Vamp! V 〜第12楽章〜

 

 

都心からしばし外れにある丘陵地帯。

そこは都会とは隣接しているとは思えないほど、明かりのない深い闇だった。

人家もなく、ひんやりとした空気の漂うその山肌を、一筋の明かりがスピードを上げて登っていく。

セダンタイプの白い車のヘッドライト。そこには苦虫を噛み潰したような表情でハンドルを握る男がいた。

 

『ラウ・ル・クルーゼ』―――『ジェネシス製薬会社 研究主任』という肩書を持つ『アニダ・フラガ』の本名

己が老いを隠す、特徴的な半仮面をつけた彼は、人間の判断力では追いつけないほどのハンドルさばきで、急なカーブの続く登坂車線を登ってゆく。

老いとともに現れた視力の低下。しかし吸血鬼の能力の一つである『エコーロケーション』…よく蝙蝠が光のない洞窟でも対象物に発した超音波が跳ね返った反動で、壁にも当たらず飛び回れる、というそれを我が身も持っていることで、この光のない山道も明かりがなくとも登っていけるのだ。

 

そんな人にはあり得ない特殊な力を誇示する余裕も欠片も残っていないほど、ラウは焦っていた。

 

(まさか…こんな展開になろうとはな…)

 

思わず唇を噛みしめる。

僅かながら血の味がした。

 

そう、計画通りであれば、この車にはキラ・ヒビキ、もしくはカガリ・ヒビキのどちらかを奪取し、もう一方は灰と化した姿を乗せているはずだった。

しかし、今その望んだ姿はなく、代わりにあるのは目隠しをして後部のトランクに放り込んだ、キラの従者:ラクス・クラインのみ…

 

 

いや、最初は順調だったのだ。

キラが双子の片割れ、カガリを見つければ、自ずと自分の掌中に収めようとするはず。

キラを暴行事件の主犯に見せかけ、行動をとりづらくさせていくことで、追い詰められてきたキラは焦って急ぎ行動に出るはず。

そして奴らのアジトであるエターナル・プロダクションの地下室に、カガリを連れ帰った。

 

―――それが実働の合図だ

 

キラを外敵から守る役目は、当然ラクスが担うはず。

従者とはいえ、元は人間の小娘の彼女が、老いても吸血鬼の力を持つラウに敵うはずはない。

彼女へのキラの執着は、並々ならぬものがある。

彼女を盾に取れば、キラは言うことを聞くはず。

カガリの止めを刺させ…いや、王家の力に目覚めた奴らなら、二人が戦いになるかもしれない。だが、それはそれでますますこちらに好都合。

もしキラではなくカガリが生き残ったとしても、所詮無事ではいられない。

弱ったところを捕えれば、こちらの手間が省ける、というもの。

そしてラクスの命を引き換えに、完全に自由を奪ったところでラクスは用済み。簡単に消せばいい。

残った一人を実験材料として、細胞の一つ一つまで研究し尽くしてやる!

 

 

 

全ては―――私に永遠の命を約束するために―――!

 

 

 

(しかし―――!)

 

 

 

ハンドルを握りしめる手が<ギュ>っと鳴る。

 

 

 

―――『アレックス・ディノ』―――

 

 

 

奴の存在が、私の計画を総べて狂わせた!

   奴の存在は誤算だった

   まさか、あんな形で逆にこの私が追い込まれるとは

   たかが蠅ごとき人間のくせに―――!

 

思い返せば、戦慄が走る

あの何も映さぬ翡翠の氷のような瞳

   この私が、恐怖を覚えることになるとは―――

 

 

「クソッ!」

右手でハンドルを叩きながら、ラウは唸った。

「…先ずは、アレックス・ディノ…奴を排除せねばならないな…」

 

もし活かしておけば、カガリが窮地に陥ったとき、必ず奴がカガリを救うために動くだろう。

しかも、奴はキラもラクスも何が起ころうと、己が目的のためなら手段を選ばず、あっさりとその命を見限ることのできる、冷徹さを持っている。

どこで仕込んできたのかわからない、対吸血鬼用の弾丸を込めた拳銃まで持ち出して。

 

 

奴の底知れぬしたたかさ…それは見えない脅威として認めざるを得ない!

 

 

ラウは襲い掛かる、今まで体験したこともない恐怖感を、頭を振って払いのけようとする。

そしてすぐさま計画を練り直す。

「大丈夫さ。たかが人間。簡単にひねりつぶせる。それこそ蠅のごとくな!」

フフフと忍び笑うラウ。

だが、心の底からの笑みではなかった。

「しかし…」

湧き上がる愚問に笑みはかき消される。

「たかが『人間』…いや―――」

 

 

(本当に、奴は『ただの人間』なのか…?)

 

 

***

 

 

モニターの画面上を、高速で進む赤の点。

それが―――止まった。

「アスラン、これって…」

並んでモニターを見ていたカガリの問いかけに、視線をモニターから外さないままアスランが頷く。

「あぁ。どうやら、ここが奴のアジトの様だな。」

自宅マンションに戻ったアスランとカガリは、引き続きラクス、ひいてはクルーゼの追跡を行っていた。

カガリのインカムに付けていた発信機。アスランはラクスとの戦いの最中、それを気づかれぬようにラクスに仕込んでおいたのだ。

「でも、ここが中継地点で、また別の場所に移動する、ってことはないかな?」

不安気なカガリの視線に、アスランは安心させるようににこやかに答えた。

「それも大丈夫だ。奴は計画通りにいかなかったことで、焦りが生じているはず。心理的にも一目散にアジトへと向かうはずだ。それに…」

アスランがカーテンの向こうの窓を見やる。

「もうすぐ夜明けだ。スクリーンを施しているとしても、日が昇ってしまっては、奴も吸血鬼の端くれ。動きは取れない。時間的にもタイムオーバーだろう。」

アスランは素早く地点の画像を起こした。

「山荘の様だな…深い木々に囲まれて、周囲には人家も施設らしきものもない。」

「まさしく『吸血鬼の館』って感じだな。」

カガリが同調して頷く。

アスランはモニターのスイッチを落とすと、一呼吸付いた。

彼は手の内を見せた。となると最終決戦は自ずと迫ってくる。それまでに対策を考えなければならない。

「これでしばらくは動くことはないだろう。その間に『仕込』を考えておかないとな。」

「いいや!その前に『大事なやること』がある!」

威勢のいい大声にびっくりして、振り返ったアスランが見れば、カガリがいつの間にか持ってきた救急箱を抱えて仁王立ちし、アスランを見下ろしていた。

「まずは、お前の怪我の手当てが先だ! こっちは止血しているけど、傷が開きそうだし、こっちは内出血がひどいし、こっちは―――…」

<コトン>と下ろした救急箱の上に、ポタリと滴が落ちてくる。

「こんな…私のために…お前がボロボロになって…ごめんな…」

瞬きも忘れ、金の瞳から大粒の雨が落ちてくる。

「カガリ…」

アスランがカガリの頬にそっと手を伸ばし、流れて落ちる涙をそっとふき取る。

「ちっとも痛くないさ。君がキラに連れ去られたときの痛みに比べたら。君を守ることが出たのなら、名誉の負傷だよ。」

柔らかな微笑みがカガリを包む。しゃくりあげた声が止まらないまま、カガリは飛びついた。

「アスランッ!」

華奢な体に普段見慣れぬ長いままの金糸。本性に目覚めたままの姿のカガリ。

王家の力に目覚めても、その呪縛からカガリは戻ってきてくれた。

自分の元へ戻るために

彼女もまた見えぬ痛みにどれだけ耐え抜いたのだろう。

そう思うと…抱きしめる腕に力がこもる。

 

 

―――もう二度と、この腕を離さない―――

 

 

彼女の甘い香りと温かな体温が伝わってくる

そのまま顎を取り、引き寄せて口づける

 

前のキスは悲しいキスしかできなかった

でも今は

彼女もうっとりと唇を重ねてくれる

 

 

もっと深く

彼女が欲しい…

 

 

「でも…」

 

そっと唇を離せば、まだ色づいたままの彼女の頬

そこにそっと自分の頬を摺り寄せ、甘える

 

「その前に、欲しいものがあるな」

「なんだ!?言ってくれ。私にできることなら何でもするから!」

「だったら…一緒に食べないか?」

「何を?」

柔らかな熱を持った彼女の頬に唇をなぞらせながら、そっと囁く。

 

「君の作った『ロールキャベツ』。」

 

 

***

 

 

日が高くなりかけた頃、いつも通りダンヒルのスーツを着こなしたイザークと、慣れぬスーツに落ち着かない様子のディアッカは、高層ビルの最上階で、本革張りのソファーに並んで腰を沈めていた。

現れた女性が目の前の大理石のテーブルに、薫り高いキリマンジャロを置いていく。

その湯気の立ちこめる向こうには、長い黒髪と、思慮深げな黒い瞳の男が、微笑みを湛えたまま長い脚を組んで座っていた。

「それで、本庁捜査一課の警視の方々が、大勢の警官の方々に厳重に警備されながら直々に我が社においでとは…一体どのようなご用件で?」

印象通りの深みのある声色―――国内外にその名を知られる製薬会社『ジェネシス製薬』の会長である『ギルバート・デュランダル』がイザークとディアッカに視線を流す。

穏やかな微笑みを絶やさない人懐こそうな印象でありながら、その奥に潜む鋭い眼光。

(こいつは、手ごわい相手になりそうだ…)

イザークは一目でその力量を見抜いた。

「貴殿もお忙しい身と思われる故、単刀直入に申し上げる。貴社の『アニダ・フラガ』氏に任意同行願いたい。」

負けじと威厳を保って見据えるイザークに対し、あくまで温厚に受け取りながらもデュランダルは隙を見せない。

「ほほう…フラガ君に、ですか。…それは残念。彼は既に当社を退職しました身でね。」

案の定…とばかりに、イザークが眉を上げ、話を続ける。

「『退職』?…またそれは、いかなる理由で?」

「いえ、正式には『依願退職』というものでしてね。当社では確かに彼の個人研究に対し、席を設けて支援をしておりましたが、いささか当社の研究設備では、彼に研究に対し不備があるようでして。学会で知り合った国外の企業から、新たな視線と設備投資の話が持ち上がった、ということで、私としても彼の身を他社に渡すのは非常に惜しいところなのですが、研究とはいずれ世界に投資されるもの。この国にもいずれ彼の功績が反映されるであろうことも見越して、彼の望む道を進ませてやろうということになったのですよ。」

こちらが質問する前にサラサラと出てくる情報。事前に台本を用意していたとしか思えぬ饒舌ぶりに、ディアッカは軽く小首をすくめた。

(コイツはイザークよりも上手だ。張り合って勝つには十年どころじゃすまなそうだ…)

隣のディアッカの様子に、かえって負けん気をあおられたのか、イザークはさらに背を伸ばした。

「では、貴殿が知り及んでいる範囲で構わない。彼が研究していたという、その…いわゆる『プリン…』だったか…」

隣でディアッカが軽く足先でイザークを小突く。

(『プリオン』だってーの!)

「そ、そう。『プリオン』とやらを利用した延命に関する研究と聞いたが、一体どのようなものなのか、そのあたりの知識には縁がない我々にも教えていただくことはできないだろうか。」

今の様子に、イザークの力量を図り取ったように、デュランダルはにこやかに話し出した。

「『適合タンパクによるテロメアの永久修復化による生命寿命の根絶』というものですね。私自身も研究者の端くれですが、いや、フラガ君の頭脳の足元にも及ばないため、どこまで説明できるか…」

(おーおー、タヌキオヤジだね…)

ディアッカは話についていく気はさらさらなく、欠伸をかみ殺している。

デュランダルは続けた。

「つまり、細胞内にある染色体はわかりますね。それが寿命を迎えるのは、染色体の最後に『テロメア』と呼ばれる部分があり、それが『細胞分裂』、つまり『細胞の再生』を促しているのですが、分裂するたびに短くなっていきましてね。短くなると『これで細胞分裂はもうしません。この細胞は終わりです』ということになるのです。…つまり細胞の再生にはテロメアの長さによりますが、そのテロメアを永遠に再生させ、老いと寿命をなくすためのタンパク質を研究をしていた、ということです。」

流石は元とはいえ名だたる複数の大学で博士号を得た研究者。説明もそつはない。

先ほどの問いにいささかこちらの立場が低くなってしまったか。ならばこちらもキャリアーの維持と言わんばかりに、イザークは威厳をもって尋ねた。

「で、ずばりお聞きしますが、そのタンパク質とやらは論文に書かれている以上、実証されている、ということになるのですか?」

「と、いいますと?」

「つまり…」

イザークは核心を突いた。

「『人体実験』をされた、ということです。」

笑みを絶やさなかったデュランダルの眉がピクリと動く。それをイザークは見逃さなかった。

「ははは。もし実験によるデータが確認されていましたら、とっくに我が社で商品化していますよ。もちろん、世界的ニュースにもなりえますね。しかし…」

デュランダルは再び微笑を取り戻して言った。

「現時点で我が社での人体実験は行われておりません。彼の論文データも、いわゆるマウスによるものですが、何せ神の領域…普通の研究者では理解の範疇を超えている。故に正しい理論であるかの証明も行うことができないため、正式な論文としては認められなかった、ということになります。そこは我が社も力の及ばぬところでして。いや、面目ない次第です。」

儀礼的にデュランダルは頭を下げた。

「でも…研究者だったら―――」

突然ディアッカが口をはさむ。

「最終的にしたいのは、『人体実験での証明』…じゃないすかね?」

横目でチラリとデュランダルを見やる、やや斜に構えて質問したそれは、心理を突いた鋭いものだ。こればかりはイザークではできない。ディアッカの人間性によるものだ。それゆえイザークはパートナーとしてディアッカを傍から離さない。

「ははは。これは手厳しい質問だ。」

デュランダルは乾いた笑いで答えた。

「確かに。特に製薬を主としている我が社においては、最終的には人間への投与を視野に入れています。となると、動物実験だけでは足りない。最終的には治験薬として臨床の場で実験をすることとなりますが、それには厚生労働省と研究病院との認可が必要ですので、おいそれとはできませんよ。」

両手を挙げてフォールドアップ・お手上げとでもいうように、いささかオーバーなリアクションでデュランダルが否定する。

その時、部屋の奥にいた女性の出入りする姿がイザークとディアッカの目にちらついた。そろそろタイムアップだろう。

「最後に一つ。」

イザークが両手の指を組みながら問う。

「そのフラガ氏の研究していたタンパク質が、脳に与える影響は?」

その視線の奥に潜む疑念を熟年の技で受け止め、デュランダルは穏やかに言った。

「さて、先ほども申しあげました通り、この研究はフラガ君にしかわからない研究です。データ的にはマウスのものですが、脳に影響があったかどうかは報告書には入っておりませんでした。

念を押しますが、人体実験は当社では行われておりませんので、その影響があるか否かにつきましては、是非フラガ君の次の企業での研究と論文に注目していただきたいですな。無論、我々もね。」

「会長、次の面会のご予約が。」

先ほどコーヒーを運んできた女性が、会話に無理矢理割り込んで、タブレットの管理画面をチェックしながら無機質な声で言った。

どうやら「これ以上の詮索はせずに帰れ」という、ある意味警告だ。

余裕のあるデュランダルの態度を見ても、この流れは既に台本に織り込み済みだったのだろう。

「いや、失礼。お忙しいところご協力いただきまして感謝します。」

イザークが右手を差し出す。

「いいえ、こちらこそ、大したお役にも立てず。…また何かありましたら是非ご協力させていただきますよ。」

デュランダルもそれに応えて手を差し出し握手する。

その手は妙に温かかった。

 

 

「あ、やべ。折角格調高いコーヒー入れてくれたんだから、最後まで飲んどきゃよかったぜ。」

ようやく解放された、と言わんばかりに背伸びをするディアッカをイザークはたしなめる。

「いい加減にしろ!少しは場所と格をわきまえろ!貴様はいつも態度が不真面目―――」

「へいへい、説教は後にして。それで…」

ディアッカがイザークの声を遮り、今度は声を潜め横目でイザークを伺う。

「収穫はありそうか?」

「あぁ…奴はタヌキだが、その分稼がせてもらった。」

イザークの目に先ほどまでの対抗心とは別の光が宿っている。

ビルの前に横付けにされる車に乗り込むと、既に乗り込んでいたレイが待ち構えていた。

「どうだ?」

「はい。ジュール警視正が面談で時間を稼いでいる間に、各署員による社内の情報収集が無事終了いたしました。」

レイがラップトップの画面を向けると、そこには「警視正訪社のため、安全確認を行っておりまーす」と緊張感のない声で社員のロッカールームに入り込むシンの姿があった。

「アイツ…演技下手だな〜。あのタヌキ会長とは月とすっぽんだ。」

ディアッカは熱が出たとでも言わんばかりに、額に手を当て顔をしかめる。

「しかし、普段縁のない警察組織のTOPが来社するとなると、一般人には「こうして安全確認をするものなのか」と思い込ませるには十分だ。令状がない以上闇雲に社内を立ち回ることはできんからな。ところでディアッカと俺が退室するまでには、なんとか切り込めそうな情報ソースはなんとか集められたか?」

「はい。今鑑識に回す準備は整っています。」

レイの声に「よし、今すぐ回せ」と指令をだし、イザークがようやくシートベルトを締め、車は発進した。

「…やっぱり『退職した』で、押し通してきたな。」

ディアッカガ呟けば、腕を組み、自信をみなぎらせたイザークが答える。

「飼い主の手を噛むようなことをした、ということだ。これだけの大企業なら、金にならない研究者など、あっさり切り捨てるに決まっているのが王道だ。…しかしまぁいいさ。会社そのものが目的じゃない。あくまでフラガの情報さえ手に入ればいい。そのための時間稼ぎだ。」

「お前の予想で何とか勝算ありそうか?」

「無論だ!」

イザークは言い切った。

「あんなに冷血な男に、我々の熱い魂が負けるわけがない!」

「…って、その根拠はどこよ…」

呆れるディアッカに、イザークは確信をもって答えた。

「アイツの手は温かかった。『手が冷たい奴は温かい心を持っている』という言葉がある。なら逆もしかりだ!お前は知らんのか? ドラマでも歌でも最後に勝つのは『熱き正義の魂』と相場は決まっている!」

 

 

***

 

 

ラウの襲撃から、一体どのくらい時間がたったのだろうか…

ラクスを奪われた傷が癒えぬキラは、眠ることも出来ないまま、地下室に籠っていた。

当然のように仕事は舞い込む。しかしラクスが奪取されたことを、おいそれと口外するわけにはいかない。

プロダクションの社員の血液を吸い、記憶を操作し、プロモーション計画中としてすべての仕事をキャンセルして、地下に籠っていた。

それ以外、何をする気力もわかない。

ベッドに籠ったまま、鬱屈した時間を自堕落に過ごしていた。

 

そんなある日の日も落ちかけた頃、キラの耳元にスマートフォンの着信音が聞こえてきた。

ノロノロと遅い動きでそれを取り上げる。

 

 

画面に映し出されたそれに、キラの翡翠が驚き、見開いて行った。

 

 

***





斜陽はやがて暗闇へと色を変えていく頃、アスランとカガリもラクス奪還に向けての準備を進めていた。

「IFのスケジュールどう調整しようか。」

「そうだな。バジルールさんにまた相談して、次のシングルのための作成期間を取ってもらう形で―――」

 

その時

 

<ピンポーン>

 

普段あまり聞くことのない、表玄関のチャイムに、二人が顔を見合わせる。モニターに映っていたのは

「キラ…」

フードをかぶっているものの、間違いなくキラの姿が映っていた。

「へ?なんでキラがここに!?」

驚きつつも、他ならぬ兄の訪れに、心配げなカガリ。

二人は再度頷き合って、表玄関のキーを開ける。自動ドアの開く音とともに、キラがマンション内に足を踏み入れた。

間もなく、ドアのチャイム音。

二人はドアを開けた。

「キラ、どうしたんだ一体?」

カガリが先に立って声をかける。

キラは俯いていて表情が見て取れない。

カガリが覗きこむようにして、フードを外せば、そこには虚ろな表情のキラ。

ゆっくりと顔を上げると、虚無の表情に涙が浮かぶ。

「僕は…」

呟くキラ。振り上げたその手には、光るものがあった―――鋭利なナイフが一刀。

虚ろにキラは言った。

「やっぱり、君を殺さなくちゃ、いけないみたいだ。アレックス。」

キラの涙がこぼれた瞬間、アスランの目には、自分に振り下ろされる刃がスローモーションのように映った。

 

 

 

・・・to be Continued.