初から嵌められていたのは、君の方だった、と。」
透き通った、それでいて氷のような碧い瞳がクルーゼを貫く。
彼は―――完全に『敗北』した。
「…この私が…こうもやすやすと人間ごときにあしらわれるとは…」
最初にこの人間に覚えた微かな『恐れ』…それが現実に突きつけられるとは!
ありえない!人間ごときに吸血鬼の血を持つ私が破れるなんて―――!
「ありえない」―――そう思って一瞬ラウの脳裏にはっと浮かぶものがあった
何時だっただろう…あの世界で幼い頃見た、古い書籍
見てはいけないもの、として『禁書』となっていた、それ
それをラウは見てしまった
そこで「ありえない」ものを見つけてしまった
吸血鬼が人間を支配できるほどの強さを持っているのに、何故か支配に至れない
その理由が描かれていた
吸血鬼を追う『何者』か
吸血鬼たちが我先に逃げようとする、その後ろには
憎々しいまでの眩しい光を背に
『濃紺の髪』をもつ
冷徹なる『碧の瞳』をもつ者が銀の剣を光にかざしている
今まさに、吸血鬼の自分を追い詰めている、あの眼そのものではないか―――!
あれは…あの者は、たしか…
「貴様…まさか…『ナイトレイド』…」
アスランにその言葉を残し、ラウは力なく項垂れた。
暫くして、遠くから聞きなれたサイレンの音がカガリの耳を掠める。
「警察が来たみたいだ。」
木陰に身をひそめていたカガリが、アスランに声をかける。
アスランはキラとラクスに言った。
「行こう。あとは警察に任せればいい。」
静かな山奥に、騒々しいほどのサイレンが響き渡り、聞き慣れぬ闖入者に山鳥たちが慌ただしく飛び立つ。
枯葉が溜まり、雑草が生い茂る小道を、この場に不似合いなスーツ姿の一団が登ってくる。
「この先で間違いないな。」
イザークの言葉に続き、付近に聞き込みをしていたシンが報告する。
「つい先ほど、この奥の山荘の方から、すごい地響きと音が聞こえてきたそうです。」
そして彼らのたどり着いた先には
「…なんだ、この有様は…」
イザークが眉をひそめる。
ジェネシス製薬の山荘といえば、かなり豪奢なものをイメージしていたが、物々しく下ろされたシャッターと、そして何より目を引く屋根の崩落。イザークが先陣を切ってドアを開ければ、「むっ」と肉の焼けるような臭いに思わず鼻を手で覆う。
想像していた調度品に囲まれた広いリビング―――であったであろうそこには、崩れた屋根の木材が山積し、そして……落ちた屋根から伸びるスポットライトのようにな光の中に、皮膚の焼けただれた―――『老人が一人』
「こいつが…『アニダ・フラガ』…なのか…?」
イザークに並んでディアッカが驚きに言葉を失くす。後方に控えるシン、ルナマリア、レイまでも絶句している。
あの暴力事件を引き起こした真犯人が、まさか、こんな老人とは…
そんな空気の中を、イザークは堂々と進み出で、まだ意識の残る老人に言った。
「『アニダ・フラガ』。一連の暴力事件、並びに薬事法違反の疑いで署までご同行願う。…と言ってもまずは病院だがな。おい、救急車を一台要請しろ。」
「はい!」
ルナマリアが即時敬礼し、外に出た。
イザークは彼を見下ろしたまま言った。
「こちらの施設は家宅捜索の礼状が出ている。十分に取り調べてやるから覚悟しておけ。」
その言葉を合図に、捜査員が一気に山荘内に雪崩れ込んだ。
慌ただしく動き出す署員を見ながら、イザークはふと崩壊した天井を見上げた。
「…しかし、一体何が起きたんだ…?」
老朽化した様子でもなく、それでいてこの崩落。犯人の身動きを取れないようにしているかのごとくだ。
まるで自分たちに犯人を提出するかのように、お膳立てしているように思える。
と、すると思い出すのは、あの正体不明の黒衣の義賊。
「…まさか、な…」
イザークはふと微笑み、頭を振った。
***
―――数週間後
マスコミにて騒がれた連続暴行と非合法薬物製造違反の罪で、一人の男が逮捕された事件も、人々の過去の記憶となりつつある、とある日
「それじゃぁ、僕たちは行くね。」
まだ夜明け前の人通りもない大通り。大きなキャリーカーを側に置き、キラとラクスはアスランとカガリに告げた。
「本当に、行っちゃうのか…もっと一緒に歌いたかったのに。」
カガリが淋しそうに言う。
「私も、カガリさんとご一緒のステージに立ちたかったですわ。でも…」
ラクスが微笑むと、それを受けてキラが笑む。
「元々エターナルプロダクションの皆を操ってデビューしたんだし、まがい物はいずれは実力が知れている。「速やかに去るのみ」だよ。それにブームは過ぎ去る。すぐに世間も僕らのことなんて忘れてくれるさ。」
「そうか?本当に実力はあると思っていたんだがな。」
アスランの言葉にカガリが躍起になる。
「ほら!アスランは滅多に他人のこと褒めたりしないんだぞ!そのアスランが認めるんだから、絶対実力はあるって!!」
「そういっていただけると嬉しいですわ。…もし、いつかその機会が巡ってきましたなら―――」
「あぁ!一緒のステージに立とう!!」
ラクスとカガリが自然と互いの手を取り、固く握り合う。そこにアスランとキラも手を重ねた。
「あ!でもカガリは僕の大事な妹なんだから、アスランが嫌になったらいつでも戻ってきていいからねv大事に大事にするからv」
キラのにこやかな笑顔。途端にアスランがムッとして、カガリの体ごと我が身に引き寄せる。
そんな彼にキラは苦笑すると真剣な面持ちで言った。
「アレックス…いや、アスラン。カガリのこと、頼むよ。僕の大事な妹に何かあったら承知しないからね。」
「あぁ、身命にかけて約束する。」
アスランの言葉にキラは力強く頷くと、二人に背を向けた。
その時
「あ、キラ。」
声をかけ直したのはアスランだった。
「何?」
振り向くキラに、アスランは気になっていたあの言葉を問うた。
「…『ナイトレイド』…って知っているか?」
一瞬キラの眉がひそむ。少し言葉を飲み込むようにしたが、努めて明るい声で返した。
「いや、僕は何も知らないよ。じゃぁ、二人とも、元気でね。」
「うん、お前らもな!またいつでも遊びに来いよ!」
カガリの言葉に答えるように、キラとラクスは手を振りながら、宵闇の先へと去っていった。
「あの二人が来て、事件があって…何か随分長い時間たった気がするな…」
自宅に戻りつくと、カガリがぼそっと呟いた。
流星のごとく現れた『SF』。彼らの正体。度重なる事件とカガリの真実。そして、クルーゼとの対峙。
「確かにな…」
アスランも呟く。キラに翻弄された、醜い嫉妬。カガリを浚われ苦悩したこと。それゆえ思い知った。
どれだけ、カガリを愛しているか、ということを…
ふと我に返って、アスランはカガリに言った。
「カガリ、君に行っておこなければならないことがあったんだ。」
「へ?なんだ?」
「この前は、ごめん。」
急にかしこまって深くお辞儀するアスランに、カガリが目をパチクリさせながら慌てた。
「何でお前が謝ることあるんだよ。」
「君を傷つけ、怖がらせた。その…」
言いにくそうにアスランは視線を逸らした。
「無理矢理キスして…君の気持ちも考えずに、俺の感情だけを押し付けて…」
カガリは小首をかしげたが、思い返した。あの時、キラのことで言い合いになったとき、アスランが無理矢理唇を重ねてきたことを。
カガリは首をブンブンと横に振ると、アスランの頬を両手でピシャンと挟んで、自分に向き合わせた。
「違うぞ!私はお前のキスが嫌だったんじゃない!お前があの時…お前の舌先が、私の牙に触れたから…もし牙でお前に傷をつけたら、お前は私の従者に…眷属になってしまう危険があったんだ。だからお前を突き飛ばしたんだ。お前が嫌だったからじゃない!
カガリは叫んだ。
「私は人間だから、吸血鬼だからとか関係ない!私は『アスラン・ザラ』という一人の存在が大好きなんだ!」
その真っ直ぐな金眼。アスランは吸いこまれるように魅入った。
本当に君は…まっすぐで、どこまでも強いんだな。
アスランは頬に充てられていたカガリの手を取ると、同じく真っ直ぐ向き合っていった。
「俺も…吸血鬼でも人間でもとか関係ない…『カガリ・ユラ・アスハ』という一人の女性を心から愛している。」
「アスラン///」
真っ向から告げられ、カガリの頬があっという間に真っ赤に染まる。
その手を引き寄せ、華奢なその体を全身で強く抱きしめた。
「もう二度と、君を手放さない。」
「…うん…私も、お前から離れたくない…」
自然と重なり合う唇。
そして空白の時を埋めるかのように、やがて全身でその互いの素肌のぬくもりを確かめあう様に、幾度も幾度も求め合った…
***
ナタル・バジルールは自分のことを有能だとは認識していない。
寧ろ、マネージャーとは「アーティストの先々を短期・長期にわたって見越し、レールを提供していくこと」、そのようなことはできて当たり前だと思っている。
幸いにも自分にはその直感と能力は備わっていると思っていた。アーティストの不可侵領域以外に関してなら。
つい最近まで、この二人の間に張りつめていた、ある種の緊迫感。マネージャーとして不安があった。不可侵領域に干渉していいものか、ナタルなりに考えた。
しかし…それは杞憂に終わったようだ。
「おはよう!ナタル。」
「おはようございます。バジルールさん。」
以前と変わらぬ二人。いや、以前にはなかった、何かを感じる。そう…もっと強くなった絆のようなものが―――
「…「雨うって、地固まる」といったところか。」
「?何か言ったか?」
「いや、別に。」
ナタルが珍しく微笑む。キョトンとしていたカガリが言った。
「あ!今、ナタル笑わなかったか!?」
途端に慌てて、いつものクールビューティーに戻るナタル。
「そんなことはない!」
「いや、笑ったって!ナタル、笑うと可愛いぞv」
思わず赤面するナタルが、カガリの視線から顔を隠すようにして、一枚の紙をカガリの眼前に突き出した。
「何だこれ?……『まじ…そん すく…えあ…』」
たどたどしく読み上げるカガリの横で、アスランが代わりに読み上げる。
「『Madison Square Garden』。アメリカの有名な劇場ですね。」
「それが何で、ナタルが持っているんだ?」
やっぱりキョトンとするカガリに、ナタルが呆れるように言った。
「アスハ。お前先日のインタビューで、『夢』は何だと答えた?」
「そりゃ、「ワールドツアーをやりたい」―――って…ナタル、まさか…」
するとナタルは今度は顔を隠すことなく、笑顔で言った。
「そうだ。まだ『ワールドツアー』とまではいかないが、『マジソンスクエアガーデン』で行われるイベントに『I.F.』が正式に招待された。」
「やった…やったぞ、アスラン!!」
思わずカガリはアスランに飛びついた。
「あぁ。夢が一つ叶ったな、カガリ。」
「うん!」
満面の笑みで頷くカガリ。
「さぁ、こうなったらぐずぐずしていられないぞ。先ずは今日のスケジュールから。そして舞台に向けて練習開始だ。」
「「はい!!」」
何があったのかはわからない。だが確実に何かが成長している。
そんな二人の背中を、ナタルはことのほか嬉しそうに見送った。
・・・Fin.